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BLUE…ROMANCIN' BLUE
●雨
俄かに降り出した雨の雫は、人々を道の隅へと追いやる。
商店街にまでにはまだ距離があり、その場にいた人たちはオープンカフェのテントに入った。
そして、買い物に出ていた紅月・双葉もその一人だった。
(最悪だ…)
双葉は心の中で呟いた。
(天にまします我が神よ)
何故にこのような場所で…と思ってしまうのもしかたあるまい。
かつての体験から女性恐怖症になった双葉は、カフェの前で雨が降ってきたことを呪いたかった。カフェといえば女性の溜まり場である。
丁度、時間帯としては女子社員が会社を抜け出してお茶にくる時間だ。おまけにそう言う時間帯だから、女子高校生もその場にいた。
おしゃべり好きな妙齢の婦人がたが入るのを見ると、PTAの会議が終わったあとのお茶にきているらしい。
当然、女というものは綺麗なものが好きだ。ついでに何でもネタにしたがるもので、目の前に恰好の餌(双葉)がいるとなったらおしゃべりしない手はない。
あちこちから「綺麗」だの、「神父服が似合う」だのといったさざめきが聞こえてきた。
三大巨悪が揃いも揃って双葉をだしにおしゃべりをこそこそと始めたのだから、双葉としては辛くて仕方がなかった。彼女たちに罪はなくても双葉の体が反応してしまう。
それに五感は止める事は出来はしない。雨に濡れた女子高校生の若い香りがむんとした空気に混じって鼻腔に入り込んだ。双葉にとって、それは殺人ガスに等しい。
(も、もうだめです……)
吐き気を堪えきれずに双葉は座り込む。
いきなり座り込んだ人の顔色が青いのを見ると、女性方は母性本能がくすぐられたのかしきりに大丈夫かと声を掛けてくる。
こんな所で恐慌状態になるわけにはいかず、双葉は必死になって吐き気を堪えていた。
●雨の蒼は地上の碧を呼んでくる
「今日はありがとうございましたぁ〜〜♪」
三下・忠はご機嫌になって言った。
きょうの取材…もとい、調査が上手くいかなかったらあの編集長にいびられかねない。三下はぺこぺこと頭を下げた。
「三下さん、危ないからちゃんと前を見てくださいね?」
余所見をする三下に、モーリス・ラジアルは注意を促す。
「あっ…はいッ!」
「やれやれですね…」
ただでさえ、ボケをかましまくる三下がちょっとでも余所見をしたら、便利な自動車はたちまち殺人マシーンとなってしまう。
三下には自覚がいまいち足りないのではないかとモーリスは思った。
溜息をついてモーリスは外を見た。
街を洗い流す雨は地球のシャワーのようなものだ。この星が何も言わずに己を浄化し、全てのものに恩を与える姿は美しい。モーリスは満足げに微笑んでいたが、あるものを見つけた途端に眉を顰めた。
そして、三下の肩を叩く。
「三下さん」
「はい〜?」
「停めてもらえますか?」
「え…何で」
「ほら…」
「あッ! 紅月さんじゃないですかっ!…えーい!!」
三下は思いっきりブレーキを踏む。
通り過ぎたことを焦った所為かもしれないが、急ブレーキを踏んでしまった車は雨でスリップしながら停車する。
「ぁっ!」
さすがのモーリスも最悪のタイミングで踏まれたブレーキに体勢を崩す。
「三下さん…もう私が乗るときには運転は禁止ですよ…」
「えへへ…えへへへへ…☆」
わらって誤魔化す三下を怪訝そうな目で見た。
怪我はしないと分かっていてもあまりいい感じはしないもので、小さな溜息をつくと、モーリスはドアを開けて車を降りる。
カフェの前で座り込む双葉に近付けば、女達のどよめきが上がった。観衆にニッコリと笑顔を向けて、双葉のすぐ傍に立った。
「こんにちは」
「あ…。モーリス…さ…」
