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仁義なき大会? 〜魚獲ったるけぇのぉ〜
●昼下がりのプールにて
9月16日――神聖都学園の学園祭4日目。5日間に渡って行われるこの学園祭、日によってメインテーマが設定されており、4日目の今日は『格闘祭』ということになっていた。
すなわち今日の出し物は、自然と格闘絡みの物が多めになっている訳である。例えば生身の肉体同士がぶつかり合うとか、ロボットバトルだとかといった物だ。
しかし多めだというだけで、格闘絡みでない出し物が皆無ということはない。例えば食べ物や飲み物を扱っている所は、格闘とは無縁であるはずだ。……そこ、『格闘喫茶はないの?』とか言わないよーに。あくまで一般論を言っているだけだ、こっちは。
さて、今日の混雑具合を見てみると、道場や校庭には午前中から人が結構集まっているように見受けられた。特に校庭は、午後に入ってからさらに人が流れているらしく、他の場所で混雑対応にあたっていた生徒たちが何人かそちらへ回されたとか何とか。
また、その他の出し物もそれなりの賑わいを見せており、全体的に見ても盛況であると言えた。
で、その他の中にあって、午後に入ってから集客力がぐんと上がっている出し物が1つあった。場所はプール、主催するは水泳部の協力を受けた神聖都学園通り商店街。
気になる出し物の内容はというと――『水棲生物掴み獲り大会』という物だった。これは膝の辺りまで水を張ったプールへ魚をはじめとする様々な水棲生物を放し、客に存分につかみ獲ってもらおうという趣旨の出し物である。
今回プールに張られた水は海水で、当然ながら中に居るのも海の生き物ということになる。着の身着のまま入ってもいいが、濡れるのが嫌ならばちゃんとスクール水着の貸出も行われているので、それを借りればいいだろう。
食べられる物であれば、料理部の出張員に調理してもらい食べてしまうことも出来る。別に持って帰って飼うもよし。あるいはまた逃がしてやっても構わない。自由である。
と、こんな感じなので、午前中でも客を多く集めていたのだが、口コミでさらに評判が広がったらしく、正午を境にどっと客がやっていたのである。おかげで、水棲生物の補給も当初の予定より2度多く行われたという。
プールに目を向けてみると、すでに多くの生徒や客たちが入っていた。密度はといえば、ピーク時の市民プールより2割か3割ほどましという感じだろうか。
熱気は高い。というか、明らかに目の色が変わっている者が何人も見受けられる。もっとも、ほとんどの者はごく普通に海の生き物と触れ合うことを楽しんでいる訳だが。
では、中ではどんな光景が繰り広げられているのか、見てみることにしよう――。
●目論み違い
「……海の水……なのね……」
眼鏡をかけたスクール水着姿の女子生徒が、混雑するプールの中でするするっと人の間を擦り抜けながら、ぽつりとつぶやいた。
女子生徒――巳主神冴那は2つに分けて結んだ普段であれば足元まである長い三つ編みを、頭の上でさらに結んで邪魔にならぬようにしていた。
よく見れば、スクール水着の左半分が水に濡れて色が微妙に変わってしまっている。眼鏡も左のレンズに水滴がついている。
普通にプールへ入っていて、こんな状態はまずありえない。恐らくは足を滑らせたかして転んでしまったかと思われる。半分だけなのは、とっさに手が出て身体を支えることになったからだろう。
なので、冴那からは微妙に不機嫌なオーラが出ていたりする訳だが……表情に出ないためか、つかみ獲りに夢中になっている者たちのほとんどは気付いていない様子。時折気付いた者が、びくっとして冴那の方へ振り向くくらいである。
