|
ヒールな女王もほどほどに?
ある日のことである。
海原・みなものもとに、以前から何かと問題を持ち込んでくれるいろんな意味で『素敵』な友人から、またもや急に電話がかかってきた。
内容はたった一言。
『今すぐ来て!!』
…みなもは散々友人の手によって頼まれた『あること』のせいでえらい目にあっているので警戒していたのだが、その電話の内容を聞いて益々嫌な予感が強くなる。
――――あぁ、どうか今度こそ…今度こそ!!!
…どうか、大変な目にあいませんように…。
そう思いながら胸の前で手を組んで祈ったみなもを…誰が責められようか。
色々と複雑な心境のまま、みなもは友人宅へと向かうのだった。
****
「――――悪いんだけど、またまたみなもにバイトをお願いしたいのよ〜」
――――――――ヤな予感、再度的中。
鉛のように重くなる友人宅について彼女の部屋へ行ったところの開口一番がこれだ。
もうついた時からビシバシと嫌な予感が満ち溢れていたみなもにトドメを刺すようなその爽やかな笑顔。
いっそこのまま真っ白になってしまえれば、どれだけ楽だったことか。
「えーっと…出来れば、着ぐるみは勘弁して欲しいかな…なんて…?」
今まで彼女の代理で受けた着ぐるみには大抵嫌なことしか起こらなかったのだから、彼女だってわかってくれるだろう。
そう見当をつけたみなもが困ったような笑顔で言うと、彼女はにっこりと微笑み――――こう言った。
「――――――だーいじょうぶv今度は着ぐるみじゃないから♪」
「……え?」
友人から言われた言葉にぽかんとしたみなもの声に、彼女はくすくすと笑う。
「えっと…じゃ、じゃあ、今度は一体何なんですか…?」
そこはかとなく嫌な予感がじわじわと上がってくるが、彼女はそんなのなんのその。
友人はにっこり笑うと、みなもをビシィッ!と指差し、叫んだ。
「――――――戦隊モノ!!いわゆる『ヒーローショー』よ!!!」
「……はい?」
ぽかんとして硬直するみなもを他所に、友人はにっこり笑顔でみなもを見る。
「観客参加のアドリブ主体の劇なんだけど、ちょっと前に事故があってね。
怪我人が出ちゃって人手が足りなくなったらしいのよー」
大丈夫、きっと裏方で終わりだからv
なんて笑う友人。
その『きっと』の不確かさを、みなもはなんど身をもって思い知らされたことか。
「…今回は着ぐるみじゃないわけだし。
断るなんて…言わないわよね…?」
お願い、みなも!なんて目をきらきらさせつつ、ちゃっかり『着ぐるみじゃない』と言うことで逃げ道を狭める友人。
混乱したみなもにその僅かな逃げ道を見つけられるわけもなく。
「…わ…わかりました…」
「きゃあっ!有難うみなもーっ!!もうアンタ大好きよーっ!!」
がっくりと肩を落としたみなもの返事に、友人は嬉しそうに両手を挙げて声を挙げる。
そのまま勢い良く抱きつかれつつ、みなもは嫌な予感がするこのアルバイトに遠い目で思いを馳せるのだった。
―――――そんなわけで、みなものアルバイト代理は、またもや幕を開けたのである。
***
「えーっと…海原みなもちゃん、ね。
今日は本来来る予定だった子の代理、ってことでいい?」
「はい」
資料を見ながら問いかける女性にみなもは頷いた。
此度も毎度のことながら、高校生だと誤魔化してある。
今回はヒーローショーの手伝い。
実は友人もまだ詳細は聞いていなかったらしく、そこについてから簡単な説明を受けた。
観客参加のアドリブ主体の劇で、脚本なんてあってないようなもの。
『こうした方がいいんじゃないか?』と思ったら遠慮なくそれをやってしまえ、と言う結構ハチャメチャなものなのだ。
…だが、毎回毎回のその意外な展開から、常連客のつきもいい。
やる度に微妙にシナリオが変わるので、それを楽しみに来る人も多いようだ。
「…それでだけど。
貴方には、裏方じゃなくて別のことをやってほしいの」
「……え?」
説明を受けていたみなもは、唐突に言われた言葉に目を丸くした。
「それが今日参加する悪役の人が急に熱出しちゃってね。
人数が足りないのよ…」
困ったように言う女性に、みなもは焦る。
「えぇっ!?で、でも、私、殺陣の経験なんてありませんし、そういうのだって今回が初めてで…!!」
「大丈夫よ、殺陣なしで済むような役だから」
