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『 グランドファークロックの鐘の音色 』
ほら、ちょっと前におじいさんの時計がどうのこうのって、歌が流行っただろう?
――ああ、あったね。童謡を人気歌手が歌った奴だろう?
そうそう、それ。グランドファザークロック。
――それがどうかした?
この街にもグランドファザークロックがあるんだぜ?
――ああ。うん、だからそれがどうかした?
こんな噂があるのさ。とある学校の理科室にグランドファザークロックがある。だが、その時計は鐘を鳴らさない。なぜならその時計にはひとりの自殺した女性との怨念が宿っているから。
しかしもしもあなたが学校に居る間にその時計の音を聞いてしまったのなら、あなたは急いで、学校から逃げ出さなければならない。
なぜならそのグランドファザークロックの鐘の音はその自殺した女子生徒があなたの所にやってくる予兆なのだから。
――マジかよ、それ?
ああ、大マジだよ。ちなみにそのとある学校ってのは、俺達が通う***高校だよ。
――うげ。俺達のクラス、理科室が掃除区域に割り当てられているのに…。
ご愁傷様。
【Begin Story】
目下うちの双子たちの興味の対象はうちの店がある界隈の地図つくりだ。
しかしこの二人はひとつの事に集中すると、他の事には眼がいかなくなるから、そこら辺が難点だ。まあ、その集中力は大したものだが。
そして十九と二十が彼と出会ったのも、その地図つくりが切欠であった。
「ねえねえ、十九、今の聞いた」
「うん、聞いた。面白そうだね。そんな時計があるなんて」
「本当にそんな時計があるのなら、見に行こうよ」
「………二十。ダメだよ。面白半分でそんな事をしたら。でも…」
「でも、何、十九?」
「その自殺した女子高生がかわいそう」
「うん。そうだよね、十九。だからその女子高生を助けてあげようよ」
「そうだね。それならいいかな」
そう、地図つくりで街を歩いていた双子がその時計にまつわる物語に触れる切欠はそういう事。地図を描く道具を補充に買いに行っていた場所で偶然それを聞いてしまった。
その話に彼らが介入する理由は、ただその自殺した女子高生がかわいそうだったから、と。
そしてうちの双子は出会うのだ、彼に。
+++
そこは私立の高校だった。
夏休み夕暮れ時の高校には職員室前のロータリーの駐車場にぽつんと古めかしい一台の車が停まっているだけで、あとは他には車は停まってはいなかった。
つまりは学校には確かに人がひとりいるという事だ。
それを確認して、双子は…
「ふむ。人はひとり学校にいるんだ」
「誰かな? 先生かな?」
「うん、そうだよ。先生だ。職員室の窓から光が零れている」
「どうする?」
「とりあえず様子を見てみよう、二十」
二人は素早く窓の下に移動して、そしてこっそりと窓の下から頭だけを出した。
二人の瞳がぱちぱちと瞬く。
職員室には明かりが点いていたが、でも誰も居なかった。
「入っちゃおうよ、十九。誰も居ないんだから大丈夫だよ。二人で気配を探りながら行けば大丈夫だよ♪」
「二十…」
「でも…まあ、確かにそれには一理あるかな。虎穴にいらずんば虎子を得ず。入ってしまおう。今ここで入ってしまわないと、後々苦労するかな?」
そのようなやり取りを経て双子は窓から職員室に入った。
「ええっと、グランドファザークロックがあるのって、どこだっけ、十九?」
「理科室だよ、二十」
「理科室、理科室、理科室。理科室はどこだろう?」
「こっち、こっち。こっちに学校内の地図があるよ」
「本当だ」
二人で職員室の壁にかけられている校内地図を覗き込んだ。
双子たちが居るのが職員室。
職員室は西館校舎一階にある。
そして理科室は東館校舎4階左隅。
「ええっと、どうしようか?」
「ここから東館校舎に行くには、二つの扉をどうにかしないと」
「こちら側の扉は内側から開けられるけど、あちら側の扉は外からじゃ開けられないよね」
「そうだね、二十」
「あ、式神に扉を開けてもらう?」
「ちょっと待って、二十。理科室の明かりが点いている」
「ええ?」
双子は二人して職員室前の廊下の窓に張り付いて眼をこらした。
二十はじぃーっと明かりがついている教室の窓を見ていたかと想うと、職員室に戻ってまた校内地図を覗き込んで、それで十九に報告する。
「理科室だよ、やっぱり」
「うん」
二人は顔を見合わせて、そして頷きあった。
胸には何故だかわからない焦燥があった。
夕暮れ時の薄暗い廊下を双子は走り出す。
西館校舎一階の左隅、渡り廊下へと続く扉の鍵が開いていた。
そのまま渡り廊下を走って、東館校舎一階の扉を開ける。
そして一気に階段を上って、理科室の前に辿り着いた時…
そのグランドファザークロックの鐘の音は聞こえた。
+++
「わぁー、十九、女子高生が来るよ」
「二十、しぃ。その女子高生を助けに来たんだろう」
理科室の中から聞こえてくるグランドファザークロックの鐘の音に、空気が孕む緊張がどんどん濃密になっていく。
開けられた扉から見える教室の中には誰も居らず、ただ教室の隅に置かれたグランドファザークロックが………
そして………
双子は自分達の背後にあった気配に気付いた…。
+++
「わはははははは。それはただの噂だよ、噂」
その男の教師は腿をぴしゃぴしゃと叩いて大声で笑った。
