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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


今は、これがせいいっぱいなのじゃ。

 夜が明けて、今日は子牛の結婚式。
 朝日を浴び、寂れたとはいえ形の優美さは失われていない狩雄登呂城の天守閣が、白く輝いている。
 青く高く晴れた空に、ポンポンとクリーム色の煙が花咲いた。
「花火か。平和なものじゃな、これから何が起こるかも知らず」
 城を見渡せる高台で双眼鏡を覗きながら、本郷・源(ほんごう・みなと)は含み笑った。
 村には今、多くの人影がある。華やかなイベントを見物しようと、村外からも多くの人がやってきているのだ。
「衆人観衆の前で、老中に大恥かかせてやるのじゃ」
 腹が減っては戦はできぬ、とばかりに、源は大きなお握りを大口開けて齧り、頬張った。その手許から長くひらめく振袖は鮮やかな赤で、細かな花柄が染め付けられた、華やかなものだ。
「ずいぶんと、良い着物を着ておるのぢゃのう、源」
 同じくお握りを頬張っていた嬉璃(きり)が、その袖に目を止めて言った。
「当然じゃ。祝言の席に参加するのじゃからな!」
「参加……」
 みっちり握られた米粒を噛みながら、嬉璃は複雑な顔をしたが、すぐに眉を解いた。確かに、参加と言って言えないこともないか、と。
 結婚式は、間もなく城の天守閣で、大宮司を呼んで執り行われる。
 その場に、源たちは居る予定であった。もちろん、式の招待状など受け取ってはいない。
 つまり、力ずくで乗り込んで、ぶち壊して、盗んで、逃げる。
 単、純、明、快! な計画である。
 しかしながら、城の中には衛士が詰めている。源と嬉璃の二人だけでは、プロである彼ら相手には分が悪い。昨日のうちにそう判断していた源は、助っ人を呼んでいた。今はちょうど、その彼が来るのを待っているところなのだ――。
「よお。早かったのぢゃ」
 嬉璃がその人物を認め、声を上げた。
「仕事でござるか?」
 背後から聞こえてくるのは、深みのある声。
「兵衛がきたのぢゃ」
 嬉璃に袖を引かれ、源は振り向いた。果たして、そこに立っていたのは屋台で知り合った、小学生にして兵法師の、楓・兵衛(かえで・ひょうえ)だった。脇に持った長鞘、その中に隠された刃の切れ味を、源は知っている。
 彼こそが待ち人、助っ人であった。
 目と目を合わせ、頷きあったところで、遠くから小さくクラクションの音がした。源は再び双眼鏡を目に当てる。
「こっちもきたのじゃ」
 源の双眼鏡が向かう先を見て、嬉璃が声を上げた。
「ああっ。亜米利加のパトカーぢゃ!」
 お国は変わっても、変わらぬ白と黒のツートンカラーが、城の周りに列を作っていた。その扉が次々に開いて、わらわらと警官たちが出てきた。
「彼奴らも、偽札を黙って見過ごせはせぬのじゃ。わしらと、目的は違うがのう」
 ニっと笑う源の背後で、深く、兵衛が頷いた。
「毒をもって毒を制すか……」
「そうじゃ。多勢に無勢じゃからな。まずは、先に道を切り開いてもらうのが得策じゃ」
 お握りの残りを口の中に詰め込み、もごもごと咀嚼し、飲み込んでから、源はきりりとたすきをかけた。
 警官たちが城の中に入ってゆく。
「行動開始じゃ!」
 源の合図で、三人同時に飛び出して、坂を駆け下りた。