「蛙が居ないわ……」
きょろきょろと、辺りを見回す冴那。人混みに紛れやや見えにくいのだが、やはり蛙は居ない模様。
それでも諦め切れず探していると、冴那は足の裏にぬるっとした感触を覚え――つるっと足を滑らせた。藻なのか海草なのか、それを踏んづけてしまったのだ。
「……あ……」
そのまま背中から水へ落ちる……と思われたその時、冴那の身体を下からさっと支えた者が居た。
「ひゅーっ……間に合った」
軽い口笛とともに、そんなつぶやきが冴那の耳元で聞こえてきた。声からすると男、恐らくは男子生徒だろうか。
「誰……?」
男子生徒に支えてもらいながら、どうにか体勢を立て直す冴那。ここでようやく、相手の顔を見る余裕が生まれた。
そこには金髪の、お気楽そうな雰囲気漂う男子生徒が1人、海パン一丁で立っていた。スクール水着ではない、明らかに市販の自前である。
「俺? 俺は丈峯天嶽、それより大丈夫かい? この中、足元歩き辛いと思うから、気を付けろよ」
男子生徒――丈峯天嶽は笑みを交え、そう冴那に言った。
「どうも……ありがとう……」
「何か目当ての水棲生物でも探してた?」
冴那が礼を言うと、すかさず天嶽が質問を投げかけてきた。頷く冴那。
「そっか。……実は俺もそうなんだ。でもまさに今見付かったよ……」
天嶽はそう言うと、1度冴那より視線を外した。そしてぐっと言葉を溜めてから、再び冴那の方に向き直りそれを一気に解放した。
「君は俺の水せ……あれっ?」
決め台詞を途中で止め、唖然とする天嶽。いつの間にやら冴那の姿がない。天嶽が慌てて辺りを見回す。
「あれ? どこ行ったんだよ? おーい?」
その頃、冴那はすでに人混みに紛れていた。
「そうだわ……藤乃はどこへ行ったのかしら……」
一緒に連れてきていた白い錦蛇の藤乃のことを、ふっと思い出して探しに向かったのである。
●追いかけて
「さざえ〜っ♪」
水中からさざえをつかみ上げた濡れたスクール水着姿の小柄な女子生徒は、満面の笑みを浮かべそのまま高らかと上げた。
「あー……お魚だけじゃないんだ」
そばに浮かべていたバケツに今獲ったさざえを入れながら、その女子生徒――志神みかねはしみじみとつぶやいた。
実はみかね、ここまで黙々と可愛らしい熱帯魚を追いかけてきていた。時には『ごめんなさい!』と言いながら人混みの中を抜けていったり、海草だかに足を取られて悲鳴を上げながら派手に転んだりと……って、全然黙々とではないような気がするのは、激しく気のせいである。
ちなみに熱帯魚といえば、近頃はとある映画の影響でクマノミの人気が高まっているという。ああ、種類の名前は『クマノミ』だ……分かりやすくても、決して『ニ●』とは呼ばないように。
あまり『ニ●』『●モ』と連呼していると、謎の黒服のお兄さんがやってきてちと困ったことになるかもしれないので、この辺で切り上げることにする。閑話休題。
ともあれそういうことを経て、みかねは結局追っていた熱帯魚を見失ってしまった。ところがぱっと足元を見ると、ぽつんと1個のさざえがこんにちはしてるではないか。そこで、先程の言葉に繋がる訳である。
(そうだよね。水棲生物だから、お魚だけじゃないよね)
改めて納得するみかね。こうして実際に目の当たりにすると、やはり理解度が違うものである。
ところでさっきまでみかねが追いかけていた熱帯魚だが、みかねが見失ったことで無事に逃げ切った……訳ではない。今度はまた、別の女子生徒に追いかけられていたのだ。
「…………」
無言で追いかけるのは銀髪で色白、これまたスクール水着姿の女子生徒。背丈は160センチ程度だが、持っている雰囲気からすると最上級生の高3であるだろうか?
