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<東京怪談・PCゲームノベル>


ファイル-2 神隠し。


 電話が鳴り止まない、という光景自体、この司令室では珍しい事であった。受話器を置いた瞬間に再び鳴る、電子音。
「…………」
 呼び出されたはいいものの、司令塔である槻哉がこの状態では、話の進めようが無い。
 斎月も早畝もナガレも、槻哉が電話対応に追われているのを、黙って見守るしか出来ずにいた。
「…商売繁盛?」
「そーゆう問題じゃないだろ…。こりゃ、電話機増やさないとダメかもな」
 へろり、と槻哉に力の無い人差し指を指しながら、早畝が言葉を漏らすと、ナガレがそれに突っ込みをいれる。
 斎月は黙ったままで、咥えた煙草に火をつけて、テーブルの上に置かれていた資料に目を落としていた。
「……はい、これから調査いたしますので、そのままお待ちください」
 その言葉を最後に、電話の呼び出し音は一応の落ち着きを取り戻す。見かねていた彼の秘書が、内線を切り替えたらしい。
「ふぅ…。三人とも、待たせてすまなかったね」
「…事件はこれだな?」
 槻哉の表情は半ば疲れているようであったが、彼は三人に微笑みながら、言葉を投げかけてきた。すると斎月がいち早く反応を返す。
「…そう、今回はこの事件を担当してもらう。さっきからの電話は被害者のご家族からなんだよ。警察の怠慢さも、程々にしてもらいたいね…」
 槻哉の言葉は、何処と無く冷たいものであった。その言葉尻からも読み取れるように、『今回も』警察尻拭い的な、事件であるらしい。
「カミカクシ?」
 早畝は斎月が持ったままの資料を覗き込みながら、首をかしげる。昔はよく起こっていた事件らしいのだが、近年では稀なほうであり、早畝はそれを知らないようであった。
「前触れも無く突然、行方不明になってしまう事を言うんだよ。その後、その人たちが発見されない事が多いから『神隠し』と言われているんだ。昔話なんかにも、出てくるんだよ」
「犯人は天狗、とか言う奴だろ」
 ナガレはいつものように早畝の肩口から資料を覗き込んでいた。この中で一番永く生きている彼にとっては、気になる事件の一つのようだ。
「まさか今時、その『天狗』なわけじゃねぇだろ? 場所が場所だしよ」
「そうだね、この都会の真ん中では、それは有り得ない存在だろうね。…どうやら誰かが故意的に、次元の歪みを作り出しているようなんだ」
 槻哉がそう言うと、まわりの空気がピン、と張り詰めたように思えた。
「…また厄介な事件だな…」
「それを解決していくのが、僕らの仕事だろう?」
 斎月が独り言のような言葉を漏らすと、それに反応したのは槻哉だった。そして皆が視線を合わせて、こくりと頷く。
「今回も、よろしく頼むよ」
「了解」
 三人は資料を手に、調査に出向くための準備を始めた。



 司令室を後にし、徐に煙草に手をつけた斎月はその目先に見覚えのある人影を認め、手を止める。
「……お、白銀と河譚じゃん」
「お久しぶりです。先日はお怪我をさせてすいませんでした、大丈夫でしたか?」
 斎月の視線の先に現れた人物とは。
 以前の事件のときに彼に協力をしてくれた、白銀と時比古だった。
「おう、もうすっかりだぜ。傷一つ残ってねぇって。そっちはもう良いのか?」
「はい、おかげさまで」
 白銀に笑顔で語りかけると、後ろに控えている状態の時比古は、僅かながらに表情を崩す。傍目では全く解らない変化なのだが、斎月にはそれが解ってしまう。
(…相変わらず、なんだな…)
「今日はどうした?」
「先日のお詫びにと思ったんですが…」
「あー、そっか…。悪ぃ、これから事件の調査なんだよな…」
 斎月がそう言うと、白銀はピクリと反応を返す。すると時比古がそれに習うかのように、白銀を見た。
「あの…」
「うん?」
 斎月が紫煙をゆらり、と吐き出したときに、白銀の口が開く。
「…ご迷惑でなければ…また協力させていただけませんか?」
「そりゃ嬉しい申し出だけど…いいのか?」
 ちらり、と時比古に視線を送りながら。
 斎月がそう言うと、白金も時比古に振り返りながら、顔色を伺うように覗き込む。
「……私は、白銀様に従うだけですので…」
 時比古は白銀に困ったように笑いながら、そう答えると、斎月に向かって軽く頭を下げた。
「じゃ、また頼むわ。危険かもしれねーし、その辺は気をつけてくれな」
「はい」
 斎月はそこで二人に今回の事件内容を伝え、これからどうするかを説明し始めた。

