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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


妖刀『紅刻』 一の刻 -捜索-


【 5:23 >>>>中目黒一丁目裏通り路上】

「ふぃ〜、酔った酔ったっとぉ……ととと」
 男は何かに躓いた。
「なんだぁこりゃ?カタナ……?」
 拾い上げた途端、男自身の思考の鎖をぶつりぶつりと断ち切りながら、脳裏に少女の声が聞こえてくる。
 
(斬りなさい……)

(斬りなさい、斬りなさい、斬らなければ。斬らなければ)
(斬る、斬らなければ…。あたし、斬らなければ、あの男を)
(あたしは斬る、キラナケレバ)


「斬る……。斬らなければ。キラナケレバ。」
(そうよ、斬りなさい)
「斬る、キル……。」
 完全に支配された男は、『紅刻』をぶら下げ両眼に妖しい光を宿しながらゆっくりと歩き出した。
 標的を求めて。


【 13:31 >>>>アンティークショップ・レン】

 外では午後の日差しがさんさんと降り注ぐものの、店内は薄暗い。
 俯き加減で、パイプをふかしている店長・碧摩 蓮の沈鬱な様子が、そのコントラストを更に深めている風情だ。

  その店内にカラン、とドアベルの音がした後、扉の無造作に閉まる音が響く。
 艶のある黒髪を軽く揺らし、シルバーのブレスを輝かせながら入ってきたのは、上質なサファイアのように濁りのない蒼い瞳をした青年。
 向坂・愁(こうさか・しゅう)。
 この店では雇われの身でもある。
「来ましたよ、蓮さん」
「……悪いね、オフの筈が、急に呼び出して」
 疲れた声で蓮は言った。
「いいですよ、そんなことは。人が死んでるんですよ? 碧摩さん、刀剣類はちゃんと鍵掛けて保管しといてもらわなくちゃ困りますよ、大体…」
「鍵なら、かけたさ」
 愁の言葉をさえぎると、蓮は開け放してある保管室のほうを無言で指差した。
 愁がそちらへ眼を凝らすとその向こうでは、一つの保管庫の扉に……内側から破られたような直径10pほどの穴がぽっかり空いている。
「これは‥‥」
 信じられない、といった表情が愁の端正な顔立ちに浮かぶ。
「アタシの店が、アタシの骨董管理が雑多なのはアタシだって自覚してるさ。でも、あの刀程のモノに関しちゃ別だよ」
「まさか、自ら逃げ出したっておっしゃるんですか? その、刀が」
「そう。拵えを頑丈なものにしたのも、鉄製の鞘を選んだのもアタシのミスだ。生地の厚い布袋で包んだのも」
 そう言って蓮は深いため息をついた。
「しかし、だからって。鋼鉄製の保管庫の壁を一晩かけて内側から突き破るなんて……一体、どんな曰くのある刀なんですか」
「そうだね、話さなけりゃいけないね。アタシも全て知ってるわけじゃないし、アタシ自身で感じ取った部分が多くなるけどね」

  
 蓮は語った。
 あの刀は、一人のすさまじく深い怨みをもった霊に呪縛されていること。
 それによって刀自身も、それを手にした者に一定の戦闘能力を付与する力を持ってしまっていること。


「それで?」
「……」
「それだけ、ですか」
 蓮は伏せ目がちに無言で頷いた。
「蓮さん」
 愁の表情が幾分険しさを帯びる。
「蓮さん、僕はヴァイオリニストです。そして相手は、鋭利な刃物を持った罪のない一般人です。殺すわけにいきません」
「……そうだね」
「もし万が一にも僕が片腕か指を失うようなことになったら。たとえ真作のストラディバリウスをあなたから何本進呈されても、何の償いにもなりません。演奏家として、取り返しがつかないんですよ」
「そんなことにはならないような、能力者達に。……声をかけてあるよ」
「万が一にも、ですね?」
 蓮は押し黙っている。通常の被憑依物体の粋を超越した、モノが相手なのだ。
 絶対に万が一はない、と言い切れる筈が無かった。誰にも、もちろん他ならぬ蓮にも。
 二人の間に深い、沈黙が流れる。
 