あわわわと大慌てのみなもに、こっちだって初めての子に下っ端の戦闘員はやらせないわよ、と苦笑する女性。
あ、そうですか…と安心したみなもだったが、すぐにはっとして嫌な予感に顔を曇らせる。
「えっと…じゃあ、まさか…」
恐る恐るといった感じで声を出すみなもに、女性は申し訳なさそうに笑ってから―――口を開いた。
「…貴方にやって欲しいのは、『悪の女幹部役』なのよ」
申し訳ないんだけど…と本当に困ったように笑う彼女を、誰が責められようか。
「台詞はあるけど活劇は少ないこれが一番安全だと思うんだけど…。
…やっぱり…お願い、できないかしら…?」
頼み込むような、すがるような女性の目。
みなもは正直、こういう目に弱かった。
「…わかりました…出来る限り、頑張ります…」
「!有難う!!」
またもやがっくりと肩を落としつつ頷くみなもに、女性は嬉しそうに目を輝かせるのだった。
…嗚呼悲しきは、己が性。
―――そんなわけで、みなもは『裏方手伝い』から『悪の女幹部』へと大昇進を遂げたのである。
***
「…えっと…今回私が着るのは、と…」
控え室の中に入ると、衣装掛けに一つの衣装がぶら下がっていた。
それは――――露出度過多と言っても可笑しくないほどの、服。
と言うか服と言っていいのかすら不安になるほどの布の少なさ。
ハイレグの水着のような着衣に、太ももまで有る長い光沢の有る革のブーツ。
ヒールは高く、上手く動かないとすぐ転んでしまいそうだ。
腕にはこれまた脇辺りまである、ブーツと同じ素材のグローブ。
肩にかけて首の前で留めるようにしてあるマント。
見た目は重厚そうな鎧には棘がついていて、しかも所々急所を守る程度にしかつけられていないそれは、鎧と言っていいのかどうか…。
そんな服は、まさに悪役、といった感じだ。
しかも、『付属品』と書かれて隣に袋に入っていた物は、なんと――――ムチ。
「う、うわぁ…。
…これは、私が着ても大丈夫なんでしょうか…?」
その衣装を赤面しながら凝視するみなも。
って言うか、もう恥ずかしすぎてどうすればいいのやら。
「…いや、でも…やると言った手前、着ないなんて出来ませんし…」
言ったからにはやらねばならぬ。
心の中でそう言って区切りをつけたみなもは、震える手でその衣装を手に取った。
***
―――着替え終了。
…所要時間、十数分。
「…あう…や、やっぱり…胸が…」
着替え終わったみなもは、がくりと肩を落としていた。
なぜかというと…。
――――――胸の部分が、予想以上にあまっていたから。
みなもだって一人の女の子。
鎧が思ったよりも重くなくて安心したけれど、むしろそれよりもショックなのはやはり胸。
胸の大きさを気にしている彼女にとって、この衣装の胸の隙間はまさに心の隙間であった。
「着替え終わったー?」
「…あ、は、はい…」
くすん、と鼻を鳴らしているところに、ノックの音。
力ない声で答えると、女性が中に入ってきた。
そしてみなもの衣装を見て―――――苦笑。
主にその視線が胸に向かっていることに気づき、みなもはこっそり心の中で涙した。
「…胸、詰め物した方がいいみたいね」
「はい…」
苦笑気味にその言葉に、みなもは恥ずかしいやら情けないやら申し訳ないやらで、今にも泣きそうな顔で頷くのだった。
―――胸に詰め物をしてもらった後は、メイクだ。
そりゃあもう歌舞伎も真っ青ってくらい濃すぎてたまらないくらいのメイク。
口は口裂け女のようにべったりと口紅を塗られ。
目の周りはべったりと黒くアイシャドウやらなにやら付属し。
ファンデーションは顔中変色しちゃうくらい濃くまぶし。
更に頬には模様を入れて。
―――あたしが子供だったら、間違いなく泣き叫んでますよね。
出来上がった自分の顔を鏡で見て、みなもはひっそりそう思うのだった。
…というか、普通に夢に出てきそうな気もするし。
「もうすぐ入ってくださーい!」
「あ、はい!」
丁度化粧が終わったところで、連絡役なのか一人の男の人が入ってきた。
彼はみなもを見て一瞬ぎょっとしたようだったが、彼女が頷くのを見、すぐに笑って控え室から出て行く。
―――みなもはと言えば、自分の胸元を再度見つめ…たっぷりと詰め物がされているそこを見て、ひっそりと…溜息をついてしまうのだった。
***
――――で、あっという間に時間は過ぎて。
『皆が手伝ってくれたお陰で悪い人たちはいなくなりました!
