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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


蠢く白き影 ―シラコ様の怪―


「ロシアンたこ焼き……やっさーん?」
 学園祭、一日目。
 事前にパンフレットには各団体の出し物について案内がなされていたが、突発出し物と称すパフォーマンスや屋台など、イベントがそこここで行われている。既に大部分の生徒たちはパンフレットを当てにしておらず、自分の足で校内を巡っている。
 それゆえの、混雑である。
 今も光月羽澄は購買部の行列から弾き出されるようにして、プレハブの建物の乱立するサークル棟へとやって来ていた。
「『やっさーん』て、やっぱし元ネタはアレなのかしら」
 屋台の名と看板に、おもしろそう、と興を惹かれ、羽澄は店の前の行列に並ぶ。看板にはお決まりタコのイラストとともに野球ボールが描かれていた。今年全国出場を果たした野球部の出し物だろうか。
 ひょいと行列から上半身だけを出し屋台の様子を窺うと、確かに太い眉と黒縁眼鏡が異様な毬栗頭の店員が並んでいる。
「あら?」
 そのなかに、一人だけフサフサの黒髪を有する人物を見つけ、羽澄は思わずその人物の名を呼んだ。
「シュライン?」
 羽澄の同級生であるシュライン・エマは、白い割烹着姿で熱心に鉄板上のたこ焼きをひっくり返しているところだった。

 3年A組の総帥。
 しばしばセレスティ・カーニンガムはそう呼ばれる。
 なぜ呼ばれるのかは誰も知らないし、なぜ社長や組長などではなく総帥なのかもやはり誰も知らなかった。もしかしたら総帥と裏番は同義であったりするのかもしれない。
「今の奏者はどなたでしたか。今度、屋敷の方へお招きしたいですね」
 裏番かどうかは不明だが、ある意味この場を仕切っていたセレスティは、傍らに座るモーリス・ラジアルにそう問いかけた。
 モーリスはプログラムで確認すると、後ろに控える別の生徒へ何事かを告げ、
「お伝えします。きっと次の週末にでもいらしてくださるでしょう」
 優雅に頷きを返した。
 そんなゆったりとした時の流れすら感じさせる二人のやり取りを、他の生徒たちは遠巻きに眺めている。
 場の説明をすると、ここは体育館の中央付近に設えられた特別席である。
 学園祭初日は音楽祭と銘打たれ、在校アイドル&吹奏楽部コンサートが体育館ステージで行われていた。現在は昼の部が進行しており、たった今ピアノ同好会の演奏が終わって次の部が準備しているところだ。
「……セレスティ様、そろそろ予約のお時間です」
 腕時計を見、モーリスはそう知らせると、セレスティをともなって体育館を後にする。
 なぜモーリスがセレスティのことを「様」付きで呼ぶのかは、こちらもやはり誰も知らぬままである。
 ――あいかわらず、すげぇよなあ……。
 ――素敵ねぇ……。
 彼らの去った後には、常にそんなさざめきが起こる。
 なかにはわざわざ学園祭で特別席まで用意してみせる彼らの金銭感覚に、羨望の眼差しすら向ける者までいた。
 コンサートは特別席、優れた芸術家を「今度、屋敷の方へ」ご招待、そして何事にも予約。たまに貸切。
 裏番説は、ちょっと当たっているのかもしれない。

