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おーだーめいど・ぱらだいす
神聖都学園の近くにあるマンションの三階。そこにある経営が傾きかけた某派遣会社。そこに顔を出したのは、なんてことはない、ヒマだったからだ。
「あ、いらっしゃい、ティナさん」
出迎えたのは事務員アルバイトの狗神だった。他には誰の姿もない。大抵はリビングを改造したソファとローテーブルが置いてあるだけの応接室に仕事をするわけでもない誰かがいたり、奥にある机で東海堂が書類を片手にため息をついていたりするのだが。
「あれ、ひとり?」
「うん、ふたりとも仕事で出ているから。お客さんもさっき四人ほど来たけど、もう帰ったし……ということで、ティナさんは五人目のお客さんだよ。さあ、どうぞ」
狗神はそう言うとにこりと笑い、問答無用にお茶とお菓子を用意する。こうやってお茶とお菓子は自然に出てくるし、ちょっと休憩したいというときには便利な場所だ。ティナはソファに腰掛けると、差し出された湯のみを受け取った。
「そういえば、新しい都市伝説シリーズ出たみたいだけど、買った?」
バイト先にコンビニに新しい食玩が入荷された。都市伝説シリーズのその2だ。
「あ、そうなんだ。まだ買ってないや」
「次々と出るわよねー。嬉しいけど、資金のことを考えちゃうとねー」
ティナはそう言って小さくため息をついた。質がいいものは、値段もそれなりだ。中身は百発百中わかるわけではないから、気をつけて買っていても、同じものが出る。コンプまでの道のりは遠く、険しく、お金は羽がはえているが如く、財布からひらひらと飛んでいってしまう。気づけばバイト代のほとんどが食玩に化けていることも少なくはない。それに、コンプをしたとしても、また新しく次々と発売されるから、いやはやなんとも……買わなければいいだけの話ではあるが、それができないから……ティナはもう一度、今度は深いため息をついた。
「そうだね、僕もついついオトナ買いしちゃうよ」
苦笑いを浮かべながら狗神は言った。
「……私なんて、業者買いよ……」
思わず、遠い眼差しをして渇いた笑いをもらしてしまう。
「業者買い?」
なにそれという顔で狗神は小首を傾げる。ティナはそれでは説明してあげようとコホンと咳払いをしたあとに狗神へと向き直った。
「問屋からまとめて買っちゃうわけよ。で、いらないものはオークション等で売り払う……」
「うわー、オトナ買いのバージョンアップだね。すごいや、ティナさん……みなら……わない方がいいのかな……?」
「まあ、そんなのは滅多にやらないけどね。普段は、オトナ買いまでよ」
そう言ってティナは湯のみに口をつけた。狗神はそんなティナを見つめていたが、やがてふと思い出したという顔で口を開いた。
「そういえば、今日、訪れたお客さん、全員に訊ねていることがあるんだ。今のところ、全員同じ答えだから、もう答えは出ているといっても過言ではないんだけど、一応、ティナさんにも訊ねておくね」
狗神はそう前置きをしたあと、改めてティナを見つめた。
「三十三魔法陣って……知ってる?」
「そんな食玩シリーズあったっけ? ファンタジー系?」
魔法陣シリーズという食玩はあったっけ? ティナは記憶を辿ってみたが、思い当たるものがなかった。
「いや、違うけど。……やっぱり、知名度皆無みたいだな……」
狗神はうんうんと頷き、納得する。
「で、どういうシリーズなわけ、それ?」
「うん、実は……」
そう言って狗神は話し始めた。
『資料』とシールが貼られたダンボール箱を開けてみると、見るからに胡散臭い、怪しげな装丁の分厚い本が入っていたから、とりあえず今日も机でため息をついているいつみさんを呼んでみたんだ。
「……。いつみさーん」
「なんだい?」
呼ぶとすぐにいつみさんはやって来た。そこで、本を指さし、問うてみたんだ。
「これ、なんの『資料』ですか?」
「……あ」