皆ー、ありがとー!!!』
わ―――――っ!!!
司会役のお姉さんがマイク片手にそう叫ぶと同時に、子供達から大きな歓声と拍手が上がった。
…舞台は、見事に成功である。
ただし、みなもにとっては『辛うじて』、だが。
なんども台詞をどもってしまったり、とちってしまったり、転びかけたり。
その度に、周りの人たちが上手くフォローしてくれたのだ。
後ろに控えた戦闘員がこっそり小さな声で台詞を教えてくれたり。
声を挙げて誤魔化して、みなもに教えているのが分からないよう助けたり。
攻撃するフリをして、みなもを助け起こしたり。
―――――最初から最後まで、劇団員のお世話になってしまったのだ。
午後は別のショーがやるのでこれで終わりだが、昼ごはんの後は後片付けが残っている。
戻る途中で『ご苦労様』とか『よく頑張ったね』とか励まして貰ってしまい、益々申し訳ない気持ちに駆られるみなも。
「うぅ…本当に、ご迷惑ばかりおかけして申し訳ないです…」
「いいのよ。急に頼んだのはこっちだし」
それに初めてにしては上手よ、と言われ、みなもは益々肩を竦めた。
自分がもっと演技が上手ければこの公演だってもっといいものになっただろうに。
それを実現できるだけの実力がない自分が恨めしい。
肩を落として申し訳なさそうにしているみなもに、女性が声をかけようとしたその時。
バァン!!!と大きな音と共に、ドアが叩き開けられた。
「「!?」」
みなもと女性が同時にそちらを見ると、そこには―――数人の子供。
女の子もいれば、男の子もいる。
一体どうしたのかと驚いて二人がその入り口を見ていると、後ろから慌てたように係の男がやってきた。
「すいません!
この子達が急に『女幹部に会わせろ!』と言いながら大人たちの制止を振り切って勝手に…!!」
「なんだよ!俺たちは女幹部に会いたいだけなんだぞ!!」
「そうよそうよ!会いたいだけなのになんでそれがいけないのよ!!」
子供達は申し訳なさそうに言う男に勝手に癇癪を起こして怒鳴ると、此方に視線を移す。
そしてみなもの姿を認めると、ぱっと顔を輝かせて此方へ駆け寄ってきた。
戸惑うみなもをよそに、子供達はみなもの前に立って輝いた目で声を上げる。
「――――やっぱり!女幹部は死んでなかったんだな!!」
「…へ?」
ぽかんとするみなもを他所に、子供達は喜色満面な顔で話続ける。
「やっぱりあの程度の攻撃じゃやられないよな!
