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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


アイズハート

 物陰から見ているだけの恋なんて、それが純情だと微笑ましく思われる時代は当の昔に過ぎ去ったのだ。見ているだけの想いに満足できるような我慢強い者はいない。同時に、本当に見ているだけで満足していた純粋な想いでさえ、周囲の様々な影響によって否応なく形を変えていくものなのだ。
 そう言う話だったのだと、健二は今なら思う。


* open side *

 学校からの帰宅途中、透華は不意に立ち止まる。すぐ傍にあった何かの看板を見上げる振りをして暫しその場で立ち尽くす。やがて再び歩き出した透華は、今度こそ確信をした。
 誰かが、ずっと、私の、後を付けている!
 相手を刺激してはならないと、さっきは看板を眺める演技までして見せたと言うのに、その事実を目の当たりにした途端、言いようのない恐怖に襲われた透華は勢いよく身体ごと振り返る。すると、数十メートル先の電信柱の陰、そこに誰かが身を潜めるのが見えたような気がした。気がした、と何やら曖昧な表現である訳は、そこに人の気配がした瞬間、全身を寒気にも似た恐怖が蔓延し逃げるようにその場を立ち去ってしまったからだ。
 「……ッ、は……ちょ…ねぇ……!助けて…ッ!」
 銀色の髪をなびかせ、透華が逃げ込んだのは八代神社であった。息を切らして転がり込んでくるやいなや、助けてくれ等と穏やかならざる挨拶をする透華を、健二は相変わらず境内の草引きをしながら淡々と迎え入れた。
 「おかしいな、って気付いたのは…んーと、そうだ。数学の抜き打ちテストがあった陽だから、確か丁度一週間前よ。その頃から、誰かに後を付けられているような感じがしてて…でも、考えてみれば本当はもっと前から、友達が、私が帰る頃になると同じ男の子を正門の傍でよく見掛けるって話をしてたから、もしかしたらその頃にはもう…」
 神社の境内、賽銭箱の裏側で、誰かから姿を隠すように透華はしゃがみ込み、傍らに立っている健二の顔を見上げる。健二の視線は、動きこそ少ないが素早く周囲へと気を払い、誰もいない事を確認する。そうしてから低い位置にある透華の茶色い瞳を見た。
 「知り合いじゃなかったのか」
 「はい?」
 「あの男、あんたの知り合いじゃなかったのか、と聞いているんだ。少し前からずっと、いつでもあんたの後に居るから、てっきり…」
 「知り合いな訳ないでしょッ!」
 がぁっと怒鳴って勢いよく立ち上がり、透華が健二に詰め寄る。
 「大体ねっ、知り合いなら、話もしないで一定距離を置いてずっと後を付けてるなんて事、ありえないでしょ!見てたんなら助けてよ、もう!」
 足を踏み鳴らして怒る透華に、健二はやはり相変わらずの調子で、
 「何もされていないのに、何をどうやって助けろと言うんだ」
 「だったらこれから私を守ってよ!これまでは幸いにも何事も無かったけど、今後は分かんないじゃない。どうもソノヒトの行動って、段々エスカレートしてきているみたいだもん。…恐いよ」
 ぽつり、と最後に付け足した言葉こそ、透華の本音なのだろう。肩を落として項垂れる少女に、健二はいつもの瞳で見詰め返し、それでも頷いてその役割を引き受けた。


