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【 閑話休題 - Black or White? - 】
朝、目を覚まして一番にすることは洗面。次に朝食の準備。そして朝の一番の楽しみは、作り終えた朝食を取りながらの新聞に目を通すひととき。
ポストから取ってきた何種類もの新聞を広げながら、トーストとベーコンエッグに手をのばす。ベーコンはどちらかと言うとカリカリに。でも、目玉焼きは半熟がいい。この焼き加減をマスターするのに、結構時間がかかったが今は完璧だ。
でき前最高の朝食と、お気に入りの時間を過ごして今日も仕事に取り掛かろうと思っていた。
しかし。
「……何、この事件……」
――黒い翼を持つ者の裁きか！――
そんなに大きな事件ではなく、信憑性も少ない。殺人事件の記事のようだが、黒い翼を持つ者なんて、宗教か何かかと思ってしまう。
けれども、ふと、ポストに新聞と一緒に入っていた、差出人不明の手紙が気になった。
手にしたときは、いたずらか何かだろうかと捨てようと思っていたが、何か胸騒ぎがする。差出人の名もなければ、切手も貼っていない。自宅のポストの直接投げ込まれた不信な手紙。
恐れることもなく、彼女は一気に手紙の封を破り、中から出てきた一枚の写真と便箋を手にした。
◇ ◇ ◇
駅からまっすぐに延びた大通りからはすこしはずれ、小さな小道へと一本入ってすぐ。いい香りが鼻に届いて足が自然と止まってしまう。
紅茶館「浅葱」。
その名の通り、紅茶を専門的に扱っている喫茶店で、雑誌にも何度か取り上げられている人気の店だ。紅茶のみならず、甘味も様々な形で季節ごとの限定品があるため、女性客が多い。
そして何より――この喫茶店の店員には、黒い翼が生えている――そんな噂を耳にした。下調べではそんなものしか見つけることはできなかったが、百聞は一見にしかず。足を運んでみればわかることだ。
からん、からん、からん。
ドアを開くと、軽快なカウベルとと「いらっしゃい」という声が迎え入れてくれた。落ち着いた、低い声だ。
「空いてる席、どこでもいいから座ってくれ」
まるで接客の「せ」の字も感じられない。それが客に対する言葉だというのだろうか。
「……はぁ、どうも……」
「あ……気にしたか？ 悪いな、接客がなってなくて」
自覚があるのなら、もう少し気をつければいいのに。心の中でつぶやいたが、さすがに口にすることはなく、「いいえ」と否定をすると、カウンターに腰をおろすことにした。
その際、不自然にならにように、店員の男を観察する。
黒い髪に赤い瞳で、整った顔立ち。身長は高め、痩せ型という印象は受けないが、体重から言えばやせているほうに入るのだろう。しっかりとして見えるのは、筋肉が適度についているからだろうか。
黒いＴシャツに黒いチノパン。その上にかけられた白いエプロンには、紅茶館「浅葱」という文字が遠慮がちに刻まれていた。
そして何より気になるのは――背中に生えた漆黒の翼。しかし、片方しかない。
「注文は？」
座ったというのにメニューも見ずに、彼に集中していたせいか、不信に思って声をかけてきたのかもしれない。
思わず身を強張らせながら、「じゃ、じゃあ、お勧めでいいので、紅茶をお願いします」と何とか口にした言葉に、彼は苦笑する。
「珍しいのだろう？ 翼が」
「あ……」
突然図星をつかれて、恥ずかしくなってしまう。
「いいんだ。慣れているから」
それよりも、ホットとアイスは？ という質問に、彼女がアイスと答える。すぐに手を動かし始めた店員に、話ができるのかもしれないと淡い期待を胸に抱く。
「あの……私、実は――」
そこまで口にしようとしたが、続きの言葉が飲み込まれる。厳しい目つきをして、店員が一点を見つめていたからだ。
「……スノー……」
「気配は感じましたか？」
「探しているが、見つからない」
「やはり、野放しにするべきではなかった。羽根の力に気づいた何者かが、所持していたよう……。それが、突然、力を発揮」
「そうか……」
カウベルの音はしなかった。自分が入ったときは、彼女以外の客はいなかった。それなのに――今、店員の彼は誰かを言葉を交わしている。
振り返った先、見えたのは――
「……女、の子」
店員とは逆で、真っ白な印象を受ける少女。
「スノー、紅茶でも飲んでいくか？」
「……のんびりしている暇など、ないはず」
「わかってる。今回は、完全に俺の不注意だ」
「……では、監視を続けるので、早く始末してください。ファー」
「ああ」
内容を理解することは不可能な会話が繰り返され、終わったかと思ったら突然少女は姿を消した。
「悪いな、驚かせただろう。神出鬼没なんだ……あいつは」
「こ、恋人かなにか……ですか？」
「いや……監視者、だな」
自分でもおかしなことを聞いたと思った。恋人同士の会話なんていう風には到底聞こえなかった。しかし、笑いもせず、怒ることもなく、彼は答えてくれる。
「あの……今のお二人の会話って……」
初対面で、こんなに突っ込んだ話を聞くのは失礼だとわかっている。けれども、聞かずにはいられない。
「すいません。失礼なのは百も承知です。私、実はお話をお伺いしたくてきたんです」
「話？」
「はい。名前を、崎咲里美と言います。新聞記者をしていまして、気になる事件がありましたので、ここに来させていただきました」