悪の女幹部は強いんだから!!」
「そうよ!女幹部は絶対にあいつ等を倒してくれるんだからっ!!」
なんだかみなもや周りを放っておいて勝手に盛り上がっている。
…しかし、先ほどの会話で合点がいった。
――――――この子供達、悪役フリーク(アンチ正義の味方派)なのだろう。
きっと水戸黄門を見ても水戸黄門ご一行よりも悪代官の方が好きだとか言うタイプだ。
…しかし、これは困った。
みなもは今まで台詞だったからなんとか悪役を演じていることができたが、素に戻ってしまえば話は別。
もとよりいい人気質なみなもだ。
そんな悪役を尊敬するような純粋な瞳で見られても、どうすればいいのか分からない。
「なぁなぁ、早くあいつ等を倒しに行こうぜ!!」
「そうだよ!それで暗黒の時代を作るんだ!!」
「…えぇっと…」
なんて危険思考な子供達だろうか。
おろおろとしているみなもを怪しく思ったのか、子供達は眉を寄せる。
「…どうしたの?」
「え、えっと…」
どういえばいいだろうか。
流石に真正面から『あたしは悪の大幹部じゃないんです』なんて言える筈もなく。
困った混乱しかけたみなもに、神の助けが現れた。
「――――女幹部様は今日はケガをしてしまって疲れたの。
だから、今日は居場所がバレてしまわないように此処にいましたって証拠を片付けて帰るのよ」
―――みなもの隣にいた、女性だ。
子供達に説明する彼女を見て、みなもは本当に心から女性に感謝した。
――――――しかし、問題はそれだけでは終わるわけもなく。
ふぅん、と納得するように頷いた子供達は、すぐに目を輝かせ、彼女に大変なことを申し出た。
「だったら俺達手伝うよ!!」
「そうよ!女幹部が倒されちゃったら私泣いちゃうもん!!」
―――純粋な子供というのはなんと手に負えない。
しかしこのまま帰らせるのも気が引ける。
「…え、えっと…」
「なぁ、いいだろ!?」
「…それとも、ダメなの…?」
キラキラと輝く目に、うる…と涙が浮かぶ。
―――ど、どうしよう…!!
おどおどおろおろとしているみなもだったが…子供達を見ていて、心が固まった。
バッ!と立ち上がり、腕を横振って誇らしげに声を挙げる。
「―――――し、仕方ないわね!
貴方達がそういうのなら、手伝わせてあげるわ!!
こ、こここの私のために、せいぜい働きなさい!!」
若干声が震えているのは、仕方ないだろう。
みなもにとって精一杯の女王様風な喋り方なのだ。
わぁい、と喜ぶ子供達を一旦控え室から追い出すと、みなもはへなへなと座り込んだ。
「…みなもちゃん…」
「……こ、子供達の期待は…裏切れません…」
心配そうな女性の声に、がくりと俯いたみなもはやけに憔悴した声で答える。
「…こ、こうなったら…一時間も二時間も半日も同じです…。
頑張って…悪の女幹部を…演じてみます…」
「…わ、私も手伝えることがあったらなんでもいうから…いつでも言ってね…?」
「はい…ありがとうございますぅ…」
――――――そんな感じで、みなもの女王様なひと時は、幕を開けたのである。
***
あの後、すぐに女性がスタッフを集めて事情を説明してくれた。
…ただしその時、みなもは子供達の相手で精一杯だったが。
スタッフの緊急会議で、子供達の夢を壊さぬよう、みなもには徹底的に悪の女幹部を演じて貰うことになった。
とりあえずレンジャー達は着替えてあるので、既に帰ったことにして。
此処にいるスタッフ達は、全員みなも…もとい悪の女幹部の手先だということになった。
ちなみに女性は、女幹部の側近と言うことで近くにいる理由を作り上げたのである。
しかもみなもは、本来なら手伝わなければいけないところを、命令しているフリをするだけで誤魔化すことになり。
その上、この衣装を着たまま動き回らねばならないと言うとんでもない状態になってしまったのだ。
――お昼ご飯――
「悪の女幹部がおにぎり食べてるー」
「ホントだー。…変なの。女幹部ってもっといいご飯食べてるはずなのに…」
おにぎりを食べるみなもに、子供達から痛い指摘が。
どうしようとみなもが困っていると、女性が少し慌てたように口を挟んでくれた。
「…お、女幹部様はたまには皆と同じモノを食べて良いものを食べたときの喜びを大きくするのが好きなのよ。
ほら、美味しくないものを食べた後って、美味しいものがより美味しく感じるじゃない?」
「あ、そっかー」
「うん、俺もピーマン食べた後にハンバーグ食べるとすっごく美味しく感じるもんな!!」
女性のしどろもどろな言い訳も、子供達には納得の一品だったらしい。
女幹部って凄いんだなぁ、と感心する子供達の視線を受けてちくちくと良心を痛ませながらも、みなもは黙々とご飯を平らげるのだった。
――片付け――
「ほ、ほら、そこ!
