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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


中日の夜道、帰り道
●反動
 9月15日――神聖都学園の学園祭3日目。5日間に渡って行われるこの学園祭も今日が中日である。
 学園祭は日によってメインテーマが設定されており、3日目の今日は何故だか分からないが『同人誌即売会』ということになっていた。……いやほんと、誰が押し進めたのだろう、これ。
 しかし、そんな少々謎のメインテーマであった3日目も何とか無事に終了し、学園祭も残すは明日と明後日の2日間だけとなっていた。
「おーい、ちゃんとこれ借りた所に返しておけよー!」
「ねえねえ、誰かレンチ持ってない? ここのナット緩んでるんだ」
「やれやれ……やっと3日目も終わったか。帰って風呂入って、さっさと寝るー」
 現在、時刻は午後9時前。学園の中では片付け、翌日の準備、そして帰宅と3つの流れが、楽しくも慌ただしい空気の中で並行していた。
 さすがに3日目終了時ともなると、疲れの見え始めた生徒たちの姿もちらほら目につくようになってきた。が、全体的に見ればまだまだ元気な生徒が大勢。やはり若さゆえだろうか。
「あ……痛ぅ……」
 ――と、元気でない女子生徒を1人発見。校舎の外、生徒たちが行き交う所より3メートルほど離れた場所で、シュライン・エマが校舎にもたれかかるようにして座っていた。
 両手の位置は腹部を押さえるように、顔を見るとうっすらと脂汗が。誰がどう見ても、シュラインが腹痛で座り込んでいるのは間違いない。
 だがそれは、明るい場所で見たならばの話だ。時刻は夜、明かりはあるといっても繁華街並みという訳でもない。おまけに行き交う生徒たちは、自分の用事で頭がいっぱいである。シュラインの姿に気付いても、単に疲れて休んでいるだけとしか思わないことだろう。
(うう……緊張が解けたのがいけなかったのかしら……)
 ちくちくと針で刺されるような痛みを腹部に感じながら、シュラインはそう考えていた。繰り返しになるが今日で3日目、疲労などが徐々に蓄積していたようである。
 それはシュラインもよく自覚していた。この腹痛、今日初めてという訳ではない。日中にも何度か感じていたが、気を引き締めることにより何とか治め、乗り切ってきたのである。その反動が、一気に今来たのであろう。
 腹痛が治まれば動ける。が、この調子だと当分は治まりそうにない、歩けない。時間だけが無為に流れてゆくことになってしまう。
(……どしよ……)
 さてどうしたものかと、腹痛の中で思案するシュライン。視線が自然と行き交う生徒たちの方へ向いていた。
 その時である――同じクラスの草間武彦が、ふらっと現れたのは。口には相変わらずシガレットチョコをくわえながら。
(あ、チョコ……)
 草間の姿に気付いたシュライン。けれども草間はシュラインが居る場所とは反対の方向を向いていて、シュラインに気付く様子はない。
「チ……痛ぅ……」
 シュラインは草間を呼ぼうとした。ところが、腹部の痛みのために大きな声が出せなかった。顔をしかめ、痛みに耐えるシュライン。
(どうしよ……このままじゃ行っちゃうわ……)
 大声を出せない、歩けない。そんな状況でどうやって草間を呼ぶのか。シュラインが取った行動は非常に単純であった。何と片方の靴を脱ぐと、おもむろに草間の背中を狙って投げ付けたのである。無論、痛みに耐えながら。
 靴はくるくるくるっと回転しながら草間の方へ飛んでゆき、見事に背中に命中した。
「おうっ!? 誰だっ?」
 驚き、くるっと振り返る草間。シュラインと目が合った。
「…………」
 シュラインは苦笑いを浮かべ、無言で草間に向かって手を上げた――。