女子生徒――ヴィエ・フィエンはとことこと、その熱帯魚を追いかけてゆく。捕まえようという素振りは、今の所は見受けられない。しかし、きゃいきゃいとはしゃぎながら追いかけてるのかと言われれば、さにあらず。むーっとした表情のまま、追いかけているのである。
熱帯魚にじーっと向けている視線も、目付きが悪いせいかどうも睨んでいるように見えてしまう。表情と合わせると、怒りながら追いかけているのではと思えなくもない感じだ。
けれども、これはこれで楽しんでいるのかもしれない。外見だけでは、本人がどう感じながら行動しているのかなんて分からないのだから。
やがて追われ続けていた熱帯魚も、逃げ切れる瞬間がやってきた。理由は簡単、追いかけていたヴィエの興味が、他の物に逸れたからである。
くるっと方向転換するヴィエ。そうしてまたとことこと、新たに興味を抱いた物の方へと歩き始めたのだった。
●プールサイドから
「水に濡れるのはかなわないが……」
プールサイド、靴下を脱いだ素足だけを水の中に入れて座っている制服姿――といっても、短ランにボンタンズボンというどっからどう見ても改造制服であるのだが――の金髪男子生徒が、ぼそっとつぶやいた。
(こうして足だけつけているのは心地いい)
その男子生徒、真名神慶悟はそう思っていた。9月のこの時期はまだ暑い、なかなかにいいアイデアであった。
慶悟はプールサイドに座り、プールの様子を眺めていた。人混みの中、必死に魚を捕まえている者が居るかと思えば、黄色い声を上げながらきゃっきゃと海の生き物との触れ合いを楽しんでいる者も居る。
では、慶悟はただこうして眺めているだけなのだろうか。いや違う、よく見れば慶悟の傍らにはやや大きめのバケツがあるではないか。しかも、何匹か魚が入っている。
「……きたか」
慶悟はそう言うと、バケツを手に取った。やがて、慶悟の足元へすす……っと魚がやってきたかと思うと、ざばっと水中から上がり、そのまま慶悟が手にしていたバケツの中へ自分から入っていってしまったのである。
「ママー! あのお兄ちゃん、手品使ったよー! 勝手にお魚さんが、バケツに入っちゃったんだよー!」
その光景をたまたま目撃した子供が、魚を捕まえるのに忙しい母親へ訴えかける。だが見てもいない母親は、そんな言葉など信じるはずもなく。
「嘘言わないの! 今忙しいんだから! 今晩のおかず持って帰るんだからね!」
「嘘じゃないー! ほんとだよー!!」
そんな会話を聞きながら、慶悟は苦笑していた。
(そうか。確かにこれは、手品に見えないこともない)
もちろん手品なんかではない。使ったのは陰陽の術である。
タネを明かせば、非常に簡単な話だ。慶悟は予め十二神将から3体召喚し、不可視の状態にして獲物を追わせていたのである。
追い込み・捕獲・途中で横から手を出そうとしてきた者の妨害……といった連携プレーをさせ、魚を捕まえさせていたのだ。先程魚が自分からバケツに飛び込んだように見えたのも、実は召喚した神将の1体がバケツへ移動させていただけのことである。
慶悟のすることといえば、神将の目を通じて獲物を定め、適度に指示を与えるのみである。ある意味合理的なのかもしれない。
「この分なら、十分晩飯になりそうな食材は集まりそうだな」
バケツの中を覗き込み、慶悟が言った。それはもう、間違いないことだろう。
さて――別の場所へ目を転じれば、プールの隅っこで制服姿のまま体育座りをして、プールの中へ居る者たちのことをじーっと見ている黒髪がとても長い女子生徒の姿があった。
中に入らずじーっと眺めているというのは、これはこれで1つの楽しみ方。事実、ちらほらプールの周囲で似たような者の姿が見受けられる。先程の慶悟だって、傍から見ればただプールサイドに座っているだけ。当然、その女子生徒の行動に何の不自然さもない。
ただ気になるのは、そばにバケツがあること。だが今は空っぽなので、そのうち中へ入るつもりなのだろうか?
