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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


21時のお茶会


 学園祭も三日目になるというのに、神聖都学園のお祭り熱が衰えることはない。
 いかに楽しむかが勝負といった勢いで日頃の鬱憤を晴らしている彼ら生徒達を、セレスティ・カーニンガムは微笑ましい気持ちで眺めていた。
「若いというのは良いものですね」
 などと、年寄りじみた感想を口にする。
 彼も十分若いはずなのだが、達観したような落ち着きぶりのせいか、いまいち年齢不詳だ。
 容姿によるところも大きいだろう。銀色の髪と青い瞳、極端に白い肌は、彼が異国の――それもヨーロッパかどこかの――血を継いでいることを物語っている。制服のブレザーの着こなしといい、優雅な物腰といい、彼が他の生徒達と一線を画してしまうのも仕方のないことだった。が、忘れることなかれ、ここは『個性的な』学生が集まることで有名な神聖都学園である。目立ちこそすれ、彼が殊更浮き立つということはない。とはいえ、「3年A組の総帥」と聞けば、誰もがその人間離れした容姿を思い浮かべる程度には有名な彼である(ちなみに、なぜ『総帥』なのかは誰も知らない)。
 洒落たステッキを支えに、セレスティはゆっくりとした足取りで校門へ向かっている。
 宴もたけなわ、しかし一向に店仕舞いの気配を見せない様々な出し物を横目に歩きながら、セレスティは校舎を後にした。
 一般客ともここの学生ともつかない人間でごった返す校門からやや離れて、彼は迎えの車を待つ。病弱とまではいかないものの足の弱い彼は、さすがに歩き通しで疲労を感じていた。
 ――と。
「おや?」
 見慣れた人影が目に入り、セレスティはそちらへ視線を送る。
 人ごみを避けるように歩くのは、紛れもなく2年A組の草間武彦だった。
 学園祭など知ったことかという素振りで飄々と歩く彼は、不良学生よろしく口に煙草をくわえている。が、実はそれがシガレットチョコレートだということをセレスティは知っている。
 いっぱしの不良として振舞いながらなんだかんだいって悪くなり切れていない彼が、セレスティの遊び心を刺激するであろうことは想像に難くなかった――セレスティは、人知れず口元に笑みを浮かべた。見る者を魅了するような怪しげな微笑。何か企んでいる顔ともいう。
「草間君」
 セレスティが呼び止めると、草間武彦は面倒くさそうながらも立ち止まってくれた。セレスティの姿を認めた彼の顔に、一瞬「げ」という表情が浮かんだ。
「なんだ……セレスか」
『セレスティ』は長くて呼びにくいという理由でそんな風に呼ばれている。語尾に先輩、はもちろんつかない。
「草間君はもうお帰りですか?」
「残ってる理由もないからな」
「それでは少しお付き合いいただきましょうか」
 お付き合いいただけませんか、ではなく、お付き合いいただきましょうか、だ。威圧的ではないが有無を言わさぬその口調に、草間は「まいったな」という苦虫を噛み潰したような表情をした。それがまたセレスティは愉快である。
「おまえは何やってるんだ、こんなところで」
「迎えの者を待っております。ご覧の通りステッキなしでは歩けませんのでね」
「ああ、なるほど……難儀な体質だな。学園祭なんかしんどいんじゃないのか」
「気遣って下さるのですか?」
「そんなんじゃない」
 草間は唇をへの字に曲げてそっぽを向く。その仕種が、なんというか可愛らしく、セレスティは笑いを堪えられない。
「ご心配には及びませんよ。無理のないようにしていますからね。折角の学園祭ですし、楽しみませんと勿体無いでしょう?」
「そうか? 俺はかったるいだけだが。何がそんなに楽しいんだか……」
「そんなことをおっしゃって、下校時刻ぎりぎりまで残っているではありませんか」
「クラスの店番だよ、店番」
 草間は鬱陶しそうにぐしゃぐしゃと髪をかき上げた。当番をサボっている生徒なぞたくさんいるだろうに、とセレスティは思う、不良になり切れていませんね、草間君。口に出したら相手をしてくれなくなりそうなので、胸の内に留めておくことにする。
「お化け屋敷などの出し物もあったようですが、草間君は参加されました?」
「お化け屋敷ィ?」草間は嫌そうに顔をしかめた。「誰が好き好んで化け物屋敷なんぞに入るんだよ。俺は御免だな」
「面白そうではありませんか。世の中は不可思議な事象に満ちていますよ」
 草間はますますうんざりといった様子だ。
「極力そういうのには関わりたくないというのが本音だ」
「そういうことを言っている方に限って……」
「何だよ」
「いえ」セレスティは意味ありげに唇の端を持ち上げた。「お化け屋敷は恋人と一緒というのが定番でしょう。それなりに楽しめるのではありませんか?」
「どっかの貴族みたいな顔して、案外俗っぽいところがあるんだな、総帥様も……」
「草間君は?」
「何?」
「お化け屋敷でご一緒されるような恋人はおられないのですか?」
「恋人、ねぇ……」草間武彦は何とも微妙な反応をする。「『アレ』は恋人に当たるのかどうか……」
「誰のことをおっしゃっているのですか?」
「何でもない。気にするな。そういうセレスはどうなんだ――」
 無理やりはぐらかそうとしたところで。
 草間武彦はぎくりと身体を強張らせた。
「あいつらっ……!」
 何やらただならぬ様子で叫び、
「おまえも来いっ!」
 セレスティの手首を乱暴につかむ。
「? どうされました?」
「いいから!」
 草間は急に駆け出した。
 そもそもステッキなしでは歩行も困難な彼が走ることなどできるはずもなく、半ば草間に引き摺られるような形になってしまう。
「草間君? 私を殺す気ですか?」
 セレスティはささやかな抗議の声を上げた。
「ぐずぐずしてっと魂抜かれるぞ!」
「はい?」
「写真ばら撒かれるぞ!」
「はあ?」
 セレスティは草間に引き摺られながら、肩越しに背後を振り返った。
 ああなるほど、と納得する。
「あっ、いたよ草間先輩っ! やっと見つけた!」
「三年のカーニンガム先輩も一緒だよ!」