真っ青な顔をした双葉を見るとモーリスはくすりと喉奥を鳴らした。
(おやおや…そうしているとたおやかな姫のようですね)
自分の考えに苦笑しているモーリスを不思議そうな目で双葉は見た。
「こんな所で倒れて…大方、女性の匂いに酔ったというところでしょう。でも、良い酔い方ではありませんね」
「…ふう…っ…。…あ、雨が…降ってきたものですから」
「仕方ありませんね…丁度、車でアトラスまで戻る所だったんです。取りあえずは、休まれた方が良いですね」
「す…みませ…。…ぐぅっ…」
もう我慢の限界らしい。本当に倒れてしまう前に連れて行ったほうが良いだろう。
モーリスは双葉を抱き上げると車の方に向かった。
●BLUE…ROMANCIN' BLUE
「じゃぁ、僕はゲラ刷りを持っていかなきゃならないんで…」
三下はすまなさそうに言った。
インタビュー用の控え室兼会議室に双葉を運んだのだが、お茶とタオルを持ってきたところで編集長に呼ばれてしまったのだ。ソファーに寝そべる双葉を見て、三下の表情は申し訳無さでいっぱいになっている。
「三下さんが何か出来るって訳じゃないでしょう?」
「あー、ひどいッ! どーせ、僕は役立たずですぅ! わ〜〜ん、編集ちょぉ〜う…」
モーリスに本当の事を言われ、勝手に傷付いた三下は走っていく。
その後姿をやれやれといった風に見つめると、暫くして視線を戻して後ろ手にドアを閉め、鍵を掛けてしまった。
倒れたままの双葉に近付き、顔色を見ようと覗き込む。
疲れも見えるので、どうやら匂いだけでも無さそうだった。しかし、過労も原因ならそれも直しておく必要があるだろう。
触診と脈を測るために双葉のカソックを肌蹴させ、シャツもボタンを外す。
「んっ…」
モーリスの手の感触が冷たくて、双葉は身震いした。
「気分は如何ですか?」
相手の反応を見るや、微かに笑みを浮かべる。
中々に自分好みの反応を見せる相手の仕草に笑みは隠せない。
「女性がいないだけ、はるかにマシです…」
「でしょうね…」
力を使って双葉の不調や濡れた服を直しつつ、そ知らぬ顔してモーリスは受け答えした。双葉の顔色もずっと良くなっていった。
「火傷の痕も治しますか?」
左首筋にある火傷の跡を指先でなぞりながらモーリスは言う。
「これは戒めですから…。どうせなら、体の冷えも戻してくださいよ」
ざわざわと首元でさざめく快感の余韻に、眉を寄せて双葉は言った。
先程、モーリスがこっそりとドアの鍵を閉めたのに気がついていたのだろうか、ややあって双葉は笑みを浮かべる。
「見ていたんですか?」
「さぁ…何の事でしょう?」
「言いますね…」
「私は寒くてしかたがないんですよ」
その言葉を聞くと、モーリスは指を退けて首筋に口付け、強く吸い上げた。
「んっ…ぁ…」
耳元でモーリスの舐める音が聞こえ、双葉は首を竦めた。その反応を見てモーリスはにやりと笑う。
「う…はぁ…」
「おやおや…カソック脱いだら淫らですね…双葉?」
名前を呼ばれれば誰でも情事は熱くなるもの。モーリスは僅かに双葉が頬を赤らめたのを見逃そう筈もなかった。
もっと啼かせようと、双葉のズボンのベルトを外し、チャックまで下ろす。どことなく歓喜に満ちた双葉の表情にモーリスは笑みで返した。
溢れる蜜を指に絡めて薄く笑みを浮かべるような淫靡さは下僕であったときの影響なのだろうか。真実のところはわからないが、モーリスにとっては如何でも良いことだ。
終業前のオフィスでブラインドも下ろさずに情事に濡れる浅ましさ。耳から忍んでくる甘美な毒と指から伝わる熱と快感が全て。
何処となく誰をも誘っているような唇に触れて、ひととき自分のものにする喜びを互いに感じていた。
■END■
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