本を見たいつみさんは小さく声をあげると、本を手に取り、ぱらぱらとページをめくった。中身がくり抜かれて鍵やメダルが入っていてもおかしくはないような本だけど、そういう仕掛けは残念ながらなかった。あったら面白かったんだけど。
「こんなところにあったのか……懐かしいな……ああ、これはあれだ、三十三魔法陣の本だよ」
と、そこで懐かしげにいつみさんはその言葉を口にした。だけど、そんな本は聞いたことがない。しかも、誰でも知っているような口ぶり。そこで、訊ねてみた。
「で、それってなんですか?」
「え? だから、三十三魔法陣だよ。とある悪魔がある錬金術師の夢のなかへ現れ、書かせたと言われている有名な本じゃないか」
「……有名……ですか」
そうですか、たぶん、有名なのはいつみさんのなかだけです……心のなかでそうツッコミをいれておいたよ。そのときは半信半疑だったけど、今となっては正しかったと思う。今のところ、知っている人、いないし。
「和哉くん、そんな顔をしなくても……。有名じゃなかったのかな……祖父も母も当たり前のように話していたから、てっきり。うーん、そうだよな、あの人たち、ちょっと普通じゃなかったし……有名じゃないのかも……」
「まあ、それはともかく……三十三魔法陣とはなんなんですか?」
僕自身、怪奇現象や怪談についてはそれなりだと思っているけど、悪魔とか魔法陣とかそういった方向にはあまり興味がないからね。僕の興味の対象はあくまで、怖い話や呪い、祟りだから。
「生活に役立つ陣形……魔法陣が三十三種類掲載されている本だよ」
「そのまんまですね」
あっさりといつみさんは言ったんだけど、生活に役に立つ魔法陣って……。それも、悪魔が書かせたとか言われている代物だよ? 本当に役に立つことが書いてあるようにはとても思えないよね。一見、便利そうで、実は落とし穴があるに違いない。でも、内容が気になったのも事実。好奇心にかられて続けて訊ねてみた。
「例えば、どういうものがあるんですか?」
「そうだね、大願成就とか……無病息災、家内安全というのもあったかな」
「商売繁盛とかもあったりして」
もちろん、冗談。でも、いつみさんは頷いた……。頷いたんだよ……。
「ああ、あったんじゃないかな?」
「……神社に売っているお守りや御札と一緒ではないですか……」
「そんなようなものだよ。護符の書き方が載っていると思ってくれれば。……そうだ、和哉くんにも護符を作ってあげるよ」
「え、いいですよ……」
そんな胡散臭いものは受け取れないって遠慮はしたんだけど……。
「遠慮しなくてもいいよ。普段のお礼だから……どれにしようかなー」
「普段のお礼だというなら、むしろ作らないで下さい……」
「え? 何か言った?」
僕は本当のことを言えなかったよ。ええ、言えませんでした……にこにこと珍しく上機嫌ないつみさんを前に、そんな胡散臭いものはいらないなんて。
「……うん、これにしよう。夢魔の力を借りて夢界に干渉をする魔法陣」
「魔界ですか……?」
ムカイ? いや、マカイの聞き間違い? ……どちらにしても、胡散臭いことにはかわらないんだけど。
「いや魔界ではなくて、夢界。夢の世界だと思えばいいよ。護符を枕の下にいれる。そして、眠る前に自分の叶えたい夢や理想の世界を思い浮かべるんだ。そうすると、夢でそれが再現される」
「見たい夢が見られるんですね」
「ただの夢だと思ってはいけないよ。現実と変わらない質感を再現してくれる。味覚や痛覚も再現されるんだ。……俺は幼い頃、この魔法陣でお菓子の家を食べたり、童話の主人公になったりしたもんさ」
「なるほど……そういう使い方をすればいいんですね」
「そう。自分の夢だから、なんだって思いどおりだよ」
狗神は小さく息をつくと、確かに魔法陣を思わせるような図形が描かれた紙を取り出した。
「……と、いうことがあったんだ。そんなわけで、これがいつみさんが描いてくれた護符だよ」
「へぇ。東海堂、意外にやるじゃない。魔界に干渉できる本を持っているなんて」
