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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


迷子はどっち?



■□□

 見上げれば青空が広がり、今日行われる学園祭にぴったりの天気がそこにはあった。
 その青空の下、翡翠のような瞳を輝かせた少女、千影が髪を揺らし駆けていく。
 それを追ってのんびりと歩を進めるのは栄神万輝。
「チカ、そんなにはしゃぐと…」
 危ないよ、と言おうとした万輝をくるりと振り返り千影は笑う。
「大丈夫よ。あたしは平気だもの。…あれ! 万輝ちゃん、あれ面白そうなの」
 目に映る全てのものが千影には目新しく移るようだ。
 ぱたぱたと勢いよくお目当てのものをめがけて走っていく。
「チカっ……って、聞くわけがないか……」
 苦笑気味に万輝は千影を追う。
 楽しげに屋台を見て回る千影の様子を眺めながら伊達眼鏡を直すと万輝は笑みを浮かべた。
 本来こういった催し物や人混みが好きではない万輝だったが、千影の笑みを見ているとそう悪いものではないような気がしてくるから不思議だ。
 くるくると表情を変え、万輝を力一杯振り回す。そんなところも楽しみの一つといっても良い。

 そんなことを思いつつ万輝は今の今まで傍らにいたはずの千影に目をやるが、いつのまにか千影は万輝の隣から消えていた。
 慌てて辺りを見渡してみるが、何処にも千影の姿は見あたらない。
 何かまた楽しげなものをみつけたのだろう。
 はぁ、と深い溜息を吐いた万輝は呟く。
「…迷子か……? 参ったな……」
 ちょっと目を離した隙にこれだ。
 万輝はもう一度溜息を吐くと、迷子になってしまった千影を捜して人混みの中へと入っていった。


□■□

「ねぇ、万輝ちゃん。見てみてコレ」
 ぐいっ、と千影が万輝だと思い引いたのは見たことのない別人の腕だった。
「あれ? ……万輝ちゃん何処? 迷子になっちゃったの?」
 可愛らしく首を傾げた千影に声をかけてきたのは、今千影が万輝だと思い手を引いた人物だった。
 白薔薇を片手に持った麗しき容貌を持つ西王寺莱眞は笑みを浮かべている。
 まるで舞台から間違えて降りてきてしまいました、というような王子チックな言動で千影の手を取った莱眞。美しき微笑も欠かさない。
「リトルレディ、どうしたんだい? 可憐なお嬢さんの憂い顔は忍びない。俺がレディの助けになれると良いのだがね」
「ほぇ? リトルレディ? あたし、千影。あのね、万輝ちゃんが迷子になっちゃったの。だからあたしが探してあげなきゃダメなの」
 千影の言葉に、うーん、と暫く考え込んでいた莱眞だったが、何かを閃いたのかびしっと屋台を指さし告げる。
「…迷子と言えば御母堂、御母堂と言えば味噌汁。きっと彼は味噌汁のある場所にいる!」
「味噌汁? ……万輝ちゃん居るかな…」
「きっと居るだろう。さあレディ、味噌汁の屋台を探して旅立とうではないか!なに、礼には及ばないよ。美しい女性の為ならガラパゴス諸島だろうが辞さない覚悟だからね」
 ふふっ、と優雅に笑った莱眞は、ふぁさり、と髪を掻き上げながら自分の最後に言った言葉に酔うと、千影と共に万輝探しの旅に出るのだった。

「味噌汁の屋台、味噌汁……」
 千影はじーっと屋台を見つめ歩くが、そこに『味噌汁』の文字はない。
「味噌汁の屋台ないの…万輝ちゃん何処かな…」
 ぐいっ、と莱眞の腕を掴んだ千影だったが何か面白いものを見つけたのか駆けていってしまう。
「リトルレディーっ! 待ちたまえっ」
 ものすごいスピードでダッシュした千影。すでに千影は彼方に走り去っている。
 しかしここで千影を見放してしまう薄情なことは自分のするべきことではない、と莱眞は考える。
「必ず探し出してみせるとも。リトルレディ、フォーエバー」
 自分自身の思考に酔いながら莱眞は千影の後を追ったのだった。

