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<東京怪談ノベル(シングル)>


想いは時空を越えて
(なぜ)
 目を閉じたままの時音を見下ろしながら、歌姫はそう思わずにはいられなかった。

 終わらない戦いの続く世界から、少なくとも表向きは平和なこの世界にやってきた時音。
 しかし、この世界においても、彼は戦いを続けていたのだった。

 戦いに行くとき、時音はすぐにそれとわかるような素振りは一切見せない。
 まるで散歩にでも行くような様子でふらりと出かけていき、やがて傷を負って帰ってくる。
 出かけていってから戻ってくるまでの時間も、帰ってきたときの傷の程度も、日によってまちまちだった。

 三日前も、時音はそんな風に出かけていった。
 ところが、今回は丸一日経っても戻ってはこず、昨日の真夜中にようやく帰ってきたかと思うと、心配して玄関先で待っていた歌姫の目の前で、いきなり倒れたのである。
 そして、今に至るまで、目を覚ましていない。
 全身に刻まれた傷は、最初に歌姫が時音と出会ったときの傷とほとんど変わらないほどひどく、ここまで自力で戻ってこられただけでも奇跡というより他なかった。

 だが。
 こうまでして戦わねばならない理由が、彼にあるのだろうか?
 彼が「本当に間に合いたかったとき」に間に合えなかった分まで、今間に合おうとしていることには、うすうすながら歌姫も気づいてはいる。
 けれども、もし今間にあったとしても、それで彼は報われるのだろうか?
 例えどれだけ戦い続け、間に合い続けようとも、「本当に間に合いたかったときに間に合えなかった」という事実は変えられず、彼の心が満たされることはないのではないだろうか。
 だとしたら、一体彼は何のために、これほどまでに傷を負いながらも戦い続けているのだろう?
 そのことを考えると、歌姫の胸は痛んだ。

 そして何より、自分に何も出来ないことが悲しかった。
 確かに、初めて出会った時とは違い、時音は今、歌姫と同じ世界にいる。
 しかし、同じ世界にいても、あの時と同じく、歌姫は無力だった。
 傷ついていく時音を、歌姫はただ黙って見つめることしかできない。
 そのことが、たまらなく悲しかったのだ。

(なぜ)
 目を覚まさない時音に向かって、歌姫は心の中でそう問いかけた。

 答えは、なかった。





「火事だって?」
 表の話し声で、歌姫は目を覚ました。
 どうやら、自分でも気づかないうちにまどろんでいたらしい。
 窓から差し込む光も、いつの間にか茜色に染まっていた。

 それにしても、火事とはまた穏やかでない。
 話しぶりからしてあやかし荘ではないだろうが、一体どこが火事なのだろう。
 そう考えていると、今度は別の男の声が聞こえてきた。
「下に降りて少し行ったところに、雑居ビルみたいなのがあったろ。あそこが燃えてるらしいぜ」
 そう言われてみれば、確かにそんなところがあった様な気もする。
 確か、わりと建物が密集している上に、道が狭く、違法駐車の車なども少なくなかったはずだ。
 そんなところで火事が起きたら、大変なことになるのではないか?

 その予感の正しさは、男の次の言葉によって証明された。
「まだ上の方に逃げ遅れた人がいるらしいんだけど、火の回りが早くて救出作業が難航してんだってさ。
 車がごちゃごちゃ止まってるせいで、消防車もなかなか近づけないようだし」
 
 その時だった。
 昏睡状態にあったはずの時音が、ゆらりと立ち上がったのだ。
 顔色は未だ蒼白で、しかし、目だけは異様なほどの光を放っている。
「……行かなくちゃ」
 小さな、けれどはっきりした声で、時音は確かにそう言った。
 おぼつかない足取りのまま、まるで何かに憑かれたように歩みを進めていく。
 彼が火事場に向かおうとしていることに、疑いの余地はなかった。

(今行かせたら、この人は死んでしまう!)
 とっさに、歌姫は時音の前に飛び出した。
 彼女の姿を認めてか、時音が驚いたように足を止める。
 その瞳を、歌姫はただじっと見つめた。

 何か言わなければいけないのに。
 何とかして想いを伝えなければいけないのに。
 何と言ったらいいの? 何を歌ったらいいの?
 焦れば焦るほど、その答えは見つからず――歌姫は、すがる思いで時音を見つめ続けた。

 先に口を開いたのは、時音の方だった。
「似てるな……あの時と」
 そう呟いた時音の顔には、懐かしげな微笑みが浮かんでいる。
(あの時……?)
 歌姫が不思議に思っていると、時音はぽつりぽつりと話し始めた。
「そう、あの時……僕が、まだこの世界に来る前の話さ」





 時音が、この世界に来るより一年以上も前。
 時音は急いでいた。何としても間に合わなければならなかった。
 彼の家族がいるキャンプを人間たちが襲うという情報を得たのが、二日ほど前。
 全速力で飛ばせば、きっと間に合う――そう信じていた。

