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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


不思議なお茶会。


「少し人の少ないところで、一休みしよう」
 そう言いながら千影の手を引き、人ごみを掻き分け、万輝が辿りついた場所は、保健室だった。
「万輝ちゃん、ここ保健室よ?」
「うん、静かでいいだろ?」
 小首をかしげてそう問いかけてくる千影に、万輝はさらりとそう応え、保健室の扉をカラリと開けた。
「確かに人も少なくて、静かで、いいけど…あたしはも少し見て回りたいよ〜」
 そんな千影の声にも、万輝は何の反応も返すことなく。
 保健室に導かれるかのようにして、入っていく。千影は少しだけ出遅れながらも、その万輝の後姿を追った。
「あらあら、栄神くんたちじゃないの。具合でも悪くした?」
 そう言いながら彼らを振り返ったのは、保健委員の上級生であった。どうやら今まで『来客』が無かったのか、相当暇をもてあましているように、見える。もう一人の委員の子と、談笑していたようで、テーブルにはお菓子が広げられていた。
「…具合が悪いわけじゃ、ないんですけど…」
 丸椅子座ったまま笑いかけてくれる上級生に向かい、万輝は少しだけ声のトーンを落としながら、制服の襟を緩めて、言葉を作る。
 そして、彼女の耳元までその口唇を近づけ、
「眠いから…少しだけ、寝かせて…?」
 と囁いて見せた。
 言うまでも無く、その彼女は万輝の声に過剰反応をし椅子から立ち上がると、顔真っ赤にしながら耳を押さえて、言葉無く首をこくこくと動かし、万輝をベッドへと誘導し始めた。
「………いいもん、あたし一人で見てくるからっ」
 その万輝の姿に頬を膨らませて、ふい、と顔を背けたのは千影だった。
 だがそんな千影の言葉にも、万輝は何の返事も返してこない。
 確かに、彼が少し疲れているようには見えたのだが、千影は万輝と一緒に学園祭の各催し物をまだ見物に行きたかったのだ。
 それはどうやら、叶いそうも無く。
 千影はくるん、と踵を返し、保健室を後にするのだった。
 万輝は通された一つのベッドに腰を下ろして、目の前の窓を少しだけ開け、ころんとその場に身体を預ける。
「…………ふぅ…」
 小さな溜息は、空気に放たれると直ぐに、消え。
 背中に感じる柔らかな感触に、万輝はゆっくりと瞳を閉じて、襲ってくる眠気に逆らうことなく、すとんと眠りに落ちていった。
 保健委員の上級生は『まったくもう、栄神くんってば…』といいながら、クスクス笑っているもう一人の委員の子へと苦笑いをしていた。