「気になる事件？」
興味を持ってくれたのか、不信感と言うよりも、疑問感を抱いている様子の彼。
「まず、差し支えなければ、お名前をお聞きしてもよろしいですか？」
「遠藤ファーだ。ファーでいい」
「それではファーさん。この事件の記事を、読まれましたか？」
今朝目にした新聞の切抜きを、店員――ファーに差し出すと、見る見るうちに顔色を変えてゆく。
「本当に小さなできごとで、私も見落とすところでした。ですが……読めば読むほど、気になってしまって」
「俺が、この事件の犯人だと？」
「疑っているところもあります。ですが、直接犯人だと思うよりも、何か情報を握っているのではないかと、考えました」
もし、犯罪者だとしたら、こんなにも堂々と最大のヒントである「翼」を晒しているはずがない。いくら、大きな店ではないからと言って、警察だってすぐにわかるはずだ。
だったら、彼は犯人ではなく、関係者と考えるのがよいのではないか。共犯者とも、同族とも考えられる。
「……なるほど。だから、話を聞きにきたのか」
「はい。そうです」
真実を見極めるために、まっすぐと向けられる視線。反らしてはいけないと感じる。
「……先ほど、顔を出した少女がいただろう？ 情報は、彼女のほうが持っているかもしれない」
「事件の真相の情報、ということですか？」
「俺はどちらかといえば、加害者だ。俺のせいで起こっている事件といっても過言ではない」
包み隠すことのない彼からの言葉に、一瞬目を点にさせる。それはまるで、自分が犯罪を犯していると自白しているような台詞じゃないか。
「では、犯人は、ファーさん……なのですか？」
「ある意味、な」
猟奇的な殺人事件。翼を持った男が、次々に人間を襲っている。現在、死者三名。負傷者十名。大きな事件になってもおかしくないというのに、ゴシップ的な小さな記事に上げられているだけ。
それはなぜか。
警察が公開を拒否しているのだろう。
あまりに、非現実的すぎて、公開できないのだ。
まるで――天から堕とされた堕天使が、怒りのあまり暴れているかのような状況。
まるで、物語の中の、映画の中の、神話の中の世界。
「無差別殺人事件として、調査させてください。このままだと、ファーさんが犯人であるという噂が流れてしまいます」
今は小さな事件で収まっているが、死者がこんなに出ているのだから、もう遺族も黙っていられないだろうし、被害にあった地域から不安が募っていく。
そうなると、噂が噂を呼び、尾びれがつき、それが真実かのように世に思われてしまう。一番の噂を呼ぶのは、「翼」という共通点を持った、彼に間違いない。
「お願いします」
里美はイスから立ち上がり、大きく頭を下げた。
「俺を、犯人と仕立てて記事を書き、報道したほうが簡単だぞ。現に、俺は犯人ではないとははっきり言えない存在なのだからな」
「いいえ。真実は一つしかありません。見極める前は、真実とはいえません。調査し、真実をしっかりと見つめたとき、初めて私は記事を書きます」
強い決意の眼差し。圧倒されるその意志の強さに、ファーは目を丸くする。けれど、決して否定はしない。
彼女の言っていることは正しい。ただ、言っていても、それを実行できない人間は多い。
たった一つしかない真実。
それを見極める力。
この意志の強さは――有言実行の証としか、考えられない。
「わかった……どこから、話をすればいい？」
「聞かせてもらえますか？」
「……ああ。真実を、見極めてもらおうかと、思ってな」
彼女が見極めた真実の中で、自分は黒なのか、白なのか――知りたくなった。
苦笑を漏らしながら、一つひとつ、丁寧に里美の質問に答える。
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■ ○ 登場人物一覧 ○ ■
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‖崎咲・里美‖整理番号：2836 │ 性別：女性 │ 年齢：19歳 │ 職業：敏腕新聞記者
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■ ○ ライター通信 ○ ■
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この度は、NPC「ファー」とのゲームノベル、「閑話休題」の発注ありがとうご
ざいました！そしてそして、初めまして！里美さんと、このような形でお会い
できて、まことに光栄に思います。
連作をご希望ということで、里美さんの職業柄から、厄介ごとというよりも、起
こった事件の真実を突き止めていくという形を取らせていただきたく思います。
その中で、少しずつ恋に発展していけばいいなぁと。
とりあえず、第一回目は序章的な話とさせていただきました。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました！
続きを執筆させていただけるときを、楽しみに待っております。
また、いつでも紅茶館「浅葱」へお越しください。
山崎あすな 拝
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