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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


ふるーれてぃ☆

------オープニング----------------------------------------

 その日は朝から、思えば後の惨劇を示唆するにたる不吉な空模様であった。
 ザアザアと叩き付けるような雨音。
 昨日の昼過ぎから、今朝と――延々これである。

「こんな日は依頼人の訪れもからっきしか…」
 ふぅ、と気だるげに吐息し、唇から億劫そうに紫煙を紡ぐのは、例の如くへヴィースモーカー振りを発揮する草間武彦。
「だからと言って、休業中には出来ませんもの」
 窓へと視線を送り、吹きつける風雨に少女らしい溜息を一つ零すのは、義妹である零。
「朝から荒れてますね。…ホント、秋って台風の季節だから仕方ないのでしょうけど。今年は夏場から当たり年ですよね…って、兄さん?――聴いてますか?」
「聴いてるよ、でっ腹が減ったんだが…」
 脈絡皆無な切り返しを受け、別の意味でまた一つ溜息を紡いだ零。
「もうっ、兄さんは、先ほどから珈琲と一緒に『あのお菓子』を食べてたじゃないですか?」
「食べていたが…『あのお菓子』は所詮――お菓子だ。大体そういうお前だって、珍しく結構な量を食べていたじゃないか?」
 基本的に食事を採取しなくても良い零が、今朝は珍しく武彦に付き合いながら『あのお菓子』を食べていたのである。
「私は二つ程しか食べてません!――…そもそも、何処から届いたか不明なままの『あのお菓子』、食べてしまって良かったんですか?」
「宛先は此処だったし、宛名は俺だった…と言う訳で問題ない」

 二人の話題に上っている『あのお菓子』とは、今まさにテーブルの上に珈琲カップと対になって、ちょこんと存在する一見カステラ風な洋菓子であった。上箱の綴りは平仮名で「ふるーれてぃ☆」。多分これが洋菓子の正式名称なのであろう。
 先日、商用包装されて届いたときは差出人の名が知らされておらず不審に思ったものだ。ただ「私からのお気持ちですので、どうぞ召し上がって下さい」と、癖の無い文字で綴られた短いメモが添えられていただけ。
 結局暫くはそのままにして冷蔵庫にしまって置いたのだが、今朝方ふと武彦が気付いて、
「このままだと悪くなるしな…」
 …最悪食べられなくなるのも勿体無い、と、朝食前の軽いおやつと化したのである。
 メモからも悪意は感じられなかったし、武彦の勘では危険はないはずであった。一応性質の悪い悪戯も考慮して、零と二人一通りの安全性も確かめてみたのは言うまでも無いが。


「結局送り主は誰からだったんでしょうね?」
「さあな…とにかく美味いな…ん」
 言いながらもぐもぐと、件のお菓子を口に含む武彦。
 そんな様子に三度溜息を吐いて踵を返した零。
 飲み終えた珈琲カップを片手に、視界から去っていく義妹には一瞥もくれず、朝刊に眼鏡越しの眼差しを流し、雨音をBGMにして一時を過ごす武彦。

 政界の不祥事。
 首都高で起こった玉突き事故。 
 目を通していくと、
 其処に――。

 突然襲い掛かったのは言い様の無い倦怠感。
「――」
 咄嗟の体の変調に声すら上げることなく新聞を取り落とす。
 と、同時にキッチンの方で鳴り響いた騒音に、ゆっくりと顔を向けた。
「―――」
 何事か、と零に問い掛けようとしても、相変わらず声は出ない。
 が、音の様子からだと零が珈琲カップを取り落とし、自らも床の上に倒れた様子であった。
(――…っ、い、意識が…)
 ふらふらと立ち上がりかけた武彦だったが、途中で力尽きてへなへなとソファに身を沈めてしまった。そうして直ぐに意識を失ったのである。

 草間興信所の何気ない風景に突如として現れた悲劇!!?
 外の風雨は前にも増して強さを増したようだった。


***草間温泉密室殺人事件!!?***

「雨さん、まったく止んでくれませんねぇ…」
 草間興信所の軒下を借りながら、ふと空に眼差しを送るシオン。
 まだ昼前だというのに誰もが鬱屈しそうな空模様。
 彼の言葉を肯定するように風雨ともに激しく、シオンの髪は愚か、全身まで濡れ鼠に等しかった。
「参りましたよ――台風さん」
 ぼつりと呟き、空を見上げれば、降参とでも言うように両手を挙げる彼であったが、表情は別段困っているように見えないのは…性格だろうか?
「とりあえず草間さんの家(微妙に誤植がある)に雨宿りさせてもらいましょうか」
 
 雨宿りに振興所を選ぶところがどうかと言いたいが――彼としては喫茶店でお金を落とすなら貯金に工面するので…これも性格だった。第一から自他共に認める貧乏人であるわけだし…。
 慣れた様子で興信所の扉を潜ると、思いの外に静けさに包まれた室内。

 ――はて?

