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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


あしたへキックターゲット


 冴え渡るような青空の下で、今まさに対決の火花が切って落とされようとしていた。
 サッカー部主催によるキックターゲットの催しである。
 キックターゲットとは簡単に言ってしまえばPKの競技化だった。
 サッカーゴールに設置された9枚の的を11個のボールを蹴りいくつ落とすことが出来るかというもの。上部が4枚、下部に5枚の的がある。
 この競技はボールコントロール能力とキック力がものを言う。
 その二つを兼ね備えている者がこのゲームでの勝利者となるだろう。
 そして主催者であるサッカー部の掲示した優勝賞品は何故か『弓槻冬子』という生身の人間だった。
 何度パンフレットを読み直しても月見里豪の目にはその様に読める。
 何故自分の恋人であり、サッカー部マネージャーでもある弓槻冬子の名がそこにあるのか。
 沸々と沸き上がる怒りを抑えるのに豪は必死だった。
 豪に言えば反対されるのは目に見えている。よって景品のことはごく秘密裏に部員達の間で進められたようだった。

 パンフレットを読み、集まってきた人々は優勝賞品の冬子の姿を目にし闘志を燃やす。
 勝てば冬子からキスがもらえるのだ。
 冬子は優しげな眼差しが印象的な清楚な雰囲気を漂わせた美少女。
 男ならば狙わずにはいられない。

「どうしたものかしら……」
 優勝賞品にされた冬子は小首を傾げてどうしようかと思案する。
 このまま黙って優勝賞品にされてしまうのもどうかと思うが、せっかくのお祭りに水を差すこともないだろうとも思う。
「冬子、今すぐ辞退しろっ!そっから降りてこいっ!」
 豪が一段高くなった場所に座らせられた冬子に声をかける。
「うぅん……でもパンフレットに書かれちゃってる以上、客寄せパンダは現場にいないとダメよねぇ」
 苦笑気味に冬子が言うと豪が、ぷちり、と切れる。
「んなことは関係ねぇだろうが! なんで冬子をエサにされなきゃならねーんだよっ!」
 その時、背後から豪の肩を叩く部員。
「悪いな。それもこれもお前を本気にさせるためのものだ」
「はぁ? なんだよ、ソレ」
 振り返った豪に部員は告げる。
「お前に本気ださせるためにはこれしかないだろう? サッカー部主催で皆に楽しんで貰うとはいえ、サッカー部のメンツが潰れても困る。そこで考えついたのはお前に本気を出させ最終的には勝ってしまおうというものだ。一番部員内でパーフェクトを出せそうなのはお前だけだからな。そこでマネージャーの登場だ。このゲームに出ずにはいられないだろ?」
 確かに豪の性格を考えた上での案だ。
 しかしそれとこれとは話が別だ。
「お前ら……後で覚悟しとけよ」
 ぎらり、と光る視線を部員に送ると豪は気合いを入れてそのゲームに臨む。
 他の誰かに一時でも冬子を奪われるなど以ての外だった。
 心に燃える熱き魂。
 豪はぎゅっと拳を握ると冬子を見つめた。


 その頃、救護班としてほんの少しおとなしめなナースルックに身を包んだ弓槻蒲公英は大会本部にて受付嬢をしていた。
 足首まである髪の毛を胸元で軽く一つに結び、申込書を参加者に渡しそれを回収する。
 ナース服といってもどちらかといえばメイド服に近い。
 ナースキャップをかぶり、足下までのやんわりとしたスカートに純白のエプロンをつけた姿。
 こちらも男達の興味を引くのに十分な姿をしていた。
 それでなくても蒲公英は姉である冬子と同様、清楚な雰囲気を漂わせているのだ。癒し系のナースが居ると聞いて人々はどんどん集まってくる。

「えっと……はい…お預かりします」
 人見知りする蒲公英は小さい声で受け答えし、参加者からの受付カードを受け取る。
 用意していたカードだけでは足りなくなり、蒲公英は後ろの方においてあったカードを取ろうと立ち上がった。
 しかし慣れないナース服に足下を取られ転んでしまう。
 蒲公英が転びそうになるのを背後から抱きかかえて止めたのはモーリス・ラジアルだった。
「危ないですよ。気をつけないといけませんね」
「……はい」
 恥ずかしさに真っ赤になりながら蒲公英は小さな声で、ありがとうございます、と告げるとモーリスの腕の中から逃れぱたぱたと走っていく。
「…どちらも甲乙つけがたいですね」
 優勝賞品である冬子も、そして救護班の蒲公英も。
 しかしモーリスはにこやかな笑みを浮かべ蒲公英へと近づく。
「手伝いますよ」
 段ボールの中を探している蒲公英の脇に座り込み、一緒に受け付けカードを探し始める。
「あの……え…ぇっと……」
「捜し物は…これですか?」
 モーリスの長い指がカードを掴みあげ、蒲公英へと手渡す。
 触れ合った指先の感触に蒲公英が跳ねた。
 まだ何もしませんよ、とモーリスは心の中で思いつつ微笑む。
 モーリスの心境は狩りをする肉食動物のそれに近いかもしれない。
「ナースキャップがずれているよ?」
 そう言いながらモーリスは、蒲公英の頭に手を伸ばし、ナースキャップを直してやる。
 わざとあちこちに触れるようにしてモーリスが直してやると、触れるたびに蒲公英はびくりと体を震わせる。その反応がいちいち面白くてモーリスはくすりと微笑んだ。
「はい、これで大丈夫」
「ありがとう…ございます…」
 ぺこり、と頭を下げ蒲公英は受付へと駆けていく。
 躓きそうになりながらなんとかそこまでたどり着くと蒲公英は待っていた人々へとカードを配りだしたのだった。

