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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


緋色の指輪
 
 朝、蓮が店を開けると戸口の前にひとりの青年が倒れていた。「おやまあ」と声をあげたのは思いもかけず店の前にひとがいたからであって、青年の出血に驚いたからではない。
「あんた生きてるかい?」
 聞くと相手はこくりとうなずいた。救急車は? という問いには首を横に振って返事。意識はあるようだった。
「中に入りな。あたしに用があるんだろ?」
 店内に促して仕方なしに応急手当をしながら事情を尋ねると、力なくうなだれたまま青年は言った。
「……彼女にやられたんです。彼女といっても従妹で、でも従妹でも結婚は出来るわけだからそのつもりで付き合ってたんです。けど先週、誕生日に指輪をプレゼントしてから豹変してしまって……」
「相手はそんな気なかったんじゃないかねぇ。貰うものもらって厄介払いされたんじゃないんかい?」
「あいつとは生まれてからの付き合いだから性格もよく知ってます。そんなこと出来る性格じゃないです」
「ま、単純に考えれば指輪に原因がありそうだけど……この手のトラブルは草間興信所あたりに相談すれば解決してくれるだろうさ」
「草間さんからここ紹介されました」
 あの野郎。
「しょうがない。力になってくれそうなのに応援頼んでやるよ」
 蓮が治療を続けていると店内に黒髪の女性が入ってきた。「こんにちは」と言いかけた女性は青年に怪我をしている気がつき、「あら」と先ほどの蓮のような声をあげた。桐生まこと(きりゅう・まこと)である。
「何かあったんですか?」
「まあね」
 かくかくしかじかと蓮が説明をはじめたそのときまた来店客が現れた。ラフな格好をした長身の少年、梅成功(めい・ちぇんごん)が店内を物色しようとすると、
「ちょうどよかった。あんたも手伝ってくれよ」
 蓮が手招きした。
「あんたって俺?」
「ほかに誰がいるんだい」
 言ってから蓮は説明を続けた。青年が贈った指輪がサファイアだということ、彼の従妹が小柄な少女で名前が湯浅朋美だということも付け加える。
「サファイアって守護の力があるんでしたよね? 聖者のお護りで、同時に悪魔の持ち物でもあると聞いたことがありますけど」
「ああ、そんなふうに言われてるらしいね」
「ふうん。で、その聖者のお護りをつけた彼女がどんなふうに変わったわけ? あ、元々の性格もお願い」
 成功に訊ねられてそれまで黙ってうつむいていた青年が顔をあげた。疲れた表情で一度ため息をつく。
「……おとなして優しい子でした。俺にはもったいないくらいで。けど指輪を買って以来、凶暴になったというか目付きも悪くなって」
「その指輪を外してあげれば問題は解決、かな。なら私でなんとか出来るかと思います。朋美さんは今どこにいるんですか?」
 先走りそうなまことを「待て待て待て」と慌てて成功が止める。
「もうちょっと指輪の情報を集めなきゃ。下準備なしに飛びこんだら危険だぜ」
 
 
 婚約者で従妹へのプレゼントだったら変なところから購入していないだろうと思って青年から聞きだしたのは新宿にある、成功も名前だけは知っている店だった。機械関係には強いがこの手の店には縁がないので入ったことはないが。
 成功とまことのふたりが入店すると、すぐに若い女性店員が声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。今日はなにかお買い物ですか?」
「いえ。ちょっと聞きたいことがありまして」
 とまことが『アンティークショップ・レン』を出る際にデジカメで撮った青年の写真を差しだし、
「以前この方がこちらを訪ねてきたと思うのですが憶えていらっしゃいませんか?」
「ええ、憶えてますよ。かわいい女の子とご一緒でしたから」
「そいつが買った指輪について聞きたいんだけど」
 言うと店員の表情が曇った。なにか良くないことがあったのではないかと第六感が囁いたのか声をひそめて、
「……ちょっと奥へ行きましょうか」
 店内の奥にあるテーブルを指した。「あたし、お茶淹れてきますね」と告げ店員は一度スタッフルームへ向かい、残されたふたりは言われた奥の席のソファに腰掛けた。しばらくして戻ってきた店員は表情を翳らせたまま三人分の紅茶をテーブルに置き、小声で、
「……それでお話というのは?」
「ええっとですね」
 言葉を選びながら話そうとするまことがまどろっこしくて成功は割りこんで言う。
「単刀直入に聞くけど、指輪をはめて性格が変わったりするもんなの?」
 途端、店員の表情が崩れた。
「変わりますよ。もちろん」
 なんだそんなことが聞きたかったのかとでも言いたそうに店員はくすくすと笑っている。あっさり肯定されて成功は面食らってしまった。
「お化粧もそうですけど、ひとから綺麗にみられたい、綺麗な自分を演出したい、という気持ちで身につけるものでしょう? 指輪やアクセサリーは洋服のコーディネイトやそのときの気分でつけるものは違ってくるだろうけど、自分を綺麗に変身させるためのアイテムですもの、当然内面だって変わってきますよ」
 特に鉱石は昔からお護りに使われてきますし不思議なパワーがあると信じられていたりもしましたからね、と店員は付け加えた。それに関しては成功も同意する。
「あの、そういうことじゃなくて……」
 言いかけたまことを手で制し、
「石の仕入れ先とかも教えてくれる?」
「ちょっと待っててくださいね」
 よかったぁ商品が贋物だったとかそういう話かと思っちゃった、などと言いながら店員は席を立った。
 