ティナは人間であるのに、魔界に干渉することができそうな本を持っている東海堂に感心した。
「あれ、ティナさん、そういうのには否定的じゃないんだ?」
「自らの存在を否定するようなことはしないわよ」
「確かに。……?」
狗神は答えたあとで不可思議そうに小首を傾げる。とりあえず、魔族であることは告げていないので、その反応も当たり前かとティナは話を先へと促すことにした。
「それで、その護符があれば見たい夢が見られるんでしょう? 面白そうね、私にも作ってくれないかな? ……でも、東海堂がいないから無理か……」
護符を作ったのは、東海堂。しかし、東海堂は仕事だとかでここにはいない。無理かもと思っていると、狗神が護符を差し出した。
「はい、これあげる」
「ありがとっ。……あれ? でも、いいの?」
くれるならもらう。速攻で護符を受け取ったあと、ティナは狗神を見つめた。
「いいよ。それ、コピーだから」
「コピー?」
「うん。いつみさんは一枚しか書かなかったんだけどね、それをコピーしてみたんだ。今日、訪れたお客さんに配っているんだよ」
「……コピーしたもので平気なわけ?」
ティナは訝しげな表情で護符を見やり、狗神を見やった。
「どうだろう。同じことが書いてあるんだから、平気だと思うんだけど。ダメだったら、いつみさんに書いてもらえばいいんじゃないかな」
「それもそうね」
でも、コピーというよりも東海堂が書いたというところが気になる。しかも、狗神の話からすると、かなり久しぶりのようだ。何かおかしなことになったりするのではないか……ふとそんな考えが頭を過る。
まあ、そのときはそのとき、呪いくらいで勘弁してあげましょう……ティナは東海堂が聞いたらぶるぶる震えそうことを考えながら護符を手ににこりと微笑んだ。
狗神の話では、枕の下に護符を入れ、眠る前に夢に見たいことを思い浮かべるということだった。
夢に見たいこと。
それはすでに決まっている。
一度でいいから、部屋いっぱいに買ってきた食玩を開けまくりたかったのだ。そして、そのあとは、フルコンプできたのかを確認。
食玩……食玩……食玩……。
フルコンプ……フルコンプ……フルコンプ……。
ティナは頭のなかでその二文字を思い浮かべながら眠りについた。
ふと気がつくとコンビニの食玩コーナーにいた。
「?」
きょろきょろと周囲を確認し、そこが自分のバイト先であるコンビニであることを知る。しかし、自分はバイト中というわけではなさそうだ。制服ではなく、私服だから。
ティナは少し考えたあと、財布を取り出した。中身を確認すると、クレジットカードが一枚だけ入っている。
「ナイトメアクレジット……有効期限、無限大……」
どうやらこれで買い物ができるらしいが、しかし。
ナイトメアクレジット。
名前が名前だけに、ちょっと使いたくないような気がする。利子はトイチだけならまだいいが(本当はよくないが)お支払いは魂で、とかにこやかに言われてしまいそうな気がして、怖い。
だが、手持ちのお金はないから、これで買うしかないのだろう。……しかし、まさか、買うところから再現されるとは。てっきり、部屋に食玩の箱があふれている状態から始まると思っていたのに。
「どれにしようかなー……ん?」
よくよく棚を見てみると、バイト先のコンビニと同じ造りではあるものの、並んでいる商品が違っていた。並んでいる商品はすべて食玩関係のものばかりだった。
「こ、これは……!」
オマケのついたペットボトルやフィギュアのついた本、そして、いつものお菓子がオマケ程度についている食玩がところせましと並んでいる。その光景にしばらく息を呑んだあと、財布からクレジットカードを取り出した。
……どうせ、夢なんだし……。
ティナはクレジットカードを見つめたあと、レジへと歩いていった。普段は自分があのなかでレジ打ちをしていたり、商品を補充したりと働いているわけだが、今日は当たり前だが、違う人間がレジに立っている。
「いらっしゃいませ」
「あれ、東海堂?」
そこに立っているのは東海堂だった。
