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甘〜いクレープは平和のお味?
コツ、コツ、コツ…。
地面を叩く硬質な音。
それはセレスティ・カーニンガムのステッキの音だ。
淡い色のブレザーに身を包み、柔らかな長い髪を風になびかせている。
視力は低いがその動きは慣れたもので、僅かな光の変化や風の流れ、耳に届く音で周囲の状況を判断して歩いていた。
「…今日もいい天気ですね…」
学園祭は天候に恵まれ、今のところ三日連続で快晴だ。
健康的な太陽の光に目を細めつつ、セレスティは独特の喧騒に身を浸していた。
―――――と。
ふわり、と、セレスティの鼻腔を不思議な香りが擽った。
くん、と鼻を動かすと、それは甘いクリームやチョコ、果物の香りだと言うことが分かる。
―――そう言えば、確か今日はクレープの屋台が出ている日の筈でしたね。
今自分が歩いているのは校庭。
確かそこで『激甘昇天クレープ』なる屋台が出ているはず。
聞いたところによると注文すれば甘さを変えてくれるとか。
甘い物が好きなセレスティとしては、かなり心惹かれるもの。
「…折角ですから、買ってみましょうかね」
そう結論を出したセレスティは香りが漂ってくる方に方向転換し、ゆっくりと歩き出す。
…すると。
「あれ?セレス先輩?」
後方から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
くるりと振り返ると、おぼろげに確認できる姿が四人分。
「「こんにちは、セレス先輩」」
「こんにちはぁでぇすよぅ♪」
「こんにちは、セレスティ先輩♪」
セレスティはその声全てに聞き覚えがあり、ふっと小さく微笑んだ。
そして杖を突いて歩み寄ると、微笑んで口を開く。
「――――こんにちは。
シュラインさん、貴由さん、八重さん、如神君」
セレスティの言葉に、全員が頷いて答えた。
セレスティの前に現れたのはシュライン・エマ、時永・貴由、露樹・八重、李・如神の四人。
八重にいたっては現在十センチモードで、シュラインの腕の中でのんびりしている。
「セレス先輩は、どうして此処に?」
「少し外を散歩してみようと思いまして。
…そういう皆さんは?」
「見回りしてたんですけど、途中でつい良い匂いにつられてしまいまして…」
「こっちに移動してるときに、セレスティ先輩を見つけたってワケ」
「そーゆーことなのでぇすよ♪」
一を聞けば十返ってくるとはこのことだろうか。
にこにこ笑顔で事情を話してくれる四人に、セレスティは思わず微笑んだ。
「…それじゃあ、皆さんもクレープを食べに?」
「え?『皆さんも』ってことは…セレス先輩も?」
「えぇ。美味しそうな匂いに惹かれまして」
シュラインの言葉に頷いて答えると、何故か貴由と如神の目つきが変わった。…ようにセレスティは感じた。
「くれぇぷでぇすか?」
しかし一番に反応したのは八重。
純粋に興味を引かれているようで、目が凄くキラキラしている。
「えぇ、クレープですよ」
純粋な瞳にくすりと微笑みながらセレスティが返すと、今度は後方から声がしてくる。
「「セレス(ティ)先輩〜v」」
何故か妙な猫なで声だ。
不思議そうに首を傾げたセレスティが振り返ると、目の前には両手を組んで八重とは違う意味でキラキラした眼差しをセレスティに向ける貴由と如神。
なんだか嫌な予感がするようなちょっと違うような…。
セレスティが己の中に走った予感を理解する前に、二人は口を開く。
「「奢ってもらえませんか?」」
「……え?」
唐突な発言にセレスティがきょとんとすると、二人が目をうるうるさせながらセレスティに詰め寄る。
「…駄目ですか?」
「セレスティ先輩…」
二人の目がセレスティをじーっと見つめる。
はっきりと目視できるわけではないが、セレスティには二人の目が潤んでいるだろう事が容易に想像できた。
――――必殺『おねだり』攻撃だ。
セレスティはお人好し故か、こういう行動には人一倍弱い。
もう既にオッケーしてしまいそうだが、まだ辛うじて負けてはいないらしい。
するとそれに気づいたのか、貴由はむぅっと顔をゆがめると、八重を抱えたシュラインに助力を求めようとぐるりと首を回した。
―――――――と?