「お詫びも兼ねて…お茶でも如何です?」
 と白銀に誘われ、近くの喫茶店に入ったのは、数分前。
 時比古は前回と同じく、裏づけ調査へ出向き、彼が戻るまでの時間を此処で過ごす事になったのだ。
「…また任せっきりになっちまったな…」
「いいんです。手馴れていますし。それに、彼が動かないのであれば、僕が動いたでしょうから」
 灰皿に煙草を擦り付けながら斎月がそう言うと、白銀はサラリと答えを返してきた。
「それはそれで…大変だな」
「え?」
 独り言のように発した言葉は、白銀にはいまいち理解できなかったようで、彼は小首をかしげている。
「いや…こっちの事だ。…それより、あんたらは、いつも一緒なのか?」
「…え? あ、はい。河譚は僕の家に仕えるものですし…部屋も隣なんです」
 白銀は定員が来た紅茶に目を落としながら、斎月の言葉に、静かにそう応えた。
「…ふぅん……なんていうか…羨ましいな…」
「……? そうですか…?」
 斎月は視線を表に移しながら、自分が注文したコーヒーに手を伸ばして、それを口にする。苦味を含むその味は、ふとした心の迷いを、吹き飛ばす。
 この二人を羨ましいと思ったのは、以前の事件のときからだ。
 二人の素性や、家庭内容全てを知っているわけではない。もちろん、色々と小さな問題などはあるのだろうが、それは斎月の踏み入れるところでも無いし、知ろうとも思わない。
 羨ましい、と思うと同時に。
 お互いに一歩を踏み出せないでいるこの二人に、心配になったりも、する。
(白銀は…自分の気持ちってのに疎いっぽいけど…時比古なんか見てたら、丸解りだもんなぁ…)
 お互いが、お互いを、誰よりも想っていると言う事。
 この二人には、とても深い『絆』を感じてならない。
 その想いは、おそらく、主従と言う関係を超えたもの。
(出来れば、進歩してもらいたいものなんだけどなぁ…でも、そう簡単にも行かないみたいだしな)
 そんな事を考えていると、心に何か、涌き上がってくる物を感じた斎月は、慌ててそれを振り払うかのように手を振って見せた。
「…どうしました?」
「あ、ああ…いや、なんでもない」
 当然、目の前の白銀は不思議がって、首をかしげる。
 それに斎月は慌てて、返事をし、再びコーヒーに口をつけた。
 …自分で、どうにかしたいと。
 一瞬だけ、二人に何かしてやりたい、と思ってしまったのだ。今はそれどころではないし、これ以上の介入は、時比古は許さないであろうことは、解りきっているのに。
(ダメだな、俺…)
 ふぅ、と大きく溜息を吐くと、未だに不思議そうな表情をしている白銀に、にっと笑って、場を濁してみせる。
 それから二人は他愛の無い会話を、間を空けながら続けていると、調査を終えた時比古が、その場に現れた。
「お待たせいたしました、白銀さま」
「…ご苦労様、河譚」
 時比古に労いの言葉をかける白銀の顔は、とても穏やかなものだった。
 この二人はこうして一緒にいるほど、オーラを柔らかなものにする。本人達には、解らないものなのだろうが…。
「今回も悪いな、任せちまって」
「いいえ…私が申し出ただけですし…」
 時比古は斎月の言葉に伏目がちにそう答えると、二人の前に自分が集めた情報となるメモを差し出した。
「じゃ、動くか」
「はい」
 斎月はそのメモ帳を受け取ると、白銀より早くに店の伝票を手にして、立ち上がる。
「学生に奢らせるわけにはいかねーだろ」
 と後付けをしながら。
 その後会計を済ませた斎月たちは、喫茶店を後にし、行動を開始した。

