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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


雑草伝 −壱華と綾が如何にしてあの暗い洞穴より帰り得たか、その顛末−


 1  夏の終わりに、二人はあの忌まわしき山にて――

 夏ほどでこそないものの、晩夏から初秋に差しかかった時節の山というものは大概にしてうるさいものである。
 昼間からジィジィとがなりたてるキリギリスや、夏の終わりを感じさせるツクツクボウシを始めとし、日が翳ってくればコロコロと耳に楽しいコオロギの声も聞こえ始める。夜になればふくろうが慎ましく歌い、日が昇るころには山鳩が朝を告げる。
 たしかにそれらはうるさい。しかし同時に、四季や自然といったものを深く感じさせる大切なものでもあった。古来より虫や鳥の声について詠った詩は多い。
「……って、間違ってもこういううるささじゃ無いと思うんだけど」
 ギャッギャッと奇声をあげる極彩色の鳥を見上げて、皆瀬綾は疲れたように呟いた。
「どうしたの、綾ちゃん?」
「なんでもないわよ。早く雑草刈って帰ろ、壱華」
 呟きを聞きつけたのか、先行して道無き道を掻き分けていた葉山壱華が綾の方を振りかえる。
 その瞳には何の疑問も浮かんでいない。彼女にとって、この山の風景はごく当たり前のものなのだろう。げんなりとしながら綾は思った。
 雑木林というより、樹海。樹海というより、密林(しかもジュラ紀とか白亜紀のそれである)。巨大なシダ植物が空を覆い、人ほどの大きさをもった六枚翅のトンボが飛びかう。日本というか、既に地球上の光景とも思えない。
「あっ、綾ちゃんそこ危ないッ!」
「え、なに?」
 突然飛んできた言葉に、思考を中断して顔をあげる。壱華がこちらに向かって駆け寄ってきていた。
 どうしたのだろう、考える暇もない。唐突に地面が揺れて、いきなり口を開く。
「へっ?」
 足場が消失していた。落とし穴だと気付いた時には既に遅く、綾の身体は重力のおもむくままに落下を始める。
 がくんと全身に衝撃か走った。
「な、なに……」
 痛み、は無い。地面に叩きつけられたわけではないようだ。
 落下は止まっていた。下を見ると、落とし穴のそこには水が溜まっており、綾と一緒に落ちた枯葉や土がジューと音を立てて溶けている。
(……ジュー?)
 それが何を意味するのか考えるより早く、上から声がかけられた。
「あはは、危なかったねぇ」
「い、壱華?」
 見上げて状況を理解する。
 綾は落とし穴の真ん中で、壱華に服の襟をつかまれて宙ぶらりんになっていた。
 歳のわりに軽い体重を持つ綾だが、それでも成人女性だ。それを壱華はひょいと軽く持ち上げて、そのまま地面に降ろす。まだ童女と言って良いほどの体格である壱華の細腕からは信じられない怪力だった。
 綾はその場にへたり込んだ。
「な、なんなのよ、この落とし穴!」
「あたし知ってるよ、これ。ウツボカズラっていうんだって」
「う、ウツボカズラ!?」
 ウツボカズラ、ウツボカズラ科の植物。甘いにおいを分泌して、ひょうたんのような独特の形をした袋に昆虫などを誘い入れ、中に溜まった消化液で消化吸収してしまう食虫植物である。
 無論、地面に埋まって獲物を待ち伏せしたり、人間を消化してしまうほど凶暴な植物では、断じてない。
「うそっ、こんなでっかいウツボカズラがあるわけないじゃないの!」
「なに言ってるの、綾ちゃん?」
 壱華は朗らかに笑った。
「あるじゃない、ここに」
 ガバチョと起き上がって、先ほど落ちかけた穴をのぞき込む。穴の奥には水が溜まっており、先ほど一緒に落ちた土やら枯葉やらが音を立てて溶けかけていた。
 あと、なにやら動物の骨らしきものがいくつか沈んでいた。
 さあと血の気が引く。
「な……」
「な?」
「なんなのよこの山はあッ!!」
 綾の、本気の悲鳴が辺りにこだまする。
 実は本日三回目の絶叫である。