「………」
振り向いた貴由は勿論、つられるように視線を向けた如神やセレスティまでもがシュラインを見てぽかんとした表情を浮かべて固まった。
それは何故かと言うと…。
「……」
―――シュラインが、指をくわえてじーっとクレープの屋台を見つめていたからだ。
じーっと見つめるその瞳は微かに潤んでいて、どこか哀愁すら漂っている。
まるで捨てられた子犬のような、小さなチワワ犬のような…。
BGMは『どうする〜?アイ●ル〜♪』で決まりだろう。
「……し、しーちゃん…?」
「…(はっ!)…え?な、なに…?」
貴由が引き攣った笑顔を浮かべてシュラインに呼びかけると、シュラインは少々の間の後はっとしたように顔を仄かに赤くして慌てて振り返る。
しかし時既に遅し。
特にシュラインに抱えられていた貴由は、不思議そうに彼女を見上げる。
「シュラインさんくれぇぷ食べたいでぇすか〜?」
「えっ!?あ、え、あぅ…」
いきなり確信直球ストレートど真ん中。
戸惑った声を上げた後、顔を赤くして俯いてしまったシュラインを見て、セレスティは思わず噴出す。
そしてくすくすと笑いながら、驚いた表情の全員を見回し、優しく微笑んで見せる。
「…喜んで奢らせていただきますよ。
とても可愛らしいおねだりもしていただいたことですしね」
その言葉に、セレスティ以外の四人はぱっと顔を輝かせる。
「おごってくれるのでぇすかぁ?わあいでぇす♪」
「やったぁ♪ありがとーセレスティ先輩!」
「やったねしーちゃん!」
「…で、でも…ご迷惑じゃ…?」
素直に喜ぶ三人に対し、シュラインはまだ気が引けているのかもじもじしている。
そんなシュラインの様子にくすりと笑いながら、セレスティは優しく声をかけた。
「いいんですよ。私が奢りたいんです。
…それじゃあ、いけませんか?」
「……あぅ…。
…そ、それじゃあ、お言葉に甘えます…」
セレスティの言葉にようやく納得したらしいシュラインは肩を竦めつつも申し訳なさそうに頷く。
しかしセレスティは嬉しそうに微笑むと、それじゃあお一人ずつご希望をどうぞ、と他のメンバーにメニューを言うよう促した。
***
―――そして十数分後。
「お手伝いして貰って申し訳ありません。
しかも結局ほとんど持って頂いてしまって…」
「いえ、奢って貰うからにはこれぐらいしないと」
ステッキで体を支えて歩きながら、もう片方の手でクレープを持っているセレスティが申し訳なさそうに言うと、残りの四つを両手で持っている貴由がにっこりと微笑んで返した。
結局あの後、如神が『じゃあ俺が皆にジュース奢るよ♪』と言い出し、クレープ買出し班とジュース買出し班に分かれて行動することになったのだ。
ちなみにクレープ班がセレスティと貴由。
ジュース買出し班が残りの三人の、如神・シュライン・八重である。
クレープは焼いた後トッピングやらなにやらで結構時間がかかるので、五人分完成するのを待っていたら十分以上立ってしまったのだ。
その代わり熱々のクレープを手にいれられたのだから、悪くはなかったが。
「あ、ここでぇすよ〜♪」
やはり先に買い終わっていたジュース班の三人が、パラソルの指してあるオープンカフェ風のテーブルの下でセレスティと貴由に手を振った。
二人が辿りついて席に座ると、全員にそれぞれのクレープとジュースが配られた。
――ちなみにそれぞれのクレープは以下の通りである。
セレスティはバタークリームにストロベリー、生クリームをトッピングして、一番上にクランベリーをちょこんと乗せて可愛らしく。
シュラインは生クリームに、それと相性のいい抹茶白玉小豆でちょっと和風に。
八重はチョコバナナに生クリーム、苺を沢山トッピング。サイズは普通の人用だが、どうやらこの大きさでも軽々食べきれるらしい。人体の不思議だ。
如神はチョコアイスに揚げ春巻きバナナ、シナモンシュガーはこれでもかってぐらいにたっぷりと。
貴由は生クリームチョコソースに、ブルーベリーと苺のトッピング。
全部、中々美味しそうなクレープである。
頂きます、と呑気な挨拶をしてから、一同はそのクレープにかぶりついた。
ふんわりと広がる甘さに、思わず口がほころぶ。
買って損なし。むしろ気分的に大正解。