* closed side *

 カノジョに出会ったのは確か半年前。トモダチと一緒に、繁華街のアイスクリームショップにいた。
 人目を惹く銀色の髪もさる事ながら、ボクはその華やかな笑顔にココロ惹かれた。楽しそうにトモダチと談笑するカノジョ、何かの冗談を言い合って転げるように笑うカノジョ、トモダチの耳元に口を寄せ、何やらひそひそ話をするカノジョ。どの表情も生き生きとしていて、ボクにはとっても眩しかった。
 でも、ボクにはカノジョに話し掛ける勇気なんて、オヤユビの爪の先程もなかった。だけどもともとボクは、カノジョの笑顔を遠くから眺めているだけで、充分満足だったんだ。綺麗な花を、手折ってジブンの物にしたいと思う人がいるのと同じように、花がカゼに吹かれて揺れているのを見ているだけでいいと思う人だっているだろう。それと、一緒。
 …なのに、ミンナはそうじゃないって言うんだ。
 「まったいるぜ、こいつ」
 「やっべぇんじゃねぇの?んで、誰を見てんだよ、このストーカー!」
 げらげらと大声で笑う声に、ボクはただ震えてしゃがみ込み、両手でアタマを抱えるしかなかった。
 ボクがカノジョの姿を眺めるのが日課になっている事を、ガッコウの知り合いが気付いてしまった。そうして、ボクの事をストーカーだと決め付けたんだ。
 違う、ボクは違う!ストーカーなんかじゃない、だってボクは、この道でカノジョが通り過ぎるのをただ待っているだけじゃないか!後を付けたり待ち伏せしてイジワルしたり、そんな事は一度もしてないし、しようと思った事もないよ!
 「嘘くせぇ、そう言っといて後から後を付けるんじゃねぇの?」
 「忍び込んでパンツとか盗んでんだろ?この変態!」
 「犯罪者だ、こいつ犯罪者だぜ!ストーカー行為は立派な犯罪なんだぜー!」
 違う、ちがう、チガウ―――…!
 (そこまで言うのだったら)
 ……誰、……?
 (ストーカーでないと言う事を俺が証明してやろう)
 ……誰、キミ…どこに、いるの……?
 (オマエの中に。俺にこの身体を貸せ。代わりにあの女に告ってやろう。そうすれば、オマエがストーカーでないと言う証明になるだろう。ようは、正面切ってあの女に会いに行きさえすればいいのだろう?)
 そう、…だけど……でも……。
 「四の五の言ってンじゃねぇ」
 ボクの口から飛び出た言葉。でも、言っているのはボクじゃない。ボクは今、透明なガラスケースの中に入れられ、ボクの内側にトリカゴみたいに喉元から吊るされている。でも端から見れば、喋ってるのは紛れもなくボクだ。口調だけでなく人間そのものが豹変したんだろうボクを見て、クラスメイト達の顔が、恐怖で引き攣ってるのが見える。でも、その光景はなんて言うんだろう、フィルター一枚通したこっちから、ヒトゴトみたいに眺めているような感じだ。ボクは低くドスの聞いた声でミンナに言う。
 「文句があんならはっきり言いな。分からせてやるよ、俺がストーカーじゃねぇって事をよ」
 「お、おれは何も言ってねぇよ…こ、こいつが…」
 「あっ、テメェ!何を人の所為に…ぎゃッ!」
 クラスメイトのヒトリが悲鳴を上げて転がった。ボクは最初、何が起こったのか分からなかった。顔を起こした彼の口元が、真っ赤になっているのを見てようやく、ボクが彼をカバンの角で殴ったのだと知った。
 クラスメイト達はクモの子を散らすみたいに、あっと言う間に散り散りに逃げていく。その背中を見ながらボクは、ゲラゲラと大声で笑っていた。
 (どうだ、すっきりしただろう)
 …う、うん……。
 (これからもイザと言う時は俺が代わってやろう。オマエは黙って俺に身体を渡せばいい)
 ボクは頷く。本当は、恐くて恐くて仕方がなかった。でも、逆らったら何をされるか分かんないから、ボクはいいよって頷いたんだ。

 ボクがボクに怯えるなんて、本当はその時から既にオカシイと思ってたんだ。


* open side *

 次の日、透華はいつもの曲がり角で友達と手を振り合って別れる。ここから先は自宅までたったひとりの通学路だ。いつもなら、爽やかに吹く風や道端の野花、或いは野良猫や小鳥達の声などを楽しみにしながら歩く道筋なのだが、今はそんな余裕は取り敢えずなかった。外見上は平静を装って、だが不自然な程の早歩きで先を急ぐ。最近では誰が自分の後ろに居ても、それが例のストーカーであるような気がして気が休まる暇もないのだ。なので、今は努めて、何かの気配が背後でしても、それは気のせい、自意識過剰であると決め付けて、気に止めないようにしていた。それが功を奏したのかもしれない。透華は、間近に迫る人影に、必要以上に怯えずに済んだ。
 透華が角を曲がった瞬間、その人影も間髪入れずに後に続こうとする。が、それは突然現われた黒い影によって阻まれた。健二だ。
 「なんだ、テメェは!」
 「えっ!?」
 背後で不意に聞こえた声に、透華は咄嗟に振り返ろうとする。それを、人影と向き合ったまま片腕で圧し留め、健二が短く「行け」と促した。その声に弾かれたよう、透華は相手の顔も見ずに走り去っていった。