「じゃあ、汀(みぎわ)、凰(おう)、頼んだよ」
 人通りの少ない場所まで移動し、白銀がそこで自らが持ち合わせる精霊を呼び出す。時比古が調べ上げた現場へと、先に様子見で彼らを使うらしい。
 斎月はそれを、黙って見送った後、メモへと視線を戻した。
「イマイチ、犯人像がぱっとしねぇよな…」
 槻哉が予め用意していた資料と照らし合わせても、被害者たちとの接点が見当たらない。となると、犯人は無差別に人を攫っているとしか、思えない。
「でも、人為的なものである、というのは確かですよね。自然現象の類であれば、こうも頻繁に起こるのはおかしい事ですし」
「そうだな、槻哉も故意的なモノだっていってたしな」
 白銀は親身になって、斎月に言葉を投げかけてくる。こう言う謎解きの類が好きなのか、それとも……。
 何にしても頭の回転の早い彼に、斎月は随分と助けられているように思えた。もちろん、短時間で隅々まで調査の出来る時比古にも、感謝しているのだが。
「…二人とも、特捜員として勧誘してぇな…」
「………え…」
「……………」
 ぽろり、と漏れた言葉に。
 白銀と時比古が、同じように一瞬だけ、固まる。
 そんな二人を見、斎月は苦笑しながら、『なんでもない』と繋げた。
 そう言う能力の持ち主が居れば、事件の解決も早いのは確かだ。しかし、どうしても危険と隣り合わせなために、そう簡単に特捜員が増えるわけでもない。槻哉も募集を掛けてはいるが、正式な申し入れは未だに一件もないらしい。
(…まぁ、俺らに手を抜くなって、言う事なんだろうけどな…)
 自分が、いつまで『あの場』に身を置いていられるのか、解らないのが現実なのだが…。
「…斎月さん?」
「あ、ああ、悪ぃ。ちょっと飛んでたな」
 白銀が、覗き込むように。
 斎月の様子を伺ってきたのを確認し、慌ててその身を後ろへと引いた。時比古に気を遣っているのだ。案の定、彼に視線を動かせば、斎月の目を気にしてか、すっ、と彼は視線を逸らせている。
「えっと…話を戻しますね。…この次元の歪みが、故意的でありながらも、無意識だったりすると…どうでしょうか? 無意識化の中で、呼び寄せている、と言う形なのですが」
「…そうだな…。無意識ってのが、一番怖いよな。思い込みの激しいヤツだったり、妄想癖があったりするヤツだと、余計に」
 斎月がそう答えると、白銀は手のひらを軽く握り締め、それを口元に当てながら、
「では、やはり今回はそれに近いのではないでしょうか。被害者さんたちに接点が無い点でも、無意識に且つ、呼び寄せている、と見ても間違っていないかと…」
 と続けた。
「心理学っぽい話だが…それが近道みたいだな」
 斎月も納得がいったようで、そこでふ、と笑ってみせる。
「じゃあ、河譚が調べてくれた現場に、そろそろ行けそうか?」
「……はい。精霊達が、丁度戻ってきました…」
 斎月が確認の言葉を発した後に、白銀が返してくると、次の瞬間には周りの空気が変わっていた。それで、先ほど放った精霊が主の元へと帰ってきたことが、解る。
 戻った精霊達は、その情報を白銀へと送っているらしい。その光景は何度目にしても、斎月の目には神聖なものに見えた。
「…そうか、ありがとう。汀、凰」
 白銀の精霊達は、いつも穏やかな空気を持っていた。それは主の品格の表れであるのだろうか。
 そんなことを思うと必ず、斎月の脳裏を掠めるのが、彼の失ってしまった恋人の影。
「……………」
 思わず名を口にしてしまう所であったが、それを何とか、喉で止め、再び飲み込む。
「…具合でも?」
 俯き、口元を手で覆っていると、時比古が後ろから語りかけてきた。
「ああ、いや。考え事をしていただけだ。…大丈夫」
 そう返す斎月であったが、時比古にはあまり説得力が無かったらしい。表情を歪めたその顔が、未だにぎこちないものになったままだ。
 どうしても。
 体調が悪くなったというわけでは無い。ただ、彼の意識が脳に直接まとわり付くだけ。
「斎月さん、本当に大丈夫ですか?」
「ああ、平気だ…それよりも、現場に向かおうぜ」
「……………」
 この時、時比古の心の隅に、引っかかったものがある。小さな、トゲのようなもの。
 それは、この先への危険信号であるとは、この時点では気が付かないまま、三人は現場へと足を運んだ。