 一方、そんな世界とはあまり縁のない同じく3年A組の藍原和馬は、校庭の隅で遠い目をしていた。
 別段彼は貧乏でも苦学生でもないのだが、四六時中――といっても授業にはきっちり出席している――アルバイトに奔走しているせいで、周囲から「アイツ授業料もヤバイらしいぜ」などと勝手に思われているのだった。
 今、和馬の手にはピンク色の愛らしい包装紙に包まれた食べかけのクレープが握られている。
 その傍では、和馬に同じくクレープを手に、三々五々打ちひしがれた風味たっぷりの“元・チャレンジャー”たちがたむろしていた。
 元・チャレンジャー。
 その称号は、校庭へ出店している某クレープ屋台へ立ち向かった者のみが名乗ることができるものだ。学園祭名物というか、お祭りごとにはつきものというか、「○個食べたら一個アタリ、またはハズレ」の類に属するその屋台へ、「未知なる味を探求するチャレンジャー」として挑んだ彼らはそう――つまり負けたのである。
 和馬のクレープの味は塩辛いような、酸っぱいような、紫の薔薇を想い起こさせるような、呼び込み文句に違わずまさに未知の味だった。
「……これ、本当に生徒会のチェック入ってんのか?」
 呟きながら、とりあえず飲み物で一気に流し込んでしまおうと購買部を目指す。が、コンビニエンスストアサイズの購買も、三百人をも収容する広々とした食堂も、昼を過ぎたというのにいまだごった返していた。建物の外に設置されている自動販売機の前にも長蛇の列が見て取れる。
「マジかよ……」
 口中に、クレープの味がふわりじんわりとひろがる。
 和馬は己の五感が常人より優れていることを呪って、がくりと項垂れた。
 と、下を向いた和馬の前に、唐突に缶入りの烏龍茶が出現した。
「あの、もしよかったら」
 声の主をたどり顔を戻すと、眼の前には指定の学ランをきっちりと着た少年が、和馬へ烏龍茶を差し出している。和馬も学ランを羽織っていたが、その着こなしは些かラフだ。体格を見ても対照的な二人だった。
「いいのか?」
「ええ。気分が悪そうに見えましたが、大丈夫ですか?」
「ああ、ちょっとハズレひいちまったみたいでな」
 和馬は烏龍茶を一気に飲み干し、息を吐く。まだ舌には未知の風味が残っている気もするが、大分楽になったようだった。
「……二年か?」
 烏龍茶の礼を言い、和馬はさりげなく少年の腕になんの腕章も巻かれていないことを確認した。
「はい、A組の綾和泉です。三年の藍原先輩ですよね?」
 微笑みながら、綾和泉匡乃は和馬の名を当ててみせた。
「たまに下校時刻になると、バイトに間に合わないとかですごい速さで校門を出て行く姿をお見かけします」
「おい、バイトのことは――」
「大丈夫ですよ。僕は生徒会役員でも風紀委員でもありませんから。……腕章、確認したんでしょう?」
 匡乃が軽く首を傾げ己の腕を指し示したのに和馬は「ああ」と頷いた。
「先輩、それ怪奇クレープの屋台のものですか?」
 ふと、匡乃は和馬の手に握られたそれを指差し和馬が続けて頷いたのを見て、先ほどの言葉を覚ったようだった。
 ハズレひいちまったみたいでな。
 なるほど、そういうことか。
「……ねえ、先輩。口直しにたこ焼きでも食べにいきませんか?」
「たこ焼き? 野郎とか?」
「サークル棟で野球部が出している屋台なんですが、僕の同級生が手伝っているんです。客引きを頼まれているんですよ」
 その同級生が女子だと聞いて、しかも知り合いの名まで出てきたところで――断れば後でなにか言われるかもしれない――和馬は匡乃とともに購買を過ぎサークル棟を目指すことにした。
(まあ、マトモなもの食えば確かに口直しにはなるだろうしな)
 そう思っての判断だったが、その考えは屋台に貼られたダンボール紙一枚の前に、むなしく消え去った。