 千影が目指してきたのは空に浮かぶシャボン玉だった。
 青い空にキラキラと光るシャボン玉が綺麗でそれを千影は見上げる。
 その隣に立っていたオフィーリア・ミシエルが、惚けたように見ている千影に気づきそっと笑いかけた。
「綺麗ですね」
「うん。とっても綺麗。…万輝ちゃんにも見せてあげたいな」
「万輝…さん? あら、その方はどちらに?」
 首を傾げて尋ねるオフィーリアに自信たっぷりに千影は告げる。
「迷子になっちゃったの」
「あれ、貴方も迷子?」
 オフィーリアはずっとこの学園で探している人がいた。たくさんの人々が集まるこの場所でならあの方も見つかるかもしれない、と。
 未だ帰らない、愛おしい人。
 その人を捜し続けていたはずのオフィーリアは、現在地も分からないほどに迷ってしまっていた。
 それで迷子仲間と思われる千影に同調したのだったが、千影は首を振って否定する。
「違うの。あたしじゃなくて万輝ちゃんが迷子なの」
「はぁ? 迷子を捜してる?!」
 えぇっと…とオフィーリアが言葉を探していると、千影の『迷子』という言葉に反応した人物が居た。シャボン玉を見に来ていた橘都連だ。
 都連はつい先ほど迷子になり、半ば自棄になってシャボン玉なんてものを見ていたのだった。
 しかし迷子という自分と同じ境遇の人物がいることに気づき、思わず声をかけてしまったのだが、元気よく千影に声を返され都連は一瞬声を失う。
「うん。万輝ちゃん探してるの。あなたも万輝ちゃんと同じ迷子?」
「……べっ別に都連は迷子なんかじゃ…!…ごっごほん、な、何でも無いわよ…。」
「違うの? とりあえずあたしは味噌汁の屋台探さなくちゃなの」
 千影は先ほど莱眞が言った言葉を思い出しそう告げる。
 それを聞きオフィーリアと都連の動きが止まった。
「あんた、そんな調子で本当に見つかると思ってんの? その万輝って味噌汁が好きな訳?」
「ううん、別に」
 盛大な溜息を都連は吐くと千影に呆れたように言う。
「もう…仕方ないわね、都連が一緒に探してあげる」
「あ、私も一緒に探します。大丈夫、きっと会えますわ」
 にこやかにオフィーリアが微笑むと千影の顔にも笑顔が浮かぶ。
「うんっ」
 そこへうっすらと額に汗を滲ませた莱眞が現れた。
 千影を見つけ出した莱眞の心の中は達成感に溢れバラ色。額に輝く汗もまた美しい、とナルシストぶりを発揮している。
「やっと見つけたよ、リトルレディ」
 そしてその周りに二人の少女を見つけると、恭しく一礼してみせる。
「おや、レディが二人も増えて居るではないか。これはこれは…旅は道連れ世は情け。さぁ、皆で味噌汁屋台を探して旅立とうではないか!」
「あんたか、味噌汁男」
 鋭い突っ込みが都連から莱眞に贈られる。
 オフィーリアは思わずバスタブにたっぷりとはった味噌汁に浸かった莱眞を思い浮かべてしまいくすくすと笑い出した。
 どうやら同じ想像を自分で言ってからしてしまったらしい都連も笑い始める。
 しかし莱眞は物事を都合良く考える天才だったため皆が笑い出したのは賞賛のためだと思ったらしい。
「いやいや、レディ達それほどでも。味噌汁は日本人の心。味噌汁なしには朝食は語れない。だからこそ、共に味噌汁ツアーへと」
 途中から趣旨が変わってきている。
 莱眞を無視し、女性三人は次に起こす行動を考え始めた。
「とりあえず校内を回ってみた方が良いでしょうね」
「案外近くにいるかもしれないわよ」
 自分の知り合いももしかしたらそうかもしれない、と都連は思う。
 一緒に探して上げながら、自分の知人も探し出そうという魂胆だ。
 オフィーリアと都連で夢中になっている間に、またしても千影が居なくなった。
 莱眞は、リトルレディ今度は何処に、と白薔薇を切なげに見つめながら声を上げる。
「うわっ、千影ってば何処いったの? 都連よりやっぱり千影の方が迷子じゃないのっ!」
「困りました……」
 とりあえず探しに行こうと三人は動き出そうとしていた。