そして彼はお茶を啜りつつ十九と二十にもお茶を勧める。
「でも確かに聞いたよ。あのグランドファザークロックの鐘が鳴ったら、自殺した女子高生がやってくるって。ね、十九」
「ええ、確かにここの生徒さんがそう言ってました」
「ああ、そういう噂があるのは知っているよ。でもそれはただの噂だ」
「噂…」
「…噂ですか?」
「そう、噂。噂というのは、こうなれば面白いのにな、とかそういうモノが込められたモノが広まる。なるほど、確かにうちの生徒どもはそういう怪奇心霊ものの話は好みそうだ。でもそれはあくまでそうなればいいという想いで作られたもので、そうなる訳じゃない。そして……」
教師はじっと双子を穏やかだが、どこか厳しいものを含んだ眼差しで見つめる。
「そして自殺した女子高生を救ってあげたいと想うその優しい気持ちは充分に素晴らしいものだが、危険を顧みないのはいけない。君達はまだ子どもなんだ。子どもは庇護されて当然。それに反発しようが、自分で何でもやろうと想う気持ちは大切だが、でも分をわきまえねばならない。いいね?」
双子はこくりと頷いた。
「ところで先生はどうして理科室で、時計を触っていたの?」
「こら、二十」
そんな双子達に老人はにこりと笑った。
「あれは今から43年前。私がまだ教師ではなく、この学校の生徒であった頃だった。この学校にはひとりの女子生徒が居てね、彼女は美しく勉強もでき、スポーツも万能で、明るくって優しい人気者であった。だけどどうしたわけかその彼女がある日突然遺書も残さずにこの学校の屋上から飛び降りた。自殺だ。誰もその理由がわからずに、残された者達は怒っていいのか泣いていいのかわからず、ただただ胸にぽっかりと空いた空洞をどうすることもできずに、それからの時間を過ごした」
「それはあの噂の女子生徒?」
「こら、二十」
「そうだよ。彼女はあの時計が大好きで、とてもあのグランドファザークロックを愛していた。だけど、彼女が自殺したのと同時に時計はその音色を止めてしまったんだ」
「ふ〜ん。だけどそれで、どうして、先生が時計を修理しようとしたの?」
「…二十」
二十はどうやらこの教師の話に興味深々のようだ。
十九はそんな二十に溜息を吐きながらも、視線を教師に向けて、教師は苦笑いを浮かべながらも、彼らに頷いた。
「時計を治せば、そうしたら彼女が私の前に現れてくれると想ったから。だから…」
「だから時計を治そうとした? でも時計は…」
「ああ、まだ治せていないね」
「あ、そうだ、うちの保護者に頼めば。うちの保護者は、時計の修理は得意だから。ね、十九」
「うん、そうだけど…」
ちらりと十九は教師を見る。
教師は十九に微笑み、そして二十にも微笑んだ。
「それは確かにそれが一番いいかもしれないけど、でもあの時計は私が治さなければ意味が無いのだよ。でもありがとう、二十君。そして十九君」
二人はこくりと頷き、
そして二十が、
「じゃあ、保護者に時計の治し方を聞いてきて、それで先生に教えてあげる」
「そうですね。保護者によく聞いてきて、それを伝えます。お手伝いさせてください」
二十に頷きながら十九もそう言う。
「ありがとう」
教師はにこりと微笑んだ。
+++
それからずっと双子達は忙しそうだった。
俺の仕事を手伝いながら彼らはグランドファザークロックの修理方を学び、
地図を作成し、
それらの傍らで学校に行っては、教師のグランドファザークロックの修理を手伝っていた。
+++
床の上に置いた大きな紙。
それに地図を描きながら、
その作業の途中で、
二人はぐっすりと寝ていたのだけど、
だけどその二人の耳に鐘の音が聞こえた。
それはとても澄んだグランドファザークロックの鐘の音。
それぞれの夢を見ていたはずの十九と二十は今は、ひとつの夢を見ていた。
それはひとりの美しい少女が屋上のフェンスを乗り越えて………
彼を助けて――――――
がばっと双子は同時に起き上がると共に、全速力で走り出した。
向う先はもちろん、学校だった。
+++
「先生!」
二十は教師を抱き起こした。
時刻は00時00分となり、グランドファザークロックが鐘を鳴らす。
時計は治ったのだ。
教師は心臓を押さえながらもその脂汗にぐっしょりと濡れて顔色の悪い顔に笑みのような表情を浮かべた。
そして何かを言っている。それはどうやら女性の名前のようだ。
「二十は先生を病院に連れて行って」
「うん」
二十は十九に、十九も行かないの? とは訊かなかった。何故なら二人は同じ夢を見たからだ。だったら、残った方がするべき事はわかっていた。
そして二十は教師を担ぎ上げて、走り出した。救急車を呼んで病院に運ぶよりも彼が運んだ方が早い。病院はこの学校の目と鼻の先だった。
+++
残った十九は屋上に来た。
軽々とフェンスを乗り越えて、そこにある光景を眼に映した。
【ラスト】
「懐かしいな」
教師はぽつりと病室の白い天井を見上げながら、言った。
「何が?」
二十は小首を傾げる。
十九はベッドの足の方にあるハンドルを回して、ベッドの枕の方を少し上げる。
「ここの病室に前も入っていた。あれはそう、私が高校生の時に。そして彼女が私がここに入院している時に自殺してしまった」
だけど十九も二十も彼に首を横に振った。
「自殺じゃないよ」
「彼女は自殺じゃないよ」
「ど、どうして……」
どうしてこの双子はそう言いきれるのだろうか?