『6個入り ¥500
どれか一つがもれなく危険!』

 ――またか。


 ***


 専用のプレートの上にまるいたこ焼きが並ぶ。
 色合いも中身もほど良いと判断したところで皿に盛り、その上にたっぷりとソースを乗せてゆく。青海苔に鰹節も添えられ、その他のトッピングは自由なようで、ネギやマヨネーズが屋台の横に置かれていた。
「美味しそうですねぇ」
 香ばしいソースの香りに、セレスティがうきうきと一同に声をかけた。
 ちゃっかり再び特別席なご一行の面々の表情は、約一名を除いて同じように楽しげだ。特別席は、なぜか店の内側に設置されていた。
「どうしたんだい、和馬くん。浮かない顔だね」
 横のパイプ椅子に座る同級生に、モーリスが尋ねた。
「イロイロあったんだよ。マトモなもん食わせるとこはねぇのか、この学園は」
「ああ、クレープだね? コスプレの」
「行ったのか」
「いや、チェックはしておいたのだけどね。あとで行ってみようかな。どうやら和馬くんは見事『アタリ』だったみたいだね」
「どうでもいいが、和馬くん言うな。気色悪い」
「じゃあ……和馬さん?」
 わざと囁くように発音した。
「……苗字で呼べ。苗字で」
 椅子ごと和馬は30cmモーリスから離れた。
 その間をシュラインが後方に置かれた材料を取りに過ぎる。
「先輩たちも少しぐらい手伝ったらどうですか?」
 シュラインはモーリスとセレスティ側ではなく和馬側へ言った。なんとなく。
「シュライン、プレートひとつ貸してくれるって。どうする?」
 水色と白のチェック柄のエプロンを纏った羽澄が、野球部員との交渉に成功したらしくシュラインを振り向く。材料を手にシュラインは指を唇に当て、
「せっかくだから、私たちの分は自分で作らせてもらおうかしら」
 提案した。
「そうね。具も結構集まってるし。……男性陣もそれで構わない?」
 羽澄は横で部員の手伝いをしている匡乃に訊く。匡乃は洗い終わった刷毛を部員に渡しつつ、
「僕は構わないけど、料理は得意じゃないんだ。お弁当もいつも妹の手作りだしね」
 それに、と言葉を継ぐ。
「先輩たちの方、料理大丈夫かな……?」
 2年A組の匡乃と羽澄とシュラインは、3年A組のセレスティとモーリスと和馬とを見遣った。
 和馬は豊富なアルバイト経験から、料理はできそうなものである。
 が、セレスティとモーリスの方は……
「できるできないって問題ではない気がするわ」
 とシュライン。
「……あまり、料理している姿が想像できないような」
 と匡乃。
「料理させてはいけない気もするわね。特にカーニンガム先輩の方は」
 と羽澄。
 シュラインは羽澄の言葉に頷くと、屋台の向こう側の行列を見て軽く肩を竦めた。並ぶ生徒のなかには、カメラを持参して店の様子をしきりに窺っている女生徒の姿がちらほらと見受けられる。
(お目当ては、セレス先輩かしら。それとも?)
 学園内外にファンクラブまであるという美貌の先輩を改めて振り返ってみれば、当の本人はこちらの会話が聞こえているのかいないのか、ただ心底楽しみだというように、微笑んでいた。

 今や『オーダーメイド?ロシアンたこ焼やっさーん』の屋台の内側は、その半分がセレスティと素敵な仲間たちの占有スペースとなっていた。セレスティが訪れる前まではぎっちりと野球部員が詰めていた場所なのだが、その部員たちは追い出――もとい丁重に場をゆずっていただいたのだ。総帥(裏番?)たるセレスティ様の「お願い」を断れる者がいるだろうか。いや、いない。
「それにしても、シュラインはなんでここの手伝いを? 野球部のマネージャーでも始めたの?」
 タコを切りながら、羽澄は尋ねた。
「……返すタイミングが」
「え?」
「ひっくり返すタイミングよ。ちょっと早すぎるのよね。あと数秒待てばひっくり返しやすく、しかも焼き具合も最適になると思うの。確かに全体のたこ焼きを一気にひっくり返してゆく時間のことを考えたら、一番最初のものは少し早くても仕方ないのかもしれないけれど、それを回避するには――」
 シュラインはじっと横で作業する部員の手つきを観察しながら、熱心に答える。
(また始まっちゃったわ……)
 羽澄は失敗、と微かな苦笑を過ぎらせて、材料の切り分けに戻った。
 たこ焼きを購入に来たはずがいつの間にやら製作側にまわっていたシュラインに、やはり自分もいつの間にかそれを手伝っていた羽澄。二人は野球部から借り受けたたこ焼き用プレートひとつを前に、準備をしていた。たこ焼きのサイズは通常のものより大きく、どうやらプレートも特注品らしい。
 その後ろでは、こちらもいつの間にか製作側の男性陣が、部員に持ち寄った具のチェックを受けていた。既に媚薬やヤバげなキノコの比ではない様々な“モノ”が持ち込まれている屋台だけあって、巡回の生徒会の目も厳しいのだそうだ。セレスティたちが持ち込んだ具はテーブルに並べられたが、そのすべてが食品であることが確かめられた。これなら問題なさそうだ。一応、と部員は持ち込まれた具をメモしていった。
「さて、それでは調理に入りましょうか」

 6個のうち、ひとつだけが危険、ということは残りの5個は普通のたこ焼きなのである。
 羽澄と匡乃はその「普通たこ焼き」を担当し、アタリとなる「危険たこ焼き」は和馬とシュラインが担当して焼くことになった。セレスティとモーリスは優雅に午後のティータイム……では(多分)なく、テーブルセッティングと飲み物の準備をするのだ。