 それを打ち破るように、ドアベルが軽快な音を発した。
「こんにちは、連さん。今日は仏画か何かで面白い出物でもないかな、と思っ……て…」
 重たい沈黙の支配する場の雰囲気を感じ取ったのか、その女性の声はゆっくりフェイドアウトしていった。
 雨柳・凪砂(うりゅう・なぎさ)。 
 店内の弱いが柔らかいランプの光に照らされてそのチョーカーが淡く光り、美しい黒髪にもいわゆる天使の輪が浮かんでいる。
「え、ええと……なんか、修羅場、ですか……?」
 戸惑う凪砂。
「いや、ちょっとね。……悪いねえ、生憎今、あんたのお眼鏡にかなうほどのモノは入ってないんだ」
「そうですか、いいですよ。それだけが目当てってわけでもないですし」
 凪砂は、その磨き上げられた黒曜石のような瞳を好事家らしく嬉しそうに輝かせながら、店内の骨董を物色し始めた。骨董をやさしく手に取り見入るその手つきに、ひとつひとつのモノに対する慈しみにも似た愛情が垣間見える。
 が。
 凪砂はすぐに気付いたようだ。普段固く閉じられた保管室の扉、その中のひとつ、破られた外壁。
「……蓮さん、これ。何か、あったんですか?」
 振り向いて真剣な面持ちで凪砂が問う。
 彼女が店にはいってきたときから、愁は強い”能力”を彼女から感じ取っていた。
 蓮も、凪砂の能力があの妖刀を持った人間に十二分に対抗しうるものと知っている。
 目配せする二人。
 愁と蓮は彼女に、経緯と『紅刻』についての経緯、現時点でわかっていることを余さず説明した。
「……わかりました。あたしも、行かせてください」
「あんたが行ってくれるとなると、助かるよ」
 愁はえもいわれぬ安堵感を感じていた。この人と一緒ならば、安心して浄化に専念できる、そう感じ始めていたのだ。
「助かります。僕は向坂 愁といいま……」

 
 カラ、ドガラッシャーン!

愁の言葉を遮って、ドアベルがまたもや軽快すぎる音を立て―――― いや、ドアごと、内側に吹き飛んだ。
 唖然とする三人。
「やっほーっ! 蓮さんちゃーっす! ああっドアぶっ壊しちゃった。さっきまで“弁慶”で走ってきたから」
 入ってきたのはどんな分厚い扉も一蹴りでぶち破りそうな大男……ではなく、意外にも銀髪シャギーの小柄な少女だ。
 年のころ十二、三といったところ、燃えるような赤い瞳をし、手にはなぜか木刀と荒縄をぶら下げている。
「あ、はじめましてぇ! 鬼丸・鵺(おにまる・ぬえ)でっす! よろしく、よろしくぅ」
「はじめまして」
「は、はじめまして……」
「鵺ちゃん、修理代は報酬から差し引かせてもらうよ」
「ええ〜っ。ウチの病院だっていま経営ラクじゃないんだよぉ、この事件の血の気のせいで患者さん興奮しまくりでさ、暴動寸前、器物損壊しまくりの、もぉ大変」
「それとこれとは、別。」
 そう冷たく言い放つ蓮のそばから、きな臭い香りと黒煙が立ち昇り始めた。
 年代ものの木製のドアが小さく爆ぜる音を立て、続いて小さな炎が徐々に上がる。
「げっ!」
「……ランプに引火したんだね」
「そんな冷静になってる場合じゃ! ああ、骨董が…」
「ちょ、ちょっと、どうしてくれんのさ!」

  その刹那。
 大きくはだけたスーツの襟元と緑色の髪をなびかせながら長身の男のシルエットがドアのない入り口から飛び込んできた。
 男の左腕に渦を描くように水が集まり、そして硬化し。
 水晶製のショットガンのようなものが形づくられ握られたかと思うと、男はそれを、いよいよ本格的に火の手を上げる倒壊したドアに向け小気味よく連射する。
 一発。二発、三発。四発五発六発……。
 次々に叩きつけられる無数の水滴の散弾によって、火元は完全に沈黙した。
「ふぅ。呼ばれて来てみたらいきなりボヤが出てるんだもの。驚いたよ、蓮さん」
 一同、安堵のため息をついた。
「悪いね、礼をいうよ。あんたが水使いで助かった」
 男の手から空気中に溶けるように、硬水製の銃が消えていく。
 幾分ナルシスティックな、それでいて嫌味さを微塵も感じさせない仕草で乱れた緑髪を整えながら、彼は四人のほうへ向き直った。
「僕は相生・葵(そうじょう・あおい)。お嬢さん方、火傷はない? あったらすぐ冷やさないと。見ての通り、僕は水使いだから。お嬢さん方の美肌に痕がのこったら大変だものね。僕が最後の到着? だったら早く出発しようか。これ以上、人の命を奪われたくないから」
(お嬢さんじゃないのもいるんだけど……)と愁は心の中で呟いた。

