|
TRY・トライ・とらい♪
●理解を促す
9月15日――神聖都学園の学園祭3日目。5日間に渡って行われるこの学園祭も今日が中日である。
学園祭は日によってメインテーマが設定されており、3日目の今日は何故だか分からないが『同人誌即売会』ということになっていた。もちろん出し物も、メインテーマに沿った物が自然と多くなっている。
が――萌えるような出し物が多い中にも、燃えるような出し物を用意している所がちゃんとある訳で。
その出し物の場所は校庭、主催するはラグビー部である。ということは、出し物の内容は当然……。
「『ラグビー部に挑戦!』」
軽く息を吸ってから、一息に言い放ったのはラグビー部員の男子生徒、ラガーシャツ姿の室田充である。しかし、充はそう言い放った直後に溜息を吐いた。息が切れたがゆえの溜息ではない、呆れてるがゆえの溜息であった。
「……なんて看板には書いたけど、『ラグビー部”が”挑戦!』に変えた方がいい現状かもね」
充が地面の上に座っている他の部員たちを見回した。すると面白いように、皆が視線を逸らすこと逸らすこと。まるで磁石の同じ極同士が反発するかのごとく。
「まあ確かに……『女の子と触れ合いたい』ってのは健全な男子の考えではあるけど」
そこまで充が言うと、他の部員たちの間から肯定するような言葉がぽつぽつと出始めた。
「だろ?」
「やっぱ健全な男子たるものなあ……」
「いい考えだと思ったんだよ。思い付いた時は」
ラグビーといえば激しくぶつかり合って危険というイメージが、一般のよくラグビーを知らない者には強いかもしれない。
そこでラグビーについてよく知ってもらうためにということで、そういった人たち向けにも分かりやすく触れてもらえるようなイベントをやったらどうだろう、という案が何人かの部員から出てきたのだ。
それを受けた充はあれこれと考え、スクラム合戦やキャッチングゲーム、それからタッチフットなどを通じてラグビーのことをよく知ってもらおうと動いたのである。それこそ女の子でも入りやすいように。
しかし――その裏に隠れていた下心を充が知ったのは、学園祭初日の朝のことであった。別の見方をすればラグビーは、何かと身体同士が接触・密着する機会の多いスポーツとも言える。なら、相手が女の子であれば……まあ、この先はあえて言わなくてもいいだろう。
「でも、その前に。相手の方が上手であること理解しようよ、皆」
また他の部員たちを見回しながら充が言う。うつむく他の部員たち。とりあえず、現状を全く理解出来ないほど間は抜けていないようだ。
「この間だって、差し入れの野球部たこ焼きで腹下して1日惨敗だってのに。なめてかかってるからこんな目に遭うんだって」
再度溜息を吐く充。ますますうつむく他の部員たち。きっと初日の惨状を思い出し、軽く鬱入ってきたのだろう。
「……このままじゃ予算使い潰すよなあ」
「景品持ってかれっ放しだしな……」
部員の悲痛なつぶやきがちらほら聞こえ始める。何せ、タッチフットでほとんど負けてしまっているのだから。それこそ、女の子相手でもだ。
「とりあえず助っ人頼んだから。後は出来る限り俺らで頑張るしかない……か」
充もこの現状はダメだと思ったのだろう、打開策として助っ人を投入することにしたのである。
さて、その助っ人だが――。
●助っ人参上♪
「ええと……お待たせ、です」
と、そこへとことこと駆けてきた1人の女子生徒が居た。女子ラクロス部所属の寒河江深雪である。だがその姿は制服でも、部活動のユニフォームでもなく、ラガーシャツを着込んでいる。ということは、つまり?
