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<東京怪談ノベル(シングル)>


美人探偵の長い一日



◇探偵とはこういうものなり

 テレビなどで繰り広げられる探偵の世界は、実に華やかである。彼らのいるところ事件が起こり、見事な推理で鮮やかに解決。
 しかし、世の中そんなに甘くはない。探偵にくる仕事など、九割九分がペット捜索やそれに類似するものばかりだ。あんなテレビの世界の中の出来事などまず有得ない。

 とある朝の風間探偵事務所…そのロビーでくつろぐ風間悠姫はそれをよく分かっていた。事実、先日もそういう依頼があったばかりだった。捜索を頼まれたのがゴールデンレトリバー…捜索よりも、むしろ捕まえる方が大変だった。頭がよく、無駄に力が強いので大変なのだ。
「最近、また多くなってきたな…」
 コーヒーを飲みながらの呟きにも元気がない。どこぞの怪奇に好かれた草に似ているところがある彼女でも、やはり普段の仕事はペットの捜索などが大部分を占める。日本で探偵で稼ごうとするとかなり大変なのだ。そして、日本で探偵をやる以上ペット捜索は避けて通れない。
「ま、それも仕方がないか…ん?」
 諦めて溜息をつく彼女の前で、事務所のドアが開いた。ドアの向こうから現れたのは、探偵事務所などとはおよそ関係もないだろう少女だった。幼い顔立ちの中の大きな瞳には、光るものが見える。初めてこういうところに来たのだろうか、不安そうな様子が見て取れる。
「……」
 涙を溜めた大きな瞳と、紅い切れ長の瞳が交錯する。瞬時、悠姫の頭の中にある考えがよぎった。
『こういう場合、十中八九…』
「あ、あの…ミーちゃんを…」
 少女の呟きに、ずばりか、と悠姫は心の中で呟く。しかし、どんな相手でも客は客、むげにするわけにもいかない。
「とりあえず、そんなところにいないで、こっちにきて話を聞かせてくれないか?」
 ふと、悠姫は優しい笑みを浮かべ、自分の前のソファを指差しながら言った。悠姫は元より子供は嫌いではない。その様子に少しだけ安心したのか、溜めた涙はそのままに少女はおずおずと事務所の中を歩き、ソファに腰掛ける。
「ジュースを、はい、どうぞ」
 その場にいた所員の一人が、冷たいオレンジジュースの入ったコップを少女の前に置いた。緊張して喉が渇いていたのか、少女はすぐにそれを飲み干した。
「それで、キミのお話は何かな?」
 少女を怖がらせないように、悠姫はやんわりと切り出す。途端、少女の瞳からぽろぽろと涙が零れ始めた。
「み、ミーちゃんを…さ、さがじで…」
 盛大に涙とともに鼻水も落ち始める。そのまま少女は大声を上げて泣き始めてしまった。
「お、おい、誰かティッシュを持ってきてくれ!キミも少し落ち着くんだ、な?」
 悠姫の声も聞かず、少女は泣き続ける。そこに、先ほどの所員がティッシュを持ってやってきた。
「所長、小さな子供を泣かせるのは、はい、いけないと思いますが?」
「私が泣かせたんじゃない!」
 所員の言葉に、さすがに悠姫もブチ切れそうになる。その顔を見て、少女はさらに泣き声を強める。
 結局悠姫は、少女をなだめ、話を聞くのに一時間費やすことになってしまった。