「……ツカミ獲り……獲りホーダイ……」
体育座りをしていた女子生徒――戸隠ソネ子は小声でそうつぶやいたが、それを耳にした者は居なかった……。
●しからば捕まえてみせやしょう
「ほっ!」
気合いに近いかけ声が聞こえた直後、ピシピシッと水面を何かが跳ねる音が聞こえてきた。そして魚が3匹、ぷかぷかと腹を見せて浮かび上がってきた。
「3匹いったぜ!」
嬉々として浮かんできた魚を拾い上げに向かったのは、紫のウルフカットをしたタンクトップに短パン姿の男子生徒。目付きも悪く、まず間違いなく『やんちゃ』してるなと感じさせる。
その男子生徒、征城大悟は指弾を弾くことにより魚を捕まえていた。先程聞こえたピシピシッと水面を何かが跳ねる音は、大悟が弾いた指弾が水を切って跳ねていった音であった。
1匹目、2匹目と魚をバケツに入れてゆく大悟。ところが3匹目に手を伸ばそうとした瞬間――別の男が、さっとそれを横取りして逃げていってしまったのである。
足早に逃げてゆく男を見ながら、舌打ちする大悟。
「……いいさ、くれてやんぜ」
おや、意外な一言。だが次の瞬間、大悟は横取りして逃げていった男の脚を狙って指弾を放ったのである!
(これに耐えられたらなっ!)
「おうっ!!」
指弾は見事命中、ひっくり返る横取り男。手にしていたバケツも宙を飛び、中身は全てプールへぶちまけられた。
「ざまあみろってんだ」
横取り男がひっくり返ったことにより、溜飲を下げた大悟。そして再び、獲物を探して移動を行うのであった。
それと同じ頃、プールの別の場所ではちょっとしたパニックが起こっていた。
「いででででででででででっ!!」
「あだっ、あだだっ! 何だっ!? ざりがにが居んぞ!! 何で海水に居んだよ、こんなのがっ!!」
「きゃっ、何よこれ!! 急にぷかぷか浮いてきた〜っ!!」
「誰だーっ! 乾燥ワカメなんかぶちこんだ馬鹿はーっ!!! ここはスープじゃねえぞーっ!!!」
悲鳴も怒号だけで分かると思うが、誰だか知らないがざりがにや乾燥ワカメを入れた馬鹿者が居るらしい。
ちなみに、主催者側は絶対に入れてないと主張している。血気盛んな客がスタッフに食ってかかってきた時に、必死で説明していたから間違いないと思われる。
では、そんなこと誰がやらかしたのかというと……。
(ふっふっふ、作戦成功。この隙に、高級な魚を見付けて捕まえてやるか)
少し離れた場所でそのパニックの様子を見つめていた金髪縦巻ロール、タンクトップにフレアなミニスカート姿の美少女生徒はそのように思っていた。
そう、やらかした犯人はこの美少女生徒――由比那織である。だがしかし、誰も那織がやったとは思わないことだろう。
理由は簡単、『こんな可愛らしい美少女がそんなことするはずない!』という先入観と思い込みが世の中には存在する訳で……。
「誰かしらね、あんな酷い悪戯するなんて」
見知らぬ客が那織にそう話しかけてきた。それを受けた那織、にっこり微笑み右手こぶしを口元にあててこう答えた。
「本当、信じられなーい。那織、絶対そんなことしません☆」
……いやあ、怖い怖い。
●追いかけて・再び
さてさてやはり同じ頃、ヴィエは白い錦蛇――冴那の連れてきた藤乃だ――を追いかけていた。うねうねと水中から頭を出して動き、さらに人が逃げてゆくのだから、ヴィエからしたらその様子が面白く見えたのであろう。
追いかけるヴィエ。追いかけられていることを知っているかいないのか、先へ進んでゆく藤乃。
やがて、藤乃の前方で激しく水しぶきが上がった。
「きゃあーっ!!」
みかねの悲鳴だ。どうやら滑って盛大に転んでしまったらしい。
「あうぅ……いたた……」
右手を腰に当て、左手をプールの床に置こうとしたみかね。その瞬間、むにっとした手応えがあった。
「あれ?」
みかねがくるっと振り返った。そこでは藤乃が頭を上げて、みかねにこんにちはしている所であった。そう、今みかねが触ったのは藤乃である。
「きゃーーーーーーっ!!」
転んだ時よりも大きな悲鳴を上げ、這うように逃げてゆくみかね。非常に刺激的な光景だったことだろう。
で、藤乃を追いかけていたヴィエはといえば、また別の物に興味が移っていた。たまたま降りてきていた鴨である。
ちょこちょこと移動を繰り返す鴨を追いかけてゆくヴィエ。そのうちにソネ子の近くに上がったので、ヴィエもプールから上がって追いかけてゆく。その時、ソネ子のそばにあったバケツが視界に入った。
バケツの中は、半分近く魚で埋められていた。ちなみにソネ子は、ずっと同じ場所で体育座りをしていただけである。
さて、どうやって魚を獲ったというのだろう?