 目論見どおり、城門の前では大層な騒ぎが起こっていた。 
 警官隊は「今日ここに亜米利加で指名手配中の大泥棒が来るはずだ、警備させろ」と主張し、衛士たちは「自分達だけで大丈夫だ、帰れ」の一点張り。
「指名手配の大泥棒、ぢゃと……?」
 それはまさか自分達のことか。ちろり、と嬉璃は源に横目を流す。
「大義名分には丁度よかろ。彼奴らは城に入りたい。わしらも入りたい。つまりアレじゃ、ぎぶあんどていく、じゃ」
 警察に情報を流したに違いない源は、涼しい顔だ。
 警官の群れが詰め寄り、衛士が押し返す。どちらもお互いに夢中で、忍び寄る三人には気付かない。図体の大きな男達が、城門の周囲にひしめいている。
「丁度良いハシゴが、たーくさん、あるのう」
 源の呟きで、嬉璃はその意図を悟った。逆隣に居た兵衛も同じのようだ。
「成る程。……では、殿(しんがり)は拙者が」
「よし、頼んだのじゃ」
 袴の裾を捌き、源は一気に閉じた門へと駆けた。少し遅れて嬉璃、その後ろに兵衛が続く。
「何!? 貴様ら……!」
 最初に気付いた衛士が声を上げるのよりも、源が彼の体を駆け上るほうが速い。肩を足がかりにされ、衛士はその反動で無様に倒れた。
 一方、跳躍した源はというと、ひらりと身を捻り、門扉の屋根に乗っている。
 後続の無事を確認すべく見下ろすと、んぎゃ、とか、ふぎ、とか言う悲鳴がそこここから上がっていた。嬉璃が、捕えようと集まってきた衛士たちの肩や頭の上を飛び石でも飛ぶように踏みながら、渡ってきているのだ。最後に大きく跳び、嬉璃も源の隣に降り立った。
 その頃には衛士たちも流石に体勢を立て直していたが、兵衛にあっけなくなぎ倒され、道を譲ることになる。抜き身の刃が日光を弾いてきらめいたが、血の色は見えない。
「おおー! やりおるのう! 峰打ちか?」
「左様」
 飛び跳ねて歓声を上げた源の隣で、兵衛が剣を鞘に収めながら頷いた。斬るよりも、斬らずに相手を戦闘不能にするほうが、実は難しい。
「クソ! 捕えろ! 老中様に顔向けができん!」
 衛士の隊長が、門の上の三人を指して喚いた。峰打ちとてそれなりにダメージはあるが、腐ってもプロ。もう起き上がろうとしている者もいる。
 長居は無用だ。
 城門の内側に飛び降りたら、あとは城まで一目散、である。