 
「無駄足になっちゃいましたね」
 店をでてからまことが言う。婚約者で従妹に贈った指輪ということで赤毛の少年のことを思いだし、恋人というわけではないけれど彼から指輪を贈られるのを想像してしまい、なんだか気恥ずかしくなってしまった。
「ま、こんなもんだって。次行ってみよ」
 向かったのは銀座。「情報収集するならここ行ってみな」と蓮に教わった古物商だ。
 地下鉄を乗り継いでついたのは、有名店が建ち並ぶ通りにあるこぢんまりとした店。中に入ると初老の店主らしき男が出迎えてくれた。店内には指輪のほかロレックスやらカルティエ以外にも見事な細工が施されたアンティークがずらりと並んでいる。
 すごいなぁ。つい見惚れてしまったまことの横で成功が店主と話を進めていた。
「……つーわけなんだけど、その手の話って知らない?」
「サファイアの指輪ねぇ」
 指輪にまつわる話ってのは何かと多いからねぇ、と眉間に皺を寄せている。指輪物語、ソロモンの指輪、ニーベルンゲンの指輪と名前をあげて店主は続けた。
「逸話はともかく、もしも本当に指輪に原因があるのなら早く外したほうがいいな。指輪というのは、見て分かるように円の形をしているだろう? 円は循環する形、永遠を象徴するものと考えられるからね」
「サファイアについては?」
「逸話というか、サファイアはサンスクリット語で『サターンの石』という意味だという説があるね。ギリシア語では『青色』という意味なんだが、青は空の色ということで『永遠』を意味しているとも言われてるよ。空の色はサファイアが映しだした色だという話もあるけどね」
「……さっきから聞いていると、あんまし悠長なことしてられないように思えるんですけど」
 まことは言った。永遠を象徴する指輪に青。幸運なことならまだしも不幸が永遠に続くのならあまりにも不憫だと思う。早く朋美さんのところに行って指輪を外さないと。
 しかし成功は屈託なく笑って、
「もうちょい待ってくんない?」
 
 
 店の裏手を借りて成功が念じると大きな鏡が現れた。映しだされたのはソファベッドで眠っている小柄な少女。右手の薬指にはサファイアの指輪。湯浅朋美だ。
 我ながら地味な能力だよなあ、と内心で成功は苦笑いする。鏡を作りだすのが成功の能力で、その鏡で遠視や幻視や相手の思考を読み取ることができる。
 もう一枚、鏡を作りだした。今度は指輪にどのような力が付加されているのか探るためで──。
「何ですか、これ?」
 言ったのはまことだった。
「俺に聞かれても分かんないよ」
 映しだされたものをみて成功は首を振る。それは紅い霧だった。血の色に似た紅。この霧が指輪の正体とでも言うのだろうか。悪霊の類だったら俺の鏡の力で封印すればいいんだけど、血の色の霧なんて都市伝説なんて聞いたこともあるけれどそれがこれとも限らないし──。
「やめた」
「え?」
「いろいろ考えるのはやめた。俺の性分じゃないよ。兄貴なら得意なんだろうけどさ。彼女んとこ行こうよ」
 脊髄反射で行動する方が俺っぽくていいや。なんとなく成功はそんなことを思った。
 