「ああ、着替え終わったんだ? ……ちょっと大きかったか」
充が深雪の方を向き苦笑する。深雪はラガーシャツのサイドを結んで、長さを調整していたのだ。とりあえず、へそは見えてはいない長さである。
ちなみに、深雪が今着ているラガーシャツは充の物。幼馴染みから貸してもらったのである。なので、深雪にしてみれば長さに余裕があっても仕方のないことであった。
「ごめんなさい、髪をまとめるのにちょっと時間がかかってしまって」
ぺこっと皆に謝る深雪の髪は、トップでお団子にまとめあげられていた。もちろんそれはゲーム中に邪魔にならないようにである。このことからも、深雪の本気さが伝わってくる。
考えてみればラクロスも、ポジションによっては積極的に攻撃に出ることが求められたり望ましかったりする。タッチフットの助っ人としては、深雪は申し分ない人材なのかもしれない。
「はい、助っ人1号の登場に皆拍手〜」
充が深雪にさっと手を向けると、他の部員たちがパチパチと拍手をした。だが充の言葉を聞いた深雪が、ちょっときょとんとした。
「1号? 室田君、私の他にも誰か?」
「うん。おっと、来た来た。2号の登場だ」
充は深雪の質問に頷くと、誰か目的の人物でも見付けたか、手招きをした。
「ああ、居た居た……。ごめんね、ぼうっとして部室の方に行っちゃって」
などと言いながら現れた1人の女子生徒――シュライン・エマ。両手各々に救急箱を下げていた。
「続いて助っ人2号登場、皆拍手〜」
今度はシュラインの方へ手を向ける充。またもや拍手を送る他の部員たち。一方拍手を受けるシュラインはといえば、微妙に困惑の表情を浮かべていた。
「え? えっ? 何? あっと……よく分からないけど、どうもありがとう……でいいのよね?」
ぺこぺこと軽く皆に頭を下げるシュライン。とりあえず、よく分からないなりに頭を下げておこうと判断したようだ。
「あ。マネージャーのお手伝いね」
救急箱を持って現れたシュラインの姿に、深雪が1人納得したように頷いた。だが、充は何故か笑みを浮かべただけで何も言わない。肯定も否定もしないのだ。奇妙なことに。
「で、今日これからの対戦相手は?」
深雪の言葉を流したまま、充が目の前に居た部員にこの後の予定を尋ねた。
「……つチーム」
「え? 聞こえない、もう1度」
「格闘祭選抜チーム……」
「て、明日のか?」
念のため、もう1度聞き直す充。答えた部員は、こくんと頷いた。どうも明日のメインテーマである『格闘祭』の、その手のイベントに出場する者たちの中から、選りすぐりの面々が参加してきたらしい。
「ははーん、読めたぞ。『明日のウォーミングアップ』ですか……」
腕を組み、充が思案する。ラグビー部がなめられているのは明らかだった。『明日のウォーミングアップ』のつもりで参加したのであれば、その程度の相手としか認識されていないのだから。
「……やるしかないか」
ややあってぽんぽんと自らの太股を叩き、充がつぶやいた。
(脚だけは負けないからな)
充、何やら策があるようである。ともあれ、対戦相手の格闘祭選抜チームが来るのは、もう間もなくのことであった。
●ルール説明
さて、ここでタッチフットについて、簡単に説明をしておこう。ちなみにここでの説明は、今回の学園祭におけるルールである(団体などによって、色々と細かい部位でルールに違いがあるのだ)。
タッチラグビーとも呼ばれるこの競技、普通のラグビーとはルールが違う。もっとも目についてその違いが分かるのは、スクラムやらタックルなどがないということだろうか。
攻撃側が守備側陣地のゴールラインを目指すことは変わりがない。ゴールラインを超えて、ボールを地面に押し付ければそれで1得点、いわゆる1トライである。
そこまでの途中、ボールを持って攻撃している者は後ろにしかパス出来ない。すなわちパスを受ける味方は、ボールを持っている者より後ろに居なければならないのだ。
当然守備側は、得点されないよう防がなければならない。そのために行うことが、ボールを持って攻撃している者に手でタッチすることである。なお、その際『タッチ!』とコールする必要がある。