 時比古の調べでわかった事が、一つある。
 それは、次元の歪みそのものが、移動しているということ。
 つまり、犯人が行く先々で、歪みを作り出しては場に居合わせた者達を飲み込んでいるという事になる。
 白銀の精霊、汀と凰もそれを確認しているようで、行動は彼らの誘導により、進みを見せた。
「……移動は続いてるのか?」
「いえ…この先で、留まっているようです。もしかしたら、僕らの存在に、感づかれたのかもしれないですね」
「そうか…」
 もう少しで、現場へ着くというところで。
 白銀と時比古が気づいていた、事。時比古に至っては、行動を開始する前から、その変化に僅かながらも気にはかけていたのだが。
「…白銀様…」
「解っている…」
 時比古が斎月に気が付かれないよう、声をかけると、白銀も視線を動かすことなく、そう返事をする。
 そう、何も気が付いていないのは、現時点では、斎月のみと言うことなのだ。
「……大丈夫でしょうか…?」
「…………」
 白銀はその言葉に、応える事はしなかった。
 現場に当たる場所は、郊外の集合駐車場だった。その周りを囲む大型スーパーや、団地のために設けられた駐車場である為に、広大なものだ。それに犯人は目をつけたのだろうか。
「――烙(らく)」
 徐に、白銀は新たな精霊を呼び出す。
「…空気を読め…何か、思い当たる節があれば、知らせてくれ」
 そう言うと、烙を手の先から、放つ。既にその場は、重い空気に包まれていて、白銀も時比古も、構えを見せていた。
「………なんだ…?」
 斎月は軽い眩暈を覚えて、そこでこめかみを押さえる。
 その斎月の姿を横目に見ながら、白銀は次の精霊を呼び出していた。先ほど情報収集にも赴いていた、汀だ。
「この空間の中に、被害者の方もいるはずだ。生命の波動を探してくれ、汀」
 主の言葉に忠実に、行動を起こす精霊達。それを仰ぎながら、時比古は常に白銀の盾になる為の位置に立ち、様子を伺っていた。
「斎月さん…?」
「…ああ、俺は大丈夫…でも、お前らも気をつけろ。ヤツはすでに、俺達の事に気が付いている」
 斎月が時比古の声にゆっくりと顔を上げると、彼の瞳は鋭いものに変わっていた。自分の変化と周りの空気で、粗方を読み取ったらしい。
「……………」
 斎月の言葉で、白銀と時比古も互いの顔を見合わせる。
 そうしているうちに、三人の立つ前方が、一瞬だけ強い光を生み出した。
「…!? なんだ…?」
「……あれは…」
「烙か…?」
 光と流れ込んでくる力の波動で、白銀にはこの先で何が起こっているのか、解ったらしい。
 精霊の名を呼んだあとは、自然と体が動き出していた。
「白銀さま…っ」
 時比古はそれを見逃さずに、彼が走り出した直後、後を追っている。
 斎月も少しの遅れを取りながらも、その場から離れて彼らを追った。
 奥へ進むにつれて、烙の『気』と言うものなのか、火を思わせる空気が頬を通り過ぎていく。主のために、精霊が犯人と戦っているのだろうか?
 斎月はそんな考えを巡らせながら、自分の呼吸を整えつつ走っていた。
 気を抜いてはいけない。
「……くそ、まだこれからなんだから…しっかりしろよ、俺…っ」
 まるで、元気付けるかのように、独り言を漏らす斎月。
 暫く進むと、白銀たちが立ち止まったのに気が付き、自分も足を止める。
「…どうした…?」
「……烙が、犯人に遭ってしまい、攻撃を仕掛けたようなのです」
「大丈夫なのか…?」
 白銀は、少しだけ疲れているように、見えた。精霊の影響が、主にも伝わると言うことなのだろうか。そんな彼を、言葉無く時比古が支えている。
 それでも白銀は、斎月に向かい、笑顔を作った。
 まだ大丈夫、と言わんばかりに。
「…無茶すんなよ」
 斎月がそう声をかけると、こくりと頷く。そして肩に手を置いたままで居た時比古に目配せをし、その手を下に降ろさせた。
「白銀様…」
「…大丈夫」
 心配そうにしている時比古に、そう言った後、視線を前方し移して、表情を厳しいものに変えていった。
「このまま、進みましょう。烙が道を開いてくれます。汀も同じところに居るはずですから…きっと大丈夫です」
「わかった」
 斎月の返事の後。
 三人は再び走り出した。
 目に見える限りでは次元の歪みなどは見当たらない。それでも進むしかないのだ。
「………うわ…」
 数メートル走ったところで、三人の全身を、何かがなぞった様な、感覚に襲われた。
 それに斎月は思わず声を漏らす。白銀や時比古も、その表情は良いものではなかった。
 おそらく此処が、その歪み。
 彼らは知らずに、犯人の領域内へと入り込んだようだ。
 振り向けば、もうそこは、先ほどまで目にしていた駐車場の景色とは、違うものになっていた。
「………っ…」
「白銀様…っ」
 空間の空気の悪さが、白銀の体力を削る。彼はそこで、体制を崩した。
 その細い身体を、時比古がしっかりと受け止める。
 先ほどから精霊を使い続けているのだ。精神的にもかなりの負担がかかってきているのだろう。
「白銀…マジで無理すんな」
「……すみません」
 斎月は辛そうにしている白銀に手を伸ばし、額に掛かっている乱れた前髪を直してやりながらそう言った。
 時比古の視線を痛い、と感じながら。
「!!」
 一瞬の気の緩みの中で。
 彼らは次に起こることに、気が付くのが僅かながらに遅れた。
 赤い衝撃と、その光景が、やけにスローに流れていくように、思えるほど。
「……斎月さん!!」
 その止まったような時間を破ったのは、白銀の声だった。
 斎月は白銀と時比古の目の前で、倒れてしまう。目を見開いたまま。
「烙…?…なにを、して…!?」
 倒れた斎月の肩口から、じわりと流れてきたのは、赤い液体。