◇探偵のお仕事

 少女の用件は、要するにこういうことだった。
 まず、ミーちゃんというのは女の子の飼ってる1歳の雄のフェレット。一昨日遊んでいる最中に突然何処かへと走って行ってしまったのだという。そして少女は両親と一生懸命探したが見つからず、どうしていいか分からなくなった時、仲良しのお友達の母親が以前この事務所で犬を探してもらい、すぐに見つけてもらえたのだということを聞き、少女は藁をも掴む思いでやってきたのだそうだ。
 なお、その犬はゴールデンレトリバーらしい。
『変なところで話が繋がるものだ…』
 晴れた秋の空の下、悠姫は世の中の不思議を思いながら歩いていた。その手にはプリントアウトされた書類が握られていた。一番上に書いてある文字は『フェレットの生態と習性』。今では、ネットの世界にもぐればあらゆる情報が手に入る。それを利用しない手はない。探偵ならば尚更だ。
 秋とはいえ、まだまだ暑い。昼の間なら30℃を越えそうな感じで太陽が輝いていた。
「さて、まずいな。いなくなったのは一昨日だと言っていたが、ここ数日は暑い日がつづいているからな…」
 フェレットという動物は、非常に暑さに弱い。30℃以上で湿度が高ければ、すぐに日射病になってしまうくらいだ。
「それに、まだ若いからな…好奇心旺盛なのが…」
 若いフェレットはなんにでも好奇心を示す。そして、とりあえず噛んでそれを確かめる習性がある。ゴム類のものなどは噛み千切ったまま飲み込んでしまい、そのまま腸閉塞を起こしたりする場合もある。
 都内というのは、いくらでもフェレットの興味を引きそうなものがあるのだ。その分危険性が高い。その他、フェレットの習性を考えればいくらでも危険な要素がある。最早これは単なるペット探しではなく、一つの命を救うための捜査と言ってもいいかもしれない。
「早いうちに探し出さないと危険だな。…あの子の泣き顔は見たくないしな」
 呟いて書類を鞄の中に詰め込み、悠姫は聞き込みを開始した。

 聞き込みというものは、一見地味ではあるが、しかしその実もっとも効果の高い捜査方法といえる。地道に足で情報を稼ぐことが、結果的には最良の結果を生むことが多い。どこぞの名探偵のごとく、推理してはいお終い、などとはいかないのが探偵の仕事だ。
「…そうですか、ありがとうございました」
 しかし、すぐに効果が上がらないのも事実。既に、フェレットがいなくなった辺りの家をかなりの件数尋ねているが、その全てが空振りに終わっていた。
 困った。非常に困った。聞き込みが駄目となると、次はまた地道に探して回るしか手はない。このときばかりは、テレビのようなご都合主義であってほしいと切に願う。
「…仕方ないか」
 なんでこういう時に限って所員たちは全員いないのか。勿論他のペット探しのためである。
「これだから日本の探偵は…」
 いくら自分で選んだ道とはいえ、あんまりだ。世の中なんてものは、何時だって不条理なものだなと思ってしまう辺りがまた哀しい。

 作戦1。地道に探してみよう作戦。
「おーい、いないか〜?」
 フェレットの入りそうな小さな隙間を見つけては、しゃがみこんで中を覗く。
「ママー、あのお姉さん何してるの〜?」
「あ、あれはね、きっと何か探し物してるのよ」
「でも何かぶつぶつ言ってるよ〜?」
 凄く、気まずい。母親は少女の手を引いて足早にその場を立ち去った。物凄く泣きたくなってきたのは何故だろう?
「くそ…これだからペット捜索は…!」
 愚痴った所で仕方ないのがまたむなしい…。

 作戦その2。餌で釣ってみよう作戦。
「これで見つかってくれることを祈る…」
 フェレット用のドライフードを檻の中に仕掛けて一時間。効果があったかどうか見るために、悠姫は仕掛けた公園へと向かう。
「…………」
 餌は既になく、檻も閉まっていた。しかし、その中には何もいない。
 以下、その真相。
 まず、その檻を一匹のカラスが見つけた。同時刻、一匹の野良猫もそれを見つけた。カラスと猫は、お互いに一定の距離を保ちながらも檻の中を凝視する。
 檻の中には、美味しそうな食べ物が。しかし、あれは明らかに罠だ。都会育ちの野生動物というものは頭がいい。経験上、カラスと猫にはどのような罠なのかよく分かった。二匹の瞳が交錯する。
『……カァ』
『……ニャー』
 利害は一致した。まず、猫がその檻の入り口に蓋が閉まらないように立つ。そして、その間にカラスが中に入り、その餌を嘴で起用につまみ、蓋を猫が押さえている間に外に出る。同時に猫も、押さえていた蓋の下から外に出た。
『……』
 再び二匹の瞳が交錯した。カラスは丁寧に半分だけ餌を置き、『カァ』と一つ鳴いて空に飛び立った。猫はその餌を咥え、飛び立ったカラスを見つめた。
 青く澄んだ空に舞う黒い姿。それを見送り、猫は歩き始めた。この瞬間、二匹は確かに戦友だった。
「…なんで餌だけないんだ…」
 そんなことがあったとは、当の悠姫は知る由もなく。