タッチされた攻撃側の者は、その場でボールを自分の股の下へ置かなければならない。そしてチームメイトがそのボールを拾い上げて、ゲームを続行するのである。この時守備側は、タッチした地点より5メートル下がらなければならない。
ただしこれは5回目まで。6回目のタッチをされた時点で、攻守が交代するのである。なお得点された時は、中央に戻って得点された側の攻撃からゲームを再開することになる。
「後はそうだな、ボールを地面に落としたり、攻撃側が反則したら攻守交代。あ、今回は1チーム12人で、フィールドでプレーするのは6人。15分ストレートでやるから」
充はルールの要点をかいつまんで深雪に説明していた。
「交代は?」
「随時何度でも」
深雪の質問にさくっと答えた充は、遠くの方へ目を向けた。
「敵さんのお出まし、だね」
そう、ついに格闘祭選抜チームがやってきたのだ。総勢12人、大半が筋肉たっぷりついた大きな男たちだったが、中には中肉中背の男や、小柄な男も混じっている。ただ単に力だけでねじ伏せに来たのではなさそうだ。
格闘祭選抜チームの姿を目の当たりにし、軽く深呼吸する深雪。それを見て、充がくすっと笑って声をかけた。
「緊張してる?」
「ほんの少し」
頬をぽりぽりと指先で掻き、深雪が答える。その心中で思うのは――。
(……考えてみたら、多くの男性に触れられる機会というのは未経験なのよね……)
敵を前にして、深雪ははたと思い出したのだ。だってラクロスの試合だって、相手となるのは女性なのだから。
「うん、だ……大丈夫」
深雪は自らに言い聞かせるようにつぶやいた。
「よーし、皆準備はいいか?」
「「「「「おーっ!」」」」」
充の声に、部員一同と深雪が揃って声を上げた。だが、その時充がおやという顔をした。
「1、2……」
そして部員の数を唐突に数え始める。
「……10、11。ん、11? おーい誰だよ、居ないの」
深雪で10、自分に戻ってきて11となる充。当然のことながら、充は首を傾げる。
「あのさ、さっきたこ焼きたくさん食って腹が痛くなったって1人……」
部員の誰かが充に言った。充の表情が、一瞬にして強張った。
「……だからぁ……学習しようって……」
充が天を仰ぐ。全く学習能力という物がないのだろうか、腹が痛くなった奴は。
「ま……いいけどね。何かあるとは思ってたんだ」
呆れ顔の充は、そうつぶやきながらベンチにかけていたラガーシャツを手に取った。そしてそのまま、救急箱やら魔法のやかんやらの準備をしているシュラインの背後へ歩いてゆく。
「絆創膏よし。消毒液よし。ガーゼよし……」
けれども救急箱の中身の確認に忙しかったシュラインは、充が近付いていることに気付かない。
やがて背後に立った充は、おもむろに手にしていたラガーシャツをシュラインの背中に被せた。
「ほえ?」
振り返るシュライン。充は間髪入れず、にこっと微笑んでこう言った。
「助っ人よろしく」
「……えぇぇ?」
「え!」
目を丸くするシュラインと、思わず驚きの声を上げた深雪。当たり前だ、てっきりマネージャーの手伝いで呼ばれたとばかり思っていたのだから。しかし、充の思惑は違っていた。
「1人リタイアしたから入ってね」
「わ、私も体調万全じゃ……あうぅ……」
おろおろとするシュライン。だが結局、押し切られ参加することになってしまうのだった……。
●かくてゲームは始まった
とまあ開始前にちょっとしたごたごたはあったものの、格闘祭選抜チームとのゲームが始まった。
ラグビー部でフィールドに入っているのは、充と深雪と他部員4人。格闘祭選抜チームの方は、大男5人と小柄な男1人がフィールドに入っていた。なお、シュラインは現在着替え中である。
(さて……と)
ホイッスルが鳴り響き、中央でボールを抱えた充は向かって右前方へ走り出した。大男が2人、充目掛けてタッチすべく物凄い勢いで走り込んでくる。
「甘いっ!」
充は大男2人を十分引き付けた所で、突然左前方にステップを切った。そのまま大男たちをかわし、前へと攻めてゆく。
(逃げて逃げて逃げまくってやる!)