 下級生と思しき神聖都学園の生徒が二人。――草間武彦をフレーム内に収めようと、一眼レフを構えて追いかけてくる。
「魂を抜かれるというのはカメラのことでしたか。随分とまた古風ですね……」
「ったく、奴らしつこすぎるぞ!」
 先ほどセレスティが歩いてきたルートを逆走し、下駄箱で人を押し退け、校舎に舞い戻る。階段を駆け上がり、二人は三階端の空き教室に飛び込んだ。
 扉をぴしゃりと閉めて、黒板の前にどさっと腰を降ろす草間。
「なんとか撒いたか……」
「く……草間君? 私まで走らなければならない、理由を……差支えがなければ、お聞かせ願いたい、のですが……?」
 息が切れ切れになっている。愛用のステッキを教卓に立てかけ、セレスティは手近な椅子に腰を降ろした。なんとか息を整えようとするものの、喋るのも辛い状態だ。
「写真屋の餌食になりたくはないだろう?」
 草間は涼しい顔だが、さすがにチョコ煙草をくわえている余裕はないようだ。
「それは……、ええ、まあ……」
 つまり。
 あの下級生達は、『有名人の写真撮ります』企画のカメラマン達なのであろう。
 一介の生徒はとても「お近づきになれない」人物をイベントに乗じて撮影し、依頼主に届けるという、有名人にとってはなんとも迷惑な企画である。草間武彦はもちろんのこと、セレスティ・カーニンガムも撮影される側、ということらしかった。
「ずっと彼らから逃げ回っているのですか?」
 草間はああ、と頷く。「下校時刻ぎりぎりだってのに懲りないな、奴らも」
「写真の一枚や二枚、撮らせて差し上げれば良いでしょうに」
「見ず知らずの人間に売り捌かれるんだぞ。気持ち悪いだろうが」
「気持ちはわからないでもありませんが……」
 セレスティは苦笑する。
 窓際まで歩いていって、草間は窓を開け放った。火照った身体に夜気が涼しかった。
「人ごみに紛れたほうが賢かったかな」
 窓枠に座り、身を乗り出して、ごった返す校門のほうを草間は眺める。
「危ないですよ、草間君」
 開け放たれた窓から夜風が吹き込んでくる。風がセレスティの長い髪をさらった。
「そういえば、迎えを待ってたんだったか?」
「そろそろ到着している頃だと思いますが、仕方ありませんね。待たせておきましょう」
「悪いな」
「次回はもう少し穏やかにお願いしたいところですね」
 息が整ってきたところで、セレスティはステッキに縋って立ち上がった。無理に走らされたせいで足の関節が悲鳴を上げている。
 吹き込む風が、祭り騒ぎで五度は上がったかと思える室温を冷やしていく。
 もともと人気の少ない棟だということもあって、二人のいる教室だけ妙に静かだった。お祭りムード一色のせいか、普段と何ら変わりのない教室の風景のほうが、逆に非日常的に見える。
 窓枠に腰かけて煙草を吹かしている――否、チョコ煙草をくわえている――草間武彦の姿が、黒いシルエットになっていた。日中の賑やかな学園より、夜の、誰もいない校舎のほうが彼には合っているような気がした。
 セレスティはふと愉快なことを思いつく。
「お茶が欲しいと思いませんか?」
「はぁ?」
 草間は怪訝そうにセレスティを振り返った。
「夜の静かな教室で茶会と洒落込むのも素敵ではありませんか」
「茶会って……イギリスの貴族かよ」
「本拠地はアイルランドですが」
「アイル……何?」
 草間がついていけなくなっている。
「気にしないで下さい。とにかく、お茶に致しましょう」
「本気で言ってたのか……」
 総帥たるセレスティの、無言の圧力に屈した草間は、やれやれと首を振りながら教室を出ていった。数分ほどして、紅茶の缶を二つ手に戻ってくる。
「市販の甘ったるそうな紅茶しかなかったぞ」
「十分です。学生のお茶会には相応しいではありませんか」
「お茶会ねぇ……」
 二人はがたがたと机を並べて、缶の紅茶と、昼間出店で買ったクッキーをお供に簡易茶会を始めた。
 イベントのため、いつもより大分遅く設定されている下校時刻の直前。
 場所は写真屋の生徒に追い回されて逃げ込んだ空き教室。
 外の明かりと真ん丸に近い月だけが唯一の光源。
「――これで、」
 ふとした思いつきを口にしようとすると、
「音楽があれば完璧、だろ?」
 草間が後を継いだ。セレスティは頷く。
 必要以上に甘くアルミの味がするミルクティーも、祭り効果のためか、夜の教室という特殊な環境のせいか、妙に美味しく感じられた。
 耳を澄ますと、BGMのポップスが聴こえてくる。学生のチープな茶会には、まったくもって相応しい軽快なメロディだ。煙草の代わりにチョコレート、テーブル代わりに学習机。
「しかし早いものですね。もう三日目も終わりですか」
 時間の経過が名残惜しく、セレスティはしみじみと言った。
「終了は二十一時だったか?」草間は教室の時計を仰ぎ見た。一瞬の間が開く。「……まずくないか?」
 まずかった。終了時間の二十一時まであと五分もない。
「下校時刻を過ぎるとどうなるのでしょうね?」
「さぁ……」
 二人は顔を見合わせた。
 まさか締め出しを食らうことはないだろう、が。
「早く校舎から出るに越したことはありませんね」
 草間はセレスティに同意した。
 手早く茶会の後片づけを済ませ、二人は今度こそ教室を後にする。
 走りすぎたせいで足下のおぼつかないセレスティは、草間の腕を借りて階段まで向かった。そこで、
 ――待ち構えていたように、フラッシュが光った。
「え?」「あ?」
 二人の間の抜けた声が揃った。
「やったー! 草間先輩の写真ついにゲットー!」
 下級生は握り拳を突き上げ、歓声を上げた。
 フラッシュのおかげで使い物にならなくなった目をぱちくりと瞬き、二人は唖然と立ち尽くす。
「…………」
「…………」
 してやられた。
 まさか彼らがここまで執念深かったとは――。
「それじゃあ、失礼しま――」
「待て」
 去りかけた一年坊主二人の襟首を、草間が捕まえた。
「おまえら良い度胸してるな」
 セレスティは微笑を浮かべ、彼らの手から一眼レフを取り上げる。
「これはお預かりしておきますね?」
 一年生達は、だらだらと冷や汗を流して有名人二人の前に硬直した。
「あ、あの……その……」
 彼らの執念深さも、草間の迫力とセレスティの笑顔には勝てなかったようである。

