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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


飲んで・飲んで・飲んで!
●飲みませんか?
 それは夜の10時を半分ほど過ぎたばかりの頃合であった。
「よっ、今帰りか?」
 上総辰巳は職場である学習塾を出て、数メートルほど行ったか行かないかの所で、不意に背後から聞き覚えのある声によって呼び止められた。
 無言で振り返る辰巳。そこに誰が居るかはもう声で分かっていた。立っていたのは佐久間啓、某弱小スポーツ新聞社の記者である。気のせいだろうか、顔の表情が喜びでやや緩んでいるように見えた。
「ああ」
 辰巳は短く答えた。それ以上答えようがない。授業を夜9時前に終え、それから資料の作成や整理などに時間を費やしこの時間の帰宅となったのだが、何もそこまで事細かに答える必要もなかったのだから。
「今日はまっすぐ家に帰る必要あるのか?」
「いや。少し飲みに行くつもりだが……」
 間近に来た啓の質問に、辰巳は少し訝りながら答えた。
(何か厄介ごとでも持ってきたか?)
 啓の持って回った言い回しに、辰巳は一瞬そう考えた。が、それが杞憂であったことを辰巳は即座に知るのであった。
「よし、じゃあ一緒に飲もうぜ。俺もちょうど今から飲みに行くとこなんだ」
 と言ってニヤッと笑みを浮かべ、胸ポケットの辺りをぽんぽんと叩く啓。この様子だと、なかなか懐が暖かいようだ。
「別に構わないが」
 特に断る理由もなかったので、そう答える辰巳。今日はどうしても1人で飲みたいという訳でもなし、啓と2人で飲むのもそれはそれでいいだろうと思ったのだ。
「よーし決まった! いい店知ってんだよ、俺」
 善は急げとばかり、先に立ち歩き出す啓。辰巳は少し遅れて後につき、自分のペースで歩き出した。
 しかし――この時は2人とも気付いていなかったのである。一口に『飲む』といっても、色々な認識があるということに……。

●どこに重点を置いているのか
 2人が繰り出したのは日本最大の歓楽街・歌舞伎町を擁する新宿であった。不夜城と言われることも少なくないこの街には、多種多様で色鮮やかなネオンが道行く者たちを誘っていた。
 ネオンに照らされ下手すれば昼間より明るい道を行き交う人々。黒塗りの高級外車。半端でない客引きの呼び込み……。
「社長! 若社長! うちにゃいい娘揃ってますよっ!!」
「どーです、そこのお兄さん! 40分でヨンキュッパ! サービスもいいですよ〜」
「ねえ、かっこいいお兄さん。あたしたちと
一緒にそこのお店でどうです?」
 目の前を通り過ぎてゆく者たちに対し、誘いの呼び込みを繰り返す客引きたち。恐らく下手についていったら、かなり痛い目に遭うことだろう。
 過去の度重なる取材でそのことを身をもって知っていた啓は、適当に愛想よくして客引きの誘いをかわしていた。
 辰巳は辰巳ですっぱり無視を決め込み、まれに腕をつかもうとした輩に対しては、その手を容赦なく払いのけることによってやり過ごしたのだった。
「1つ聞きたい」
 前を歩き続ける啓に向かって、辰巳が声をかけた。その視線は冷ややかである。
「あ? 何だ?」
「僕は飲みに行くつもりだったんだが……」
「俺も飲みに行くつもりだぞ?」
「ここはどう見たって風俗街だろ」
 改めて周囲に目をやることもなく、きっぱりと辰巳が言った。そう、今2人が歩いている通りは、いわゆるその手の店が入った雑居ビルがずらっと続いていたのである。
「飲まないんなら僕は帰るぞ」
 が、啓は辰巳の抗議にも近い疑問に対し、さらっと答えた。
「お勧めのバーがこの先にあるんだよ」
「お勧めなのか」
 啓の言葉を聞き、辰巳が一瞬仕方ないかといった表情を見せた。
(隠れた名店がこういう場所にひょっこり残っているケースもあるからな)
 辰巳はそのように啓の言葉を解釈したのだ。だがその解釈は、見事に裏切られることとなった。
「着いたぞ、ここだここ!」
「…………」
 ようやく店の前に来た2人。嬉しそうな啓とは対照的に、辰巳は無言で眉をひそめていた。
 そこをバーと呼ぶのは明らかに間違っていた。正しく呼ぶのであればこうだろう――キャバクラ、と。
「……佐久間」
「どうした、上総?」
「僕は言ったな、『飲む』と」
「ああ、言ったよな」
「お前も言ったな、『飲む』と」
「ああ、言った言った。おねえちゃんと飲むにはいい店だろ。なっ?」
「…………」
 軽くめまいを覚える辰巳。ここに至ってようやく、2人の認識のずれが明らかとなった。辰巳は飲むこと自体が目的、それに対して啓は飲むのに附随してくる女の子が目的で――。
「ささ、入るぞーっ」
 啓は不機嫌なオーラを放ち始めた辰巳をぐいぐいと引っ張り、意気揚々と店へ突入するのであった。