充の策とは、とにかく敵から逃げまくって1歩でも前に攻め上げることであった。要はタッチさえされなければいいのだから。
前方へ走り続ける充に、今度は大男が3人がかりでやってきた。まるで壁を作るかのように。
充はやはり先程のようにかわそうとした。ところが先程かわした大男のうちの1人が、充の方へやってきたのである。さすがに4人がかりでは厳しい、充は咄嗟にそう判断した。
「パス!」
充はぎりぎりまで4人を引き付け、1度後ろにボールを投げた。4人が自分へかかっている状況は、逆に言えば手薄になった部分が出来ているということでもある。そこを突いてもらえれば、と思いパスを出したのだった。
「はいっ!」
充の投げたパスを受け取ったのは深雪である。深雪は充の目論みが分かったのか、手薄になった所に向けてボールを抱えて走り出した。
大男4人は深雪の方を追おうとしたが、充が嫌らしい動き――後ろに戻ろうとしながらも、巧妙にステップを踏んで上手く4人を翻弄したのだ――をしたことにより、互いに身体がぶつかって上手く追えない。その隙に、深雪は充がパスを投げた地点よりも前に出ていった。
「うおおおおおおおおおっ!!」
そんな深雪目掛け、大男が1人雄叫びとともに向かってきた。
「捕まらないから!」
深雪はそう言うと、右前方へ跳ねて大男をかわそうとした。ところが――。
「もらったぁぁっ!!」
何と大男の後ろから深雪の目の前に、小柄な男が飛び出してきたのである! 大男の影になり、小柄な男の姿が隠れてしまっていたのだ。
「タッチ!!」
そしてそのまま深雪にタッチする小柄な男。タッチ成功――その瞬間、小柄な男は驚きの声を上げた。
「うおっ、冷てぇっ!」
「あっ……」
男の声を聞き、深雪がしまったという顔を見せた。が、とりあえずボールは股の下へ置いた。
「冷たいって馬鹿言うなよ。運動してんのに」
「ほんとに冷たかったんだよっ! あの娘、絶対すげえ冷え症だぜっ!!」
5メートル戻りながら、小柄な男は大男へ訴えていた。もちろんその会話は深雪の耳へ届いている。
(大丈夫……『あの時』のようなことは絶対ないように……コントロール……大丈夫……)
自分に何度も言い聞かせながら、深雪は大きく深呼吸をした。その間に、チームメイトがボールを拾って再び攻め上がってゆく。
ラグビー部の攻撃はまだ続く。その様子を、フィールドの外より目を細めて見つめている者が居た。長い銀髪の見た目麗しい女子生徒である。
●見つめるブルーアイ
「ふフ……ラグビーデスか」
ぽつりつぶやくその女子生徒――プリンキア・アルフヘイムの言葉はもちろんフィールドの中に居る者たちには聞こえない。
「祖国英国紳士のスピリッツを感じマース」
プリンキアはゲーム光景を眺めながら、懐かし気にしみじみと言った。
そもそもラグビーという名前は、1823年にイングランド中部の街にあるパブリックスクール『Rugby School』で始まったことに由来する。英国を故郷とするプリンキアが懐かしさを感じるのは、至極当然のことといえよう。
(うフフ、一応ゴ当地出身のミーが助太刀致しマス。ヨッテ助太刀したチームノ勝利確実……)
さすがチアリーディング部所属のプリンキア、究極の応援を思い付いたようである。魔法を使えば、肩入れするチームを勝利に導くことなど朝飯前である。
ところが、だ。
「と言イたイ所デスガ。直接魔法でズルしたクハありマセーン」
肩を竦め、ふふっと笑みを浮かべるプリンキア。近くには誰も居ないので、そのつぶやきを聞く者も当然居ない。
「um……Miss寒河江、攻撃側デスか」
その時、プリンキアの視界に深雪の姿が飛び込んできた。まだラグビー部が攻撃の権利を持っていたのだ。
(同ジチームは面白クないデスネ。なラこちラは守備側ニ入リまショウ……)
そんなことを考え、プリンキアがくすっと微笑む。そしておもむろに、メイク道具を取り出した。
「Please wait a mimute♪」
なんて言葉を残し、メイク道具を手にしたままどこかへと駆け出してゆくプリンキア。……いや、ちょっと、誰に向かって言った言葉ですか、今の?