「…ところで、セレスティ先輩って甘さ何倍にしたの?」
甘さ2倍にチャレンジして中々いいお味だった貴由が不思議そうに問いかける。
「あ、それ俺も気になるかも」
「私も気になるかな…」
甘さ5倍にチャレンジしてまだいけそうな気がする如神が手を上げて同意すると、8倍の甘さが丁度ぐらいかな?なシュラインが頷いた。
「あたしも気になるでぇすよ〜?」
お礼なのか単に個人的な気分なのか、『くれぇぷを奢ってくれた人の頭の上でたべるでぇすよ♪』とセレスティの頭の上で普通の甘さのをもくもくと小動物のように食べる八重が同意した。
「あぁ、そうですね。
別に言って困るわけでもないですし、お教えしますよ」
その疑問にセレスティはにっこり微笑むと、クレープを一口食べてから、ゆっくりと口を開いた。
「―――――20倍ですよ」
―――――――――間。
「「「……に、20倍っ!?!?」」」
「えぇ、20倍です」
「ふわぁ、すごいでぇすねぇ!」
「ふふ、有難う御座います」
驚く三人にさらっと返し、感心したようにセレスティの頭の上で声を上げる八重に微笑んで返す。
「20倍って…かなり甘いですよね?」
「そうですね…でも私は甘いものは平気なので、これぐらいが丁度いいですよ?」
そう言ってもぐもぐと自分のクレープを食べるセレスティに、他の三人のチャレンジャー魂が擽られた。
「…セレス先輩、ちょっと食べさせて貰っていいですか?」
「えぇ、いいですよ?
よろしければ、シュラインさんのも少し頂いていいですか?」
「あ、はい。全然どうぞ」
それじゃあ、とセレスティは自分のクレープを差し出して、シュラインのクレープを一口。
シュラインもそれを見て、セレスティのクレープを一口ぱくり。
「……っ」
がくり、と唐突に崩れ落ちるシュライン。
「しーちゃん!?」
「シュライン先輩!?」
口元を押さえて崩れ落ち、ふるふると肩を震わせるシュライン。
慌てて差し出した飲み物をぐーっと一気飲みしてっはぁ!、と大きく息を吐くと、シュラインは少々青ざめた顔で呟いた。
「…す、凄いわ…ちょっと小宇宙が見えたかも…」
「うわ…」
「そ、そこまで…?」
「甘い物が大好きじゃない人は一口倒れたら病院行きでしょうね、きっと…」
シュラインの恐ろしい言葉に、貴由と如神もさっと顔を青くする。
そして当のセレスティはと言えば、シュラインのクレープを飲み込んで、ぽつりと呟いた。
「甘さが控えめで、良い感じですね」
――――甘さ8倍のクレープを捕まえて甘さ控えめといえるのは、きっと貴方を含めて極少数だけだと思います。
――――――その後、シュラインの状態を見て尚更チャレンジ精神に日がついた貴由と如神はセレスティと食べあいっこをしたが…結果がどうなったかは、推して知るべし。
しかし何故か普通の甘さを食べていた筈の八重だけは、セレスティと交換しても普通に『しやわしぇ〜♪』と笑っていたとかなんとか。
**
時々他のメンバーと交換して食べあったりしながら、はぐはぐもぐもぐ、穏やかな時間が過ぎていく。
―――そして全員がある程度食べ終わったとき、事件(?)は起きた。
「…八重さん、口の周り、クリームでべたべたですよ?」
飲み物を飲むために降りた八重の口の周りは、小さい体で目いっぱい顔を突っ込んで食べるため、生クリームやらチョコやらでべとべとだ。
子供のようなその格好にくすりとセレスティが笑うと、ハンカチを取り出して八重の顔を拭いてあげる。
「うむぅ〜…」
「あともう少しですから、我慢してください。
…はい、全部取れましたよ?」
優しく、しかし確実に汚れをふき取ったセレスティがハンカチを離すと、八重の顔はすっかり綺麗になっていた。
その代わりに、ハンカチにはクリームやらチョコレートやらの汚れがべったり付着していたが。
「はわぁ、ありがとでぇす♪」
「どう致しまして」
感謝してぺこりと頭をさげる八重は人形のようで、セレスティは小さく笑う。
首を傾げる八重になんでもないですよ、と答えると、セレスティはぱくりと自分のクレープの残りの一欠けらを飲み込んだ。
…と。
「―――セレス先輩、ほっぺたにクリームついてますよ?」
「え?」
シュラインの指摘に、セレスティはきょとんとして自分の頬を触る。