 後ろ手で扉を閉めながら首を傾げるシオン。
 微妙に空気が可笑しいなと気付いたのはさすがというべきか。
 彼はスタスタと遠慮の無い足取りで進むと――やがて直ぐにその光景を目撃した。
「これは!?」
 目に飛び込んできたのは…

 倒れ伏した武彦の姿――!!?

 驚くべき光景を目の当たりにして両手を挙げて吃驚するシオン。
 しかし彼の大袈裟すぎる素振りと、やや嘘くさい反応速度は甚だ胡乱。
「これは…」
 試しに声を掛けてみたり、ワザとらしく指差したりするも、反応は皆無。
 依然うんともすんとも言わない武彦を眺めやると、何を思ったか突然両手をポンっと叩いて、
「―――草間温泉密室殺人事件!!!?」
 と、納得した様に口走ったのだった。
 興信所なのに温泉ってところが特に意味不明…。
 ちなみに述べておくと、鍵も開いていたので別に密室でも何でもなかった。
「――その時家政婦は見た!姉さん事件です!!!」
 しかし彼は気にせずに…秒の間を置いて、きっちりサブタイトルまで付け足した始末。
 勿論突っ込む者もボケる者も居ないので、かなりシュールな光景と相成ったのだが…もとよりシオンは気にも留めなかった。
「さて、どうしたものでしょうか…」
 呟くこと一つ、スタスタと倒れている武彦に歩み寄ると、顎に手を当てて一瞥。後、スルーするように彼の体には触れず、そのままキッチンの方で倒れている零の元へと歩いていった。
 彼女の方も同様の症状と見て取ったシオンは、そこは紳士的な態度で彼女をソファへ抱きかかえて運ぶ。そっと寝かせておいて、後は相変わらず武彦の方はスルーしてまたキッチンの方へと…。
 暫くして、がさがさ、ごそごそと奥の方で何か不穏な音が鳴り響いた。
「これと…これと…」
 二人の症状を放って、どうも何かを探しているらしい。
 挙動からするとストレートに犯人っぽい。もしこれで誰かが訪れたら、真っ先に疑われること確定だろう。が、幸いなことに奥の方でしきりと唸っているうちはまだ誰も訪ねては来なかった。

 数分経過して――、
 やがて再び武彦の前へと姿を現したシオン。
 その右手には粉チョーク。
 左手には花瓶を抱えていた。
 
 一体何をやらかす気か?
 彼は花瓶をテーブルの上に置くと、先ず武彦の体の周りを粉チョークで器用に形取り始めたのだった。


***凍結の小悪魔!?***

 その僅か数秒前の草間興信所の外。
 シュライン・エマは定刻よりも若干遅めに興信所へとやって来ていた。
「――え?」
 何時ものように草間興信所を訪れたシュライン・エマの開口一番が、それであった。
 風雨に押されるようにして後ろ手で扉を閉めながら、何となく屋内の異常さを感じて立ち止まったのは、やはり長年に渡って培ってきた様々な経験のお陰だろうか。
 彼女はそれとなく他愛ない朝の挨拶を奥へと投げると、直ぐに返ってくるはずの返事を期待する―――が、今朝に限って気味の悪いほどの静寂。
 自然、幾許かの緊張が端正な顔に浮かんだ。
 中性的な顔立ちが意識せずに強張りをみせる。
「あの…武彦さん?」
 朝とは思えない暗がりに明かりだけが灯っている。確かな人の気配もする。返事だけが無い。
 となれば不吉な予感を抱くのは不自然なことではなく。
 武彦が返事をしないのは良いとしても零は?
 首を傾げながら、慎重に足を進めるエマ。