 そして白銀が目にしたのは、斎月を後ろから攻撃し、地へと沈めさせ、主を見下している烙の姿だった。
「…何故…? 烙、どうしたんだ…何故、斎月さんを…!?」
「白銀様、しっかりしてください…!」
 白銀は、動揺を隠せずに居た。烙を見上げながら、カタカタと身体を震わせている。
 しかし、傍に居た時比古は、冷静に主を落ち着かせようとしていた。
「…こんなことをして何になるというのです。姿を現しなさい」
 膝を折った白銀の肩をしっかりと支えながら、時比古は烙に向かい、冷たい言葉を投げかける。
「…河譚…?」
「白銀様、惑わされてはいけません…よく、ご覧になってください」
「……え?」
 時比古にそう促され。
 白銀は再び、烙を見上げた。
「……………」
 そこにいるのは、自分の知る『精霊』では、無かった。
「…白銀…、しっかりと自我を保て……これが、ヤツのお得意分野だ…。
 さっきから、俺もやられてるんだ…お前が、別のヤツに見えて、どうしていいか、解らない…」
 斎月が言葉も切れ切れに、白銀に声をかけた。苦笑しながら。
 肩口を押さえて、ゆっくりと身を起こそうとしている。
「…だが、見誤ったな…。白銀を苦しめるなら、俺じゃない…」
 続けた言葉は、白銀に伝えたものではなく。
 精霊の形をとっていたモノに、言い放ったものだった。
「俺達は馬鹿じゃない。二度目は、無いぞ…」
 ふ、と笑いながら。斎月は言葉を続ける。しかし、出血が思ったより酷く、体が言うことを利かない。
「斎月さん、動かれないほうがいいです」
 時比古もそんな斎月を見かねて、声をかける。白銀を支えながら。
「…お前が…、この空間を作り出したもの、か…?」
『――そうだ。人間の中にも、変わった能力を持つヤツが居ると思えば…なかなか厄介だな』
 そう答える姿は、すでに烙ではなく。
 ゆっくりと形を崩したそれには、実体が無かった。真似て化けることは出来ても、自分の体を作り上げることが出来ない。そんな存在であるようだ。
『お前、体が辛いだろう? あの精霊…何かと煩くてな、一度取り込ませてもらった。死んではいないのだろうが、暫くは使い物にならんだろうよ』
「…………」
 白銀はその存在を見つめたままで、汀を気にかけていた。戻らないということは、他に取り込まれた被害者たちを見つけ、その場で保護しているのか、それとも…。
 烙から流れ込んでくる疲労感以外に何も感じられないということは、無事で居るのだろうかと、思ってみる。希望は捨てないほうが良いと。
『無理をしているが…意識を保つのが、辛いだろう。私に全部、預けてしまえ。楽になる』
「へ…っ 誰が、お前なんかに…」
 姿無きモノに、斎月は吐き捨てるようにそう言う。
(…どうする…白銀も体力的に限界だろうし…俺も、動けねぇし…)
「白銀様…もう無理です…っ」
「大丈夫だ…だからお前は離れるな。お前が傍に居れば、調子が狂うこともない…」
 斎月が心の中で呟きを繰り返していると、時比古の焦りの声と、白銀の無理を押したような声が、耳に付いた。見れば、自分ひとりでは立ち上がれないほどにふら付いているのに、力を振り絞り、精霊を呼び出そうとしている。
『美しい主従愛だな…。お互いがお互いを、思いあって…。だが、それは命取りだぞ。若いの』
「…そうかもしれない。だがこれ以上、お前の好きにはさせない。誰も傷つけることは許さない。河譚も、斎月さんも…」
「白銀様…」
 白銀の姿は、凛々しかった。
 その細い身体のどこに、力が眠っているというのか…。時比古に支えてもらいながらも、今の彼は、とても雄々しく見える。
 ふわり、と白銀の銀糸が、風に舞う。
「……凰、頼むよ」
 白銀を取り囲む、風。その中から現れるのは、鳥の姿をした精霊だ。気高い『霊鳥』と呼ぶにふさわしい姿だ。
『何を、する気だ…!?』
「決まっているだろう。…お前を排除し、この空間を打ち破る」
 動揺し始めた犯人に向かい、白銀はうっすらと笑いながら、そう言う。そして片腕をゆっくり上げると、その場は一陣の風が、足元から吹き抜けるように、巻き起こった。
「………!」
 斎月は自分の身を守るので、精一杯だった。時比古も風に耐えながら、主の身体を支えている。
 渦を作った風は、そのまま声の主へと向かっていった。
『無駄なことを…!その程度で私を消せると思うか…!』
「――…烙」
 動揺し始めたその声にも、白銀は冷静だった。そして、犯人をまっすぐ見据えたまま、次の真名を呼び上げる。
『な、なんだと…!? そいつは動けないはず…!!』
「己の力を過信しすぎた末路だ」
 白銀を覆うのは、風とそして…炎。烙は力尽きたふりをして、主の命を待っていたのだ。
 火の粉が広がり、風に煽られ…辺りが炎に包まれていく。
「……斎月さん、上を開けられそうですか?」
「…ああ」
 白銀が斎月を振り返る。
 すると斎月はあらかじめわかっていたようで、すでに拳を頭上に掲げていた。
 そこから、最後の力を振り絞って、空気を操る力を引き出し、指を弾く。
『……なぜだ…!! なぜ私が敗れるのだ…!!』
「自分で言っただろう。人間の中にも変わった能力を持つ者が居ると。…私を誰だと思っている?」
 そう、言い放った白銀は。
 斎月の心を拭い去ってくれるような、表情をしていた。
「お前は力の持たぬ非力な人間を捉え、恐怖や憎悪を生み出しては、それを糧にしていた。非道な輩には、それ相応の罰が下るというわけだ。
 …返してもらうよ、お前が捕らえた人々と、吸収してきたもの全てを」
『………やめろ…やめろ…!!!』
 声の主がそう叫びを上げた瞬間、上空は切り裂かれるような音と共に裂け、そして彼らを取り込んでいた空間は、一気に弾け飛んでいった。
 姿無きものは、自分の存在が消え去るまで、何度も何度も『何故だ』と繰り返していた。