 白いカーテンが、風に揺れている。
 学園内を一通り見て周り、満足して帰ってきた千影は、万輝が消えたカーテンの向こうへと、顔を覗かせた。
「万輝ちゃん?」
 リネンのシーツ敷き詰められた側に置かれた椅子には、無造作に万輝の制服の上着が、かけられている。
 そこには、日々の疲れからか、ぐっすりと寝込んでいる万輝の姿。
「む〜、寝てるしぃ…」
 そう言いながら、千影は少し不服そうに、頬を膨らます。足元のほうに、ぽすん、と腰を下ろして、彼を再び見る。
 普段であれば、人の気配などを感じると、直に目を覚ます万輝であったが、今は千影の声にも反応する事も無く、寝息を立てている。
「…つまんないなぁ…」
 両足をプラプラさせながら、千影は万輝が傍らに置いた眼鏡に手を伸ばした。
「万輝ちゃんのめがね〜」
 試しにそれをかけてみるが、少し緩いのか、ずる…と落ちてしまう。それでも気を良くした千影は、そのまま万輝の上着にも手を伸ばし、いそいそとそれを羽織ってみた。腕を通すと、やはり千影には大きすぎるようで、指先が袖口からちょこんと覗く程度でしか無い。
「…千影ちゃん、栄神くんが寝てるなら、こっちに来てお茶でも飲まない?」
 先ほどの保健委員の上級生が、そう言いながらカーテンをめくる。『クッキーもあるのよ』と繋げながら。
「……あら、それって…」
「えへへ、万輝ちゃんの〜似合う?」
 上級生は楽しそうにしている千影の姿に、目を丸くした。
 ゆるい眼鏡に、大きめのガクラン。その中身はツインテールが可愛らしく揺れる、少女。上機嫌になったその彼女が、上級生に向かい上目遣いでにこっと笑いながら問いかけてくる姿は、一歩間違えると、非常に危ない。男子生徒や危険なオトナ達の餌食になりかねないほどに、今の千影は可愛らしいと思えるからだ。同姓から見てそう思えるのだから、その実は破壊的なものだ。それでなくとも普段から目を引く、存在だというのに。
 本人には全くといって良いほど、その自覚が無い。それが余計に危ないのだ。このままで表になど出ては、すぐに『お持ち帰り』されてしまうだろう。
「似合うけど…その格好のまま、ここから出ちゃ駄目よ? 千影ちゃん」
「え〜? なんで?」
 思わず、上級生はそんな言葉を発してしまう。
 その言葉にさえ、千影は小首をかしげてそう問いかけてくる。ますます、危ない。
「……栄神くんを起こしちゃいけないから…とりあえずこっちに来ない?」
「うんっ」
 千影はにこにこと笑いながら、その格好のまま、万輝のベッドを離れる。
 すると先にお茶の用意をしていたもう一人の上級生が、千影の姿を見て
「いや〜ん、千影ちゃん可愛い〜」
 と絶賛した。
「えへへ〜」
「だからね、千影ちゃん、その姿のまま此処から出ちゃ駄目よ?」
 褒められてますます機嫌を良くした千影は、満面の笑みを作り上げる。そんな彼女に一人が釘を刺すように、また同じ言葉を繰り返していた。
「――そちらの方が、可愛いのではないか?」
 ふと、そんな声が、入り口のほうから聞こえた。
 一斉に振り返ると、その場には中性的美人な、女性が立っていた。3年の、ルーナである。立っているだけで絵になるような、そんな美しさを備えた、人物だ。
「ルーナじゃない。貴女も寝に来たの?」
 同級生らしい保健委員は、現れたルーナに向かい、にこりと笑いながらそう言う。
「いや…少々時間が出来たので…人のいない場所を選んだら、此処にたどり着いたんだ」
「じゃあ私たちと一緒に、お茶にしましょ」
 一人が彼女のために椅子を用意して、言葉を投げかけた。
「いいのだろうか?」
「…うんっ 一緒だときっと楽しいよ。あたしのお相手して〜」
 それまでルーナに見とれていた千影は、彼女が言葉を発した瞬間に瞳を数回瞬きさせて、笑顔を作りながら手招きする。
「…貴女が、私で良ければ」
 ルーナはゆっくりと笑みをつくり、千影の隣へと腰を下ろした。その仕草は実に優雅で、女性でさえ魅了してしまうほどだ。実際、千影を含め此処にいるものも、例外ではない。
「さぁ、ケーキもあることだし…美味しく頂きましょ?」
 クッキーとケーキをそれぞれ分けた皿が、各自へと並べられ。
 小さな、そして何処かしら不思議なお茶会は、寝ている万輝をよそに、ひっそりと開始された。

「おいし〜い♪」
 千影は美味しいお菓子と、綺麗なルーナ、そして優しい上級生達に囲まれて、始終上機嫌であった。
 ルーナはそんな千影の笑顔を、静かに見守るように、見つめている。
「…………」
 華やかな千影と、物静かながらもその存在は目立つであろうルーナが二人で並べば、より一層綺麗な絵になる、とは、見るもの全てが思うのかもしれない。
 現に、二人の保健委員である少女二人は、すっかり彼女達の魅力にやられっぱなしでいた。
「……万輝ちゃん、起きないなぁ…一緒にお茶したいのに〜」
 ティーカップを両手で抱えながら、千影はふと、万輝が寝ているベッドのほうへと視線を持っていった。
「! そうだ〜」
 何かを思いついたのか、千影がすくっと、その場で立ち上がる。ルーナはそれに、黙って視線を動かすのみであった。
「どうしたの? 千影ちゃん」
「えへへ〜寝てる万輝ちゃんに、ちょっとだけ悪戯〜♪」
 千影はそう言いながら、ツインテールのリボンを揺らして、ベッドへと足を向けた。
 カーテンを開ければ、未だに眠りの中にいる、万輝がいる。
 そんな万輝に、千影は予備で持ち歩いている自分のリボンを取り出し、満面の笑みを作り上げた。
「ね〜ね〜、お姉さん達も手伝って〜」
 お茶会の席を振り返り、千影がそう言うと、上級生達は遠慮がちにではあるが、興味があるのか歩み寄ってきた。
「…千影ちゃん、いいの? 栄神くん、起きちゃうわよ?」
「いいの〜。だって寝ちゃった万輝ちゃんが悪いんだもん♪」
 そう言いながら、千影は万輝の髪の毛を一房掬い取り、ヘアゴムでそれを結んで見せた。するとその愛らしさに、上級生達がクスクスと笑う。
「かわいい〜」
 そこで遠慮が解けたのか、悪乗りを始めた上級生は、自分の持ってきたポーチから、色つきのリップクリームを取り出す。そして三人は、万輝を取り囲むようにして、ささやかな悪戯を施し始める。
「ルーナちゃんも、やらない?」
 千影がぴょこん、と頭を上げながら、ルーナに向かい誘いかけるが、彼女は微笑みながら首を振った。
「私はここで、傍観させてもらうよ」
 千影に投げかけた、言葉の後に。
「…私は、大切な人にしか、己の意識が無い際に触れられるのを、許さないから…」
 と、言葉を繋げたのだが、千影たちには届かなかったようだ。
 それは、彼女自身が持ち合わせる礼儀と、信条によるもの。寝ている万輝に、気を遣っているようだ。
 独り言のようなその言葉は、そのまま空気に溶け込んでしまい、ルーナは静かに琥珀色の茶を口に含んでいた。
「………ぅん…?」
 流石に、この小さな騒ぎの中では、万輝の眠りも、妨げられたようで。
 軽く身じろぎをした後、うっすらと瞳を開けば、飛び込んでくるのは千影の笑顔。
「……、…チカ…?」
「おはよ〜万輝ちゃんっ」
 ゆっくりと身を起こした万輝に、千影が飛びついてくる。それを両手で受け止めながら、上体を完全に起こすと、何かの異変に、気が付いた。
「?」
 眉根を寄せると、千影をはじめ、その場にいた上級生達が一斉に笑い出した。
「やーんもう、可愛すぎ〜」
「……えっと、…チカ…? これは、何かな…?」
 頭に軽い重みを憶えて、それに手をやると。
 それは柔らかな生地である事が解る。それは自分の髪に結ばれている事に気がついた万輝は、千影から手鏡を受け取った。
「…………チカ…」
 数箇所結ばれた髪の毛に、口唇には、うっすらとピンクの色が。
 万輝は自分の姿を確認した後、どう反応したら良いか解らずに、苦笑するしか出来なかった。
 そんな万輝の姿を見て、ルーナも口元を隠しながら笑っている。
「万輝ちゃんが悪いんだよ〜遊んでくれないから〜」
「……ふぅ、解ったよチカ。だからこれ、直してくれないかな…」
 千影の言葉に、万輝は小さな溜息を漏らしながらそう言う。すると千影は元気よく『はーい』と返事をして、飾られた万輝を、元に戻してあげたのだった。


