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<東京怪談ノベル(シングル)>


Ti amo 〜本郷源 人生最大の誤算〜

「うぅぅぅぅぅぅぅ……」
 本郷源はブルーの便箋を握り締めて泣いていた。
 いつもの薔薇の間に駆け込み、卓袱台の前で麦茶を飲んでいた座敷わらしの嬉璃を見つけて泣きついたのである。
 本日もかんかん照りのお日様は、容赦無く太陽光を投げかけていた。さすがに午後三時ともなると西日がきつくてかなわない。
 嬉璃は移動しようかと思ったところで運悪く捕まってしまったが、相手が泣いているとなれば無碍にはできない。
 仕方なく『話だけは』聞いてやることにした。
「どうしたのぢゃ?」
「わしのナスビ部隊がぁ〜〜〜」
「襲撃にでも遭ったのかや?」
「ち、違うのぢゃ! これを見て欲しいのぢゃ…」
 源は鼻を啜りながらそれを見せた。
(泣いているときは可愛いんぢゃがのぅ……)
 嬉璃は溜息を吐き、源の手から便箋をひょいと受け取ると、然程長くない文章の手紙を見た。

『 今日も天気が良いね。
 夏が終わっても、気分は常夏だよ。
 あぁ、人生よ…素晴らしい。
 たった一つの存在だけで世界が変わるなんて――はじめてだ☆
 Ti amo.(愛してる)