「そ、そうだねっ、ともかく早く出発しよう! しようしようそうしようっ」
「あれほどの妖刀なら、僕にも存在が感じられる筈です。蓮さん、葵さんには捜索しながら僕からご説明するとして、出発することにします。互いの能力の確認も、移動しながらすればいいかと思います」
「ええ、そうしましょう」
 と凪砂も頷く。
「そうだよそうだよ、とにかく行こう行こう。ほらほら、早く行こうよー」
 やたらと出発を急ぐ様子の鵺の背中に、蓮は抜け目無く言い放つ。
「ああ、鵺ちゃん。さっきのボヤで損傷した骨董の代金も、報酬から差し引かせてもらうよ」
「う、うぅ……」

 少女と蓮を除く全員が、これから死闘に赴くとは思えない明るい笑い声を立てた。


【 15:48 >>>>JR山の手線外回り列車内】

「ねぇ、いつまでこうしてぐるぐる回るの? 鵺、流石に退屈してきた」
と鵺がぼやく。
 最後の殺人が目黒駅付近であったことから、まずは山の手沿線一帯をぐるりと捜索することにしたのだ。
「ある程度の距離にまで近づけば、愁さんには感じ取れるんですよね?」
「へぇ、キミがレーダー役って訳だね」
「今かなり広範囲に浄化の光を散布していますから。その分薄くなってはいますが、あの刀の禍々しさに反応するには十二分すぎる筈です」
「じゃあかなりの範囲はその……探知できるんですね?」
 愁は頷いた。
「夕刻までには発見したいところだね。暗闇に紛れられると厄介だし、僕の店も開いちゃう。今日は指名をくれるお客さんがよく来る曜日なんだよね。ところで凪砂さん。魚が海を泳ぐようにできてるように、キミも僕と共にあるべき女性であるような気がするんだ」
 先刻からこの調子で、葵はたまたま席順で隣になった凪砂を口説き続けている。葵でなければ歯の浮くような台詞ばかりなのだが、何故かとても自然だ。
「え、ええ、ですから、さっきから言うように気が向いたらお店のほうに遊びに行きますから……」
 美しい曲線を描く眉のバランスを少し崩し、困った顔で答える凪砂。
 その隣で愁が突然、跳ねるように立ち上がった。
「あっ、ひょっとして脈あり!?」と鵺。
「ええ、見つけました。最寄りは次の駅です。降りましょう」
 改札をくぐると、愁を先頭に一斉に四人は駆け出した。

 
 【 16:04 >>>>恵比寿一丁目裏通り路上】
 
 傾きかけた陽の逆光で表情は読み取れないが、そこには抜き身の日本刀を下げた猫背の男が、ブツブツと何事かを呟きながら立っていた。
「あの刀、みたいだね。次の殺人に間に合ってよかった」
「間違いありません。まず僕が浄化力をあの男の周辺に全集中させます。多少動きを鈍らせる程度は出来る筈です」
「そのあと、あたしたちの出番ってわけですね」
「いよぉし、やるぞ〜」
「鵺さん、殺さない程度でお願いしますよ……」
 そう言いながら愁は力を志向させ、男に集中させた。
 白く淡い光が、男に浴びせられる。その聖である光をまるで敵意と感じたかのように、男はピクリと反応すると四人に対して剣をすばやく身構えた。殺意が、絶え間ない波紋のように四人に向けて伝わってくる。