●わがまま言っていいですか?
「あのな。呼ぶんなら普通に呼べ」
 右手で靴を摘み、むすっとした表情で草間がシュラインのそばへやってきた。
「普通に呼べるんならそうして……う……」
 シュラインの言葉が途中で止まる。腹部を押さえているシュラインの様子に、草間も異状を察知する。
「どうした、腹が痛いのか?」
 草間の問いかけに、シュラインがこくっと頷いた。
「……だからちょっと頼みがあって」
 シュラインはそう言うと、持っていた手提げのビニール袋の中からおにぎりを取り出して、草間に差し出した。
「お礼代わりだけど……食べる?」
「まあ食うけど」
 草間はシュラインの隣に座ると、おにぎりを受け取ってさっそく食べ始めた。
「お、しゃけだ」
「……残念」
 シュラインがぼそっとつぶやいた。
「ちょっと待て。その残念て何だ」
「何でもない……」
「ふーん……? けど、何でまた腹痛なんか。拾い食いしたか、悪い物でも食べたのか?」
「拾い食いはしてないけど……」
 シュラインは、草間の質問にぽつりぽつりと答え始めた。
「……お前は馬鹿か?」
 腹痛の理由を聞き終えた草間は、そうシュラインに言い放った。非常に呆れ顔である。
「逃げるか断れよ、そういう得体の知れない物は」
「あはは……宿命のような気がしてきて……」
 草間の言葉に苦笑いするシュライン。何が宿命かというと、ロシアンたこ焼きやらロシアンおにぎりに対してである。
 何故だか分からないが、そういう闇鍋的な物に出会うと挑戦しなければならないように感じてしまったというのである、シュラインは。
「そんなもんばっか挑戦してりゃ、腹が痛くなるのも当たり前だ。自業自得だろ」
 ふうっと溜息を吐く草間。その次の瞬間、食べかけのおにぎりを見つめてはっとした。
「おい待て。まさかこのおにぎり……」
「…………」
 シュラインは草間から視線を外すと、こくんと頷いた。
「そんなもん他人に食わせんなーっ!!」
 草間がシュラインに向かって怒鳴った。つまり、草間が食べていたのは話に出ていたロシアンおにぎりだったのである。
「……でも、半分以上食べたんだから、頼みは聞いてくれるわよね?」
 しかし、シュラインはそう切り返した。言葉に詰まる草間。物の正体がどうあれ、ほとんど食べてしまった以上は頼みを聞くしかないのである。
「ああ、分ーったよ。で、何すりゃいいんだ、俺は」
 草間が投げやり気味な口調で言った。シュラインの作戦勝ちである。
「あのね……自転車ここまで持ってきて」
「はあ? 今日は徒歩が義務付けじゃなかったか?」
 そう、草間が言うように今日は混雑に対応するため、徒歩が義務付けられていたのである。だのにシュラインは自転車に乗ってきたという。
「校舎の向こうの裏手の植え込みに、こっそり隠してて……だから持ってきて」
「そこまで連れてった方が早くないか?」
「やだ。持ってきてってばぁ……はい、これ鍵」
 ポケットから自転車の鍵を取り出し、草間に差し出すシュライン。
「持ってきてくんなきゃ動かない」
「お前は駄々っ子か」
「……一応病人だけど。チョコ、早く持ってきてよぉ……」
「はいはい、仰せのままに。行くよ、行きますよ、持ってくりゃいいんだろ」
 草間はひったくるように鍵を受け取ると、ぶつぶつと文句を言いながらシュラインの自転車を取りに行った。
 数分後、自転車を押してシュラインの所へ草間が戻ってくる。ところが待っていたシュラインは、先程よりもぐったりしていた。
「……おい、どうした?」
「ダメ……お腹を刺してた針が、太さ8割増しになった感じ……」
 どうやらシュライン、草間を待っている間に具合がよくなる所か酷くなってしまったらしい。
 この様子では、シュラインが自転車を漕いで帰るのは難しそうである。で、どうしたかというと――。

●自転車は行くよ
「……ごめんね、チョコ……」
「仕方ないだろ。お前が漕げないんじゃ、俺が代わりに漕ぐしかないだろ。乗りかかった船、途中で降りんのも気持ち悪いしな……」
 街灯照らす夜道を、明かりをつけた自転車が走ってゆく。漕ぐのは草間、後ろでシュラインが横座り。落ちないように、シュラインが草間の服をしっかと握っていた。
「ナビだけはちゃんとしろよな」
「うん……」
 草間の言葉にこくっと頷くシュライン。その顔は、申し訳なさと照れが混じったような表情であった。
「で、このまままっすぐか?」
「あ、うん。しばらくまっすぐで……そうだ、途中のコンビニに寄って」
「……おい。腹痛いのに、まだ何か食う気なのか?」
「違うわよ……チョコにアイス奢ろうかと……代わりに漕いでもらってるし……」
「んなもん、明日でいい。とっとと帰るから、着いたらさっさと寝ろよ」
「……ん……」
 夜道を走る自転車が、だんだん小さくなってゆく。2人の声が小さくなるのとともに……。

【了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                 / 性別 / クラス 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
                  / 女 / 2−A 】