●トラップ
「君は俺の水棲生物さ……!」
パニックから少しして、天嶽はようやく決め台詞をびしっと最後まで言うことが出来た。その相手とは――。
「やーん☆ 突然そんなこと言われても、那織困っちゃうー☆」
両手を頬に当て、ぶりぶりと困ったように言うのは那織である。そう、天嶽が定めた相手は那織だったのだ。
こんな所に来てまでナンパなのかと思うなかれ。天嶽はあくまで水棲生物を捕まえに来たのだ。天嶽曰く『プールに居るオンナノコたちは全員俺の水棲生物だから!』ということである。……詭弁のような気もするが、本人がそう強く主張しているのだから深く考えないようにしよう。
(よしっ、これはやったぜっ!)
那織の様子に、心の中でぐっとガッツポーズする天嶽。けれども、那織の心の中は違っていた。
(けっ、邪魔してんじゃねーよ。せっかく高級魚がわんさか居るエリア見付けたってのに)
那織、天嶽のことを邪魔に思っていたのである。そりゃそうだ、今からさあ捕まえようという所に天嶽が声をかけてきたのだから。
「けど勿体無いよなー。君みたいな娘が水着着ないなんて」
天嶽がにこやかに話しかけてくる。
「えー、だってぇー。那織のスクール水着見たら、みぃんなメロメロになっちゃってぇー、ストーカー増えちゃうからー♪」
非常に可愛らしく、笑顔とともに言い放つ那織。天嶽は納得した様子で、うんうんと頷いていた。
(違った意味でメロメロになるからだけどよ)
那織の心の声はこう語る。どういう意味かは……ここではあえて語らない。
それからもあれこれと那織に話しかけてくる天嶽。那織もいちいちそれに応じていたが、やがて――。
「やーんっ☆ かわいいー!」
とある方角を指差し、那織が可愛らしい声を上げた。
「え、どれどれ。お、綺麗な熱帯、ぎょっ!!」
次の瞬間、天嶽の身体は水しぶきを上げて水中に沈んでいた。那織のチョップが、首の後ろに見事に決まったのである。
「おやすみなさぁーい♪」
那織はそう言い残すと、高級魚の集まっているエリアへ足早に向かったのだった。
……いやあ、本当に怖い怖い。
●追いかけて・またまた
「あら……藤乃……。ここに居たのね……」
藤乃のことを探していた冴那は、ようやく藤乃の無事な姿を見付けていた。
と、その藤乃、冴那の持っていたバケツに頭を突っ込み、何やら吐き出そうとしていた。
カラン、と乾いた音が聞こえる。冴那が中を覗くと、そこには何故か入れ歯が。
「……海に棲んでいるのね……」
いやいや、違いますから冴那さん。きっと誰かが落としたんでしょう。それを藤乃が飲み込んでいただけで。
だが藤乃が吐き出したのはそれだけではない。また、カランと乾いた音がする。今度は綺麗なビー玉だった。
それからも、硬貨、パチンコ玉、指輪などなど吐き出してゆく藤乃。冴那はそれを見ながら、藤乃のことを窘めていた。
「ダメよ……あまり何でも飲み込んじゃ……」
うむ、正論である。
「……お腹壊すでしょう……?」
あの、論点がちと違います、それ。
そして最後、藤乃が吐き出したのは何とクマノミであった。それを吐き出すと、藤乃は冴那の方へ顔を向けた。
「ひょっとして……捕まえてきてくれたの……? ありがとうね……」
冴那は藤乃の頭を撫でてあげた。
そんなちょっと感動的なシーンがプールの一部で起こっている頃、ブールの外では激しいくしゃみが起こっていた。
その現象が起きているのはプールサイドで、急遽用意された子供用ビニールプールの周囲。あまりにも客が多くなってきたので、ここに金魚などを放して子供向けにしていたのだ。