「あのままでも、似合っていたのに」
 そう言うのは、ずっと傍観者を決め込んでいた、ルーナだった。
「可愛かったよね、万輝ちゃん」
「………それは、…どうも…」
 複雑な気持ちで言葉を返す万輝も、すっかり目を覚ました状態で、お茶会の席へと加わっていた。差し出された紅茶に口をつけながら、ルーナにも軽く頭を下げる。
 ルーナは既に、2杯目のお茶に、手をつけている所だ。ゆったりと微笑みながら、手元のクッキーを、優雅な仕草で口の中へと進める。
「万輝ちゃんも食べなよ〜。すっごく美味しいから、お菓子」
「…うん…」
 優雅な身のこなしのルーナを眺めていると、横から千影が小さな皿を手に、その上に乗っているクッキーを奨めてくる。万輝はぼんやりとそれに返事を返しながら、クッキーに手を伸ばした。
「仲が良いのだな、二人は」
「うんっ仲良しだよ! ずーっと一緒なの♪」
 ルーナがニコリと笑いながらそう言葉を投げかけてくると、さらに気を良くした千影が自慢げに答える。
 それを聞いた上級生達は『お熱いわね〜』といいながら、クスクスと笑っていた。
 万輝は口の中に広がる甘みを何処かしら遠くで感じ取り、一風変わったお茶会の雰囲気を、体の中に沁みこませ、千影に微笑んで見せてやるのだった。彼女への愛情を込めて。

 そんな、柔らかい空間の中では。
 此処が学園内で、しかも今現在は学園祭の真っ只中だと言うのに。
 それすらも、感じさせないまま。
 保健室内で開かれたお茶会は、その後も暫く、続けられるのであった。



-了-



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            登場人物  
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【整理番号 : PC名 : 性別 : クラス】

【3689 : 千影 : 女性 : 1-B】
【3480 : 栄神・万輝 : 男性 : 1-B】
【3890 : ノワ・ルーナ : 女性 : 3-A】

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            ライター通信         
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ライターの桐岬です。今回はパーティノベルへのご参加有難うございました。
学園祭の中での可愛らしいお茶会と言う事で、描かせていただきました。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。

千影さま
いつもありがとうございます。今回も千影ちゃんには愛いっぱい込めさせていただきました。
千影ちゃんは、何処に行っても場を盛り上げてくれそうな子ですよね。
私の中ではアイドルになってしまっています(笑)。

栄神・万輝さま
千影ちゃんとご一緒に、ご参加ありがとうございました。
今回、万輝くんは、少しだけ災難だったのでしょうか…?
保健委員のお姉さんに囁きかけるシーンなどは書いていてとても楽しかったです。
学生証の万輝くんのイメージから想像して、書かせていただきました。
万輝くんの千影ちゃんに対する気持ちは、『家族愛』に近いのだろうか…と思いつつも少しだけ
ラブっぽくしてみました。

ノワ・ルーナさま
初めまして、この度はご参加有難うございました。
ルーナさんの魅力と行動を、少しでもご希望通りに表現できていれば良いなと思いながら
書かせていただきました。
小さなお茶会は、楽しんでいただけたでしょうか?

ご感想など頂けましたら幸いに思います。

誤字脱字がありました場合は、申し訳有りません。

桐岬 美沖でした。