「これで、全員だな」
「はい、そのようです。…斎月さんは、大丈夫なのですか?」
「俺は大丈夫だ。見た目ほど傷も酷いわけじゃねぇし…それに、白銀のおかげで、あいつの力の欠片みたいなもんも、消えてくれたしな」
 次元の歪みが消え去った後には、汀が身を挺して守っていた被害者達の姿が其処にあった。彼らは気を失っており、目が覚める頃には、全てを忘れてしまっているだろう。
「……白銀は、また体力と精神の補給か…」
「無理をなさいましたからね…」
 時比古の腕の中で、静かな寝息を立てているのは、先ほどまで毅然と彼らの前に立っていた、白銀だった。
 犯人が消え去った後、気が緩んだのか、時比古が支えたまま、倒れてしまったのだ。
「…お前も、損な役回りだな…」
「私は、白銀様をお守りすることが、何よりの役目ですから」
 時比古の、白銀を見つめる瞳。
 それは、侍従を超える、もの。
 慈しみ、そして何よりも、深い、思いの色。
「……たまには、自分をぶつけてみろ。それくらい、許されるだろ」
 斎月は、困ったように笑いながら、時比古にそう言う。
 しかし彼は何も返すことはせずに、斎月を見返す。
「深入りするつもりはねぇよ。…ただ、お前らには……。
 いや、なんでもない。それより、此処は俺に任せて、お前らはもう戻れ」
「…しかし…」
「休ませてやりたいだろ。…それにお前も、少し休め。槻哉には、きちんと伝えておくから」
 斎月はそこまで言って、立ち上がる。そしてなおも口を開こうとしていた時比古と止めて、帰るように促してやった。
「わかりました…。では、最後に…」
「白銀サマと呼べって?」
「……………」
 時比古の言葉を先読みし、斎月がそう言うと。
 彼は、小さく笑って、頭を下げた。
 そして白銀と時比古は、その場を後にするのだった。