 ――こうして、慌しい鬼ごっこは幕を閉じたわけであるが……。

    *

「これは、お茶会というよりも……」
 後日。神聖都学園3年A組の教室。
 下級生から押収したフィルムの現像を手に取り、セレスティは目を細めた。
「密会と言いますか……」
 暗い廊下。腕を絡ませて立っている草間武彦とセレスティ・カーニンガム、のツーショット。時間帯とロケーションのせいか、妙に仲睦まじく見える。見様によっては――。
 セレスティはふっと笑みを形作る。例の、悪巧みをするときの顔だった。
「草間君をからかう良い材料ができましたね」
 草間武彦の今後の命運を左右しかねないつぶやきを漏らすと、セレスティはたった今購買で買ってきた缶紅茶を満足そうに味わった。








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 3−A】


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■         ライター通信          ■
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 ライター通信でははじめまして、雨宮祐貴です。
 学園祭ゲームノベルへのご発注ありがとうございました! 高校生活ということで、昔を懐かしみつつ(?)書かせていただきました。セレスティさんのような生徒がいる高校なら、是非とも入学したいものです。
 後半から、「草間さんで遊ぼう計画」が「草間さんと遊ぼう計画」になってしまいました。その上走らせてしまって申し訳ございません。大丈夫でしょうか、セレスティさん…(心配)。
 この一日がセレスティさんにとって良き学園生活の思い出となれば幸いです。