* closed side *

 …カノジョは、ボクの顔を見ようともしなかった。
 (あの女はオマエの事を何ヒトツ分かっちゃいねぇのさ)
 カノジョは明らかに怯えていた。何に怯えていたんだろう?
 (自意識過剰なだけさ。ジブンがモテてると勘違いしてるんだろう)
 ……。カノジョは、ボクに怯えていたんだ。会ったコトも声を掛けたコトもないボクを。コンニチハのヒトコトさえ掛けられない、弱虫の情けないボク。勇気の欠片もないボク。こんなんで、カノジョがボクに振り向いてくれる筈なんかない。
 (そんな事はないさ。手は幾らだってある)
 ……もう、いいよ。もう……悪いのはいつもボク。全てボクの所為。ボクが……。
 (そう思うんなら、オマエにとってこの身体はもう無用の長物だろう?だったら俺に寄越しな)
 …………。
 (―――そうだ、いい感じだ――…!これでこの身体は俺のもの……!
 ようやく手に入れたぞ!自分の身体を!
 (………ボク、は……)
 そうだ、オマエに礼をしてやろう。あの女。あれがオマエは欲しいのだろう?
 (………カノ、ジョ…そうボクは、…カノジョが……)
 分かった、あの女をオマエにくれてやろう。
 (カノジョが、ボクの、モノに。…カノジョが…ボクの……)

 (ボクの…モ、ノ……


* open side *

 健二は、いつも透華が登下校時に通り掛かる公園へとやって来た。中途半端な時間では遊びに来る子供の影もない。尤も、元々この公園は得体の知れない奴らがたむろうとの悪評判が立ち、休日の昼下がりでも静まり返っているような場所であったが。
 今日はまた、それに輪を掛けて人の影はない。まるで、これから起きる何かを感じて、人も動物達もノアの箱舟へと逃げ出してしまったかのように。
 「……どこだ」
 健二の淡々とした声が静かな公園に響く。すると、誰もいないとばかり思っていた、公園の植え込みの中から、例の少年が姿を現わしたのだ。
 「…何の用だ、テメェは……」
 憎しみの感情をむき出しにして、少年は健二を睨みつけてくる。その波動を真正面から受け止めつつ、健二は少年の姿を頭の先から足の先まで眺め見た。
 少年を監視していた健二だったが、不意に沸き立つ殺意を感じ取り、自ら彼の前に姿を現わしたのだ。今、自分の目の前にいる少年は、背を丸めて両腕を自分の身体の前で抱え込み、上目で健二の事をじっと暗く睨んでいる。少年の身体の正面から、殺意の大半を感じ取る事が出来る。恐らく、あの腕の中には、透華を切り刻む為に購入した刃物を潜ませているのだろう。健二は、少年へと向き直り、一歩前へと踏み出す。その、平然としつつも隙の全くない健二の所作に、全くの素人である筈の少年が、敏感にその気配を感じ取った。警戒心を剥き出しにして、一歩後退りをする。健二がまた一歩、少年がまた一歩。そうするうち、少年の背中は街路樹の幹にぶつかってしまい、退路を絶たれてしまった。健二は片手を少年の方に差し出す。隠し持っているものを渡せと無言で要求した。
 「もう止めろ。最早どうにもならんだろう」
 「う、…煩いッ!!」
 少年が叫ぶ。ここで、本当の玄人でない少年は、【本物】を前にした時、素人は退く事が最良の道である事を理解できなかった。隠し持っていた大振りのサバイバルナイフを振り被り、獣のような咆哮を上げながら健二へと突進してきた。
 狂人に近い故か、少年の身体能力は、彼が本来持つそれ以上に高められ、素早く立ち動いて健二の腹部を狙う。が、それでも所詮は素人の攻撃だ。無駄が多過ぎるそれを避ける事は、健二にとっては難しい事ではない。しかし健二は、少年の目に死神を見る事が出来なかった。よって、この少年はまだ殺すべき相手ではないと判断され、その為、健二の動きに制限が生まれた。襲い掛かる少年のナイフを紙一重で避けつつ、その攻撃を封じるタイミングを狙う。相手が、手錬の者ならば次の行動も読み易く、瞬く間に押さえ込んでいただろう。が、今度は逆に、少年が素人である事が災いとなった。少年の行動は健二には予測がつけ難く、なかなか捉える事ができない。長引けば長引く程、いろいろと厄介になるな、と健二が眉を潜めた時だった。
 「……ッうぁ……!?」
 焦った少年が足を縺れさせ、前のめりに倒れ込む。そのシーンを、健二はまるでスローモーションを見るような感覚で捉えていた。
 こちらを見ながら、ゆっくりと倒れていく少年。その瞳の中に、一瞬だけ何かの影が見えた。