 2  ――様々な困難に耐えながら、――

「ごめんね、綾ちゃん。よく説明もせずにお手伝い頼んじゃって」
「ううん、いいの壱華。よく説明も聞かずに二つ返事で引き受けちゃったあたしがバカだったのよね」
 精神的、肉体的な疲労に耐えかねてぐったりしながら、綾は言った。
 壱華はすまなそうに目を伏せる。
「あのね、もし良かったら綾ちゃん先帰っててもいいよ。夏の間、雑草狩りしてなかったからたくさん生えてると思ってたんだけど、まだ一輪も見つからないし。あたし一人でも大丈夫かも……」
「本当? それじゃあ……」
 言いかけて、綾は思い出す。
(ここ、どこだろう?)
 久遠家所有の山なのだから、少なくとも地理的に言えば日本のどこかということになるのだろう。だが、どうすれば帰れるのかなど見当もつかない。
 綾は自分でも認める方向音痴である。そして、この密林のでたらめっぷりは自らで体験した分誰よりも良く分かっているつもりだった。このままここで壱華と分かれて、無事生きて帰ることができるだろうか。
 いや、できまい。
「その、えーと……はは、バカね、壱華。あたしから言い出したことよ。途中で放り出すなんて、そんな無責任なことできるわけ無いじゃないの」
「ほんとに?」
「ホントホント、全然OK」
 壱華の顔がパアっと明るくなった。一瞬投げ出しかけた綾の良心がチクチク傷む。
 それをごまかすように、大見得張って胸を叩いて言う
「大丈夫、この綾お姉さんにまかせなさいって」
 言葉とはうらはらに、切実に帰りたいと思う綾だった。


 3  ――ついに目的のそれを見つける。

「しっ、綾ちゃん。隠れて」
 突然強引にあたまを押さえつけられ、綾はその場に引き倒される。
「ちょ、ちょっとなによ? またなんか出たの!」
「うん、いたよ。雑草」
「雑草? なんか知らないけど、じゃあソレ刈って早く……」
 帰りましょうよ。と、言いかけて絶句する。
 壱華の視線を追って顔をあげた、綾の目に入ったそれはずいぶんと奇っ怪な物体であった。
 まず目に入るのはわさわさと自在にうごめく数枚の長い葉。人間の手のようで、葉の先端を巻いて器用に物を掴んでいる。
 次に目に入るのはその根、あるいは蔦か? とにかく長い触手のような二本のそれら。足の役割を果たしているようで、ざわざわとうごめきながら動く様はのたうつ蛇のようでいやらしく、触れがたい雰囲気を醸し出している。
 最後に目に入ったのは花。ぷっくりと膨れ咲く、チューリップにも似た赤いつぼみには、しかし、普通の植物には明らかにありえない器官をその先端にもっていた。
 すなわち、ぼってりとしたタラコ唇と、そこから覗く白い歯だ。
「ッて、あれが? 雑草?」
「そうだよ」
 綾は自分の脳味噌がとろとろと溶けていくような錯覚に襲われる。
 その謎の物体が例えば、ウサギやシカを捕食しているのなら良かっただろう。槍で武装して、マンモスを追い掛け回しているのならまだ許せた。たとえ哀れな犠牲者たる人間をそのいやらしき触手に捕らえながら、あまつさえ謎の怪光線を乱射し、五色の戦隊ヒーローに挑んでいたとしても、綾は全く驚くことをしなかっただろう。
 それが、ああ!
「雑草、一匹しかいないねぇ」
 隣で呟く壱華の残念そうな言葉が耳に入り、脳を通過して、そのまま反対側の耳から出て行く。
 たしかに、雑草、と呼ばれたその物体は、そこにいた。
 そこにいて、よりにもよって、(なんとも形容しがたいほどに恐ろしいことに)お姫さま座りをしながらお花を摘んでいた。
 あまりにもミスマッチな情景であった。
「まぁいいや、とりあえず狩っちゃおうよ♪」
「ッ待ちなさい」
 今にも襲い掛からんとしている壱華の肩に、綾は手を置いて制止する。
「なにするつもりよ、壱華?」
「だから、狩るんだってば、そのために来たんだからね」
「ッて言うか、あの物体はなに!」
「だーかーらー、雑草だよって」
 当然とばかりに壱華は胸をはって主張する。
 頭の片隅で他人事のように、「ああ、流石にあたしより薄いわよね」とか全然関係ないことを考えながら、綾は言葉を繰り返した。
「あれを?」
「あれを」
「刈る?」
「狩る」
 首を捻る。
 何かが違うような気がして言いなおす。
「Mow(刈る)?」
「Hunt(狩る)」
 ここに至って綾はようやく、相互認識の齟齬を理解した。あまりにも遅すぎた気はするが。
「つまり、あたしらはあの怪奇植物をぼてくりこかすために山の中に入ってきたのね」
「もー、綾ちゃん。最初からそう言ってるでしょ」
 聞いてない。
 大声で叫びだしたい衝動に駆られるが、そこは流石に堪える。
 代わりに出てきたのは低い低い笑い声だった。
「ふっ、ふふふ」
「あ、綾ちゃん?」
 身の危険を感じたのか、一歩後ずさろうとする壱華の肩をがっちり捕まえて、綾は笑った。
「あれを狩ればいいのね、好きなように? ふッ、やってやろうじゃないの。生まれてきたことを後悔させてあげるんだから!」 
 どうやら、ここまで来るのに溜まりに溜まったフラストレーションが一気に爆発したようだ。
 壱華の背筋をつぅと冷や汗が流れる。
「さあ、行くわよ壱華!」
「う、うん……あ、待って!」
 言うなり飛び出そうとする綾を今度は壱華が制止する。
「なに」
「移動するみたい。隠れてついていこ、もしかしたら、村があるかもしれない」
 壱華の言葉に、綾の目が怪しく光る。
 雑草に目を戻すとたしかにそれは立ち上がって、触手をうごめかせていた。
「村? ってことはあれがたくさんいるのね!」
「うん、多分」
「よぉし。追っかけるわよ、壱華!」
「おーっ♪」
 なんだかやたらハイになってしまった綾に、壱華は楽しげに答えるのだった。