 だが、時音は間に合わなかった。いや、間に合えなかった。
 度重なる妨害を何とか退け、キャンプがもう目と鼻の先というところまでたどり着いたとき。
 時音の目の前で、キャンプは爆炎に包まれた。
 その一瞬で、辺りにあった多くの建物は瓦礫の山と化し、そこに暮らしていたはずの人々も――彼の家族を含めて――一人残らず、その命を奪われた。

 彼は泣いた。
 血の染み込んだ砂を、そして家族の誰かのものと思われる肉片を集め、天を仰いで涙を流した。
 そして、涙が枯れ果てるほど泣いた後で――彼は、人間への復讐を決意した。

 その機会は、すぐに訪れた。
 キャンプを襲撃した人間の仲間が、生き残りがいないことを確かめるためにやってきたのである。
 時音は直ちにその連中を斬り捨てようとしたが、そこでふとあることに気づいた。
(こっちは、戦う意志も、力もないものまで殺されたんだ。こいつらを殺したくらいで釣り合うものか)
 そう考えて、時音はあえて彼らをやり過ごし、帰還する彼らの跡をつけて「仇」のいる街を割り出すことにした。

 はなから生き残りなどいるはずがないと決めつけている連中の目を欺くのは、時音にとってはたやすいことだった。





 それから数日の後。
 時音は、見事目標の街に潜入していた。
 あとは、一人残らず切り伏せるのみ。
 逃げられる危険を減らすためには、なるべく自分の存在が気づかれないようにした方がいい。
 心を怒りと憎悪で満たしながら、時音は静かに夜を待った。

 そして、その夜。
 闇に紛れて、時音は行動を開始した。
 黒い光――そう形容するしかない外見に変わり果てた『光刃』を構え、最初の獲物を探す。
 一人目を斬ったら、その余勢を駆って一気に近隣の住民を殲滅する。
 残酷な決意を秘めた時音の前に、ふらりと一人の酒に酔った男が姿を現した。





「……僕は、その男を斬ろうと、男の前に飛び出して、刃を振り上げた」
 遠い目をして、時音は話し続ける。
「けど、その時、どこからともなく『声』が聞こえてきてね。
 その『声』に呼び覚まされたかのように、故郷のことが頭に浮かんだんだ。
 まだ『終わらない戦い』が始まる前……異能者も、人間も、ともに暮らしていた頃のことが」
 ふと、その顔に自嘲気味な笑みが浮かぶ。
「……殺せなかった。殺したら、憎むべき虐殺者と同じになってしまうから。
 そして、何より……人間に対する憎悪の気持ちが、きれいさっぱり、とまでは言わないけれど、ほとんど消えてしまっていたんだ。
 少なくとも、人間だからというだけで憎むことは、その時の僕にはもうできなかった」

 その時音の話を聞きながら、歌姫はかすかなデジャヴを感じていた。
 いつか、どこかで、そんな光景を見たことがある気がする。
 しかし、かすかにそんな気はしたものの、それ以上のことは全く思い出せなかった。

 歌姫がそんなことを考えている間にも、時音の話は続いていく。
「そのまま、僕は街を飛び出した。
 ずっと人間に復讐することだけを考えていたのに、いざとなってみるとそれはできなかった」
 そこまで言って、時音は一つ大きく息をついた。
「それからかな。時々、あの『声』が聞こえるようになったのは。
 復讐が果たせないなら、と死のうとしたこともあったけれど、その時もその『声』が僕を止めてくれたんだ」

 時音の話が進むごとに、歌姫の感じているデジャヴもまた強くなる。
 気のせいなどではなく、彼女は明らかにその場面を「知って」いる。
 なぜ「知って」いるのかまではわからなかったが、とにかく、「知って」いることには確信が持てた。

 いつしか、時音の顔にはいつもの優しげな表情が戻っていた。
「そうやって、その『声』に支えられていくうちに、こう思うようになったんだ。
 僕の故郷と同じような灯が、一つでも多く灯ってくれたら。
 人間も、異能者も、ともに平和に暮らしていける、そんな世界に一歩でも近づけたら、って」
 改めて自分自身に言い聞かせるかのようにそう口にすると、時音は最後に力強くこう言いきった。
「だから、そのために僕は戦ってきたし、これからも戦っていく。
 その願いと、あの『声』が、僕に残された最後の真実だから」

 それを聞いて、歌姫は全てを思い出した。
 デジャヴなどではなく、歌姫は本当に全ての場面を「知って」いたのだ。
 それらの場面を、全て夢で見ることによって。
 そして、さらに驚くべきことに、彼女の夢の中での声、自分の耳にすら聞こえなかったはずの声は、確かに時音に届いていたのだ。

 彼女は、決して無力ではなかった。
 自分でもそれと知らぬ間に、彼女は時音を支えていたのだ。

 気がつくと、歌姫は時音に抱きしめられていた。
「そうか……あの『声』は、歌姫さんの声だったんだ」
 時音が、納得したようにそう呟く。
 あとは、ただ、無言だった。
 聞こえてくるのは、お互いの心臓の鼓動と息づかいだけ。
 その音が、まるで「心配しないで」と言ってくれているようで、それが妙に心地よかった。

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<<ライターより>>

 撓場秀武です。
 まずは、今回も遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
 前回にも輪をかけて長くなってしまいましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。