 場に取り残される形となった斎月は。
 槻哉たちが到着するまでの間、ずっと空を見上げていた。
 見上げながら、ふ…と笑っていた。


 【報告書。
 10月10日 ファイル名『神隠し』

 次元の歪みを作り出し、人の心の弱さを糧にしていた姿無き犯罪者による事件は、
協力者、季流白銀氏、河譚時比古氏の両名と、斎月によって無事解決。
 被害者たちも無事に救出出来、その後も何事もなかったのように、日々を過ごしているようだ。記憶は例によって抹消済み。
 斎月は肩に傷を負うが、数日のうちに回復し、大事に至ることも無く、職場へと復帰。
 前回同様、協力者の2名については後日改めて謝礼を贈ることとする。
 
 以上。

 
 ―――槻哉・ラルフォード】 


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            登場人物 
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【2680 : 季流・白銀 : 男性 : 17歳 : 高校生】
【2699 : 河譚・時比古 : 男性 : 23歳 : 獣眼―人心】

【NPC : 斎月】

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           ライター通信           
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ライターの桐岬です。今回は『ファイル2』へのご参加、ありがとうございました。
 個別と言う事で、PCさんのプレイング次第で犯人像を少しずつ変更しています。

 季流・白銀さま
 いつも有難うございます。遅くなってしまい申し訳ありません…(滝汗)
 今回、時比古さんと白銀くんのお話は、前半部分の少しだけを、分けて書かせて頂きました。
 斎月はもう、毎回怪我するものだと思ってくだされば…(苦笑)
 白銀くんの、気品と言うか、気高い部分を見れたら良いなと思い…勝手に書いてしまったのですが…大丈夫だったでしょうか。
 ご希望通りに書けているかどうか、非常に心配なのですが…。それでも少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
 毎回お待たせしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
 
 ご感想など、聞かせていただけると幸いです。今後の参考にさせていただきます。
 今回は本当に有難うございました。

 誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

 桐岬 美沖。