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屍屋〜sikabane―ya〜
その人物が現れた途端、草間興信所に強い腐臭が漂った。
慌てた零が窓を開けても、腐臭は出て行くこと無く留まっている。
「御依頼ですね」
腐臭に怪異の気配を感じつつ、草間はその人物と向かい合っていた。
「初め……まして……私……こういう……もの……で……御座い……ます」
掠れて途切れがちな聞き取り難い声で、その人物は草間に名刺を差し出す。
魂・反魂取り扱い
屍屋
「……随分直線的な名前をつけたものですね」
「この……方……が……分りやすい……と……思い……まし……て」
声からして男であろうその人物―屍屋から笑みの気配が伝わってくるが、片目以外を包帯で完全に覆われたその姿では表情も読み取れない。
「それで、実際は何のお仕事を?」
「これが……本業……です……よ」
意外そうな屍屋の声。まるで、草間はこういう者には慣れているから話が早いかと思った、とでも言うような気配に、苦虫を噛み潰したような表情を浮べる草間。
「んで、用件は何だ」
「おや……依頼人に……そんな……口の利きかた……を……して……いいん・・・…ですか?」
「反魂なんかやってる人間に、敬語なんか使えるか」
死した人間を再び蘇らせる邪法、反魂。
それは自然の摂理に反した行為であり、非難されることさえあれ、誉められるものではない。
「こちらも……色々……事情が……ありまして……ね」
ヒュヒュ、という笑い声のような引きつった声のような音が包帯から漏れる。
「……反魂なんてしてる間に、その体を治したらどうなんだ?」
「…………まあ……いいじゃ……ないですか」
そこには触れられたくないらしく、そそくさと書類をテーブルに出す屍屋。
そこには、雑草の生えた土地がプリントされてり、住所も書いてある。
「一年……前……ここで……火事が……あり……住んでいた……新婚夫婦の……夫が……亡くなり……まし……た」
片目を瞑り、冥福を祈るように手を合わせた屍屋。
「それで?」
「もう一度……一目で……いいから……夫に……逢いたい…・・・と……妻から……連絡が……ありまし……て」
「じゃあさっさと反魂すればいいじゃないか」
草間の言葉に困ったような視線を向ける屍屋。
「それが……夫の……霊魂が……地縛霊に……なって……いまして」
「つまり、地縛霊を反魂する場所に連れて来い、と」
「はい」
ゆっくりと肯く屍屋。
「夫の……地縛霊は……他の……地縛霊に……捕まっている……かも……しれま……せん」
「ああ、分った。じゃあ、報酬の話を……ん?」
草間が依頼料の規定を書いた紙を出そうとするのを止め、草間の胸を指差す屍屋。
「報酬……は……貴方の……命……一個分……です」
屍屋の言葉に絶句した草間だが、小さな溜息と共に肯く。
「それで手を打とう」
「はい……では……」
席を立ち、去って行く屍屋。
興信所の扉を閉めた途端、充満していた腐臭が嘘のように消えた。
「不思議というか、不気味というか……」
呆れたような草間の呟きだけが、そこに残された。
「ちょっと調べてみたんだけど」
目的地へと向かう車の中、シュライン・エマが静かに呟く。
「あの土地は、戦時中の空襲で焼け野原になったらしいわ」
「つまり、その地縛霊が木山様を縛っている、という訳ですね」
海原・みそのの台詞に、シュラインは難しい顔でうなずく。
「焼け死んだ地縛霊のいる土地で火事……もしかして」
田中・緋玻の表情が曇った。我を忘れた怨霊は、時として人に仇なす。
そして、仇なされた霊は、それを怨みに思い、怨霊と化す。
「憎しみの連鎖、か」
悲しげに呟く春日・イツルは、古の鬼の転生者である。
イツルのように、一度天に還れば、再び生を受けることもできた。
しかし、地に残った霊は、普通の手段では、二度と生き返ることはない。
「生き返る為には、反魂を使うって訳ね、面白いわ」
シリューナ・リュクテイラの呟きに、運転するシュラインがバックミラー越しに非難めいた視線を送った。しかし、永き時を生きた竜は全く動じる風もない。
小さく溜息をつくシュラインの隣でも、みそのが嬉しそうな笑みを浮べていた。しかも、死に装束に三角頭巾という衣装で。
シュラインも、別に反魂が悪い事だとは思わない。また、仕事は仕事として割り切るなら、別に楽しんでもよいのだが、不謹慎だ、という思いが先に立った。
「そろそろ、着くわね」
カーナビの画像を確認して、シュラインがステアリングを切る。わずかに草の生えた原っぱが視界に入ってきた。
「こんなものでいいわね」
地面に複雑な紋様を書いたシリューナが、満足げにうなずく。
紋様の中央には、布で作られた人形が置いてあった。これに、木山氏の霊を降ろす手はずになっている。
「エマさん、後は頼んだわよ」
「えぇ……"あなた"」
シュラインンの口から、別人の声が漏れた。あらかじめ、木山沙耶子の声を聞き覚えておき、その声で呼びかける。声真似と言ってしまえばそれまでだが、シュラインのそれは寸分違わぬ正確さを持っていた。
「"あなた!"」
『……沙耶子、か?』
紋様の中心から、男の声が聞こえる。同時に、布人形が僅かに動いた。
「宿ったわ、今よ」
「ああ」
シリューナの合図と共に、イツルが布人形に手の平を向けて、眼を瞑った。その口から、遠き北の大地の言葉が漏れる。
「霊を現実に"留める"力ですか、面白いですね」
嬉しそうなみそのの目の前で、人形の上に浮かぶように、半透明の人影が現れた。
人影はイツルの詠唱の声と共に濃度を増そうとするが、時折揺らめき、薄くなっていく。
「地縛霊が邪魔してるわね」
「では、こうしてしまいましょう」
緋玻の呟きを聞き取って、みそのが指をはさみの形にした。ちょきん、と何かを切るジェスチャーをする。
ゴオッ!