彼女は自殺………
その当時の警察がそうしたのは、そこには殺人の形跡が無かったからだし、彼女が誰かとトラぶっていた様子も無かったからだ。だから思春期の少年少女によく見られる発作的な自殺だと。
だけど彼にはそう答えを導き出す理由があった。
そう、彼と彼女は密かに交際していた。
しかし彼と彼女はあの日に喧嘩して、
そしてその喧嘩中に彼は発作を起こし、
彼女はそれを自分のせいだと想って。
彼は心臓が弱かった。こんなのはしょっちゅうあることなのに、なのに彼女は…。
「私はその日から、最後に見た彼女の顔しか思い浮かべられなくなってしまった。心臓の発作に苦しみながらも、彼女に大丈夫だよと笑いかけようとしながら、見た、あの彼女のとても哀しそうで、自分を酷く責める顔しか…。彼女が自殺をしたと聞いた日から私には彼女のその顔しか思い浮かばず、そして、私は彼女の写真も見れなくなった」
訥々と語られた彼の独白にしかし十九と二十は首を横に振った。
「違うんだ。あれは自殺じゃない」
「事故なんだ」
その双子の言葉が彼の眼を見開かせる。
「それは一体?」
そして双子は彼を車椅子に乗せて違う病室に連れて行って、その病室からはあの屋上が見えて、それで彼はその瞬間に理解した。
涙を流し、
声を押し殺して、
泣き出した。
そう、実は彼が彼女が自殺した日に居たと想っていた病室は違うのだ。
その日は彼はここに居た。
そして彼女は、彼の病室に見舞いに行く事ができず、
だから少しでも彼の姿が見たくって、
眠っている彼が居たこの部屋を視界に映そうとして、
だけど彼女がフェンスを乗り越えて、身を伸ばした時に下からの突風が吹いて、
彼女は転落してしまった。
…………。
「グランドファザークロックは小さな歯車がずれていただけであった。たったそれだけで、あの時計は壊れていた。あの時計は…」
「ねえ、先生。先生は今はお姉ちゃんの笑った顔を見れている?」
「見れていたら、それはとても喜びます。夢に出てきた彼女はとても必死に先生を助けてと、泣き叫んでいたから。彼女は先生をずっと見守っていたから」
そう言った十九と二十を彼は抱きしめた。
「ああ、見えているよ。彼女はあの頃の綺麗なままとても嬉しそうに笑っているよ」
― fin ―
++ライターより++
こんにちは、秦・十九さま。
こんにちは、風見・二十さま。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
今回は時計の物語で、他はお任せと言う事ででしたのでこのようなお話を書かせていただいたのですが、どうでしたか?
気に入ってもらえると嬉しいのですが。^^
お話の雰囲気優先で、説明文章を書き込むのを避けたのですが、えっとですねー、自殺した女子高生の幽霊は教師にずっと憑いていて見守っていました。
彼は教師となって、この学校に来て、ずっと理科室には近寄らなかったのですが、ですが自分がこの学校を去る時が近づき、尚且つ急に冒頭の噂が校内に流れたので、それでグランドファザークロックを修理し出したんです。
この噂がどのような意図で、そして誰が流したかは、ご想像のままに。^^
そして彼女は十九さんと二十さんに夢の中でその当時の事を、事の真相を夢で見せたと。
それがこのお話なのです。^^
十九さんと二十さんはいつか書いてみたいと想っていたPCさまなので、書かせてもらえて嬉しかったです。
十九さんがしっかりとしすぎていたり、二十さんが子どもぽかったり、お二人のあの独特のとても不思議でミステリアスな雰囲気を書ききれなかった自分の筆力の無さが大いに悔やまれます。(−−;
ですからまた書かせていただけれる機会があれば大変嬉しいです。その時こそは。^^
それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当にありがとうございました。
失礼します。
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