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<東京怪談ノベル(シングル)>


Skill to Survive
 気合いとともに放たれた火球が、狙い通りに的の中心を捉える。
 的が一瞬にして消し炭と化すのを見届けてから、ファルスは大きく息をついた。

 今狙った的のやや右にある打ち砕かれた的は、石弾の魔法で。
 そのさらに右隣の真っ二つに切り裂かれた的は、風の刃の魔法で狙ったものである。
 いずれの的も、魔法が狙い通りの効果をあげたことを示していた。
 ただ一つ、水の魔法で狙った的だけはもとのままの姿を保っていたが、その表面が濡れているところを見ると、一応当たるには当たったのだろう。
 水の魔法が苦手なファルスにとって、この結果はさして珍しいものではなかった。

 ともあれ、それを除けば、ファルスの攻撃魔法の威力はゆっくりだが確実に上がっている。
 特に、得意としている火の魔法は、うまくいけば大岩をも吹き飛ばせるほどになっていた。

 しかし、いざというときに切り札になるのが火の魔法だけでは、まだ多少不安が残る。
 例えば、何らかの理由で火の魔法があまり効果を発揮しない、もしくは全く通じない相手と戦うことになった場合、一体どうしたらいいのだろう?
 もちろん、そういった相手とは戦わないに越したことはないが、常に戦いが避けられるとも限らない。
 そうなれば、現状ではそれ以外の魔法で戦うしかないが、それらの魔法は未だ全般の信頼を置けるほどの域には達していないし、火の魔法と同じだけの水準にまで引き上げるには、それこそ並々ならぬ努力と、十分な時間が必要になる。
 都合のいい話ではあるが、もう少し短時間で習得できる何かがないものだろうか。
 そう考えて、ファルスはあることを思いついた。

 実は、彼女には攻撃魔法以外にももう一つ特技があった。
 空間操作の魔法である。
 今のところ、この魔法は他の場所に瞬間移動するためと、自分の周囲の空間に干渉して障壁を作るためにしか使ったことがなかった。
 それを、何とかして攻撃に使えないだろうか。

 もちろん、理論的には不可能ではない。
 けれども、この魔法を攻撃用に使うためには、一つだけ厄介な問題点があった。
 空間操作の魔法は他の魔法に比べて遙かに疲労度が高く、多用することは難しい。
 よって、通常時にむやみに使わないことはもちろんとして、万一使わなければならないような事態に陥った場合でも、一発か、多くても数発で窮地を脱せるだけの威力がなければ、とても実用的とは言いがたいのである。
 そして、それほどまでに強力な攻撃手段を持つことは、ファルスにとって本意ではなかった。

 どうして、こんなことをやっているんだろう。
 そんな疑問が頭をもたげてくることは、すでに珍しいことではなくなっていた。
 もともと、ファルスは戦うこと、つまり、相手を傷つけることが好きではない。
 本当ならば、このような訓練などしなくてすむに越したことはないのだ。

 だが、この世界では、降りかかってくる火の粉を払えるだけの力がなければ生きてはいけない。
 
 生きていくためには、やるしかない。
 そう自分を納得させると、ファルスは早速先ほどの思いつきを試してみることにした。

 ある程度以上の威力が求められるとなれば、普段使っている的では標的としてふさわしくない。
 何か適当なものは、と辺りを見回すと、少し離れたところにちょうどいい大きさの岩があるのが目に入った。
 全力で火の魔法を叩き込めば、ギリギリで吹き飛ばせるかどうか、といったサイズである。
 その岩を標的とすることに決めると、ファルスはおもむろにそちらの方向へと向き直った。

 自分の周囲に障壁を作るときに似た要領で、岩を断ち切るような形で空間を断裂させる。
 成功したときのイメージを思い浮かべながら、慎重に魔法を発動させていく。

 ところが、魔法は無事発動したはずであるにも関わらず、岩はぴくりともしなかった。
 ひょっとしたら、失敗だったのだろうか?
 おそるおそる、彼女が岩の方へ近づこうと、一歩を踏み出した瞬間。

 彼女の目の前で、岩の上半分が、ゆっくりと右へと滑り落ちた。

 近づいてみると、岩はちょうど真ん中ほどで斜めに両断されており、その切断面はいかなる刃物をもってしても真似できないほどに鮮やかだった。
 ファルスの試みは、見事に成功したのだ。
 その結果に、彼女は強い安堵と少しの満足感、そしてかすかな恐怖を覚えた。

 しかし、そのいずれもが、続いて襲ってきた強い疲労感によってかき消された。
 自分から離れたところで力を行使するのだから、疲労度は障壁を作ったりするときより高いだろう。
 それくらいはわかっていたが、さすがにこれほどまでに消耗するとは予想外だった。

 今日はもう終わりにして、とりあえず一休みしよう。
 そう考えると、ファルスは近くの木の根元まで歩いていって、その幹に身体を預けた。
 何気なく見上げた青空は、まさに平穏そのもので、こんな魔法を使わなければならない機会など、それこそ永遠に訪れないようにも思われた。





 そこで、ファルスは目を覚ました。
 見上げている先にあったのは、青空ではなく、自分の部屋の天井。
 それを見るともなしに見つめながら、ファルスは小さく息をついた。
「昔の夢、かぁ」

 あの頃は、いつも危険と隣り合わせで、生きていくためには戦わざるを得なかった。
 だが、今は違う。
 もちろん、この世界にも全く戦いがないとは言えないが、少なくとも彼女の周囲を見る限りでは、命のやりとりは多くの人々にとって縁遠いものだった。
 そして、おそらくは、彼女の元いた世界でも、徐々にそうなってきていることだろう。

(平和って、いいなぁ)
 ふとそんなことを考えた、ある秋の日の朝だった。 
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

<<ライターより>>

 撓場秀武です。
 まずは、このたびは遅くなってしまって申し訳ございませんでした。
 ファルスさんが元々いた世界でどのような姿をしていたのかがわかりませんでしたので、その辺りはぼかして書いてみましたが、こんな感じでよろしかったでしょうか?
 ともあれ、もし何かありましたら、ご遠慮なくお知らせいただけると幸いです。