 4  暗き洞窟は深く、謎に満ち――

 コツン、コツンと、歩くたびに石床が音を立て、闇の中に大きく反響する。
「ふーん、こんな場所があったんだねー」
 自らの能力で作り出した即席の灯火を掲げ、壱華は興味深げに呟いた。山になれた少女にとっても、この洞穴の存在は予想外であったようだ。
「ちょっと、大丈夫なの、ここ?」
 綾も不安を感じたのか、手前を歩く少女に声をかける。「へーきへーき」と軽く答えて、壱華はさらなる奥に向けて明りを掲げた。
 目の前にはそれでもまだ途切れる事の無い、暗い闇が横たわっている。
 雑草を追って入ったその穴は、明らかに自然に作られたものではなかった。
 天井は高く緩やかなアーチを描く。硬い床は鏡面のように磨き上げられており、所々に階段のような規則正しい段差があった。壁面に浮かぶ妙な陰影も自然に発生する類のものではない。
(陰影……?)
 あることに気付いて、綾は足を止めた。不思議そうに壱華が振り返る。
「どうしたの、綾ちゃん」
「ちょっと壱華、火ィこっち持ってきて!」
 壱華は言われたとおりに灯火を近づけた。壁面の影は強い明りに一瞬揺らめくも、さらに克明な形となって浮かび上がる。
 明りに照らされた石壁には、巨大なレリーフが施されていた。
「これ、壁画みたい」
「壁画?」
 綾の言葉に壱華は驚きの声をあげた。
 描かれているのは雑草たちの姿だ。平面上に図象化された巨大な雑草たちが、皆一様に同じ方向を向いて並んでいる。
 それはどこか、昔ハマったファミコンのゲームを思い出させた。
 綾は頭が痛くなってきた。
「つまり、この洞窟は雑草たちの家ってことなのかな」
「そうかもね」
 頷いて、綾はまた壁画を眺めやる。
 壁の中で雑草たちは様々な情景を繰り広げている。歩くもの、口を開けるもの、土管から顔を出すもの。小さな雑草が下の方に整列しているのを見つけてて、ああ、ここに落ちたら件の配管工のオヤジは死ぬんだったなとか、バカなことを連想する。
「あれ」
 ふと、壱華が声をあげた。
「どうしたの、壱華」
「んーとね、綾ちゃん。これって人じゃないかな?」
 言われてそこに視線を送る。
 壱華が指差した先にはたしかに人のような姿が彫り込まれていた。髪の長い、恐らくは女の子だ。火の玉を投げて雑草たちを燃やしている様は、ますます例のゲームのようであるが。
 それ以上に、その形は、綾にある人物を思い起こさせた。
「……これ壱華じゃない?」
「えっ?」
 言われて壱華もまじまじと見つめなおす。体格や顔立ち、服装、手にもった火の玉。たしかに、どれをとっても壱華にそっくりだ。そして何より特徴的なのは、頭から生える二本の小さな金の角。
「ほんとだ、これあたしだよ」
「壱華、ここに来た事あるの?」
「……ううん、無いよ」
 壱華は少しだけ考えて、首を振る。
「それじゃあ、これはなんなの?」
「さぁ?」
 二人はそろって首を捻り、しばらくその壁画を見つめていた。