「さて、いくよ、お嬢さん方」
「コンビネーションが大事ですね、この場合‥‥」
「先鋒は鵺がやるっ!」
 そう言うと同時に鵺は、錘の先端についた荒縄を手に取り――能面“義経”を打った。
「九郎判官義経参る! 皆の者、我に合わせよ!」
 荒縄を自在にくりつつ、男に向かって突進を始める鵺。一瞬の間をはかりとって、魔狼への獣化を用意しながら凪砂もその背後を駆けだした。
「まずはこんなのは、どうかな」
 鵺の豹変ぶりに驚きつつも、葵は水を集め弾性のある礫を作ると、男に向かって放った。
 しかし、かわされる。
 それでいいのだ。唯一遠隔攻撃のできる自分の役目。それを理解している葵はすぐに次の攻撃のため意識を集中させる。
「……間合い内!」
 鵺は荒縄を男の刀めがけて放った。主の命に忠実な蛇のように、刀を絡み取ろうと荒縄が飛ぶ。
 しかし男は――いや『紅刻』がそうさせているのだが――絡みかけた刹那、錘に近い荒縄の部位を一閃、斬りおとした。先端の重心を失い、力なく地に落ちる荒縄。
「くっ、何たる手練れ!」
 能面を“弁慶”に切り替えつつも、縄を捨て木刀を抜くために、なによりも『紅刻』の間合い内に無防備で入らぬために、急いで鵺は突進スピードを緩める。そうせざるを得ない。
 だが。
「……発射準備完了、だよ」
 後方で、葵はすでに水で形づくったマシンガンを構え翡翠色の前髪をかきあげながらしっかりと照準を合わせていた。
「弾は柔らかいから、大丈夫!」
 ゼリー程度の固さを持った水弾のすさまじい連射が、シャワーのように標的に浴びせられる。
 男は両手で頭部を、顔面をかばった。
 いかに『紅刻』の呪縛が優れていようと、憑依対象の人間の身体は反射的にそうするようにできている、どうしようもない。
 そして。
 その葵の作った隙が『紅刻』に、既にフェンリルの影に獣化し、鵺の背後の死角から高く高く跳んだ、凪砂の存在を気付かせないでいた。
 宙空にたなびく黒髪。
その凪砂の真下に、哀れな男はいる。
(首を折らない程度の打撃にしなきゃ――――お願いだから、気絶して!)
 凪砂の視界に、男の後頭部がぐんぐん近づいてくる。
 ドスン。
 落下スピードのみを頼りにした、かなり手加減したといっていい手刀が男の延髄に打ち込まれた。
 着地と同時に飛びすさり距離をとる凪砂。……その警戒は、幸いにも無駄に終わった。
 一瞬空を仰いだかと思うと、ゆっくりと男は膝をつき……そして、前のめりに倒れた。『紅刻』が短い悲鳴のような金属音を立て、地に落ちる。
「やりましたね、みなさん」
 と愁。
「そんな、愁さんの浄化光と、鵺さん達のおかげですよ」
 獣化をとく凪砂。
「うんうん」
 そう同意する鵺も、いつもの口調に戻っている。
「そうだね。しかしこの素晴らしいコンビネーション、凪砂さん、やっぱりキミと僕は……」
「ですから、そのうちお店の方にうかがいますって……」
「そう? あとは、こうしてっと。これで安全。」
 葵は『紅刻』を水に包むと、ふわふわと手元に浮かせた。
「鵺さん。念のため、さっきの荒縄お願いできるかい?」
「うんっ、縛りあげとく」
 そういいながら再度”義経”の面を手に取る鵺。
「僕も葵さんの水に光を込めたままにしておきます」
 
 一人一様の笑顔で互いを労い、談笑しながら帰途につく四人。
 その横で、水にくるまれて夕日と強い浄化光をあびる『紅刻』は、皮肉にも赤く美しく輝いていた。
 

-end-

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1847 / 雨柳・凪砂 /女性/24歳 / 好事家】
【2193 / 向坂・愁  /男性/24歳 / ヴァイオリニスト】
【1072 / 相生・葵  /男性/22歳 / ホスト】
【2414 / 鬼丸・鵺  /女性/13歳 / 中学生】

【NPC1698 /瑞江 /女性/14歳 / 憑依霊】
【NPC1701 /紅刻 /無性別/212歳 / 日本刀】

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■         ライター通信          ■
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新参者の、しかも初依頼にご参加頂きまして、本当にありがとうございました。
ご満足いただけたでしょうか。
批判も含め、皆様のお時間の許すならばレターを下さいませ。

『瑞江』と妖刀『紅刻』は、NPC登録されております。

また皆様のお力をお借りすることがあるかもしれません。そのときは宜しくお願い致します。
それでは、失礼します。

あきしまいさむ