 やがて――、

「!?…え、――えぇぇ?」
 目にしたのはソファに首を垂れ、眼差しを閉ざしてぐったりとした武彦の姿。
 その直ぐ近くには御丁寧に白い粉チョーク――被害者の型をという例のアレである。
 さらに混沌としているテーブルの中央には花瓶…挿してある一輪の花は――不吉すぎるあの花?
「な、な、な…」
 光景に危うく叫びかけるも、さっと口を押さえて小走りに駆け寄ったところは流石というべきか。
「武彦さん!!」
 慌てて側まで走り寄った彼女が、力強く声をかけるが無反応。
 草間武彦――彼はぐったりとした様相で上半身をソファに預け、下半身はだらりと床に倒していた。トレードマークの眼鏡も掛けたまま、瞼を落として意識を失っている様子。広げられた朝刊が御丁寧にも毛布のように体を覆っている様子が、露骨な不自然さを匂わせている。
 と、もう一人探さねばならない相手がいることに気づき周囲に視線を這わせると、キッチンの入り口付近に少女の足。
「嘘…零も!!?」
 まさかと思って駆け寄ると、これも仰向けに、やはり武彦と同様…瞼を閉ざして不気味な眠りの淵へと落ちていたのだ。
「そんな…零まで!?…どういうこと?――何があったのよ」
 表情には珍しく戸惑いの様子。
 動揺しながらも僅かな時間呆然とする。

 ―――、

 と、不意に背後から人の気配が忍び寄り、
「草間温泉密室殺人事件!」
 エマの耳元へと大きな声が襲い掛かった。
「――ひぅ!!?」
 波立つ心に矢継ぎ早の奇襲を受けて、びくっと肩を震わせ小さく声を出すエマ。
「その時家政婦は見た!!――姉さん事件です!!!」
 背後からの叫びは一転、鋭く叫ぶようにしてクールな彼女にトドメを刺す。
 最後の「姉さん」とは自分を指していわれた言葉だろうか?――混乱する頭で一瞬考えるエマだったが、首筋に吹きかかった吐息に、ビクビクッと背筋を硬くすると、奇妙に引き攣った表情はしかし一瞬の後に怒りマークを浮かばせて。
「っ!!!」
 半ば無意識でヒールの踵が跳ね上がり、器用にも背後に居る何者か(シオン)の靴ごと踏み潰したのだった。
 思わぬ逆襲に悶絶したシオン。

 ――――!!!!! 

 声も鳴く片足をあげて、びょんぴょんと仰け反る。
「〜〜〜…い、痛いですね…」
 本当に痛そうに泣き声で訴えた。
「当然よ、力を入れて踏んだんですから。まったく――いつの間に現れたのよ!?まさかこの状況はあんたの仕業!?」
 振り返ると、涙目で天を仰いでいる男を問いただす。
 何時にも増して迫力あるエマの形相に睨まれて、ふるふると顔を左右に振って否定したシオン。
が、何を思ったか少し間を置くと今度は顔を縦に振って肯定の素振り。
「…否定、肯定…どっちなのよ?」
「どっちもですよ、エマさん」
「あのねぇ…まあ、良いわ、兎に角」
 無意識に片手で顔を覆ってしまうエマだった。
 第一発見者がこの有様では――と、頭を振った彼女。直ぐにソファに寝かされた武彦に視線を向ける。
 先ずはどういう容態なのか確かめなければ…。
 こういった場合の知識と経験は、人よりもより多くの対応を可能とする彼女である。とりあえず武彦の額に手を当ててみれば…。
 
 ――平熱?
 特に以上は見当たらず間近に覗き込む顔色も正常だった。
 脈拍は言うに及ばず、心臓も当たり前のように鼓動を打っている。
 微かにだが確かな呼吸もしている様子だし――。
 可能なら胃の中の物吐かせて…、
 其処まで考えて、ふとテーブルの上に初めて視線を送った。
 花が挿された花瓶の隣。
「―――…」
 飲みかけの珈琲カップ一つ。
 直ぐ隣には外見カステラに類似した洋菓子の存在。
 上箱に目を落とすと………。
「ふるーれてぃ☆」
 あからさま怪しげなネーミングに目をぱちくりと瞬いた。
「まさか――ねぇ?」
 ある可能性を想像し、彼女は引き攣ったように呟いたのだった。