「……ちょっと材料、多すぎませんか?」
 匡乃はボールのなかの卵を溶きながら呟く。
 皆それぞれ思っていたことらしく、揃ってテーブルに置かれたタコの代わりの具となる材料を見下ろした。
 確かに、ちょっとどころではなく多い。
『具の持込は可』と学園祭パンフレットに書かれていたため、せっかくなのでと、各自が持ち寄った結果である。「普通たこ焼き」は作らずに「危険たこ焼き」だけで数が足りそうなほどだ。
「ジャンボサイズたこ焼きだし、大丈夫じゃないか? それより種類多くて全部使いきれなさそうなのが問題だと思うンだが」
 和馬は黒地に赤のイラストが目立つスナック菓子の封を切った。
 ちなみに、具の内容は明らかだが、誰がどれを持ち込んだのかは分からないようにしてある。恨みっこなしだ。
「そうね、どの具を採用するか決めた方がいいかしら」
 羽澄は明太子を切りながら首を傾げた。
 シュラインは匡乃から卵を受け取り、味見をしながら生地を作ってゆく。通常見かけるものよりも大分やわらかめに作っているようだ。それを見て、隣で作業していた部員がプレートの準備に取り掛かってくれた。
「どの具……」
 羽澄は調理場となっている屋台の裏手を見回しながら思案し、ふと片隅に置かれた材料のひとつに眼を留めた。しばらく凝視して、首を傾げる。
「どうかしたの?」
 シュラインが尋ねたが、羽澄は手を口許に当て、考えるような仕種を見せる。
「それ、なにかしら?」
 と、テーブルの端に置かれた物体を指した。
 四人の視線が集まった先にあるのは、ビニール袋に容れられた乳白色の物体である。
 物体。
 そうとしか形容できないその形は、表面はつるんとして、触ればぷるんとしそうな感じに、ぼよぼよしていた。大きさと質感から、なにか臓物の類だろうか。
 一番近くに居た匡乃がさらに近付いて正体を確認する。
「……多分、白子、だと思うけど」
 白子、と一同は顔を見合わせた。
 白子とは、雄魚の精巣である。タラやアンコウなどのものは食用として流通しており、物によっては珍味と扱われ大変貴重とされる品だ。
 その白子がここにあるということは。
「誰かが、具として持ち込んだんだろうね」
 納得し作業に戻り掛けた他の三人だったが、羽澄はまだその白子(?)に視線を注いでいる。
「白子、嫌いか?」
 和馬が訊いたのへ、羽澄は首を振り、改めて白子(??)を指差す。
「今、それが……」

「あ」

 見た。
 この場にいた全員が、確かに目撃した。
 羽澄が伝えんとしていた事実は、周知のものとなった。
「……誰が持ち込んだのよ、こんなもの」
「さあ?……どうしようか」
「というか、これ、本当になにかしら……」

 ――ビ、チャ。

 なかなかに、グロテスクかもしれなかった。
 白子(???)がその身をくねらせて、袋のなか、蠢いている姿は。

 ――グチュ、

 しかも。
「む。脱走か……?」
 袋からずるりと地に落ちた物体は、辺りを窺うようにひくひくと動いたかと思うと、不意にその場で跳ねて屋台から離れてゆく。
 白子らしき物体、逃走。
 逃げるものは、たとえできるものなら係わり合いになりたくないような相手であっても、追うのが古今東西共通の掟です。
 嫌よ嫌よも好きのうち(違う)。