 そこへ、くっそー、と言いながら豪が現れる。
「お、蒲公英はこっちで手伝いか」
「はい」
 こっくり、と頷いた蒲公英は少しだけ安心した笑みを見せる。
 姉の恋人でもある豪に蒲公英は懐いていた。
 そんな蒲公英の表情を見ていたモーリスは悪戯を思いつく。
「蒲公英嬢、ちょっと失礼」
 そう言って先ほど自分が直してやったナースキャップをはずすと、即売会で手に入れた兎耳のついたカチューシャを蒲公英の頭に乗せる。
 自分では何が起こってるのか分からない蒲公英は首を傾げる。
 すると兎耳がぺひょんと力なく倒れたが、なんだかそれすら愛らしい。
「やっぱり似合いますね」
 正面に回って眺めたモーリスは満足そうに頷く。
「どうです?」
「どうって!」
 突然話を振られ豪は声を上げるがそれすらモーリスの望んだものだとは分からない。
「まるでこれからプレゼントされるようですよね。…蒲公英嬢はキックターゲットの優勝賞品にはなりませんか?」
「はぁ?」
「姉妹で優勝賞品というのもなかなか楽しそうではありませんか」
 たれてしまった兎耳を直してやりながらその耳にピンクのリボンを結びモーリスは言う。
 その言葉に反応したのはサッカー部員だった。
「あ、それ俺も考えたんだよ。そっちの方が盛り上がるだろうなぁって」
「気が合いますね」
 含みのある笑顔を浮かべるモーリス。
 そして背後に居た挑戦者達も次々に賛同し始める。
「いいなぁ、二人が優勝賞品か。気合いが入るじゃないか」
「なっ! …だ・め・だ!」
 恋人だけではなくその妹までもが優勝賞品になるだなんて。
 それは阻止しなければならないだろう。
 豪はムキになってそれを止める。
「救護班がいなくなるだろーが! 却下! 蒲公英はおとなしくここで待機!」
 それに蒲公英も頷きモーリスは残念そうに呟いた。
「そうですか。せっかく可愛らしい蒲公英嬢も手にはいると思ったんですが」
 蒲公英嬢も、というところに豪は反応を示す。
「蒲公英も、ということは冬子も手にはいると思ってるってことか?」
「えぇ、そのつもりですが」
 余裕の笑みを湛えながらモーリスはその場から見える冬子を眺める。
「ぜってー、やらねーからなっ!」
 蒲公英にカードを手渡すと豪は鼻息荒く大会本部を後にした。
「おやおや、怒らせてしまったかな」
 意地悪く微笑んでモーリスも素早くカードを書き終えると蒲公英に手渡す。さりげなく手に触れることも忘れない。
 蒲公英の反応を楽しみながらモーリスもブレザーのまま会場へと向かったのだった。


 大会が始まり、次々と脱落していく挑戦者達。
 見ている分には簡単そうに見えるのだが、これがまたなかなかにして難しい。
 ボールを蹴る角度、強さ。それによってボールは向きを変えとんでもない方向へと飛んでいく。
 がっくりと項垂れてその場を去る者。
 負けてしまったが事の成り行きを見守る者と様々だった。
 9枚のボードを11球で打ち落とすのはやはり難しいようだ。
 パーフェクトは至難の業なのではないかと挑戦した誰もが思った。

 その至難の業だと思われたことを一番始に成し遂げたのはモーリスだった。
 笑みを浮かべつつボールを軽やかに蹴り出す。
 まるで吸い込まれていくかのように綺麗な弧を描きボールはボードへと当たる。
 11球全部を使ってギリギリ全てのボードを落とした。
 周りからは賞賛の声が上がる。
 その声に笑顔で答えながらモーリスはちらり、と豪を見た。
 ちっ、と舌打ちするのが見て取れる。
 モーリスの次の挑戦者は豪。そして最後の挑戦者でもあった。

「豪……勝ってね」
 きゅっ、と両手を胸の前で組んで祈るように呟く冬子。
 たとえ誰が勝ったとしても、豪以外にキスをするつもりは全くなかった。
 心の底から豪だけを応援する。
 豪がはずしてしまったらモーリスが優勝だ。
 その時はどうやって逃げようか、ということが一瞬頭の中をよぎったがすぐにそれを頭を振って吹き飛ばす。
 豪が負けるはずがないのだ。
 私が信じてあげなくちゃ、と冬子はしっかりと豪の事を見つめる。
 豪が勝つことを祈り、そして自分の元へやってくることを祈る。
 冬子の眼差しは豪をしっかりと捕らえていた。

