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昼下がりのジョージ未遂
これだけ人が多ければそれだけ怪我人だの具合の悪い人だのがひっきりなしに訪れる保健室。
だが例年、昼時間だけは人数が激減する。
みんながランチタイムに入るからだ。
保健室近辺の人通りもめっきり減って静かなものだ。
吹き込む風は随分と涼しくなってきたが小春日和の今日は気温が高めなので頬をゆっくりと撫ぜていく風も心地よく感じるだけだ。
ふんわりとカーテンが揺れる。
カーテンを揺らした風が弓槻蒲公英（ゆづき・たんぽぽ）のひとつに緩く結った長く艶やかな黒い髪の毛先がさらさらと同じように揺れていた。
蒲公英は素直なの怪我人・急病人だけに留まらず、傍から見て明らかに血色もよく堂見ても具合が悪そうには全く見えない様な輩にもベッドを貸し与えてしまう。
蒲公英を受付に回すと、サボリを狙う者も居れば、袖の膨らんだワンピースに白いフリルのついたエプロン、頭には丸くて白いふんわりとした帽子という、昨今の看護士の服装ではなく一見してメイド服に近い昔の看護婦の服装を纏った蒲公英の姿を見たいがために来る生徒が押し寄せる可能性があるので基本的に蒲公英１人で受付に居る事はない。
少なくともここ数日は必ず誰かと一緒に当番をしていたし、もしも、偶然蒲公英が１人で居た時に現れてちゃっかりベッドを利用していた仮病連中は１人残さず交代に来たメンバーに蹴り出されると言うのがここ数日のお約束だ。
だが、ペースを掴んだ他のメンバーはこのお昼の時間帯ならばたいして人も来ないだろうということで、蒲公英は初めて１人で留守番を言い付かった。
窓を全開にしているので遠くで鳴く鳥の声に梢のなる音が聞こえる。
そんな環境にこの陽気で、つい蒲公英は受付でうつらうつらと舟を漕ぎ始めた。
魔の手が迫っているとも知らずに―――
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「おやおや、美味しそうなウサギちゃんがこんな所に落ちているなんて」
机に伏せて寝息を立てている蒲公英を見て、魔の手ことモーリス・ラジアル（もーりす・らじある）はそれは優雅な笑みを浮かべる。
その微笑みは確かに優雅で上品そうではあるが、魔の手の持ち主だけあって中身は悪魔に近い。
悪魔は悪魔でも色魔という名の悪魔だ。
最初から蒲公英と―――言うよりもむしろ正確には蒲公英で―――保健室でイロイロと楽しい事をイタして遊ぶことが目的で人が少なそうな時間帯をわざわざ選んで来たのだが。
「ついていますね、本当に」
これも日頃の行いのなせる業かな……とずうずうしい事を口にする。
モーリスが蒲公英の肩にそっと触れたが、それでも蒲公英が目覚める様子は見せない。
蒲公英を起さないようにそっと保健室の入り口のドアを開けた。
モーリスが１歩足を踏み入れたとたん清潔感に満ちたはずの保健室が一転して淫靡な空間になる。
そのままモーリスは能力を使って蒲公英を保健室の中に運ぶ。
空いている一番奥のベッドに蒲公英をゆっくりと下ろして仕切りのカーテンを引く。
シャッと軽やかな音でカーテンはあっという間に蒲公英の眠るベッドとその脇に立つモーリスの姿を隠す。
ちょうどその時、ガラリと保健室のドアが開いた。
「あれ、誰もいない？……ま、いいか」
何者かが保健室に足を踏み入れたのを感じてモーリスはちらりと蒲公英を見るが、よほど疲れていたのか蒲公英は眠ったままだ。
カチャカチャという音がして目当ての物を見つけたらしい生徒は足早に保健室を出て行った。
それを確認して、モーリスは彼女の髪を結わえてあったリボンをゆっくりと外しさらに帽子を脱がせる。
するとあっという間にクラシックなワンピースを着た可愛らしいメイド風のお人形の出来上がりだ。
人差し指を蒲公英の頬から耳へと滑らせて艶やかな髪をひと房掬い上げた。細い絹糸のような髪がするすると指の間をすり抜ける。
「ん……」
ようやく小さく身じろぎして、蒲公英はゆっくりと瞼を持ち上げる。
だが、その奥の瞳はまだぼんやりとした様子だ。
「そろそろ楽しいお遊びの時間ですかね……さぁ、こちらへ」
自分もそのベッドに腰掛けて蒲公英を自分の足の間に座らせて背後から抱き込んだ。
寝惚けている蒲公英は素直にされるがままになっている。
「ウサギやネコの耳とかつけたら似合いそうなんですけどね」
生憎今は手持ちがない。というか、普通はそんなもの持ち歩いてはいないだろうという突っ込みはモーリスの中の常識には通用しないようだ。
「とりあえずエプロンが邪魔です」
そう言いながらまずエプロンの肩紐に手を潜らせて右肩から下ろす。次は左へと手を滑らせて途中で動きを止めた。
「脱ぎかけというのがいいのかもしれませんねぇ」
実に楽しそうな微笑みはやはり優雅に見えるが、モーリスと蒲公英の周囲の空気だけが滴るように甘く濃密なものへと変化しているようだ。
その空気に蒲公英は息苦しさを感じるのか、
「……は……ぁ……」
と息を吸う。
「どうやら随分疲れているようですから、ゆっくりと休んだ方がいいですよ。楽にして……ね？」
口調は穏やかで在るし、手つきも優雅でとても親切な台詞のようだが、やっている事といえば蒲公英を抱えたまま、まず襟元のリボンをほどく。
「あぁ、まだ襟元が苦しそうですね」