***ふるーれてぃ☆***

 
 その日、強い風雨に打たれながら羽角悠宇と初瀬日和の二人は草間興信所への道を歩いていた。
 別にこれといって武彦や零に依頼の用があったわけではない。
 二人とも信頼の置けない気象情報のせいで色々と予定が狂って、諸事もろもろの理由が加味されそういう都合と相成ったのである。
 よって奇妙な事件に遭遇したのは、偶然――という言葉が一番相応しい。
 こんな天気だと言うのに悠宇と並んで歩くのが嬉しいのか、日和はご機嫌である。
 此処からなら近いからといって、どうせならば…と、興信所に寄って行こうと誘ったのも彼女だった。
 悠宇にしても、ことあるごとに世話になっている武彦と零である。顔を見せるのは反対ではないし、寧ろ久しぶりに挨拶しておこうかとそこそこ乗り気であった。気持ちを切り替えれば、何時までも悪天候等に拘らない悠宇だ。
 そんな様子だったので先程まで散々悪態をついていた二人も、興信所が近づく頃にすっかり打ち解けた、何時もと変わらない穏やかな会話を楽しんでいた。
 ちなみにもしこの日が快晴で、傘によってカモフラージュされてない二人の様子を知り合いが目撃したならば、たちまちその方向へと噂されるほど良い雰囲気であった。
 二人は草間興信所までやってくると、濡れた傘の水を切り、丁寧に折り畳んで年季の入った傘立てに仕舞って、
「こんちわー…」
「お邪魔します♪」
 と、雨音を他所に年相応の元気な挨拶が興信所の扉を潜った。
 本来ならば武彦の姿と、零の声に迎えられるはずであったのだが。
 しかし――今朝は勝手が違っていたのだ。
 最初に異変に気づいたのは日和の方。
 訝しみながらも、室内に足を踏み入れて数秒。
「えっ……?」
 応接間のソファに寝かされていた武彦を発見した日和は、小さな驚きと共に「!?」のマークを表情に表した。
「どうした――日和…て」
 続いて、彼女の視線を目で追った悠宇。
 同じく驚いて一瞬棒立ち。
 しかも良く見れば、武彦のソファと向かい合うようにしてやはり仰向けに寝かされた零の姿も目に止めて、二人とも暫し絶句。
「天国に旅立たれたのですよ…」
 呟きはまさに絶妙のタイミングだったろう。
 横になった武彦を拝むように両手を合わせて合唱していた男の一言だった。
 彼は言うまでもなくシオンである。
 正座している彼のすぐ隣の床には、白い粉チョークでまるで殺人現場さながらの人型が描かれており、テーブルにはこれ見よがしの花瓶。――挿された花は不吉なアレ。色々と雑多に物が散乱したテーブルには他に、食べかけのお菓子。その上箱に綴られた一種ミステリーなネーミングは…まるで三流刑事ドラマのワンシーンを髣髴とさせた。こんな状況の中で武彦と零が何の反応もなしに横たわっているという事実は、予想以上に不気味な説得力を醸し出し、シオンの言葉にもある種の信憑性を高めさせているので性質が悪い。
「「――なっ!!!?」」
 案の定、演出効果に打ちのめされて再度絶句する悠宇。
 横では日和も両手で口を抑える仕草。
 二人の若者に背中を向けて、内心一人生暖かく微笑んでいる四十男のシオン。
「何馬鹿なこと言ってるのよ…武彦さんがそう簡単にあっちの世界に行くわけがないでしょう!――二人とも脈拍も心臓の音も正常、ちゃんと生きてるわよ」
 と、其処へ奥の方からシオンに向かって厳重注意の一言が飛んだ。
 ノート型パソコンと向かい合って何かを検索していたらしいエマの声だった。
「だ、だよな…」
「で、ですよね…あはは」
 ちょっときごちなく顔を見合わせてる悠宇と日和。
 背中越しで誰にも判らないように残念がったシオン。
 エマは電源を切ってコンパクトなPCを折り畳むと、そんな空気に深い溜息を一つ零すようにして応接間へとやって来た。
「ふぅ――花瓶やら粉チョークも其処にいる彼の悪戯なのよね、私も最初見たときは…」
 驚いたわよ…と小声で呟く。
 すると合掌をやめたシオンが何食わぬ顔でエマに尋ねた。
「それはそうと、姉さん、捜査の行方はどうなってるのでしょう?」
「……………」
 これまた随分と切り替えの早い彼である。
 色んな意味でシオンの言葉にちょっとした頭痛を覚え、額に手をやったエマ。
 其れを眺める二人の学生には、事態がさっぱり判らなかったので困惑の色が浮かんでいる。
「あ…あの、一体どういうことなのでしょうか?――異常事態というのは見て直ぐに分かりましたけど、宜しければ最初から説明を――って…あん、悠宇君…、写真なんかとっちゃ駄目だったら!」
 朝っぱらから疲労感を漂わせるエマに、控えめに説明を求める日和。
 と、同時に自然な動作でカメラを取り出して武彦&零の寝顔を激写しようと試みた悠宇。
 シャッターを押す瞬間を日和に阻まれて「惜しいな――美味しいショットが撮れたのに」と変な意味でエマの頭痛の種を増やす悠宇。
 しかし次には少しまじめな様子で日和に相槌を打ち、
「そうそう、一体どうなってる訳だよ? 異常事態ってのは俺にも直ぐに分かったけどさ…出来れば説明して欲しいな」
「ハイ、姉さん、私も説明して欲しいです」
 すかさず同乗するシオン。
 無駄に元気な声が興信所の室内に反響すると、エマを初めとして悠宇と日和の二人が反射的に一歩後退した。
「分かったわよ…と言っても私だって来たら突然これだったのよ、順を追って説明はするけれど…」
「…てっ、シオンさん――貴方の場合は私より先に此処に居たでしょう、私の方が色々と訊きたいわ。それと姉さんはやめて貰えないかしら?」
 言葉はかなり丁寧だが…額に手を当てたまま心持ち肩が小さく震えている。様子から察するに彼女の内部ではシオンの悪戯連鎖に対して、プチプチと怒りゲージが蓄積され、そろそろ限界値に達するらしい。今日の彼女は場所が場所で事態が事態だけに、普段より三割増しで怒りっぽいのかもしれない。
「おっさん、アンタあんまりエマさんを刺激しない方が良いぞ…」
 一応小声で忠告する悠宇。
 分かっているかいないのか微笑みかえすシオン。
 二人の様子を困ったような、そんな複雑な表情で見守る日和。
 また溜息一つ吐き出すと、エマは事情と経緯を説明し始める。
 合わせて簡単な自己紹介も…。