 豪がゴールの前へといくと周りからブーイングの嵐がわき起こる。
「るせー!恋人が他の奴にキスすんのを、黙って見てられるかー!」
 もう半ば自棄になりつつも必死だった。
 ふつふつと沸き上がってくる怒り。
 秘密裏にことを進められていたのも、始から豪が出るようにし向けられていたことも。
 先ほど自信たっぷりにモーリスに言われたことも。
 豪はその全ての怒りなどを11球に込めてやろうと心に誓う。
 そしてしっかりと冬子を手元に置いておかなければ気が済まない。
「ぜってーに勝つ!」
 気合いを入れてボールに向かう。

 まずは一球目。
 ど真ん中を狙い蹴るとまっすぐにボールは飛んでいき、狙った場所に吸い込まれていった。
「っしゃぁー!」
 そして続けて回転を加えるような形でボールを蹴り上げると一番左端のボードが倒れた。
 続けて今度は一番右端のボード。
 コントロール力が並ではない。
 どんどんボードが倒れていく。
 残り5球にボードが残り三枚になった。

 それを見ていたモーリスは蒲公英へと近づき先ほどつけた兎耳を取り外して、元のナースキャップに戻してやる。
「やはり髪の毛は結んでいるより背に流しておいた方が良いですね」
 蒲公英の結んでいたリボンをほどき長い髪の毛を背に流す。
 そしてリボンに鈴を通し、蒲公英の首に結びつける。
 背後から髪を撫でてやるとその振動でちりんちりんと鈴が鳴った。
 突然の出来事に硬直する蒲公英。
 そして次の瞬間、蒲公英ははたと気づきモーリスの手から逃げ出した。
 一目散に向かうのは姉の冬子の元だ。
 ちりん、ちりん、と鈴が鳴り響く。
 その音に気を引かれてしまったからなのか、初めてそこで豪は球をはずした。
「蒲公英っ! どうしたんだ?」
「いやー、逃げられてしまいましたね」
 モーリスは笑みを浮かべながらそんなことを呟く。
 怯えたように蒲公英は冬子の後ろに隠れてしまっていた。
「蒲公英に何した!」
「別に。ただ髪の毛のリボンをほどいて鈴をつけて差し上げただけ」
「逃げるのに十分じゃねーか!」
 ちゃんと逃げておけよ、と豪は言うと集中しなおしてゴールへと向かう。
 そして再びボールを蹴った。
 今度ははずすことなくボードを倒す。
 そして次も。
 残るはあと1枚のボードのみ。
 会場は静まりかえり、全員の視線が豪へと向けられていた。
 そんな中、心地よい緊張感を胸にした豪が最後の一球を蹴る。
 上の列の右から二番目のボードが倒れる。

 そこから見える青空に豪はほっと溜息を吐いた。
 豪の残りの球は一球。
 モーリスの残りの球は無し。
 ギリギリだったが豪はなんとか優勝することが出来た。
 その場でガッツポーズを決める豪。
「っしゃー!」
「…残念ですね。大丈夫だと思ってましたが…」
 モーリスは口では残念だというものの、表情はそうは言っていない。
 なかなか楽しかったとでもいうような表情だ。
 そして周りからは先ほどよりも大きなブーイングが聞こえてくる。
 それを破ったのは冬子の声だった。

「おめでとう、豪!」
 台から降りた冬子は豪へと抱きつく。
 そしてアナウンスが鳴り響いた。
「優勝者の月見里豪くんには優勝賞品として弓槻冬子からのキスが贈られます」
 さぁどうぞー、という声に人々の視線が二人へと向けられる。
 恥ずかしそうに見つめ合った二人だったが、冬子は豪の首に手を回し瞳を閉じそのまま軽く唇を触れ合わせた。
 啄むような軽いキスをして二人は微笑む。
 蒲公英も嬉しそうにそれを見つめ、小さく微笑んだ。
 微かに動くと首に付けられた鈴が鳴る。
 それをモーリスは取ってやりながら蒲公英の髪をさらりと撫でる。
 青空に軽やかな鈴の音が響いた。



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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別】

●3769/弓槻・冬子/女性
●1552/月見里・豪/男性
●1992/弓槻・蒲公英/女性
●2318/モーリス・ラジアル/男性

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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度はパーティノベルの発注ありがとうございました。
大変お待たせしてしまい申し訳ありません。

キックターゲット。
見ているこっちもかなり燃えてしまうあのゲーム。
今回の勝利者は豪さんにさせて頂きました。
悔しがるところも見てみたかったような気もしたのですが、このような話になりましたが如何でしたでしょうか。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

今後の皆様のご活躍も楽しみに拝見させて頂きますv
ありがとうございました!