一瞬、原っぱに烈風が巻き起こった。みそのが、木山氏の霊と地縛霊との流れを"断"った隙をついて、イツルがカッと目を見開いて、詠唱の声を大きくする。
木山氏の体が半透明から一気に濃くなり、次の瞬間よろめきながら地に足をつけた。
不思議そうに周りを見ると、自分の体をまじまじと見つめる。その顔に、喜色が広がった。
「生きてる、俺は生きてるぞっ!」
「ただし、このままだと四時間後には元に戻ってしまいます」
シュラインの声で、木山氏はようやく救出者たちの姿に気づく。四時間しか持たない、と言われ、木山氏の表情が不安に覆われた。
「ただし、私たちに付いて来れば、ちゃんとした体を持つ事ができるわ」
そう言う緋玻の内心は複雑だ。地獄の鬼である緋玻にとって、反魂は法度である。しかし、それよりも、人が悲しむのは見たくない。
緋玻のセリフを飲み込んだ木山氏が、大きくうなずいた。五人の方に向かおうとして、何かに足を掴まれ動きを止める。
オノレ、イカセンゾ。
オマエハ、ワレワレトトモニアル。
正に地獄のそこから響くような声が、原っぱに響いた。同時に、木山氏の足を掴んでいた腕の下から、腐りかけ、骨を露出させた人間の慣れの果てが這い出てくる。
「しまった、余計なものまで実体化したっ」
「うわぁぁぁぁぁ」
イツルの叫びと、木山氏の悲鳴が重なった。足を無茶苦茶に振り回しても、腕は離れる気配がない。更に、第二、第三の腕が地面から突き出ようとしていた。
「チッ」
木山氏を助けようと一歩を踏み出したイツルを、緋玻の腕が止めた。一歩前に出て、すぅ、と息を吸う。
「我ハ地獄ノ使者ナリ、ソノ体喰ワレタクナケレバ、手ヲ離セ!」
大きく、しかし妙に歪んで聞こえた声に、死者たちの動きが止まった。緋玻を怖れるように、木山氏から手を離し、地に沈んでいく。
「ったく、レディに恥ずかしい真似させないで欲しいわ」
緋玻がくるりと後ろを振り返って、ニヤリと笑う。その口の端から、小さな牙が覗いていた。
「地縛霊の流れが逸れましたね」
みそのが目を輝かせながら呟く。反魂に興味があってこの依頼に参加したが、この攻防も中々に面白い。"御方"に良い土産話が出来そうだった。
「さて、急がないとね」
シュラインが、無事にこちらへたどり着いた木山氏を車へ案内しつつ呟く。これで、自分たちの仕事は9割方終ったはずだった、後は、屍屋が反魂を行えば済む。
傾いた太陽が橙色の光を投げかける中、6人の乗る車は静かに発進した。
遮光カーテンの引かれた暗い室内に、救出者の五人と木山夫妻、そして、その身から死臭を漂わせた屍屋が居た。
「どうも……ありがとう……ござい……ます」
屍屋が、ぎし、と軋むような音と共に頭を下げる。顔を上げ、唯一露出した片目で五人を見回すと、辛そうに体を回し、床に寝た木山氏の方を向いた。
木山氏の周りにはロウソクが立てられ、寝ている床には歪んだ五望星が描かれている。
「あなた、この人が、あなたを甦らせてくれるから」
沙耶子の言葉に、床の上で表情を硬くしていた木山氏が、ぎこちなく笑う。
「では……始め……ます」
屍屋の手がゆっくりと上がり、木山氏を指差す。直後、死臭が一気に濃度を増した。シュラインとイツル、そして沙耶子が口を抑える。
鋭い感覚を持つが竜族の身が仇となり、意識を失いかけるシリューナを、緋玻が支えた。緋玻の場合、この程度の臭気は地獄で慣れていた。
残ったみそのは、臭気にも反応せず、ただ周りの状況を見て微笑を浮べている。
「辛い……なら……外で……待って……いても……いいの……ですよ」
屍屋が掠れた声を放つが、その場から退こうとする人間はいない。それを背中越しに確認して、屍屋は反魂の呪文を唱え始めた。
「え……?」
イツルは、その呪文に聞き覚えがある。他でもない、さっき自分が木山氏を実体化させるために使った呪文だった。しかし、所々に自分の知らない単語が混じる。どうやら、自己流にアレンジして使っているらしい。
呪文が進むにつれ、木山氏の体が、ぴくぴくと跳ねる。同時に、死臭も更に濃くなっていった。
「ハァ……!」