 で、彼女の説明はと言えば流れるように簡潔。
 ―――ものの数分と掛からずに終了した。
 続いてシオンの説明。
 ―――これも短時間で完結。
 というかエマに鋭く誘導尋問を喰らって無数の悪戯を暴露しただけだが…。
 
「となると…あからさまに怪しいのはこの菓子箱だよな」
「そう…なるわよね」
「一体どこの店のお菓子だろうな?『ふるーれてぃ』って名前も聞いたことないし…外国語だとは思うけど何語なんだか。英語じゃなさそうだし…平仮名ってのも珍しいけど」
「ふるーれてぃって、確か凍結の悪魔にそんな名前があったのよね…。一応恨みとかってセンでお菓子が届いた頃の仕事やらを確認したけど、これといって不審な点はなかったわ。第一毒とか、そういう類の害意には人の数倍は敏感な二人だし」
 悠宇とエマはそれぞれに色々な可能性に頭を悩ませている…。
「匂いが好いですよ。美味しそうです…私も食べてみて良いですか?」
「だ、駄目ですよ――危険ですから」
 臆することなく例のぶつに手を伸ばすシオン。日和が慌てて制止した。
 しかし、悠宇を止める時とは違った躊躇いがあったのだろう。一瞬の差でシオンがふるーれてぃー☆を一切れ摘む。
「ちょ、ちょっと待ってくださいってば、あっ!」
「ほふぇ?」
 躊躇いなく口の中にお菓子を放り、もごもごと言葉にならない言葉を紡いだシオン。
 日和の大声にはっとしたエマと悠宇。
 直ぐに満足そうにお菓子を咀嚼しているシオンに気づき…。
「あ、あなた…まさか、そんな…食べるなんて――」
 エマ絶句。
「なっ、なんて危ないおっさんなんだ!?――ある意味すげぇけどさ」
 悠宇…驚きを通り越して感心。
「ゆ、悠宇君…失礼よ――あの、シオンさん、ちゃんと…そのお菓子…」
 日和は悠宇を嗜めるも、シオンに対してはやはり遠慮があるのか、それとも突飛な行動に驚いたのか歯切れが悪かった。
「ん〜褒められると悪い気はしませんねぇ。お菓子ですか? 勿論美味しいですよ、まったりとしていて…もう一切れ…あっ、貴女もいかがですか?」
「わ、私は、遠慮しておきます。えっと、それで褒めたのかしら…今のは?」
「褒めてねー、クソ度胸に呆れただけだって」
「男の人は度胸だと相場が決まっていますので、問題ないですよ」
「………」
「………」
 いや、問題大有りだろ?
 悠宇は心の中で呟くとちょっと引いた。
「というわけで女性の貴女は愛嬌で返してください…」
 ぬっと、身を乗り出したシオンの言葉に咄嗟のリアクションが出来ず、日よりも心なしか一歩下がり気味。
「おっさん、アンタ人様の『大事』な連れを変なペースに巻き込むなっての」
 困っている日和をすかさず庇う悠宇。
 しかしシオンはお菓子を食べながらマイペースに会話を続けていた。
「ん〜貴方がお経を唱えて下さると、これで完璧なんですが」
 何が?
 一体何が完璧な訳?
「俺は坊主じゃ…てかアンタ、人の話しを全然聞いてないだろう! そういうペースに巻き込むなっての、日和も何か言ってやれよ」
「悠君…『大事』なってところ強調しなくても…」
 彼女の方は二人のやり取りの一節に、困ったような、それでいて少し嬉しそうな様子。
 何か文句どころではないらしい。
 悠宇も一瞬反応に詰まって心持ち紅潮した自分の頬を掻く。
 やばい、このままこのペースで突き進むと、得体の知れない不毛な電波に撹乱されそう…。そんな危機感を抱いて、救いを求めるようにエマを見た悠宇。
 エマの方も頭を抑えて今朝だけで相当回数になる溜息を吐いていた。
 しかし期待には応えて、
「ちょっと、あんた達、何時までも馬鹿な会話はしてないで――っ、まったく…私は少し情報集めに行ってくるけど?」
 どうするの?――と、呆れたような、それでいて鋭い切り込みで三人を促した。