 ***


「おや……?」
 優雅にティータイムを楽しんでい――たのではなくお茶の準備をしていたセレスティとモーリスは、少し――と言っても100m走が軽く計測できるぐらいには離れた場所に設えさせていた第二特別席で、件の屋台から素敵な仲間たちの一部(羽澄と和馬)が走っていくのを見た。
「なにか、あったのでしょうか?」
 視力をほとんど持たぬセレスティも、その感覚が「なんらかの存在」を捉えたようだ。
「『ナニか』を追っているようですね。……セレスティ様、紅茶のお代わりは如何ですか?」
「いただきます。……『よく分かりませんが少々危険かもしれないモノ』のようですね」
「そうですね。……ではフォートナム・メイソンのワイルドストロベリーにいたしましょう」
 至って和やかな会話だが、白子(????)に関しては的を得た発言である。
 ミルクを加えた紅茶を口に運び、甘い芳香を楽しみながら、セレスティは遠くを眺めた。行き交う人々、隣の体育館から聴こえてくる調べ。祭り特有の浮き立った雰囲気に、自然笑みが零れる。当てもなく学園内を歩きまわる生徒たちの、なんと楽しげなことか――「ああ、こちらに向かってくる彼の表情は、別の意味で楽しげですね」、思って、カップをソーサーに戻した。
 彼。
 セレスティに一方的に楽しそうと評価された同級の藍原和馬は、必死な形相で第二特別席へ走ってきた。速い。その後ろを遅れて羽澄が追いかけてくる。追いつくことになかば諦めているようで小走りだった。
 もうひとつ、こちらへ向かってくるモノがある。
 和馬の前をバウンドしながらやって来るモノ――距離が近くなると、水気を多分に含んだものなのだと知れて、ビッチャビッチャと地に着くたびに不快な水音がした。
「……美しくありませんね」
 モーリスが軽く眉を顰めてコメントすると、優れた聴覚でそれを聞き取った和馬ががなった。
「判断基準が違うだろーがッ! オイ、『ソレ』止めろ!」
「なんですか、『コレ』は」
「知らん!」
 人間とは思えない速さで走っている和馬だったがそれでもアレには追いつけない。
 100m走を世界新記録で一気にバウンドで駆け抜け、ソレはモーリスとセレスティの脇を過ぎる。
  キィィイイン――
 いや、過ぎようとして、空中で急ブレーキ。
 突然追う目標を失った和馬は、顔面からソレに激突しかけたがなんとかその数歩前で逸れた。危ない。嫌な汗が背を伝った。
「不思議なものですねぇ」
 のんびりと首を傾げ、セレスティが微笑む。その笑顔に、和馬は一気に気力が落ち、その場に座り込んだ。
 和馬が追っていた白子らしき物体は、空中に浮いていた。まだ動いている。なにか、四角い箱のようなものに閉じ込められたように、窮屈そうに忙しく蠢いている。モーリスの指先と、その物体が、同じような淡い光を放っていた。モーリスがなんらかの手段をもって物体を足止めしたのだろう。
「……『コレ』、なんだと思います?」
 やっと追いついた羽澄が息を切らせることもなく、セレスティに尋ねた。
「誰かが、食材として持ち込んだらしいんですけど」
「食材として?」
「ええ。一緒にテーブルに置いてあったので、きっとそうだと――」
「食材、そうですか、食材ですか」
 セレスティはそう繰り返し、モーリスが作り出した檻のなかでもがく物体に視線を投げる。不意にその微笑を湛えた唇が、はっきりと笑みの形を作った。
「……先輩?」
 羽澄の呼びかけに、セレスティは笑顔で物騒且つ挑戦的な台詞を返した。
「食材ならば、食しなければなりませんね」


 ***


 和馬と羽澄が、セレスティとモーリス、それに白子らしき物体をともなって屋台へ戻ると、シュラインと匡乃の手によって他の準備は既になされていた。さすがこの不可思議極まりない学園の生徒たちである。怪奇のひとつやふたつで動じることなく「あ、おかえりなさい」と何事もなかったかのように一同を迎えた。
「あとはその具を使ったたこ焼きを焼くだけですね」
 匡乃が言った。
 その具、とは無論白子らしき物体のことである。動じていなかった。
「ところで、誰が調理するのかしら?」
 が、シュラインがそう皆に問うとさすがに立候補者は出ない。
 何気なくそれぞれの視線はお互いを行き来し、一巡し、圏外へ向けられた。即ち、屋台で一般客を相手にしている野球部の皆様へ、である。
「……お願いしますね?」
 事前に予約していた具などなかったかのごとく、セレスティの絶世の美に魅了された部員たちは、ただその言葉に頷くしかなかった。
 ――調理を終えた部員の数が、確実に少なくなっていたのは気にしないことにした。

 特別席のテーブルの上に、大皿が一枚と、囲むメンバーの前には通常の皿が各一枚置かれた。
 大皿には、合計36個のジャンボたこ焼きが乗っている。そのうち30個は普通のたこ焼き、6個はアタリだ。
「作る過程で色々ありましたが、ゲームスタート、ですね」
 鉄板の熱気に中てられたのか、手近にいた野球部員の生き残りの方に扇子で扇がれながら、セレスティはそう言って、微笑む。
 せっかく人数がいるのだから、ゲームにしようという提案に、全員が賛成した。大皿から、それぞれ一個ずつ順に食べてゆくというルールだ。6回行えば皿は空になるはず、ゲーム終了時点で最も多くのアタリたこ焼きを食べた人には恒例の罰ゲームが待っている。
「冷めてしまってはいけません。始めましょう。……下級生から、どうぞ?」
 二年生から、らしい。