「いえ、俺はコンビニの店員です。何をお買い上げですか?」
「……まぁ、夢だしね……。ああ、お買い上げはね、この店。支払いはこれで」
自分が見ている夢だから、登場人物も自然と自分が知っている人間になるのだろう。ティナはそんなことを考えながらクレジットカードを差し出した。
「はい、店ごとお買い上げですね。支払いはクレジットで。……ありがとうございました! レシートのお返しです」
レジでカードの処理を行ったあと、店員はレシートを差し出す。レシートにはカードのご利用ありがとうございますと書いてあるだけで、具体的な値段は記されていない。
「これでこの店はあなたのものです」
「じゃあ、好きなように開けていいというわけね?」
「はい、もちろんです。ばんばんやっちまってください!」
にこやかに言われ、それじゃあと店内を見まわす。どこから開けたものかと思いながら、とりあえず手近な棚へと手を伸ばした。
「あ、これ……」
それは新しい都市伝説シリーズのものだった。まだコンプリートはできていない。ティナはさくさくと箱を開けまくり、ため息をついたり、瞳を輝かせたりを繰り返した。そして、都市伝説シリーズの箱を開け終え、フルコンプできているのかどうか確認をする。
「白いセダン、電子レンジとネコ、ミミズバーガー、ベッドと斧男……うん、いい感じじゃないのぉ〜」
ティナは上機嫌でひとつずつフィギュアを並べていく。レアな白いセダンの色違いバージョン、赤いスポーツカーもある。
「……やったー、フルコンプ!」
ばんざーいと手をあげた瞬間とほぼ同時にコンビニの自動扉が開いた。あれ、自分の夢なのにどうして……と思っていると、狗神が飛びこんできた。
「あれ? なんで?」
「ティナさん?!」
狗神の方でも驚いている。が、すぐにティナのもとへと駆けてくると、腕を引き、レジ
の裏に身を隠し、息を潜める。
「ちょっと……なんなのよ……?」
「静かに! ……」
自動扉が開く音がした。誰かが店内に入ってきたらしい。かなりゆったりとしたペースで店内を歩いている。その間、ずっと狗神は息を潜めていた。ティナもよくわからないままに息を潜める。やがて、靴音は去り、自動扉の開閉の音がする。
「……行った、か……」
「ねぇ、なんなの? というか、どうしてあなたがいるわけよ?」
「うーん、同じ護符を使ったから、かなぁ? ティナさんがいることに僕は驚いたよ」
「護符のせい? 使った人が同じ夢をみる……同じ夢というわけじゃないのかしら……とにかく、登場するなんて聞いてないわよ」
「僕だって知らなかったんだよ……いつみさんも言っていなかったし」
狗神はそう言って、ため息をついた。
「なるほどね……」
「とりあえず、ここはティナさんの夢なのかな?」
「そうよ。あ、都市伝説の新しいシリーズ、フルコンプできたの。みてみて」
ティナはレジから出ると、フルコンプしたばかりのフィギュアを狗神に見せる。
「あ、本当だ。いいなぁ、僕も集めなくちゃ……」
と言いながら、狗神は動きを止めた。
「?」
なんだろうと狗神の顔を覗きこむティナの耳に、シャキン……シャキンという音が聞こえてきた。
「なに、この音……?」
「まずい、また来た!」
狗神の声とほぼ同時にコンビニの奥にあるトイレの扉が開き、そこから麻の袋をかぶった男が姿を現した。その手には大きなハサミがある。シャキンシャキンと音をたてているのは、そのハサミだ。
「なによ、あれー?!」
ティナが声をあげた途端、ハサミ男はものすごい勢いでハサミをジャキジャキいわせながらティナに突進してきた。
「逃げよう!」
ティナは狗神とともに逃げるようにコンビニをあとにした。
どこをどうやって逃げたのか、よく覚えていない。
狗神とはぐれ、気がつくと建築途中のまま放置されたような荒れ果てた廃墟にいた。壁は崩れ、剥き出しになった鉄部分は赤く錆びている。人の気配はない。
「ああー、もうっ。どうしてこうなるのかしら……」