「あっ、近くのお菓子屋に訊き込みだろ?…一人じゃなんだから俺も行くよ。お前も来るだろう?」
 得たりと素早く反応したのは悠宇。そのまま日和に振って。
「えっ…私?」
 んー、といきなり話を振られて首を傾げながら、
「でも誰かが留守番してなくちゃいけないだろうし。それに…」
 そこまで言うと途中で言葉を切り、何を思ってか唇に指を当てて考え込むように部屋を見回す。
 悠宇がある予感を感じてからきっかり5秒の後、
「掃除したいなぁ…なんてっ♪」
 両手を合わせて上目遣いに悠宇を見上げた日和である。
「こんな時にか?」
 てっきり付いてくるものだと思っていたのを裏切れた形だが…ある程度の予測は付いたので。
「うん、こんな時だからこそ…かな?」
「世話好きな奴…」
 その一言だけで納得して置くことにした。まっ、雨も振ってるしと内心一応の理由も付けて。
「そう…じゃ、何かあったら携帯の方に連絡して頂戴ね?――確かに異常事態だけど調べてみたところ、ただ寝ているだけって診断も出来るし…案外自然に目を覚ますかもしれないから」
「はい、えっと…番号を承りますね」
「でっ、シオンのおっさんはどうするんだよ?」
 女性二人の遣り取りを横目で眺めながら、何となく少し警戒しながらも残る一人に声をかける。
「私ですか?…当然残りますよ。傘持ってないですしね…」
 本来の目的が雨宿りなシオンである。さり気なく持ち出したのかパイプ椅子に腰掛けながら(何処から持ち出したかは不明?)、また一つ件のお菓子をほお張りながら応えた。
 何気ない動作で再度デンジャーな挙動に及んだシオンに、流石に全員が一瞬固まってしまった。
「お、おい…」
「え、えっと、あ、あの…?」
「あ、…貴方ねぇ――」
 三者三様が似たようなリアクションでシオンを眺めるも、何処吹く風で笑顔を浮かべる彼。
「美味しいですよ、このお菓子は♪」
 が、呟いてからきっかり30秒後――シオン・ハ・レイの意識は深い闇に沈んだのだった…。  

******

 興信所を出たエマと悠宇の二人は、それぞれ色違いの傘を差しながら、近所にあるお菓子屋さんを尋ね歩き回っていた。
 店自体がそれほど多いわけでもないので別に手分けするような真似はせず、行動は二人一緒だった。
 というかエマの訪ね行く先に、悠宇がお供をするといった感じである。
「予想してたけどさ、まったくの無駄足か」
「そうねぇ…最初からそのお菓子がこの辺で売られているなんて思ってなかったけど…やっぱり収穫無しは残念ね」
 悠宇の手元には買い物用のビニール袋。少しでも聞き込みの参考になればとわざわざ持ってきた『ふるーれてぃー☆』なる件の洋菓子の上箱もそこに放り込まれている。もう一つ指に絡めた真新しい買い物袋には最後の店で買って来た戦利品も携えている。それをゆらゆらと揺らして、
「あっ、収穫無しじゃないかも…一応これも買っただろ?」
「半ば押し切られながら買わされたとも言うけれど…ね」
「まあまあ、掃除しながら独りで留守番している日和を労う意味でもさ」
「はいはい、判ってるわよ」
 帰路、傘差し歩きながら言葉を交す二人。
 結局――近所数件ほど廻っても手掛かりになるような話は聴けなかったのだ。
 どちらとも殆ど期待していなかっただけに強い落胆はなかったが。
 手首の時計――その針の上に視線を落としたエマ。
 気づけばそろそろ12時を廻る時刻。
 結局何の進展も無く、変わった事といえば朝よりも吹き付ける風雨が若干弱まったくらいであった。
「たくっ、今年は台風多すぎだぜ…」
「ホントね――後にどれだけ控えているのかしら?」
 すれ違う車から跳ね上がった水滴を器用に避ける二人。
 草間興信所に戻ってきたのは丁度お昼になった頃である。