 死神。
 いや違う。あれは、俺が奴の目に映っていただけ……?

 健二は瞬く。瞬きの間だけ、眼を閉じていた健二だが、再び眼を開いた時には、既に少年の身体はもんどりうって地面に叩き付けられていた。
 「ぅ―――………」
 低く呻く少年。その身体の下から、まるで生きているかのように赤い血溜まりが沸いて出て来なくても、健二にはその顛末が分かった。
 「あの子に、………」
 少年が、小さな掠れ声で言う。健二はしゃがみ込み、片膝をついて冷えゆく少年の身体を抱き起こした。
 「あの子に…恐がらせて…ゴメン…ナサイって…でも…本当に……スキ、…だったんだ……」
 少年の目を、どろりと白い膜が覆い始める。そこにはもう死神の姿もなく、濁った水晶体には健二の姿も映らなかった。
 「映画…一緒に……行きたかった……ユメ…いつも…見……」
 震える少年の指が、上着のポケットから二枚の映画のチケットを引っ張り出した。皺だらけのそれは、きっと少年が何度も何度も、それをきっかけに透華に声を掛けようと試みて、その度に勇気を得られず、手の中に握り締めてきたものなのだろう。
 スキだった。もう一度、少年の唇がそう動いたような気がした。少年の手から映画のチケットがはらりと舞い落ち、地面に落ちる。チケットの右四分の一程は少年の血溜まりの上に落ち、ゆっくりと、極々ゆっくりと、紙の端が赤く変色していった。


 「これ、今一番人気の映画じゃない。なんだか意外ー」
 透華がそう言って笑う。とある休日、透華は健二に誘われて映画を観に繁華街に出てきたのだ。健二が案内したその映画とは、現在も興行収入一位を保ち続けるロングラン作品なのだが、健二に似合うようで似合わない、シリアスな恋愛ドラマだったから、透華が意外だと訝しがるのも致し方ないだろう。
 「別になんだっていいだろう。さっきも言ったが、例の事は片付いた。だから、その礼だ」
 「何言ってんの、お礼って言うんなら、本当は私が誘わなきゃいけないんじゃないの?…まぁいいけど」
 そう言って透華が声を立て笑う。健二が解決を告げずとも、自分の周りに纏わり付いていた、得体の知れない不気味な気配は消え去っていたから、透華も不安がなくなり、またいつもの明るく華やいだ少女に戻っていた。
 健二と透華は肩を並べ、映画館の改札を通り抜けようとする。健二が係の女性にチケットを差し出し、その半券を切り取ってまた健二に返した。
 女性は、その半券の妙な手触りに首を傾げる。何かに濡れて乾いたような皺のあるそれは、一体何に濡れたのか、どす黒い染みがごわごわになって固まっていたのである。
 健二は受け取った半券をそのまま握り締め、上着のポケットに捻じ込む。透華に促され、いい席を取りにと足早に館内へと消えていく。


 あの時、少年の眼の中に居た死神。あれが本物の死神だったのかそれとも俺が映っていただけなのか、それは今となっては最早確かめようがない。


おわり。