きっちりと一番上までかけられている襟元のボタンを上から順に１つ２つと外し……更に３つ目のボタンに手が伸びた。
「え……や、です……」
大きく胸元が開いてようやく蒲公英が首を振って身じろぎをする。
「大丈夫。怖くないよ、楽にして」
何がだオイ！とどこからともなく突っ込みが聞こえてきそうだが、モーリスの手は３つ目のボタンに掛かった手はそのままだ。
「……やぁっ」
か細い声であったが蒲公英は彼女には珍しくはっきりと拒絶の声をあげる。
「ちょっと、遅かったかもしれないですね」
モーリスは手を止める気はさらさらないらしい。
手をボタンにかけたまま身じろぎるする蒲公英の首筋に空いている方の手で触れる。
そのとたんにびくっと揺れる肩。
身じろぎをしていた身体の動きが束の間止まる。
その隙を見逃さずにモーリスはすかさずボタンをボタンホールに潜らせた―――
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「なぁにやってんだ！」
怒声と共に仕切りのカーテンがびりびりっと言う音と共に引き剥がされた。
破れたカーテンの向こうで、月見里豪（やまなし・ごう）は全身に怒りのオーラを纏ってモーリスの前に仁王立ちしている。
「離せ！」
そういうが早いか豪は力ずくで蒲公英をモーリスの腕から奪い返した。
蒲公英は豪の腕の中で慌てて身づくろいを整える。
「大丈夫か？」
「……ありがと……」
サッカー部で生傷擦り傷が絶えない豪は学園祭の企画ですらやはり腕に擦り傷を作り保健室に来たらしい。
「人が怪我してきてみりゃあ、何かアヤシげな声が聞こえるしこりゃあタイミング間違えたかなと思ってみれば！」
恋人の妹で彼女そっくりの蒲公英を可愛がっている豪が怒るのは無理もない。
「無粋だな」
悪びれもせずにそう言うモーリスに、
「無粋じゃねぇ！ 一瞬いちゃついてるところに乱入したかと思って出て行きかけたじゃねぇかよっ、でもなんか聞き覚えのある声だと思ったら」
と言った豪の手はぷるぷると握った拳が震えている。
「いきなり現れてカーテンを破るなんて野蛮なことをしなくてもねぇ」
だから問題はそこではないのだが、判っているのかいないのか―――多分に前者であるのだが敢えて惚けているに他ならない―――全く変わらないしれっとした顔に豪は切れた。
「俺が野蛮ならお前は野獣だろ、いや野獣に失礼だケダモノだケダモノ。だいたいなぁ、強制わいせつ行為って言うんだよ、こういうのは」
頭に血が上っている為ケダモノも野獣も同様の意味なのだがそんなことはお構いなしだ。
「わいせつなんて人聞きの悪い。ちょっとしたお医者さんごっこみたいなもんじゃないか」
「それがわいせつ行為って言うんだよ！」
どこまで行ってもこの２人の会話はかみ合わないらしい。
「とにかく金輪際蒲公英の前に近づくな！今度近づいたら容赦しないからな！」
びしっとモーリスの顔に人差し指を突きつけてそう宣言すると豪は蒲公英の腕を取って足音も荒々しく保健室を出て行った。
１度だけ保健室を出る瞬間に一瞬だけ目が合った蒲公英にモーリスは手を振った。
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腕をとられたままずんずん前を歩いていく豪に蒲公英はひっしで小走りでついていく。
「あっ……」
しかし、慌てすぎて躓き転びそうになった蒲公英をすばやく豪が支えた。
「悪い。ちょっと頭に血が上ってて、早かったよな」
豪はようやく蒲公英の腕から手を離した。
蒲公英の白い腕にうっすらと自分の手の跡がついている。
それを見て一瞬罰の悪そうな顔をする豪に蒲公英はゆっくりと首を横に振った。
「助けてくれて……ありがとう……」
そういった蒲公英の肩に手を置いて豪はしっかりといい含めるように、
「ああいう輩には本当に気をつけろよ」
と言い含めるように言った。
こくりと蒲公英は小さく頷いた。
「よし」
そういうと、豪はいつの間に拾っていたのか、保健室から持って来た帽子を被せて、モーリスにほどかれたリボンを結んでやって、蒲公英に笑顔を向ける。
「さ、あいつも待ってるから一緒に昼飯にしよう」
その豪の台詞に蒲公英も小さく微笑んだ。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ クラス】
【１９９２ ／ 弓槻・蒲公英（ゆづき・たんぽぽ） ／ 女 ／ ２年Ｃ組】
【１５５２ ／ 月見里・豪（やまなし・ごう） ／ 男 ／ ２年Ｃ組】
【２３１８ ／ モーリス・ラジアル（もーりす・らじある） ／ 男 ／ ３年Ａ組】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、遠野藍子です。
遅くなりましたがようやく納品となりました。申し訳ありません。
情事というには色っぽさが足りないので敢えてタイトルは“ジョージ”で。ジョージっていうと中学生英語の教科書に出てくる名前のようですね。
まぁ、タイトルどおり未遂なわけですが。
可愛い子を着せ替えするのは楽しいのですが一応同意の上でお願いします（笑）
というわけで、蒲公英嬢は無事救出という事に相成りました。
また機会があれば宜しくお願いいたします。
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