 一個目。
 隣に座ったシュラインと羽澄は顔を見合わせ、「では……」と、二人ともとりあえず自分に一番近いたこ焼きを皿に取った。大きいので箸を使う。
 匡乃もやはり近いものを取る。見た目はどれも同じたこ焼きなのだ。外身で判断しても仕方ない。
 二年生組はほぼ同時に、たこ焼きを口へ運んだ。一口。タコ以外の具が入っていればすぐに分かるだろう。三人の表情に皆が注目する。三人とも何事もなく咀嚼し、頷いた。どうやらアタリはなかったようだ。
 続いて三年生組も挑戦する。こちらにもアタリは出なかった。
 熱いものが苦手なセレスティは、箸で中身を割って冷ましながら食べているのであまりロシアンになっていない。が、誰もそのことには触れ(られ)なかった。
 だって、「総帥」だから。

 二個目。
「……あら」
 シュラインが当たったようだ。
「クッキーによくあるわね」
 舌を出し、たこ焼きのなかから取り出したのは紙片だ。『はずれ』と書いてあった。
「僕も当たったみたいです。これは、チョコレートだろうね」
 匡乃は軽く苦笑して、甘味の混じるたこ焼きを食す。
 アタリたこ焼き2個が出た。残りは4個だ。

 三個目。
 たこ焼きを頬張った瞬間、和馬が大きく顔を顰めた。
「アタリかな? 和馬さん」
「苗字で呼……なんだ、コレ……」
 まさか、さっきのアレか? アレなのか?
 ぐにょぐにょとした食感が、和馬の口中に広がっていた。苦い。酸っぱい。でもそれよりも中途半端に甘い。
(気にするな俺! 人間その気になればなんでも食える! 呑み込むんだ和馬!)
 人間じゃない男は、そう自分に言い聞かせ苦労して謎の具を呑み込んだ。肩で息を吐く。腹の辺りを撫ぜた――頼むから中ってくれるなよ。
 しかし、目撃者がいた。和馬の向かいに座るシュラインは、和馬の隣でモーリスがなんらかの能力を扱ったのを見ていた。モーリスと眼が合う。人差し指を唇に当てウィンクするモーリスに、シュラインは軽く息を吐いて頷き返した。
(多分、ゼリーねアレは。モーリス先輩、わざわざ能力で固めてたのね)
 調理全般に携わっていたシュラインは、和馬が食べたのがゼリーであると確認し、するとまだあの物体は出てないのね、とまた溜息を落とした。

 四個目。
「また僕みたいです」
 匡乃が軽く挙手した。
「今度の具はなんだったの?」
 横に座る羽澄が食べかけの匡乃のたこ焼きを覗き込む。
「肉……照り焼きと、あとはなんだろう。野菜も入ってるかな。結構美味しいかもしれない、これは」
 アタリたこ焼きはこの時点で残り2個だ。

 五個目。
 もう大皿に残るたこ焼きの数も少ない。それだけに皆、慎重に自分の食すものを選んだ。
 今回は、アタリはなかった。

 六個目。
「げアはッ」
 和馬があからさまに変な感じに噎せた。
 噛むこともせず――というよりできないようだ――口を押さえたまま顔色が悪い。
 アレか。
 一同が確信した。アレだ。あの物体だ。
「先輩、大丈夫ですか? 飲み込めます?」
 水の入ったコップを手に、羽澄が和馬を気遣う。和馬はしばらくもごもごとやっていたが、水を受け取り一気に飲み干した。――同じことを、クレープでもやっていた。二度あることは三度ある。嫌な言葉が過ぎった。そしてその間に、水と一緒にアレも呑んだ。呑んでしまった。白子の躍り食いだと思え。白子の躍り食いを想像した。まんまだった。気持ち悪かった。
「うう……」
 そのままテーブルに突っ伏す。
 大皿は、空になった。