 天守閣では、各方面からの列席者の前で、おごそかに婚姻の儀式が執り行われていた。
 大宮司の祝詞が終わり、いよいよ鼻輪の交換、という時。
「待つのじゃ!!」
 大音声が響き渡った。何事かと、視線が入り口に集まる。老中はそこに源の姿を認め、目を剥いた。
「何!? ……衛士ども、何をしている! 侵入者だ!」
 言われずとも、彼らとて頑張っているのである。しかし。
 どだだだだだっ、と源の背後で不穏な音が上がる。追って来た衛士たちが、兵衛、嬉璃の二人によって倒され、階段を転がり落ちた音だ。
「源! こっちは粗方片付いたのぢゃ!」 
 嬉璃に頷き、源は天守閣を見回した。一般人の列を押しやり、衛士がわらわらと集まってくる。
 その向こう――祭壇の前に、老中と子牛がいた。子牛の首輪からは綱が伸び、それを老中が握っている。
「可哀相に、自由を奪われて。本人の意に染まぬ婚姻など、ぶち壊すにかぎるのじゃ!」
 本“人”……?と嬉璃がツッコミを入れたそうに呟いたが、源はそれを聞く前に飛び出している。持ち前の運動能力で、あっという間に子牛の許へ。もちろん、邪魔する者には拳と蹴りをくれてやりながら、だ。
 老中は大宮司の手から鼻輪を取り、懐に入れて守ろうとしたが、遅かった。源は鼻輪を老中の手から掠め取り、同時に子牛の手綱も奪っている。
「可愛い子牛を、野に放してやるのも泥棒の仕事じゃからのう」
 腰のものに手を伸ばした老中をあっさりと蹴倒して、源は片目を瞑った。
「む?」
 残りの衛士を蹴散らし終えて源に追いついた兵衛が、祭壇の裏で足を止める。何か不自然な空気の流れを感じたらしい。剣が一閃する。祭壇を真っ二つに斬ると、そこに現われたのは下へと続く階段だった。
「隠し通路なのぢゃ!」
 嬉璃が驚きの声を上げた。階段からは、冷えた風が上がってくる。
「これは……地下まで続いておるのう」
 風の匂いを嗅ぎ、源は目を細めた。
「それに……インクの匂いじゃ」
 獣人の嗅覚が成せる技である。地下、インク、とくれば、もうこの階段がどこに続いているかなど、明白だ。
「嬉璃」
「了解ぢゃ。嬉璃はオートジャイロを奪っておけば良いのぢゃろう?」
 心得た顔で、嬉璃が頷いた。もともと、結婚式を邪魔した後は、城内捜索組と逃げ足確保組に別れる計画だったのだ。来る途中で、格納庫の位置は確認してある。
「一人で充分ぢゃ。任せておくのぢゃ」
「頼んだのじゃ!」
 薄暗い通路へと、二人と一匹は飛び込んだ。追え、と老中が叫ぶ声がしたが、背後に迫ろうとする足音は遠い。
 蛇腹折りになって長く長く続いた階段を駆け下りると、最後に扉が現われた。鍵のかかっているそれを、一斉に体当たりしてブチ破る。
「おおっ」
 明るい場所に出た。広い部屋だった。印刷機、インクの缶、そして紙幣の柄が印刷された、カットされる前の紙束。
「まるで、造幣局のようでござるな」
 兵衛が感想を漏らす。そう、この場所こそが、如札の秘密工場に違いない。
「原版! 原版を探すのじゃ!」
 源は印刷機の周辺をひっくり返しはじめた。が、どこかに仕舞ってあるのか、見付からない。
 そうこうするうちに、階段を下ってくる足音が近付いてくる。
「彼奴らが追いついてくるでござる」
 兵衛が斬甲剣の束に手をやった。折角ここまで来たのに、原版を手に入れずに逃げ出すのは癪だ。
「うぬう……!」
 源が唸った時、その肩をトントンと叩くものがあった。
 湿ったそれは、子牛の鼻だった。口に、何やらインクで汚れて薄汚い布袋を咥えている。開いた袋の口から覗いているのは――。
「これじゃ! 原版じゃ!」
 ありがとう子牛! 源は白黒ブチの首に飛びついた。
「そこまでだ盗っ人ども!」
 印刷所に、城の者達が踏み込んでくる。ゼエゼエハアハア、息を切らしながら先頭の老中が叫んだ。
「さ、さあ、鼻輪と、その原版を返せ」
 わらわらと出てくる衛士たちに周囲を囲まれて、しかし源は不敵に笑った。
「兵衛。子牛。下がっておるのじゃ!」
 源が懐と袂から出したのは、大量の花火だった。ロケット型で、高く飛ぶ、祝い用の花火だ。天守閣に向かう途中で見つけて、くすねておいたものである。先ほどは一般の参列者も居たので使えなかったが、今ならば。
 最後に帯の下からライターを取り出し、源は花火の束に火を点けた。景気良く火花を散らしながら、導火線が燃え始める。
「そら!」
 ダイナマイトよろしく、放り投げた。炸裂音。派手な火花と煙、そして情けない悲鳴が、印刷所に充満する。
「今のうちじゃ!」
 源は子牛と兵衛を促し、逆方向の出入り口へと走った。恐らくそれは職員用のものだったのだろう、扉の先は一階へと続く階段だった。
「源ー!」
 外に出ると、頭上からプロペラ音と、それに負けじと叫ぶ声が降ってくる。嬉璃の操縦するオートジャイロだ。
「おお、嬉璃! やったのじゃ! ずらかるのじゃ〜!」
 駆けながら、源は嬉璃に向かって手を振った。オートジャイロが高度を下げ、操縦席の嬉璃の顔が見えてくる。と、その目が見開かれているのに気付き、源は首を傾げた。
「ん? どうしたのじゃ?」
「ヒ! 火!!」
 操縦桿を片手で押さえながら、嬉璃が必死で源を指さした。
「火…………? …………!!」
 今度は源がぎょっと目を瞠った。大暴れのせいで、たすきがいつの間にか切れていた。長い振袖は源の腕と一緒にひらひらとひらめいている。そして、きな臭いにおいと煙がついてきていると思ったら、花火から移ったのだろう、その袖に火がついていたのである! 外に出て風に煽られ、火は一気に大きくなった。
「あちちっ! 熱いのじゃ!」
 悲鳴を上げた源の背後で、兵衛が無言で鯉口を切る。
 次の瞬間、斬甲剣が輝く弧を描いた。一陣、風が吹く。はらり、炎ごと袖が落ちた。
「また、つまらぬものを斬ってしまった……」
 目を伏せ、兵衛は剣を鞘に収める。火は消えたが、美しい柄の袖も一緒に消えてしまった。
「つ、つまらぬものではないのじゃ! お、お気に入りだったのじゃ〜!!」
 オートジャイロで天高く飛び立ちながら、源が嘆いた声が、長く長く尾を引いた。


 さて、何はともあれ、三人は牛達の結婚鼻輪と、偽札の原版を手に入れた。
 そして――――――?

                                


++++++++++++++++++<ライターより>+++++++++++++++++++++++++
はじめまして。ご依頼ありがとうございました。
続編ということで、緊張しました。期日ギリギリになってしまい、申し訳ありません。
元ネタのこのあたりがちょうどうろ覚えで、レンタル屋さんに行くところから始めていたり;;
二人とも勢いのあるキャラクターさんで、楽しんで書かせていただきました。
源さんの服装は、柄本基克さまの設定画を参考にさせていただいております。
変身は着物が破れるから……という設定から、なんとなく、女の子らしくお洒落が好きなのかな、と思いまして、オチに少しからめさせていただきました。
楽しんでいただけましたら幸いなのですが、イメージにそぐわないところなどありましたら、申し訳ありません。
では、失礼します。