そろそろ皆が死臭に耐え切れなくなった直前、掠れた気合の声と共に、一瞬にして死臭が消える。それは、儀式の終わりを意味していた。
「どう……ですか?」
屍屋が木山氏に声をかける。ゆっくりと起き上がって、木山氏がにんまりと笑顔を浮べた。
「あなた!」
沙耶子が木山氏に駆け寄り、その体の感触を確かめるように抱きついた。木山氏もしっかりとそれを受け止め、ぽんぽん、と背中を叩く。救出者たちも、ほっと息を吐く。
「それでは……お代を」
その安心感は、暗く響く屍屋の声によって掻き消された。
「命を……買うのには……命が……必要……です」
「……はい」
沙耶子が木山氏から離れる。己を甦らせる為の代償を悟った木山氏の顔が、さっと青ざめた。
「沙耶子! 行くな!」
「いいのよ、あなた。あなたさえ生きていれば、私は幸せ」
「ちょっと待ちなさい! 沙耶子さんを失った木山さんは、どうなると思うの!」
緋玻の叫びが空しく響く。屍屋が、すっと手を差し出し――何かに気づいて、手を止めた。
「その命、俺の報酬で払え」
「武彦さん!」
様子を見に来たのか、ロウソクの灯りの中に、煙草をくわえた探偵の姿が浮かび上がる。
それでいいだろ、と視線で示す草間に、屍屋は肯いた。
「って事だ、今度は死ぬんじゃないぞ」
それだけ言い放つと、草間はくるりと背を向けて歩み去っていく。
事情を理解した木山夫妻が、嬉しさに震えながら頭を下げた。
「こういう"流れ"もいいものです」
目を閉じて、みそのが小さく呟いた。
「結局何だったんですかね」
「人助けなんじゃないかしら」
イツルと緋玻の手で、原っぱに酒が巻かれていく。シリューナが、静かに祈りの文句を唱えていた。
「これで、この地にいる地縛霊も静まってくれるといいんだけど」
「まあ、なるようになりますよ」
悲しげに呟くシュラインに、全てが終って興味を無くしたのか、みそのが投げやりに応える。
報酬の魂一個を使ってしまったために只働きということになってしまったが、草間は特に気にしていないらしい。今は、シュラインの隣で、柄にもなく手を合わせている。
結局あれから、屍屋は姿をくらました。"また……今度"というセリフを残して。今度現れる時も、また、人の命と引き換えに、人を甦らせる依頼を出してくるのかもしれない。
または、この場に居る誰かが、屍屋を頼るのか。
「愛する人が居なくなった時、人は、自分の命を賭してまでその人を呼び戻そうとするのかしら」
「未練がましいのが、人間の業ってやつだ」
「草間様も、たまにはいい事を言うのですね」
茶化したみそのを一睨みすると、草間は目を瞑り、深く溜息を付いた。己の業を吐き出そうというかのようなそれを吐き終えると、薄く目を開ける。
「屍屋ってのは、その、人間の業が生んだのかもしれないな」
草間の呟きは風に吹かれ、原っぱに拡散していく。
その風には、ほんの僅かに、死臭が混じっていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1388/海原・みその/女/13/深淵の巫女
2554/春日・イツル/男/18/俳優+アニメショップ店員+魔狩人
3785/シリューナ・リュクテイア/女/212/魔法薬屋
2240/田中・緋玻/女/900/翻訳家
0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
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■ ライター通信 ■
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どうも、渚女です。
芳しき死臭漂う今回の依頼、楽しんでいただけたでしょうか。
ここが良かった、ここをもっと良くしてほしい、などありましたら、お気軽にお手紙くださいませ。
それでは、また次のお話で会えることを願っております。
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