P・S…今度の休みに渋谷のデパートに行こうね。』

「げぶッ…がはごほげへっ! ……………な、なんぢゃ。…これは」
 思わず嬉璃は麦茶を吹き出した。
 きっちり書かれた文字はどう見ても事務系の仕事につく者の字だった。丸っこい字ではないところを見ると、どうやら書いたのは男のようだ。
 しかし、文面はどう見てもドリームはいったおなごの手紙のような…いや、ドリームは入ったおなご『が』喜ぶような内容だ。
 最後の文字は外国語であろう。
 しかも、日本語で書かずに「Ti amo.愛してる」ときたもんだ。さすがの嬉璃も溜息をつく。
 芝居がかった科白「あぁ、人生よ…素晴らしい」を読んだところで、嬉璃は背中に千匹の虫が這って行くような感覚すらおぼえた。
 無言で手紙を畳むと、源の前に置く。
 推して知るべし。
 嬉璃は源の肩をぽんぽんと叩いた。
「難儀ぢゃの……」
「嬉璃殿ぉ〜〜〜〜〜〜!」
 ひしっと抱き合い、源は嬉璃の胸で泣いた。
「この悲しみと苦しみはきっと嬉璃殿には伝わるはずぢゃ!」
(いや…わかりたくはないんぢゃが…)
 そう思ったのが、言うのはやめた。ただでさえ暑いのに、騒がれたら暑苦しくてかなわない。
 そして、源はポケットに入っていたもう一枚の便箋を出す。
「実はこんなのもあるのぢゃぁ〜」
「………!」
 嬉璃は渡された便箋を見、驚きのあまりにカパーンと口を開きっぱなしにしてしまった。
「嬉璃殿…驚くのはわかるのぢゃが…顎が外れてしまうぞよ?」
「う、うむぅ…すまんのう」
 指摘されて少し恥ずかしそうに頬を染め、咳払いをする。
 嬉璃が驚くのもしかたあるまい。
 真っピンクの便箋にはキラキラ光るシールがべったりと張られ、パールヴァイオレットのボールペンでメッセージが書いてあった。
 到底、日本語とは思えない言葉で書かれた上に、ハートマークが所狭しと描き込んである。どうやら【ギャル語】と言うやつらしい。記号が並んでいて読めなかったが、読めなくて良かったと思う嬉璃であった。
 世界征服を目指し、結成されたナスビ部隊。
 もしかしたらかなりの重症ではないかと思える。容姿端麗な者をより集めすぎてナスビ同士の恋愛が起きているのだ。
 源の趣味がこんな形で仇を為すとは。
「確かに美形ぞろいじゃったからのう」
「そうなのぢゃ! わしのセンスは間違ってはいないのぢゃ…でも、彼奴らどもの休みが最近妙に多いのぢゃ…」
 しょぼぼ〜んとする源は卓袱台にのの字を書く。
 落ち込む源を宥めようと思う。思うのだが、恋愛問題ではどーこー言えないのではないのだろうかとさすがの嬉璃も感じた。
 …というか、ナスビ部隊のストレスも極限に達したのではなかろうか?
 嬉璃はこっそりと話の筋を違う方向にもっていこうとした。こっちに話を振られては困る事でもあるし。
 なにしろ、暴走が怖い。
 まぁ、どちらの…とは言い難いのだが。
「真夏の昼夜問わずにナスビ部隊をおでん屋に呼びつけてはおでんを食べさせたのもいけなかったのではないのかや?」
 これを言えば納得するであろうと嬉璃はふんだ。
「何を言うのぢゃ! わしが丹精こめて作ったおでんぢゃぞ!」
「タダで食わせたわけではなかろうが」
「ぬー! おでんの材料は安くはないのぢゃ。タダで食えるところなどあるわけがないのじゃ! 今年の夏は熱中症にも負けずに頑張ったのぢゃ!」
 源は胸を張って言った。
(いやいやいやいや……某牛丼チェーン店はタダで従業員がご飯を食べれるのぢゃぞ…)
 そう突っ込みたかったが仕方ない、本筋に話を戻す必要がある。
 嬉璃は深々と溜息をついた。
「これでは世界征服どころではないのぢゃぁ〜〜〜〜〜」
「邪魔をするのも恨まれるぞ? しかし、収拾をつけねばならんのう」
「どうしたらいいのぢゃ…」
「いっそーのこと、売り物にしては如何ぢゃ?」
「売り物? そうぢゃの! それがよいわ!」
 源は『売る』という言葉が『金』の次に大好きだった。嬉璃の言葉にぴーんときた源はすっくと立ち上がる。でも、その後が続かない。
「でも、何を売ったら良いのかのう」
「ナスビどもにしてみれば、いつ何時、ぬしにバレるか分からないギリギリの恋愛ぢゃから燃えるんぢゃろう。つまり何と言うのかの…薔薇の名前がついた漫画があったと思うが」
つまり、禁じられた恋をパワーにして発散させろという嬉璃の意見に、源は重々しく頷く。
「おお! 宝塚という芸風ぢゃな」
「そうなのぢゃ。舞台の世界で世界征服すればよい。ぬしはその隣で店を開けばよいのでは?」
「さすがぢゃ、嬉璃殿! ナスビ部隊ならぬナスビ舞台ぢゃな!」
 そう言うと、源は拳を握った。
 本郷・源6歳…アフロ魂が心の中でたぎっていた。
 パープルアフロを持ち出して被れば、ミラクルミラクル大変身☆
 コンマ一秒で着替え、しゅたーん!…とポーズを決める。
 源は誰何の声を上げた。
「誰かおらんのかや!」
「はい〜〜。何の御用ですか、殿下…」
 呼ばれて顔を出したナスビは、アフロな源を見て瞬時に凍りつく。
「…げぇッ!」
「げぇ…とは何ぢゃ! 失礼な。それと、今日からお前達を舞台の世界でしごくことにした。きりきりと舞うように」
「そんなぁ〜〜〜、殿下ぁ」
「お前達のことを思えばこそなのぢゃ。わしはお前達の晴れ舞台の横で、おでんを売って売って売りまくるのぢゃ!」
「ひいぃい〜〜」
 源の宣言にナスビは半泣きになる。
 源の方はと言うと、自分の考えに酔っていた。
 これで忙しくなったナスビどもが恋愛する時間は無くなる。オマケに自分もアフロになって踊ることもできれば、おでんを劇場内で売ることもできた。
 そして何より、舞台と言う世界で世界征服できる!
 これから問屋に行って、アフロを買ってこなければならないのだ。ゆっくりなどしてはいられない。源は自分の悩みが解決すると、ウキウキしながら薔薇の間を出て行った。

 レッツ、みんなでアフロ☆
 源の妄想は、どこまでも続くいわし雲のように広がっていった。

 ■END■