コンビニで箱を開けまくるはずが、何故かこうなっている。いったい誰を責めればいいのだろうと思いながら、ティナは周囲に気を配りながら歩いた。ひとりで通りを歩いていると、またもシャキンシャキンという音が近づいてきた。はっとし、近くの建物に身を隠した。
息を潜め、通りすぎるのをひたすら待つ。音が次第に大きくなり、そして、遠のいていく。行ってしまったことを確認してから、小さく息をつく。
これも、あの護符のせいだろうか……だとしたら、東海堂に是非、お返しをしなければならないが……呪いの人形がいいだろうか、それとも呪いのビデオがいいだろうか……そうだ、豪華に両方セットにして、呪いの詰め合わせもいいかもしれない。
「あーあ……」
しかし、それも夢から醒めなければどうにもならない。よくよく考えてみれば夢から醒める方法がわからない。まさか、このまま眠りっぱなしということは……いやいや、ないない、そんなことはない、あってはいけない。ティナはふるふると横に首を振った。
そうしていると、遠くから声が近づいてきていることに気がついた。とりあえず、ハサミの音ではない。会話をしているようにも思える。
ティナはこっそり様子をうかがい、歩いて来るものが人であることを確認する。背の高さからして、大人と子供だろうか。ハサミ男ではないことは確かなので、建物から通りへと出て声をかけてみた。
「ねぇ、あなたたち、護符、使った人でしょう? ……あら、あなた」
子供の方は知らなかったが、大人の方は知っている顔だった。ついこの間、枕について検証をしたシオン・レ・ハイがそこにいる。
「こんなところで奇遇ですね。……あなたの夢ですか?」
シオンも覚えていてくれたようで、そう言葉を返してくる。
「やめてよ。違うったら。ハサミ男に追いかけられてここまで逃げてきたの。あなたたちもそのくち?」
「ええ。彼女はティナ・リーさん。そして、彼は鈴森鎮さんです」
シオンはティナと子供の間に立って、そう言った。どうやらふたりもここへ至る経緯は自分と同じであるらしい。
「私ひとりじゃあいつをなんとかできないし、対抗する仲間を探していたのよ」
あのハサミ男をどうにかしなければ、安心してコンビニへは戻れない。ハサミ男と一対一で戦えるほどの力を持たない自分としては、複数対ハサミ男に持って行きたいところである。しかし、シオンは男であるし、頼りになりそうな気はするが、自分と目の前のお子様はどうだろう。見た目としては、どちらも頼りない。
「でも、この人数じゃ……もう少しほしいところね。とりあえず、移動しましょう。さっきハサミ男が通ったの」
シオンと鎮と三人で通りを歩く。どうしよう、こうしようと意見は出るのだが、今ひとつまとまらない。
「だからさ、次に出てきたときは三人がかりでやっつけようよ」
鎮は強い調子で言う。子供らしい前向きな意見に励まされるような、不安を覚えるような……ティナは小さくため息をつく。
「ですが、あのシャキンシャキンという音を聞くと身が竦みます〜」
シオンは案外と頼りないことを言う。が、それも事実だとティナは頷いた。
「躊躇いなく突っ込んでくるものね。あの勢いには負けるわ、確かに。反射的に逃げたくなるもん」
そんな会話をしながら歩いていると、横道から青年と少女が現れた。一瞬、動きを止める。少女に顔には見覚えがあった。シオンと同様、ついこの間、枕についてともに調べた海原みなもだ。おそらく、狗神から護符をもらったのだろう。
「あ」
お互いに小さく声をあげたあと、みなもの下半身で蠢くいくつもの大蛇の頭を見つけ、改めて悲鳴をあげた。
出会った青年とみなもに事情を説明し、ここまでの経緯を話し合う。
青年の名はセレスティ=カーニンガムといい、やはり狗神から受け取った護符を使って、夢を楽しんでいたことがわかった。みなもも同様で、いろいろあってここへ辿り着き、そういう姿になっているらしい。が、大蛇は基本的に悪さはしないそうなので、とりあえず、安心した。