片づけが遅れてるわよ!!」
「は、はい!申し訳ございません!!」
みなもが所々つっかえながら命令口調で喋り、ぴしゃりと地面にムチを叩きつけて鳴らす。
それにスタッフが怯えた様子(演技)で答え、慌てて片付ける。
「女幹部すっげー!!」
「カッコイイー!!」
「流石悪の女幹部!素敵だわ!!」
子供達はそんなみなもの様子に大満足だ。
ビシバシムチを鳴らしながら命令するみなもに、時々みなもを助けるように叫ぶ女性。
キラキラ光る子供達の目を見ながら、みなもは良心がちくちく痛むばかりか、申し訳なさがこみ上げてくる。
完全に片付け終わる頃には、スタッフはおろか、みなもも女性も、へとへとに疲れ果てていた。
――そして帰宅――
「あーっ!!女幹部帰っちゃうのぉ!?」
「僕達も一緒に連れてってよぉ!」
「え…いや、それは…」
「俺達を部下にしてくれるって言ったじゃんかぁ!!」
さすがにみなもに戻って帰るわけにも行かず、女幹部の格好のままのみなも。
そんなみなもは、困ったように視線を泳がせた。
このままでは家までついてきそうな勢いだ。
しかし、それでは流石にやばい。
自宅がばれればそこまで押しかけてこられそうだからだ。
そんなみなもの心情を察してか、子供達の親が助け舟を出す。
「ほら、女幹部様はお疲れなのよ。
これ以上ワガママ言って困らせたら、部下にするのは止めたって言われちゃうかもしれないわよ?」
なにせ悪い人だから、と言う母親に、子供達ははっとして顔を歪める。
そして――急に泣き出した。
しわくちゃになった顔からぼろぼろ涙を流し、子供達は必死に叫ぶ。
「…ご、ごめんなさい…っ」
「もう、ワガママ、言ったりしない、からっ…」
「お願い…っ。部下にするの止めたって、言わないでぇ…っ!」
泣き出した子供達を見て、困ったのはみなもだ。
どうしようどうしようどうしよう。
此処は部下にするのを止めたりなんてしませんよ、と言えればいいのだが、その台詞はみなものものであって、女幹部のものではない。
ならば…女幹部の言う台詞とは…?
そこまで考えて―――みなもは若干やけっぱち風に、マントをばさっと翻した。
「そ…そこまで言うなら仕方ないわねっ!!
貴方達がいい子でいるのなら、このまま部下にしていてあげるわっ!!!」
「…え…?」
「ホント…?」
潤んだ目でじっと見上げてくる子供達に良心をちくちくと刺激されつつも、みなもは震える声を必死に叱咤して叫んだ。
「――――えぇ、勿論!!
貴方達が私の言いつけを守らないような悪い子にならなければ、貴方達は私の部下のままよ!!!」
そう言うと同時に、みなもはばっと身を翻す。
「いいわね!私の言いつけはきちんと守るのよ――――ッ!!!」
―――そして。
みなもはそういい残して、脱兎の如く逃げ出した。
「(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい――――ッ!!!)」
前もってスタッフに『これはちょっとした撮影ですので、気にしないで下さい』と言う立て札を立ててもらっていたものの、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
真っ赤になって思い切り駆け抜けるみなもに向けられる視線が益々恥ずかしくて、みなもはどんどんスピードを上げて走っていった。
―――きっと今のタイムを計測すれば、世界新記録が出たことだろう。
そして家に帰ってきたみなもは、大急ぎで衣装を脱いだ。
これでようやく一安心だ、と深々と溜息を吐き、子供達が帰った頃を見計らってやってきた女性に衣装を引き渡すと、代わりにバイト代を受け取る。
バイト代は、子供達の夢を壊すまいと頑張ったみなもに心打たれたのか、それとも単なる迷惑料か。
ほんのちょっとだけ、上乗せされていたらしい。
***
翌日。
楽しそうな話を待つように目をキラキラさせている友人にバイト代を渡したみなもは、友人に昨日のことを話した。
「あははははっ!