 とてとて、と千影が目指したのは色とりどりの花が咲き乱れる花壇だった。
「どうかしたか?」
 楽しそうに花々を眺めている千影に声をかけたのはノワ・ルーナ。
「お花がとっても綺麗なの。とても良い香り。でも…ココにもやっぱり居ないの」
「居ない? 誰か探してるのか?」
「うん…そうだ。万輝ちゃん知らない? えっとね、キミの瞳は百万ボルトの『万』に輝くって字なの」
「万輝……?はて」
 突然出てきた名前に聞き覚えはない。
 声をかけてみたもののどうやら人を探している途中だったようだ。
 ルーナは自分も捜し物をしている途中だったことを思い出し、千影に提案する。
「手持ちぶさだったんだ。一緒に探そうか?」
 ぱっと一気に明るくなる表情。
「本当? ありがとう!」
 他にもね一緒に探してくれてる人がいるの、と千影が言うとタイミング良く人混みから三人が現れる。
「居たー! ちょっと千影、何処に行くのよ。全く、人が探してやってるっていうのに、自分が探されちゃダメじゃないっ」
「うん、お花とっても綺麗だったの」
 まるで話が噛み合わない。
 都連は、キィっ!と怒りながらも一抜ける気はないらしい。
「でもこうして見つけることが出来ましたし。きっと万輝さんとも会えますわ」
 オフィーリアの言葉に励まされ、笑顔を浮かべる千影。
 こうして五人は再び万輝探しの旅に出るのだった。

 今度はまともに校内をくまなく探すことにした。
 人々に聞き込みを開始し、だんだんと情報を狭めていくやり方だ。
 しかし、千影の説明の仕方が悪いのか全く情報が掴めない。
「あのね、万輝ちゃんは眼鏡をかけていて、学ランを着ていてすっごい優しくてよく笑うの」
「他に特徴は?」
 オフィーリアが問うと、んー、と暫く考えていた千影はにこりと微笑み告げる。
「あたしととっても仲良し」
 千影の出した情報だけでは皆、分からない、のオンパレードだった。

「万輝ちゃん何処にいるのかなぁ」
 万輝を捜しつつ五人がやってきたのはフリーマーケットの会場だった。
 掘り出し物を見つけるべく、群がる人々が多数。
 その中にルーナは一つの鳥籠を見つけ歩み寄った。
「それをちょっと……」
 はいどうぞ、と手渡された鳥籠は精巧な銀細工だった。こんなものがただのフリーマーケットにあるはずがないと思ったが、ここは幻影学園。ちょっと常識はずれなものがあっても構わないだろう。
「これを貰おう」
 そう言ってルーナはその鳥籠を購入した。
「ねぇねぇ、ルーナちゃん。それ何に使うの?」
「内緒だよ」
 くすり、と柔らかく微笑みを浮かべたルーナは言った。
「そっか、内緒なんだ…でも綺麗だね」
 そっと触れて千影は告げると廊下へと走り出した。

 その時、校内に鳴り響く迷子のアナウンス。
「ご来場の皆様……」
 そっか、これだ、と都連は千影に言う。
「これよ!校内放送で迷子の案内してもらえばいいじゃない。都連達待ってるだけだし。それにすれ違わなくて済むし」
「それは良い考えだね、レディ」
 同意を示した莱眞は、早速行こう、と皆を促し放送室へと向かう。
 そして放送室で迷子のアナウンスを流して貰うことに成功する。