***エピローグ***


 雨止まない外から、ゆっくりと戻ってきたエマと悠宇。
 二人は室内に足を踏み入れると先ずその行き届いた掃除の跡に驚いた。
 日和は日和でまた随分と張り切ったもので、かなり本格的な清掃に踏み切ったらしい。
 そのせいで実はまだ掃除も半分ほどしか終わっておらず――仕方なくというか、半ば流れ的にエマと悠宇も手伝うことになった。かくしてそれから数時間を共同作業で大掃除と相成ったのだ。
 力仕事はほぼ悠宇一人が担当した。
 整理が必要な書類の類はエマが片付ける。
 三人が漸く全てを終えて、テーブルを挟んでソファに腰をおろした頃には時刻も既に――『おやつの時間』を2分程過ぎていた。
 甲斐甲斐しく隣室へと武彦の様子を伺いに行ったエマ。
 モップ片手に時計を見た日和。
 二人を眺めながらホッと肩で息を吐いたのは悠宇だった。
 やがてエマも戻ってきてソファに腰をおろし、目線で武彦たちの様子を問い掛けた悠宇に黙って首を振ってみた。
 どの顔にも度合の差はあれ、ある程度の疲労感と達成感に似たものが滲み出ていた。
 ちなみにシオンのみは相変わらず身動ぎせずに椅子に座ったまま静かな寝息を経てていたが…。
「あー、何か色んな意味で疲れた半日だったよな」
「結局何も分からず仕舞いだったしね――…」
 双方同時に頷き合って、綺麗になった天井を仰ぐ。
「あ、私…さっき悠宇君が買ってきたお菓子出しますね♪」
 日和はポンっと手を打って零使用のエプロン?を身にまとうと、キッチンの方へと駆けて行く。
「何か日和だけ元気いいよな」
「ホント、彼女は良いお嫁さんになりそうだわ…羨ましいわね?」
「エマさん、何でそこで俺を見るかな」
「あら、あんた達ってそういう間柄じゃないの?」
「……………」
 軽い揶揄が入っているのだろうか、エマへの切り返しに困っていると、直ぐに日和が三人分のコップと、おみやげのお菓子をトレイに載せて戻ってきた。
「えっと、何の話ですか?」
 悠宇の隣に腰掛けながら、にこやかに微笑んでエプロンを解く。
「悠宇君と日和さんの未来予想図ですよ、ね…姉さん?」
 突然閉じていた瞼をぱちくりと見開いて言葉を放ったのはシオン。
 いきなり復活し、あまつさえ狙ったかのようなタイミングで口を挟んできた彼に、三人が言葉を失った。
 
 ―――――、

「ふぅ、良く寝ました…」
 空気も気にせず、独りだけ何事もなかったかのように欠伸をし、背筋を伸ばして深呼吸するシオン。
 その泰然自若とした様子に先ず我に帰ったのはエマであった。
「ちょっと、あんた!!」
「何です、姉さん?――もしかしてまた殺人事件ですか?」
「だから何よ殺人事件って…それと姉さんって呼ばないで――って、違うわ…いきなり目覚めたようだけど、その…身体の方は何ともないの?」
「何ともありませんよ。至って元気なもので…昨夜は睡眠不足でしたから丁度良かった」
 ははは、と笑うシオンに悠宇が何ともいえない苦い表情で訪ねる。
「てか、シオンのおっさん、アンタやっぱり本当に寝てただけなのか?」
「ええ…そうですよちゃんと眠れるお菓子みたいでした」
 
 ―――は?
 眠れるお菓子?