 セレスティが、そっと和馬の肩を叩く。
 笑顔が、通告する。
「おめでとうございます」
「……綾和泉も、2個アタリだと思うンだが」
 ここ数分ですっかりげっそりだらりな和馬は、テーブルに頬をつけたまま、視線だけをセレスティへ向けた。
「確かに彼も同数ですが、アタリの内容で判定すれば、それはもう確実に……キミでしょう?」
 セレスティの言葉に、他の参加者もそれぞれに同意した。
 ゼリーと、アレ。
 食感が微妙なその二つを見事食した和馬には、総帥自らが用意したスペシャルデザート――罰ゲームが贈られた。
「これです。残さず食べてくださいね?」
 皿の片付けられたテーブルの上に、どん、とクーラーボックスが置かれる。モーリスが蓋を開けた。
「……今から、食えと?」
「勿論です」
 まるで天使のような笑顔で、
 セレスティがプレゼントしたのは、
 バターをたっぷりふんだんに溶かし込んだ、本格バターケーキだった。
 ――色んな意味で、重い。
 和馬はやはり色んな意味で、胃の具合を心配した。


 ***


 それにしても、と羽澄は屋台の片づけを手伝いながら、首を傾げた。
「あの白子みたいな物体、誰が持ち込んだのかしら」
 少なくとも私じゃないわよ、と言い添えて、解けかけた水色の三角巾を結び直す。纏められたストレートの銀髪がさらさらと腕を滑った。
「私でもないわね。自分が食べることになったら嫌だもの」
 シュラインはそう答えて、他のメンバーの様子をさりげなく観察した。分からない。
 匡乃が、
「そういえば、具のチェックをした時に、野球部員が色々とメモしていたようだけど、そこになにか書いてないかな」
 言って、早速部員からメモを借りてきた。
 メモにはメンバーが持ち込んだ具が並んでいる。セレスティとモーリスも一緒に確認した。

 *

 ・キムチ
 ・焼きそば
 ・チョコレート
 ・ハバネロ(スナック菓子)
 ・マンゴー
 ・里芋
 ・苦瓜
 ・シーチキン照り焼き
 ・「はずれ」と書かれた紙
 ・明太子
 ・アボガド
 ・鰯のすり身
 ・ミルク飴
 ・ナッツ
 ・フルーツゼリー?(※何味かは不明。赤や緑のつぶつぶが入っている)
 ・白子?(※本人はバイト先でもらったと証言)

 *

 問題の白子らしきモノの欄の注釈には「本人はバイト先で〜」との記述があった。
「……あのなかでアルバイトをしている方は一人しか思い当たらないのですが」
 モーリスがそう呟いたのへ、
「私もですよ、モーリス」
 セレスティも答え、他の三人も頷いた。
 皆の背後では、和馬がバターケーキと格闘している。
 ――自業自得、ということらしい。


 ***


 最後にもうひとつ。
 アタリたこ焼きは全部で6個。
 しかし出たのは5個だった。
 あとのひとつはというと――
「……辛いのは、平気だからね、僕は」
 実は一個目を食べた段階で、既に匡乃はアタリをひいていたのだった。
 つまり合計3個のアタリで、罰ゲームの該当者は匡乃のはずなのだ。
 が。
「なかなか興味深い出し物でした」
「私は愉しければそれで構いませんので」
 主催者らしきセレスティとモーリスの意見は以上なので、和馬はその事実を知らされることのないまま黙々とケーキを口へ運んでいる。……胃の辺りに、違和感を感じながら。
 二度あることは三度ある。
 和馬は水で一気にバターケーキを流し込んだ。


 <了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

【0086/シュライン・エマ/女性/2年A組】
【1282/光月・羽澄(こうづき・はずみ)/女性/2年A組】
【1533/藍原・和馬(あいはら・かずま)/男性/3年A組】
【1537/綾和泉・匡乃(あやいずみ・きょうの)/男性/2年A組】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/3年A組】
【2318/モーリス・ラジアル/男性/3年A組】

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■         ライター通信          ■
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この度はご依頼下さりありがとうございます。ライターの香守桐月です。
いつもの癖で説明などを入れたせいで前半・前置き部分が長くなってしまいました(汗)。PC様や学園祭の設定など、捏造してしまった部分もあります。すみません。しかしとても楽しく書かせて頂きました。
たこ焼きについては、藍原さんの持ち込んだアレがなければここまでの騒動にはならなかっただろうと思います(笑)。それぞれの個性の窺えるプレイング(描写内容)、ありがとうございました。
少しでも楽しんで頂ければ嬉しく思います。
――それでは、夢から覚めた先でも、またお逢いできることを祈りつつ。
失礼致します。