●一気呵成!!
ゲームが始まり12分が経過した。得点状況は2対2、互角である。着替えも終わったシュラインの姿もフィールドの外にあった。
「少し疲れが見えてきたかも……」
フィールドの中に居る充と深雪の姿に目をやり、シュラインが思案する。
充は5分経過時点で、深雪も8分経過時点で各々一時交代して1分強の休憩を取ったが、1分強の休憩など正直休憩のうちには入らない。少しずつだが確実に、疲労はたまってきていた。
「う、痛ぅ……」
突然シュラインが下腹部を手で押さえた。
(だから体調万全じゃないのに……腹痛に加えて打身擦傷もかぁ……)
実はシュライン、たこ焼きやらで地味に身体へダメージを受けていたのだ。つまりは腹痛を抱えているということだ。
「……ん?」
そんな最中、何気なく格闘祭選抜チームに目をやったシュラインが首を傾げた。
「ねえ。向こうのチームにあんな人居たかしら?」
シュラインが近くに居た部員に尋ねる。が、その部員もよく覚えていない様子。シュラインが言ってるのは、銀髪のむくつけきラガーマン風、こんがりと全身の肌を焼いている大男のことであった。
「でも人数は12人なのよねえ」
数え直し、やはり12人なのでまた首を傾げるシュライン。件の大男は、へばって倒れているまた別の大男に魔法のやかんから水をかけている所だった。
「コれデゲーム復活、元気ハツらツ☆ ツいでニ選手交代デス!」
何と銀髪の大男、チームメイトの気付けをするばかりでなく、交代してフィールドへ入ってくるらしい。
それだけではない。魔法のやかんからの水で気付けを受けていた大男も、何とむくっと勢いよく起き上がったではないか。いくら何でも復活が早すぎるのでは?
(正々堂々と勝負デス、Miss寒河江!)
心の中でくすりと笑う銀髪の大男。実はこれ、プリンキアが魔法のメイク道具を用いて変身した姿であった。だがそんなこと、ラグビー部側の面々が知るはずもない。
無論、格闘祭選抜チーム側の面々も知る訳がなく……って、変身したプリンキアが入っても12人ということは、元々のメンバーから1人居なくなってるのでは?
「大丈夫、チョこット休ンでモらっテいルダケデス☆」
いや、だから、誰に対して話してるんですか、プリンキアさん?
ともあれこの時、1人の大男が校舎裏で爆睡していたということは、プリンキアだけが知る秘密である。
ちなみに魔法のやかんも、プリンキアによって本当に『魔法の』やかんとなっていたのである。……正々堂々? ちょっと疑問を感じないでもないが、まあ許容範囲ということにしておこう、うん。
攻守交代を契機に、大男プリンキアや復活した大男がフィールドの中へ入る。入れ替わりで大男1人と中肉中背の男が1人出ていった。
敵チームでフィールドに残っているのは大男5人と、小柄な男1人。ゲーム開始当初と似た状況だ。それを見て、充も選手交代を決めた。
「選手交代!」
充がシュラインを手招きする。そして部員が1人フィールドの外へ出てゆく。
「出ることになるのね……やっぱり」
小さな溜息を吐き、諦めた様子でシュラインがフィールドの中へ足を踏み入れた。
攻撃の権利を得たのはラグビー部側。残り時間を考えれば、これが最後の攻撃の機会になるかもしれない。
ホイッスルが鳴り、中央でボールを抱えた充が左前方へ駆けてゆく。その前に立ちはだかるのは、交代して入ってきた大男2人。充から見て右側に居るのが大男プリンキアである。
充は迫ってきた2人を十分に引き付け、直前で大きく右前方へステップを切った。しかし――。
「Touch!!」
機敏にも大男プリンキアがその動きに対応し、充の身体へタッチを果たしたのである。
(読まれたっ?)
タッチされ、小さく舌打ちをする充。攻撃のチャンスは残り5回、時間も刻々と過ぎようとしていた。
充が股の下にボールを置き、格闘祭選抜チームも5メートル後ろへ下がってゆく。そして新たにボールを拾ったのは深雪であった。
(負けませんから……!)