●上機嫌A様、不機嫌B様
「だーっはっはっはーっ!!」
 啓の明るい笑い声がキャバクラの店内に響き渡っていた。店内に入って約1時間、啓はすっかり出来上がっており超上機嫌だった。
 それもそのはずで、若く可愛い女の子2人が啓の両隣に密着して座っているのだ。これだけで酒は5割増しで旨くなるし、機嫌も非常によくなる。
 そもそもの酒もまずまずの味だったから、余計に酒が進んでゆく。酒が早く進めば酔いも早く回ってくる訳で、それがまた啓の機嫌をよくするのに拍車をかけていた。
 さらに女の子たちの接客術も長けていた。常に啓の下から上目遣いで話しかけ、何かにつけ啓の身体に触れるようにしていたのである。例えば――。
「お客さん、いい身体してますねぇ……。あたし、こういう男の人って好きなんですぅ。あ、ドリンクお代わりいいですかぁ?」
 啓の胸の辺りにそっと触れ、甘えた口調で話しかける啓の右隣の女の子。
「やー、昔ボクシングしてたんだよなー。お代わり? ああ、どんどんやってくれっ!」
 うんうんと、笑顔で大きく頷く啓。そこですかさず左隣の女の子も話しかけてきた。
「私ちょっと酔っちゃったみたい……ドリンクじゃなくて、フルーツ盛り合わせいいですか?」
 左隣の女の子は、啓の手の甲を軽く触れるか触れないかの素振りを見せてから、きゅっと小指を握った。上機嫌の啓の顔がさらに緩んだ。
「いいともいいともっ! 皆で食おうっ! 今日は万馬券2本取ったからなーっ!! ビバ三連単!!」
「きゃーっ、ありがとうございますぅ☆」
 黄色い声を上げる左隣の女の子。ちなみに、ドリンクよりフルーツ盛り合わせの方が値段は高かったりする。また、女の子のドリンクはアルコール分を抑えていたり抜いていたりすることもある訳で……。
 いや、そのことは啓も取材などで知ってるのだ。しかし今回の場合、懐が暖かいのとすっかり出来上がっていることもあって、すこーんと抜け落ちている様子だった。
 さて、一方辰巳はというと――やはり両隣に女の子が座っていた。しかし啓についてる女の子たちとは違い、密着などせず微妙に距離を取っていた。
「…………」
 無言で水割りをあおる辰巳。どっからどう見ても、不機嫌なオーラを全身から放っていた。啓の周囲が3ルクスくらい明るいと例えるなら、辰巳の周囲は5ルクスほど暗くなっていると例えていいかもしれない。
 最初のうちは辰巳にも、啓同様に女の子たちがべたべたとまとわりついていた。密着だってしていた。が、次第に女の子たちも察したのであろう。辰巳が非常に不機嫌であると。
 何せ辰巳、店内に入ってからろくに言葉を発していない。お代わりの時も、空になったグラスを無言で差し出すだけ。女の子がまとわりついてきたら、無言でじろりと睨み付けるのだから。
 そして約1時間経った現在、こういう状況なのである。ただひたすらに無言で飲むだけであった。
 結局2時間ちょっと居て、店を出た2人。仏頂面の辰巳に対し、啓の表情はでれでれであった。ちなみに今回の支払い、全額啓の奢りである。
「俺もう1軒行くけど、どうする?」
「……僕は帰る」
 啓の誘いに、辰巳はむすっとしたまま答えた。
「そか。んじゃ、またなー」
 辰巳と別れ、上機嫌で次の店へ向かって歩き出す啓。辰巳はそんな啓の後姿を見ながら、小さく溜息を吐いた。

●懲りない人
 翌日夜10時過ぎ――辰巳は職場から数メートルほどの所で、また昨日聞いたばかりの声によって呼び止められた。
「よお……今帰りか……?」
 どよんと曇った声。辰巳が振り返ると、そこには昨日の上機嫌さはどこへやら、意気消沈した様子の啓が立っていた。
「どうした?」
 あまりにも昨日の様子と違っていたので、気になって辰巳は啓に意気消沈している理由を尋ねた。ややあって、話し出す啓。
「ああ……あの後な、次の店に行って……意気投合したおねえちゃん、お持ち帰りしたのさ……」
 そこまで聞き、辰巳は首を傾げた。普通に考えれば順風満帆、何も意気消沈する理由ではないのではないか?
「……朝起きたら、財布の中身が綺麗さっぱり消えてた……ああ、俺の金……」
 がくっと肩を落とす啓。なるほど、そりゃ意気消沈する訳だ。
「佐久間、飲みに行くか? 僕もいい店知ってるからな」
 さすがに気の毒に思ったのだろう、辰巳がそう言って啓を誘った。
「……おねえちゃん居るか?」
「帰れ」
 啓の問いかけを、辰巳は速攻で切り捨てた――。

【了】