 5  ――その奥にて二人は発見する。

「……っ!?」
 眼下に広がったその光景に、綾は思わず息を呑みこんだ。
「うわー」
 壱華も呆然と口を開けてその光景を見下ろしている。
 まずはその巨大さに驚いた。
 長い壁画の通廊を抜けると、そこにあったのはすり鉢状の大広間だった。その大きさは東京ドームが一つ、余裕で入るほど。中央では巨大な雑草の石像が、柱のように天井を支えながら聳えている。
 姿かたちは、例えて言うならビオランテ。というか、それ以外の何者でもない。
 一目で端まで見通せるのは、あちこちでかがり火が焚かれているからだ。広間の中には見渡す限り、幾千、幾万もの雑草たちがざわめいていた。皆一様に雑草巨石にひれ伏して、一心不乱に祈りをささげている。
 その、どこか遠い異次元の宗教の儀式みたいな、異様で触れがたい光景。流石の二人もただ絶句するしかなかった。
「い、壱華? 雑草って、いつもこんなにいるの?」
「あはは、こんなたくさん一度に見たのは始めてかも」
 壱華の笑い声もどこか引きつっている。
「これ、ぜんぶ狩るの?」
「うん、そーだね」
「ッていうか、一万くらいじゃすまない気がするんですけど、これ!」
「そーだね」
「……帰らない?」
「……そーだね」
 結論が出ようとしたところである。
『キシャーっ!』
「きゃッ」
「うわあッ」
 突然二人の背後から、鉄をこすり合せたような耳障りな咆哮が響きわたった。幾万の雑草が声に驚き、二人の方を振り返る。
 壱華と綾が背後を振り返ると、鮮やかな花びらを持った赤と青の屈強な雑草が二輪(それを一輪、二輪と数えていいのかはかなりの疑問であるが、この際はさて置く)、鋭い鉄の槍を二人に向けて威嚇してる。
『貴様ラ、其処デ何ヲシテイル!』
 赤い方の雑草が誰何の声をあげた。
「な、なにって、ねえ壱華?」
「うん」
 まさか「あんたらを狩りに来たんです」と言うわけにも行かず、二人は口篭って言う。
「ちょっと迷子になっちゃって」
『嘘付ケ、コンナ所デ迷子ニナッテル人間ナンカ居ルワケナイダロッ!』
 脳味噌があるかどうかすら疑わしい植物の癖して、ツッコミだけは的確であった。
 と、今まで黙って壱華を見つめていた青い方の雑草が、恐る恐るといった風に声を出した。
『オ、オマエ、モシカシテ雑草狩リカ?』
『ナンダトっ!?』
 赤い方の雑草が驚いたような声を上げて、壱華を見つめる。
『ソノ白イ髪、二本ノ角! 確カニ雑草狩リダ!』
 状況のつかめない人間二人は困惑して互いに目を合わせた。
「ねえ、壱華。知り合い?」
「知らないよ。ねえ、雑草。なんであたしのこと知ってるの?」
『知ラヌ筈ガアルマイ。雑草狩リト言エバ、幾多モノ村ヲ業火ノモトニ焼キツクシタ伝説ノ大魔人ダ』
 青い雑草の声には確かに恐怖がこもっていた。二人は再び顔を見合わせる。
「あんた、そんな事してたの?」
「えへへ〜」
「ッてことは、そう。さっきの壁画に書かれてたの、やっぱり壱華だったのね」
 一方雑草たちの方も、なにやら複雑なドラマを繰り広げる。
『我々ノ雑草王国モココデ終ワリカ』
『諦メルツモリカ!』
『コレハ裁キナノダ。雑草狩リハ増エ驕ッタ我々、雑草ヲ裁ク天ノ使イナノカモシレヌ。ナンビトモ天ノ意思ニ逆ラウ事ハデキナイ』
 青い雑草は静かに首を振り、天を見上げた。
 しかし、なんか色々とカッコよさげなことをやってはいるものの、顔が雑草である。どう見てもギャグにしか見えないのだった。
『冗談デハナイ、俺ハコンナ所デ死ニタクナイゾ!』
 赤い雑草は、広間中に響くような大声で叫んだ。
『滅ビタク無イ者ハ俺トトモニ立チ上ガレ! 雑草狩リヲ殺スノダ』
 広間を再びざわめきが支配する。幾万のざわめきは次第に殺気を孕み、雑草たちの怒りが壱華と綾の二人に向かって収束する。
「げっ……」
 そして、数万対二の無謀な戦いが始まった。