 
 JRとバスを乗り継いで青年の暮らしているマンションに辿り着いた。鍵は預かっているので、そのまま中に入る。靴脱ぎのすぐ隣にリビングがあり、そこにあるソファベッドでひとりの少女が眠っていた。鏡でみた通りだった。
 すやすやと寝息をたてて眠っている朋美の顔は無邪気そのもので、とても青年を傷つけたようには思えない。眠っているのならこのまま指輪を外せばいいやと成功が近づくと。
 ──朋美が目を開けた。
 瞬間、成功は腹を蹴られた。予想外の衝撃でその場にうずくまる。第二陣。それはさすがに避け、背後にいるまことのところまで戻る。
「大丈夫ですか?」
「なんとか」
 朋美の目は不自然に赤くなっていた。敵意剥きだしでこちらを睨んでいる。さきほど衝撃で腹の内も痛む。頭ひとつほど背が低い少女とは思えない力だった。
「凶器とか持たれたらマズいかも」
「……持ってるますよ、もう」
 いつのまにか朋美の手にはバタフライナイフが握られていた。あの馬鹿力で刺されたら痛いどころではすみそうにないな。胸の内で成功は毒づいた。
「上手くいってよ」
 祈りながら鏡を作りだす。朋美が金魚を嫌っていることは聞いていた。それに自分が化ける幻覚を視せてやれば、あるいは。
 ぐるるるるる。獣のような声をあげて突進してくる。ナイフを振りかざす。あまりに大振りすぎて掠りもせず簡単に避けられたが(当たってやるつもりもないが)、鏡がまったく効果がないことに成功は軽く舌打ちした。
「なにかに憑かれてるっぽいからかなあ」
「……成功さん」
「ん?」
「少しだけ時間稼いでくれますか?」
「何かいい手があるの?」
「はい。……というか、私にも少し活躍させてください」
 
 
 活躍させてくださいとは言ったものの、まことに出来ることは限られていた。
 目の前では成功が朋美の注意を引きつけてくれている。深呼吸をしてから目を瞑り精神を集中させる。朋美の指輪をイメージする。念じる。
 目を開ける。まことの髪は蒼く染まっていた。瞳は桜色。網膜には成功と朋美が映っているが意識は指輪に。変われ。心の声で願う。朋美さんの指輪よ変われ。
 ことり。音がした。指輪の形が変わり朋美の指をすりぬけて床に落ちたのだ。
 同時に朋美の身体も、全身から力が抜けたようでその場に倒れこんだ。
「良かった、成功して」
 安堵の息をついた。精神エネルギーを転移し物質の硬度を自在に操るのがまことの能力で、蓮から話を聞いたときからその能力で指輪を外せるんじゃないかと考えていた。対象が動き回っているので失敗するかとも思ったが、とにかく成功して良かった。
「うん。でも成功って俺の名前なんだけどね」
 悪戯っぽく成功は笑った。
 

 
「これ少ないけどバイト料ね」
 回収した指輪を蓮に手渡すと思いがけず礼金を貰ってしまった。礼金を貰ってしまった。何に使おうかなとまことが思案している横で、「よっしゃ、これで欲しかったボディボード買うぞっ」とひとり騒いでいる。
 指輪は蓮が買い取ることになった。その金で、今度はまともな指輪を朋美に贈りなという蓮の計らいだった。引き取った指輪を蓮がどう扱うのかまことは聞いていない。あの紅い霧がなんだったのかも結局分からないで終わってしまった。
「マリンスポーツって興味ない? 暇だったらさ、俺と一緒にボード見に行こうぜ」
「うん。それもいいかな」
 成功さんを見習って難しく考えるのはやめようかな、とちらりと思った。
 ふたりが『アンティークショップ・レン』をでると店の前に一組の男女がいた。雰囲気は違うものの顔がどこか似ている。
「げっ姉貴。それに兄貴も」
「姉弟?」
「そ。三つ子の……ゴメン、ボードはまた今度」
 後ずさりした成功が耳打ちした。何かいいことがあった感じね、貸した金返して貰おうか、あれは今度小遣い貰ったとき返すって約束だろ、といった三人のやりとりが先程の緊迫した光景とギャップがありすぎて、ついクスクスと笑ってしまった。幸せの情景ね、と思う。そんなまことの思いとは裏腹に、
「俺って不幸!」
 成功は絶叫した。
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 
【3854 / 桐生まこと / 女性 / 17 / 学生(副業 掃除屋)】
【3507 / 梅成功 / 男性 / 15 / お馬鹿な中学生】
 
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■         ライター通信          ■
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はじめまして、こんばんわ。ライターのひじりあやです。
お届けするのが大変遅くなってしまって申し訳ありません。生来遅筆のせいか「お届けするのが大変遅くなってしまって」というのが枕詞になりそうでどうにかしたいのですが、本当に遅れてしまってごめんなさい。
 
さて、今回の『緋色の指輪』ですが、実は参加してくださったのが四人ほどいて(ほかの二名は雨柳凪砂さんと坂原和真さんという方です)、ちょうど二名ずつプレイングが似たような形になりましたので、二組に分けて書かせていただきました。内容自体はそれほど違わないのですが、機会があったら読み比べていただけると幸いです。「紅い霧」に関しても、そちらで少し触れています。
 
成功さんのことは楽しく書かせていただきました。鏡の能力も、ほかにも色々ありそうで、機会があればまた成功さんを書かせていただけると嬉しいです。
それでは、またいつかどこかでお会いしましょう。