作戦3。自分もフェレットになってみよう作戦。
「…なれるわけないだろ」
 自分自身にツッコミを入れつつ即却下。

 …………

「結局見つからず、か…」
 時は既に夕刻、黄昏時。あれこれと手を尽くしてみたが、結局フェレットは見つからずじまいだった。悠姫はなんとなく罠を仕掛けた公園の中のブランコに座っていた。
「…しょうがない、明日所のメンバーフル動員で探すか…できれば今日中に見つけたかったが…」
 何か、今日は一気に疲れた気がする。これを明日またしなければいけないかと思うと尚更だ。呟く言葉も重い。キコキコと揺れるブランコに座るその姿には、哀愁が漂っていた。
 そんな悠姫の足元に、二匹フェレットがじゃれつく。まるでその姿は悠姫を慰めるが如く。そんな可愛いフェレットたちに悠姫は微笑みかけた。
「…慰めてくれてるのか。ふふっ、これでも食べるか?」
 スーツのポケットの中から、今日使った餌の残りを取り出す。足元においてやれば、二匹は嬉しそうにそれを食べ始めた。
「ふふっ…フェレットも可愛いものだな」
 その光景は、涙なしでは語れないくらい感動ものだ。
「…ん、フェレット?」
 今更思い出したように、悠姫は懐から写真を取り出す。朝、少女から借りたフェレットの写真だ。
「…………」
 今目の前にいるのは、紛れもない探していた雄のフェレット『ミー』だった。
 こうして、捜索はなんとも馬鹿らしい終わり方を迎えた。



* * *

 無事発見されたミーは、夜少女に引き取られていった。
 なお、一緒にいたもう一匹のフェレットは雌で、ミーにべったりとくっついていた。どうやら捨てられたフェレットだったらしく、人にもよくなれていて、すぐさま少女にも懐いていた。
『ねぇお母さん、ミーのお友達だし一緒に飼っちゃ駄目?』
 そうして、雌のフェレットもミーと一緒に引き取られていったのだった。

「……」
 悠姫は飴玉を口に含んだ。独特の甘みが口の中に広がる。
『お姉ちゃん、今日はありがとうございました!』
 勢いよく頭を下げて、少女はお礼の言葉と飴玉を一つ、悠姫に渡した。今日の報酬は、少女の笑顔と飴玉一つ。あの笑顔を見れただけでも十分かな、と思う。
 今日探したフェレット。あの二匹は、どこか何時かの自分を思い出させた。あの二匹は、いつかつがいになるのだろうか?
 まだ分からない未来と、終わった過去を想い悠姫は事務所の窓から空を見上げた。月が飴玉と同じ形で輝いている。
「…まぁ、偶にはこういう依頼も悪くないか」
 少し思い出した過去に苦笑一つ。飴玉をなめながら呟く。甘いのに、どこかほろ苦い。
「さて、明日は…猫か」
 それを振りきり、予定表を覗いて…げんなりする。こうして、また事務所の一日が終わっていく。



<END>


――――――――――

というわけでこんにちは、ライターのEEEです(笑)
かな〜り楽しみながら書くことができました、完全途中がギャグになってますが…(笑)
どうもほのぼの風味にしようと思っていたらギャグになることもあるようです(ぇ)
しかし、これが初依頼…感慨深い作品になりそうです。
それでは、今回は発注どうもありがとうございました!