 6  そして雑草たちは滅び去った。

 戦いは、いつ果てるともなく続いていた。
「きゅ、九千とんで二八輪目……」
 襲い掛かってきた毒々しい色の雑草を、自らの能力『デトネイター』で吹き飛ばす。
 周囲には死屍累々と築き上げられた雑草の残骸たち。流石に、これほどの数を片付けると不用意に襲ってくる敵の数は減っていた。
「壱華ァ、無事ー?」
「ぜーんぜん大丈夫だよー!」
 跳びまわって雑草を駆逐しながら、壱華は元気に答える。流石は鬼の子と言うべきか、息一つ切らした様子も無い。
「はぁ、あたしも結構、体力には自信あったんだけど」
 ため息をついて、綾はその場に座り込んだ。
 一匹一匹はそれほど強くないものの、これだけの数になればその労力は並大抵のものではない。
 異能力こそ持てど、綾は肉体的に言えばただの人間だ。一万近くの雑草を吹き飛ばすという重労働に、心身ともに限界が近づいていた。
『オノレ、オノレ! 我々ハ滅ビルシカ無イト言ウノカ!』
(まだ、生き残ってたんだ。あれ)
 最初に声をかけてきた甲冑の赤い雑草が、何かに向かって叫んでいる。薄目を開けて、綾はそれを見つめた。
 ゆっくりと慎重に意識を集中する。距離はそれなりに離れている。綾の能力の確実な有効範囲は精々で一メートル程度だ。それ以上になると制御を失い、別のものを誤爆してしまう。普通に考えれば、この距離では届くわけがない。
(遠すぎて、コツが掴めないのよね……)
 それでも綾は、意識の中の手を細く、長く伸ばす。ゆっくり、ゆっくり、神経を張り詰めさせて、雑草に向かって伸ばす。
(……掴んだ!)
 そう思った瞬間、綾は『着火』した。轟音を立てて爆発が巻き起こる。赤い雑草が吹き飛んで、宙に舞い上がった。
「惜しいッ!」
 正確に言えば、爆ぜたのは雑草の下の地面だ。やはり遠すぎて目標からずれてしまったようだ。そう簡単に上手くはいかない。
「……でも、もっと頑張れば届きそうね」
 満足げに頷いて、綾は再び立ち上がり、辺りを見回す。
『雑草神ヨ、我ラヲ見捨テタモウナ! 雑草神ヨ、怨敵ヲ倒シタマエ!』
 吹き飛ばされた赤い雑草は性懲りも無く起き上がり、巨石に向かって祈りをささげている。
『オオババサマ、ミンナ死ヌノ?』
『サダメナラネ……』
 どこかで見たようなコント繰り広げている雑草もいた。
「てりゃーッ!」
 壱華が掛け声を上げて、一際大きな雑草を勢いよく放り投げる。風を切る唸りを上げてそれは、巨石の丁度顔面辺りにぶち当たった。
『アアッ!』
 赤い雑草が悲痛な声を上げた。衝撃でゆっくりと、雑草巨石が傾いていく。
「……え?」
 唐突に、地の底から響きわたるような地鳴りが沸き起こった。
『雑草神ノ怒リダ!』
 狂喜して踊る赤い雑草の上に巨大な岩石が落ちる。呆気なく、雑草はぐしゃりとつぶれる。
「ッて! もしかして、ここ崩れるッ!?」
 その通りだった。
 天井を支えていた巨石が、バランスを崩して倒壊する。何匹もの雑草がその下敷きとなり、はかなく潰れていく。
 ぱらぱらと、恐らくは天井を構成する岩と岩の間に挟まっていた細かい埃が振り落ちてくる。天井を形作っていた岩石それ自身も少しづつ、だが確実に量を増やながら落下し始める。
「壱華! なんてことしてくれんの」
「うーん。綾ちゃん、どうしよっか」
「どうしようもないわよッ!!」
 綾の、本日四度目の本気の悲鳴は、落下する石塊の轟音によってかき消される。
 そして、洞窟は崩落した。