「そっちじゃないですよ。反対です」
「…あ、もうちょっと上…」
シュラインと貴由が交互にセレスティに言うが、惜しいことに掠りそうで届かないという微妙な位置を指が滑るだけ。
「あーもーまどろっこしいなぁ」
そんなセレスティ達を見かねたのか、如神が身を乗り出す。
一体どうするつもりだろうと一同が見守る中。
――――――如神が、セレスティの頬についていたクリームをぺろりと舐め取った。
「「「!!!」」」
「?」
セレスティ・シュライン・貴由が驚いて目を見開き、よく理解していいない八重が首を傾げる。
「よし、とれた♪」
綺麗になったセレスティの頬を見て満足そうに笑った如神は、自分の残りの一欠けらをぽいっと口に放り込んだ。
「……今、かなりびっくりしました…」
「「私もです…」」
「なにがびっくりなのでぇすか?」
驚きを表すためか本気なのか心臓の辺りを押さえて会話する三人。
知らぬが仏、とはことことかもしれない。
「…あ、如神君、ほっぺたにチョコついてるわよ」
「え?ホント?」
「ほら、ここ」
「あ、ホントだ。ありがとー貴由ちゃん♪」
いち早く復活した貴由が如神のほっぺたについたチョコを拭うと、如神は先ほどのことが何とでもないように、にっこりと笑うのだった。
教訓:天然ほど怖いものはない。
***
全員がクレープを食べ終わった後飲み物を飲んで一休みした後、セレスティ以外の四人はまた見回りに行くと立ち上がる。
「それじゃあセレス先輩、幸せなひと時を有難う御座いました♪」
「セレス先輩、奢ってくださって有難う御座いましたv」
「クレープ美味しかったです♪」
「くれぇぷありがとでぇすよv」
「いえいえ、此方こそジュースを奢っていただいて有難う御座いました」
「「「「さようならー!!」」」」
「えぇ、さようなら」
元気に手を振って去っていく四人の背を見送ってから、セレスティはゆっくりと腰をあげる。
横に立てかけていた杖を掴むと、コツン、と地面を叩いてゆっくりと歩き出す。
人々の喧騒はまだ続いている。
賑やかに通り過ぎていく生徒。大きな声で接客を行う屋台。
まだ夕方までは時間が有り、日も高く上っている。
「…さて、次はどこに行ってみましょうか…」
そんな周りを見渡して微笑みながら、セレスティはゆっくりと歩き出す。
コツ、コツ、と杖が地面を叩く音に合わせ、彼はゆっくりと進んでいく。
セレスティはふと顔を上げ、暖かな日差しに目を細める。
「…本当に、今日は良い天気ですね…」
―――――本日も、平和なり?
終。
●●登場人物(この物語に登場した人物の一覧)●●
【1120/李・如神/男/1−A】
【0086/シュライン・エマ/女/2−A】
【1009/露樹・八重/女/3−A】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/3−A】
【2694/時永・貴由/女/???】
○○ライター通信○○
大変お待たせいたしまして申し訳御座いません(汗)
なにはともあれ、ご発注、どうも有難う御座いました。
今回はほのぼの目指して…玉砕してるような気が…(滝汗)
終わりの発言が意味不明とかいうツッコミはなしの方向でお願いします(爆)
出来るだけほのぼのになるように努力しましたが、如何でしょう?
クレープ甘さ20倍…私はちょっと駄目そうです(げふ)セレスティ様、凄いです。本当に(笑)
シュライン様の指くわえシーンをほくそ笑みながら書いてたり、八重様が口の周りにいっぱいクリームつけながらもはぐはぐクレープ食べてる様子想像してにやけてたり(待て変態)。
胸の前で手を組んでおねだりタッグの如神様と貴由様を想像して笑っていたりしていました(なんてヤツだ…!)
勝手に想像して作り上げたシーンがぽつぽつとありますが、口調等含めて大丈夫でしたでしょうか…?(汗)
皆さんの仲がいい感じが出ていたらいいな、と思います。
色々と至らないところもあると思いますが、楽しんでいただけたなら幸いです。
それでは、またお会いできることを願って。
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