「はい?」
「眠れるお菓子…ってどういうことですか?」
 悠宇と日和が要領を得ず、聴き返す。
 そこで何を思ったか、シオンは自らの上着の内ポケットを手探ると何かを取り出してテーブルの前に広げて置いた。何かの説明書きにも似た一遍の紙切れらしい。
「それは…」
「今朝のことですけど、家捜ししていると冷蔵庫の近くにこれが落ちていまして。重要な証拠と思って私が拾って懐に仕舞って置いたんですよ」
 にこにこと微笑みながら言い切ったシオン。
 紅茶を啜っていたエマが少々乱暴に、横合いから片手で引っ手繰るようにそれを奪うと、すらすらと文章に目を通し―――いきなり激しく噎せた。
「エ、エマさん!!?」
 日和が心配して声をかけ、悠宇はエマが目を通したそれを何事かと見つめる。
「――ぶっ!?」
 すると、今度は悠宇が激しく喉を詰まらせた。
「ゆ、悠宇君!!?」
 彼の手元からひらひらと舞い落ちた紙切れは床に落ち、日和が拾って目を通すと。

 ―――――、
 一読、右に大きく三行ほどの簡単な文章。
 そして左隅に小さく長々と記された文字。
 特に右の大文字はタドタドシイ片仮名で、件の洋菓子「ふるーれてぃ☆」の送り主の気持ちが綴られているという事実。
 ラストの一行にはまるで歌詞のように、一切れで3時間、二切れで6時間…インソムニアな貴方にどうぞ♪
 とも記されていた。
 左隅の小文字はお菓子の詳しい効果と、用法(?)が明記されているっぽい。

「ええと…その、これってもしかして冷蔵庫にあの箱と一緒に入ってたんじゃ…」
 今まで溜息一つ零さなかった日和がなにやら困惑したような顔で呟いた。
「でしょうね。おそらく武彦さんが取り出すときにでも誤って落としたんだと思うわ」
 エマも静かにソファから腰を上げながら紡ぐ。何となく予感もしたのだろう…ぐったりと疲れたように頭を振りながらも、無意識に隣室の気配を窺う。
「食べ過ぎても別段害はないって書いてある…。つっても睡眠効果の他にちょっとした軽い副作用はあるらしいけど」
 日和が読み終えた紙切れを、もう一度注意深く黙読する悠宇。
 紡がれる三人の思い思いの言葉。
 さらりと聴き流し、真っ先に新たなお菓子へと手を伸ばすシオン。
 同時に隣室から「けふ…」と、奇妙な声が零れる。
 零か、武彦か…。
 どちらにしても、どちらかが漸く覚醒した様子にホッとしたような、そんな空気が流れた。
 が、再び「けふけふ」と、奇妙な噎せ声が鳴り響くと。
 副作用――?
 直ぐまたどんよりと厭な予感に空気が重くなった。
 
 ただ黙々とほくほく顔でお菓子を平らげていたシオンが三人とは正反対に窓の外を眺める。
 ――気づけば、外の雨音はもう緩やかな小雨へと落ち着いていた。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ    / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+時々草間興信所でバイト
3525/ 羽角・悠宇       / 男 / 16 / 高校生
3524/ 初瀬・日和       / 女 / 16 / 高校生
3356/ シオン・レ・ハイ    / 男 / 42 / びんぼーにん(食住)+α

NPC
    草間・武彦  / 男 / 草間興信所所長(私立探偵)
    草間・零  / 女 / 草間興信所の探偵見習い


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■         ライター通信          ■
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ええ、担当ライター皐月時雨です。
長らくお待たせして申し訳ありませんでした(吐血)

エマさんにシオンさん。悠宇君に日和ちゃんと、今回はお疲れ様でした。
作品はコメディ風ということでしたが、終わってみると何だかほのぼのになってますね。
えー皆様のプレイングは実に楽しかったです。
ちなみに個人的にシオンさんの行動が一番ツボだったのですが、後半出番少なめですみません…何せお菓子食べようとしてくれた勇気在るチャレンジャーさんだったので…やっぱり食べてもらいました(実はこの反応は待ってた節が)

台風が猛威を振るった頃に書き始め、気づくとまた次の台風がやって来てますね。
最近は急に肌寒くなるし…私も執筆中に風邪を引く始末。
皆様もお体にはお気をつけて下さい(深々)

PS / 謎のお届けモノ(シリーズ化するかも?)は結局謎のまま終わりましたが、興信所のお二人は無事ですので心配ないようです。副作用も謎なんですが…。