 7  以下が如何にしてあの暗い洞穴より帰り得たか、その顛末である。

 壮大な地響きが地の底より響きわたる。
 斯くして、広大な久遠家所有の山の端に位置した小さな丘が、轟音を立てて脆くも崩れ去った。
 突然の災厄に鳥は飛び立ち、動物たちは逃げ惑う。その場所に根を張っていた植物は(一部の移動可能な変種を除いて)、土砂に巻き込まれて呆気なく埋まっていった。
 やがて、轟音が静まる頃、密林の一角に巨大な土砂のクレーターが誕生していた。
 近隣の住民は驚かない。
 長年この魔境の近くに住み続け、既に感覚が麻痺しているのだ。だから、その直後クレーターに盛大な爆音が轟いたとしても別に警察に通報したりなんかしなかった。
「……死ぬかと思った」
 爆発の中から出てきたのは、泥まみれになった綾である。
 生き埋めになりかけた彼女は、自信の持つ『デトネイター』により己の身体を連続で爆発させた。彼女の能力が彼女自身を傷つける事は無い。上に圧し掛かる土砂を爆発で吹き飛ばすことにより、なんとか難を逃れ得たのだ。
 最後の力を振り絞って、砂礫を這い上がる。もう少し土砂が厚かったなら助からなかっただろう。ため息をついて、綾は思う。本当に、ギリギリだった。
「ぷはー、苦しかった」
 少し遅れて、近くの土砂から壱華も顔を出す。こちらは純粋に、ただ穴を掘って出てきたのだ。本気になればデコピン一発で岩をも砕く壱華にとって、この程度の災難は些末なものだ。
「ホント、元気よね」
「なに? 綾ちゃん」
「なんでもない、壱華も無事でよかったわ」
 服が汚れるのも気にせず、綾は仰向けに寝転がった。というか、もう既に泥まみれで、これ以上汚れる余地なんか無いのだ。
「でも、これでようやく終わったのね」
 大きく伸びをしてため息をつく。終わってみればそれなりに楽しかったかもしれない、と綾は思った。息をつく暇も無いドタバタだったが、少なくとも退屈な時間ではなかっただろう。それに、能力制御の練習にもなった。
「えっ?」
 そんな風に、綺麗にまとめようとしているところに、壱華が意外そうな声を上げる。
「なに、壱華?」
 とてつもなく嫌な予感に駆られて綾は聞きかえす。
「終わってないよ」
 とてもあっさりと、壱華はそんなことを言った。
「……なんで!」
「あのね、あたしが雑草狩りをするのは、雑草の種を集めるためなんだよね」
「種?」
 思い出す。そういえば、襲い掛かってくる雑草を爆破した時それらしきものを撒き散らしていたかもしれない。
「ええと」
「その種が薬の材料になるんだ。だから、それをもって帰らなかったらお店のお手伝いにならないの」
 困ったように、壱華は言う。頬が引きつるのを感じながら、綾は最後の確認をする。
「壱華、一つ聞いていいかしら?」
「なーに?」
「その種、どこにあるんでしょう?」
「地面のしただね」
 ぐるりとクレーターを見回して、壱華はあっさり言い放つ。
「……で、どうやって集めるのデスカ?」
「それはもちろん、」
 どこから持ってきたのか、大きなスコップを差し出した。綾の口元はこれ異常ないほどに引きつっている。壱華はにっこりと無邪気に、そしてとても残酷に笑って、絶望的な言葉を口にする。
「掘るんだよ」
 綾は真っ白になった。

 壱華の怪力と、綾の『デトネイター』の力もあり、種の発掘作業は意外に早く、少なくとも日付が変わる前には終了。なんとか篭一杯分の種は回収できた。
 壱華の保護者から夕食(というより夜食)を振舞われながら、綾は、これだけ労働して報酬が夕食だけかよという世の理不尽さに心中で人知れず涙するのだった。
 ……あと少し夕食がおいしくない物だったら多分暴れていただろう。


◆ライターより◆
 どうも、初めまして。新人ライターの月影れあなです。
 いかがだったでしょうか、少々長くなってしまった事をお詫びいたします。お言葉に甘えて色々遊んじゃいました。ジュラ紀とか白亜紀とか、ちょっと好き勝手遊びすぎちゃったかもしれません(汗

 OMCの仕事ではこれが処女作なので、おもいっきり緊張しております。願わくば、この作品があなたの元に笑いを届ける事ができますように。お気に入りになりましたら今後ともごひいきの程を。

 それでは、縁がありましたらば、また。