そして、今後について話し合ってみる。議題はもちろん、ハサミ男をどうしようかということ。
「結局はハサミを持っている男、本気を出せば勝てそうな気もするのですが、あの迫力には負けるのです」
腕をくみ、シオンはうーんと唸る。言ってしまえば、巨大なハサミを持っているだけの得体の知れない男。どうにかできそうなのだが、あのハサミの音に身が竦む。
「何が怖いかってあの大きなハサミだよ。必殺くーちゃんすぺしゃるをやろうとしても、くーちゃん、怖がっちゃうし」
鎮は連れている小動物の頭を撫でる。犬でも猫でもなく、ネズミでもウサギでもない。不思議な小動物だった。
「とてもじゃないけど、あんなのに立ち向かえないわよ」
自分には防御系の力しかないし……ティナはため息をつく。戦うことなど意識していないのだから、備えがないことも仕方がない。
「なるほど、話に聞いているとかなり迫力がある相手らしいですね……」
セレスティはハサミ男に直接追いかけられたことはないらしく、そんなことを言う。
「迫力があるなんてもんじゃないわよ。両手に持った大きなハサミをジャキン、ジャキン、ジャキンって交差させながら、躊躇わず真っ直ぐに向かってくるんだから。あの勢いに反射的に逃げ出すってもんよ」
でも、会っていないことはいいことだ。ティナがため息をつきながら説明していると、みなもが小首を傾げたあと、言った。
「でも……それ、誰の夢の登場人物なんですか?」
「……」
お互いに無言で顔をみあわせる。そして、指をさしては滅相もないと横に首を振った。結果、誰でもないことがわかる。
「他にも護符をもらった人がいるということでしょうか……」
「私、たぶん、最後に護符をもらったんだけど、あいつ、五人の人に渡したって言っていたような気がする。私を含めて」
狗神は訪れた客全員に護符を渡したと言っていた。そして、自分は五人目の客だった。今、この場にいる人数は五人。そうなると、護符を描いた東海堂か、護符を配った狗神の夢というように考えられる。
「じゃあ、狗神さんの夢ということですか? ……誰か狗神さんに会った人はいますか?」
みなもの言葉にティナは小さく手をあげた。
「はい、私。会ったわよ。ハサミ男に追いかけられて、しばらく一緒に逃げていたんだけど……」
気がつくとはぐれて行方が知れない。もしかしたら……いや、まさか……でも……とティナが躊躇っていると、鎮があっさりと言った。
「すでに、ハサミ男の餌食になってたりして……」
縁起でもないが、しかし、否定もできない。
「とりあえず、あのハサミ男をなんとかしないとゆっくりできないわ。あいつはこっちを見つければハサミを振りまわして追いかけてくるし、夢から醒める方法もわからないし」
「五人いればどうにかなるでしょうか……しかし、あの迫力には参ります〜と噂をすれば、あの音が……」
遠くから再びシャキンシャキンという音が聞こえてきた。
「生理的にくるものがある音ですね」
セレスティは苦笑いを浮かべるが、まさにそのとおり。シャキンという音が周囲に響き渡るその余韻がまたなんとも言えない。
「みつかるとこちらへまっしぐら、さらにくるものがあります」
うんうんとシオンは感慨深く頷いた。そうしている間にも音は近づいてきている。
「それで、どうするんですか?」
「もちろん、やるわよ。狗神の敵討ちよ!」
拳をぐっと握りしめ、ティナは言った。狗神、草葉の陰から見守っていて……と思う。
「やられたんですか……?」
背後からそんな呟きが聞こえてきたが、聞き流しておいた。
作戦といえるほどのものを考える時間はなかったが、相手はひとり、自分たちは五人。数の上では勝っているので最悪、人海戦術というものが使える
自分は運動に関する技能は高いとは言えないので、やはり同じくあまり運動能力は高くはないというセレスティとともに後方援護というかたちで少し離れた場所に立った。シオン、みなも、鎮の三人が前方でとりあえずの捕獲(?)を試みる。それが失敗したときが、自分の出番となるわけだが……何ができるだろう?