やっぱりまた大変な思いをしちゃったワケねー!?」
友人は話が終わるなりやっぱり思いきり笑い出し、ひーひー言いながら目尻に浮かんだ涙を拭う。
「もう、笑わないでくださいよ!!
あ、あたしなんてなれない口調で一生懸命喋ったって言うのに…!!」
本当に大変だったんですからね!とむくれるみなもにごめんごめんと謝りながら、友人は口を開く。
「…ところで、その子供達はそれから一体どうしたわけ?」
個人的に気になるんだけど、と笑顔で問いかける友人に、みなもは苦笑を返す。
「それが…お昼にスタッフのお姉さんから連絡があったんですけど…。
なんだか、妙にいい子になっちゃったらしいんですって」
翌日の朝に例のスタッフに親から電話があったらしい。
どうも昨日帰ってから『いい子ってどんな子のこと!?』と聞かれ、答えたところ。
その日の夜から急に人が変わり。
今まで全然お手伝いをしなかったのに、急に何でも手伝うようになったりとか。
好き嫌いをなくせるようにと嫌いなものを一生懸命食べるようにしたりとか。
外から帰ったら手を洗って、歯磨きもきちんとやるようになったとか。
それもこれもあの女幹部さんのおかげです!と涙声で連絡されたらしい。
「…どうも、『女幹部の部下でいるんだもん!』と張り切ってるらしくて…」
「……ぶっ!あははははははっ!!!」
肩を竦めながらのみなもの言葉に、友人は堪えきれずに噴出して笑い出した。
「す、すごいわみなも!アンタ未来を担う子供達を更正させたのよ!!」
「あうぅ…よ、喜んでいいのやら喜んでいけないのやら…」
爆笑しながらみなもの肩をバンバン叩く友人をみながら、みなもは複雑な表情を浮かべる。
「にしてもアレよねー、みなもにバイトの代理を頼むと、ホント、どんな内容でも面白い話が聞かせて貰えうみたいね。
私すっごい楽しいわー」
「あたしは貴方を楽しませる為にあんな大変で恥ずかしい思いをしたんじゃないんですってばぁ!!」
本当に恥ずかしかったのに…と顔を赤くしながらと涙を拭うみなもの頭をまぁまぁと撫で、友人は給料袋から幾らか出して手渡す。
「はい。また迷惑料ってことで、バイト代のプレゼントv」
プレゼントとは言いえて妙だが、みなもは大人しく受け取った。
今回も精神的被害が甚大だ。
その上恥をかいたし、子供達の面倒でも四苦八苦した。
三度目ながら、お金でも貰わなければやってられない。
あの時のことを思い出して顔を真っ赤にするみなもを見ながら、友人はにっこりと…イヤになるくらい爽やかな笑顔で、みなもの肩をぽん、と叩いて口を開いた。
「――――ねぇみなも。
着ぐるみとかヒーローショー以外のバイト、経験してみる気、ないかしら?」
――――――――実はこの人、自分にわざとバイトを回して、その騒動を楽しむためにやってるんじゃなかろうか。
友人の輝かんばかりの笑顔を見ながら、みなもはそう思わざる終えなかった。
…彼女の苦労は、当分の間、終わりそうにない。
終。
●ライターより●
こんにちは。暁久遠で御座います。またもやご発注いただき、まことに有難う御座いました。
遅くなりまして大変申しわけ御座いません…!!(土下座)
前回同様結構自由に作ってしまいましたが…よろしかったでしょうか? 上手くご希望に添えたかどうか心配です。
友達も前回と同じ人です(爆)いい性格してますよね、このお友達(笑)
そして子供達のシーン。とにかく純粋な子供達にたじたじのみなも様…をイメージしましたが、上手くかけたかどうか心配です…如何でしょうか?
こんな文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。
それでは、また機会がありましたらお会いしてやって下さいませ。
|
|
|