「くしゅん! はくしゅん!」
「へっくしょいっ!!」
「な……くしゅん!! くしゃみが……くしゅんっ!! 止まっ……はくしゅん!!」
くしゃみをしている者の中には、金魚に触れにきたみかねの姿もあった。何故か急に、くしゃみが出始めて止まらなくなったのである。
そんな中、子供用ビニールプールでは金魚に混じって鴨が悠々と水面に浮かんでいた。それを目線の高さを合わせてじーっと見ているのはヴィエである。
実はヴィエ、この鴨を追いかけてきたのだが、人が多くて邪魔だったので、ぽんと手を叩いて皆にくしゃみの現象を起こさせたのであった。
周囲はいい迷惑だが、ヴィエ本人は楽しんでいるらしい。
「き……くしゅん! 金魚に触り……くしゅん! あうぅ、触らせてください〜……はっくしゅん!!」
くしゃみしながら涙を流すみかね。何だか分からないが、色々なことに巻き込まれた1日のようであった。
●見てました
「……ぼク……ドザえも……ン……?」
ソネ子がぽつりつぶやいた。そばには、プールから引き上げられた天嶽の姿が。身体にはソネ子の長い髪の毛が幾重にも絡まっていた。
そう、ソネ子は髪の毛を伸ばしてプールへ入れることによって魚を捕まえていたのである。何もしていないのに、バケツに魚が増えていたのはこういうからくりであった。
そして本日一番の大物が、天嶽という訳である。
「う……うう……君は俺……水棲生物……」
こんな状態になっても、うわ言のように決め台詞を口にする天嶽。天晴れな男であった。君のことは忘れない――といっても、生きているのだが、まあ。
「さて……。晩飯にはこれで十分だろう」
召喚した神将たちに獲物を捕まえさせていた慶悟も、十分な量の魚を捕まえたらしく、魚で満杯になったバケツを抱えて帰ろうとしていた。
帰る前にプールを見る慶悟。そこでは大悟と那織が、1匹の黒鯛を挟んで対立していた。
「俺の方が早かったろ」
「えー? 那織の手が、先にこのお魚さんに触れたと思いますけどぉー……」
どうやら同時に黒鯛を捕まえにいったらしい。でも傍から見ていると、どうしても大悟の方が悪者に見えてしまう。それが分かったのか、結局最後は大悟の方が潔く引き下がったのだった。
「え……どうしたの、藤乃?」
冴那は何か言いたげだった藤乃の顔を見た。
「あら……そうなの。早かったのは……」
冴那はその先をあえて口にしなかった――。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / クラス 】
【 0376 / 巳主神・冴那(みすがみ・さえな)
/ 女 / 3−B 】
【 0249 / 志神・みかね(しがみ・みかね)
/ 女 / 1−A 】
【 0389 / 真名神・慶悟(まながみ・けいご)
/ 男 / 3−A 】
【 0645 / 戸隠・ソネ子(とがくし・そねこ)
/ 女 / 3−B 】
【 0662 / 征城・大悟(まさき・だいご)
/ 男 / ?−? 】
【 1846 / ヴィエ・フィエン(う゛ぃえ・ふぃえん)
/ 女 / ?−? 】
【 2042 / 丈峯・天嶽(たけみね・てんがく)
/ 男 / ?−? 】
【 3967 / 由比・那織(ゆい・なおり)
/ 男 / ?−? 】
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