「……」
小首を傾げ、考えつつ、とりあえず、それは出番が来たときに考えることにした。シャキンシャキンというあの音が聞こえてきたからだ。
音がさらに近くなり、通りにハサミ男が姿を現した。こちらに気がつくと、終始動かしていたハサミの動きを一瞬、止める。そして、シャキンシャキンとハサミを動かしながら、すさまじい勢いで走りこんできた。
「……あれ?」
走りこんできたハサミ男を見つめ、ティナは違和感をおぼえた。最初に見たハサミ男はもっと背が高かったような気がする。それに、服装もなんだか違うような気がする。
「どうしました?」
「よくよく見てみるとあのハサミ男、最初に会った奴と違うような……っていうか、あの服装……」
狗神のものだったような気がするのは、はたして気のせいなのか。
「そういえば、そうですね。……あの背格好、なんとなく見覚えがありますね……」
もしかしたら、あれは。あのハサミ男は……と思っている間に、ハサミ男は三人の手によって撃沈されていた。
「ああ、とどめはちょっと待ってください!」
ティナが止めるよりも早く、セレスティが声をあげた。今にもとどめをさされそうな状態にある地面に倒れているハサミ男とそれを囲んでいる三人へと近づく。
「なんで? また起きあがってきちゃうよ?」
「その麻袋をとってみてください」
鎮はなんでという顔をしたあと、恐る恐るといった感じに手をのばし、麻袋を取り去る。
「え?!」
あらわとなった顔は、思ったとおり狗神のものだった。
「狗神さん……そういう趣味が……」
様子を見守っていると、狗神は小さく呻き、やがて瞼をあけた。身体を起こしたあとこめかみに手をやり、軽く横に首を振る。
「あれ、みなさんおそろいでどうしたんですか……?」
寝ぼけたような、なんともはっきりしない表情で狗神は言う。
「どうしたんですか、じゃないわよ。なんであなたがハサミ男になってんの?」
「え? ハサミ……?」
「そうです、このハサミですよ」
シオンは近くに転がっていたハサミを拾いあげる。そして、ジャキジャキと軽く動かした。
「ハサミ……ああ! そうだ、思い出した……ハサミ男に追われて、どうにか倒したんだ……それで、落ちていたハサミを拾って……そうだ、ハサミだ、ハサミを手にしちゃいけないんだ!」
シャキンシャキン。狗神の最後の言葉にハサミの音が重なる。ふと顔を向ければ、ハサミを手に少しばかり怖い顔をしている(いっちゃっているとも言う)シオンがいた。
「そういうことは最初に言いなさいよ、もう……」
護符と同じ魔法陣に触れることで、夢から戻ることができると聞き、それぞれに別れを告げ、夢の世界をあとにする。
もちろん、あとにするまえに、コンビニへと戻り箱を開けまくったことは言うまでもない。何種類もの食玩を開けまくり、フルコンプ、うはうは状態を味わってから目を醒ました。
そこは、自分の部屋。
ふと棚を見れば、コンプリートまであと少しの都市伝説のフィギュアが並んでいる。
「あれ、さっきコンプしたのに……あー、そっか……」
コンプリートしたのは、夢のなか。あくまで夢であって、現実ではない。
「……まあ、いいか」
なんだか複雑な気分だけど……ティナは小さく息をつき、もう一度、眠りについた。
次の日。
東海堂と狗神に文句を言うぞと某派遣会社を訪ねてみる。
「あ、いらっしゃい、ティナさん」
出迎えたのは東海堂だった。狗神の姿は見えない。
「あれ、狗神は?」
「ああ、それが、打撲らしくて……入院だって」
「打撲? また、どうして? 事故った? まだ、呪ってないんだけど?」
まだ、呪いの詰め合わせは送りつけていない。入院するにはまだ早いような気がした。
「え? ……ああ、目が醒めたら全身が痛くて動けなかったんだって。病院に行ったら、全身打撲というか、すさまじい力で締め付けられたか身体を打ちつけたかとかで、とりあえず検査もかねて入院することになったとか。今日は顔を出せないってさっき連絡があったところ」
どういう寝方をしているんだろうねと東海堂は言った。
が。
それというのは……。
「どうしたの?」
「それ相応の報いは受けたということかな? あ、そうそう、人形とビデオ、どっちがいい?」
ティナはにこりと微笑みかけながらそう言った。
−完−
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1883/セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)/男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13歳/中学生】
【2320/鈴森・鎮(すずもり・しず)/男/497歳/鎌鼬参番手】
【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男/42歳/びんぼーにん(食住) +α】
【3358/ティナ・リー(てぃな・りー)/女/118歳/コンビニ店員(アルバイト)】
(以上、受注順)
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■ ライター通信 ■
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依頼を受けてくださってありがとうございます。
納品が大幅に遅れてしまい、申し訳ありません。
相関図、プレイング内容、キャラクターデータに沿うように、皆様のイメージを壊さないよう気をつけたつもりですが、どうなのか……曲解していたら、すみません。口調ちがうよ、こういうとき、こう行動するよ等がありましたら、遠慮なく仰ってください。次回、努力いたします。楽しんでいただけたら……是幸いです。苦情は真摯に、感想は喜んで受け止めますので、よろしくお願いします。
こんにちは、ティナさま。
おひとりだけ、本当に大幅に遅れてしまって申し訳ありません。いいわけさせていただきますと、マシントラブルで……。新しいマシン、買いたいと思っております。
願わくば、この事件が思い出の1ページとなりますように。
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