『ご来場の皆様、迷子のお知らせです。栄神万輝様、会場におりましたら至急放送室までお越しください。お連れの方がお待ちです。繰り返しご連絡致します……』

「これで万輝ちゃん、迷子じゃなくなるよね」
 にっこりと微笑む千影に4人はにこやかな笑みを浮かべてみせた。


□□■

 人々の間をくぐり抜けながら、万輝が千影を探して奔走していると校内アナウンスが聞こえてきた。
 その内容は万輝が迷子だと言っている。
「僕が迷子……?」
 足を止めた万輝は大きな溜息を吐き出す。
 先に居なくなったのは千影の方ではなかったか。
 それなのに万輝の方が迷子になっているのは一体どういう訳なのか。
 とにかく千影が放送室にいるのは分かった。
 万輝は足取り重く放送室へと向かったのだった。


 一方、放送室では一騒動が起きていた。
「なによっ! 先に居なくなったのはそっちじゃないのー! 都連が悪いんじゃないもんっ! 馬鹿ぁぁっ!」
「ちょっ……待てってば…」
 都連を捜してアナウンスをかけてもらいにきた知人を都連は思いきり怒鳴りつけると、放送室を飛び出した。
 慌ててその人物も都連のことを追いかけていく。
「行ってしまわれました……」
「都連ちゃん、元気だね」
「結局迷子だったのか…」
「レディ、お幸せに」
 呆気にとられつつも都連を見送る四人。
 そこへ入れ替わるように万輝がやってきた。

「あーっ! 万輝ちゃん、心配したんだから!」
「……いつから僕が迷子なの? あのね、チカ。迷子になったのは君でしょ…?」
 万輝に思い切り抱きつく千影。
 そんな千影を優しく抱き留めながら万輝が千影の頭を撫でる。
「良かったですね、千影ちゃん」
「リトルレディもこれで一安心。味噌汁の味が楽しめるな」
 その言葉に万輝はそこにいる人々が千影を今まで見守ってくれたことに気づき、礼を述べる。
「チカがご迷惑おかけしたみたいで…ありがとうございました」
「いいえ、お気になさらず。楽しかったですし」
「可愛らしいレディと楽しい一時を過ごさせて貰ったから礼には及ばない」
「あぁ、私も探していたものが見つかったしな。それにしても万に輝くとは良い名だな。無論、貴方も」
 微笑しながらルーナが告げた一言に万輝は眼鏡を押し上げつつ小さく微笑む。
「ねぇ、万輝ちゃん。チカじゃなくて万輝ちゃんが迷子になっちゃたのよ?」
 まるで千影が悪いことでもしたかのような口ぶりで周りに謝罪する万輝を見て、千影は不服そうに頬を膨らませる。
 しかし、ほらチカ、と差し伸べられた手を見てにっこりと微笑むとその手を握る。
 その仕草だけで千影の機嫌は直ってしまったようだ。
「あのね、万輝ちゃんに見せたいものたくさん見つけたの」
 行こう、と千影は万輝の手を引き走り出したのだった。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別】

●3689/千影・ー/女性
●2441/西王寺・莱眞/男性
●3202/橘・都連/女性
●3281/オフィーリア・ミシエル/女性
●3480/栄神・万輝/男性
●3890/ノワ・ルーナ/女性

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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度はパーティノベルの発注ありがとうございました。
大変お待たせしてしまい申し訳ありません。

迷子になった千影さんを皆さんでフォローしつつ、あちこち回って頂きましたが如何でしたでしょうか。
全員の方が初書きでしたので印象が違っていなければよいのですが。
少しでも楽しんで頂けたらと思います。

今後の皆様のご活躍も楽しみに拝見させて頂きますv
ありがとうございました!