まっすぐに攻め上げる深雪。そこへまたしても大男プリンキアが突進してくる。
「Miss寒河江、勝負ネ! Tooooooooouch!!!!!」
直進し、笑みを浮かべながら深雪へ向かって手を伸ばす大男プリンキア。あわや深雪の身体に手が触れようとした寸前――。
「お願いします!!」
深雪は身をよじり、後方へボールを投げた。本当に一瞬のことだが、タッチよりパスの方が早かった。瞬時に深雪はいい判断をしたのである。
「あ?」
ところがボールを受け取ったのは、シュラインである。ちょうど深雪がパスを投げた位置へ居たのだ。
とにかく、パスを受けた以上は前へ向かって走らなければならない。ボールを抱え、一目散に前へ走り出すシュライン。腹部の痛みなど、パスが来た驚きでどこかへ吹き飛んでしまった。
そんなシュラインの前に、大男が1人向かってきた。避けるべく左へかわそうとするシュライン。しかし、その前方に大男の影となっていた小柄な男が飛び出してきた。
「もらったぜぇっ!!」
けれどもシュラインは慌てなかった。そのまま抱えていたボールを頭の上から後方へ向かって投げたのである――充が駆けてゆく位置へ正確無比に。
何故そんなことが出来たのか。実はシュライン、ゲームを見ている間に仲間の足音を覚えていたのだ。それに加え、向かってくる目の前の敵から何故か2人分の足音がしていたことを感じ取っていた。
なのでシュラインは慌てることもなく、かつ充の位置を把握してボールを投げることが出来たのである。
「ナイスパス!」
ボールを受け取った充は、攻撃のいい流れを断ち切らぬよう即座に攻め上がった。向かってくる大男2人を巧みにかわし、なおもゴールラインを目指し駆けてゆく充。
「ソウ簡単ニハ、ゴールさせマセん!!」
間もなくゴールラインという所に、再び大男プリンキアが立ちはだかる。充は先程同様に十分に大男プリンキアを引き付け、直前で大きく右前方へステップを切った。
「無駄でース!! Tooooooooooooooooouch!!!!!」
やはり先程同様、大男プリンキアは充の動きを読んでいた。タッチをすべく大男プリンキアの手が、充へ伸びようとした瞬間。
「…………っ!」
充が大きくバックステップを切った!!
「Oooooooops!?」
勢い余り、前へつんのめり倒れる大男プリンキア。充はそれには目もくれず、ただひたすらにゴールラインへ向かって走っていった。
「これで……トライ!!」
ゴールラインを超え、ボールを地面に叩き付けるように倒れ込む充。決勝点となるトライを見事に決めた瞬間だった。
「学習能力は……大切だよなぁ……」
ごろんと仰向けに転がり、充がつぶやく。本当にその通りである。
その直後、ノーサイドを告げるホイッスルがフィールドに響き渡った――。
●ノーサイド
「勝ちましたよ、シュラインさんっ!」
満面の笑みでシュラインに駆け寄る深雪。シュラインはフィールドで仰向け大の字になって倒れ込んでいた。
「これで……お役御免よね」
と遠い目をしながら言うシュラインの顔には、かなり疲労の色が浮かんでいた……って、動いてたのほんの3分程度では?
「ナイスゲームでシタ☆ ぜひシャツの交換ヲ!」
充の鮮やかな動きに感服した大男プリンキアは、残念ながらゲームに負けてしまったもののラガーシャツの交換を申し出ていた。真っ黒に日焼けした笑顔の中に、白い歯がキラリと光るのが何とも爽やかである。
もちろん充がその申し出を断るはずがなかった。
最終結果3対2、ラグビー部劇的勝利の光景であった。
【了】
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / クラス 】
【 0076 / 室田・充(むろた・みつる)
/ 男 / ?−? 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 2−A 】
【 0174 / 寒河江・深雪(さがえ・みゆき)
/ 女 / 2−B 】
【 0818 / プリンキア・アルフヘイム(ぷりんきあ・あるふへいむ)
/ 女 / 3−B 】
|
|
|