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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


▲突入せよ! 幽霊屋敷事件▼


------<オープニング>--------------------------------------

 車を降りて初めに耳へ入ったのは複数の怒号だった。駆け寄る月刊アトラス編集部の編集長である碇麗香は事態を把握しようと周囲に目をはせた。眉間に軽くシワを寄せ、奇妙な光景を目の当たりにする。
「これは確かに尋常ではないわね」
 仕事関係の知り合いから呼ばれて来てみれば、とんだ状況に踏みこんでしまったようだ。叫び暴れる警官隊が、同じく警官隊に取り押さえられていた。集まったマスコミや警察は大混乱だ。
 それは昼頃に起きた。子供をさらって男は逃走した。立派な誘拐事件だ。ところがパトロールしていた巡査に発見され、男は難なく包囲された。少年をつれて逃げこんだ先が、いわくつきの空き家だった。
 一向に犯人は行動しない。痺れを切らした警官隊の一部が突入し、家に近づいた途端に発狂を始めたというわけだった。
 着信音が鳴る。麗香の傍にいた現場を仕切っているらしい中年男の携帯電話だ。通話を始め、家の2階の辺りにチラチラと視線を送っている。気になり、何気なく耳を寄せてみた。
『オジちゃんはバイバイしたの。お姉ちゃんと遊んでるの。いらないゴミはポイするの』
 子供らしい無邪気な声だ。
 2階の窓が開き、人影が落下する。麗香は受話器を手にこちらを見下ろす少年を見逃さなかった。勢いよく閉じられた空間をジッと見つめる。
 確保の命令が飛び、警官隊が地面に叩きつけられた者を回収した。誘拐犯だった。過去形なのは、頚動脈を食いちぎられて既に事切れていたからだ。
 立派なネタになる。頭の中ではもう雑誌一面の見出しを考え始めていた。
「あとは、ヒーローかヒロインを呼ばないとね」

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■四方神・結side
 とにかく行かなければ、という思いに駆られて現場に来てしまった。自分には能力がある。事件を知りながら見て見ぬフリをするのは嫌だった。
 着地の音が予想よりもずっと大きくて焦り、周囲を素早く確認する。表の方は警官隊やマスコミ、野次馬が占拠していていまだに騒がしい。どうやら塀を乗り越えて裏側へ来た四方神結には気づいていないようだ。
「初っ端で見つかったら馬鹿みたいですよね」
 ホッと呟き、キャップをかぶりなおす。あとのことを考え、長い黒髪はポニーテールにして英語のプリントが入った長袖とGパンで軽く変装していた。普段は女のコらしい格好が多い。一見ボーイッシュな姿は結だとは誰も分からないだろう。能力のこともあり、あまり人目にはつきたくない。
 裏は昼だというのに薄暗くじっとりと湿っぽかった。腰丈まで届く雑草が独特の青い芳香を放って生い茂っている。何年も手入れされていないのが窺えた。
 裏口のドアがすんなり開く。警官隊の発狂騒ぎを見て覚悟していたのに呆気ない。外の光を頼りに足を踏みこむ。
 きな臭さが充満していた。ホコリと鼻を突く酸っぱい香りが濃厚に混ざりあった空気を吸い、激しくむせる。更に生臭さと低い機械音が加わった。正面の棚に置かれた電子レンジが動いている。中で手の平サイズの物体が走り回っていた。
「ネズミ」
 なぜこんなところに、と考える前にハッと息を呑む。停止させようと思った時には遅かった。爆発を起こしてレンジ内が赤く染まる。込み上げる気持ち悪さを堪えて視線を外す。これも家を支配する者の仕業だろうか。あまり歓迎はされていないようだ。
 家自体が霊気に満ちていて居場所は分からない。とにかく被害者の少年がいると思われる2階を目指そうと思った。
 流しは汚れた食器やフライパンが無雑作に放置されていて名も分からぬ小虫が這っている。水回りだというのに雑巾の如く絞っても一滴も出てこなさそうなほどキッチンは干上がっていた。
 水音が聞こえてくるのはおかしい。一定の間隔で雫の弾ける響き。一つの戸に注目する。迷いなく覗くと、洗面所がこれもまた干からびていた。脇にある戸はおそらくトイレだろう。音は、もう一つの戸――擦りガラスの奥から放たれている。風呂場であることは一目瞭然だ。
 誘われるように取っ手へ力を込める。黒板を鋭い爪で引っ掻いた時に似た音が出て耳を塞ぎたくなった。そして硬直する。
 閉じられた空間一面に黒い影が蠢いていた。ネズミが密集しているのだ。こんなところにエサがあるわけもなく、共食いを始めている。雫は彼らから流れる血液だった。
 一斉に赤い瞳を向けられた気がして背筋に鳥肌が立つ。勢いよく出入り口を閉じ、結は居ても立ってもいられなくなってその場を逃げだした。


■葉月・政人side
 現場に着いた警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員である葉月政人は注目の的だった。特殊強化服に身を包んだ風貌は正しくヒーローのそれだ。茫然とする警官隊の間を堂々と通り、玄関前まで来た。強化服には電磁波などを遮断する機能があり、霊的な影響を受けにくい。発狂した彼らの二の舞にはならなかった。
 2階の窓を見上げる。世間ではいわくつきの幽霊屋敷と言われているらしい。今回の事件にも関係している可能性がある。間取りを訊くついでにいわくも調べさせることにした。他にも、死んだ誘拐犯の傷口映像を本部の科学心霊捜査研究所へ転送しておく。
 まずは人命を優勢しなくてはならない。玄関の扉に手をかけ、錆びついた入り口を開いていく。外の日に照らされたホコリが宙を輝いて舞った。
 階段が玄関を入ってすぐに伸びている。一段目を踏み締めたところで背後を振り返った。人の気配がしたのだ。データではリビングルームがあるはずだった。2階で少年が目撃されたからといって、まだ同じ場所にいるとは限らない。確かめておく必要がある。
 開け放たれた空間は広く、物さえなければちょっとした運動ができそうだった。実際にはテーブルやソファが設置されていてあまり適さない。
 視線を感じる。庭へ通じるガラス戸からマスコミが覗いているものの、それとは違う敵意を持った視線だ。
 部屋が一瞬だけ明滅し、ソファの前にあるTVが点く。波打ち際で海の爆ぜるような音がエンドレスで流れた。通称、砂嵐と呼ばれる映像。様子を見ているうちに人の影が形作られていく。若い女にも見えた。笑いながら指差している。最大6人で使えるテーブルの向こう側だ。政人が顔を向け、戻すとTVはもうただの砂に戻っていた。
 痛んだ床を踏み締め、彼女の示した場所を注意深く見る。大きな収納になっているようだ。戸を引いていくにつれて闇が明白になる。
 男の奇声が飛びかかってきた。反射的に避け、腹部へカウンターの一撃をめりこませる。体を曲げて苦悶の声を上げた男は空中で体勢を整え、四つん這いで着地した。彼とは初対面ではない。首筋の傷は記憶に生々しく残っている。
 表が騒がしい。そっくりさんでもなさそうだった。死んだはずの誘拐犯が野生動物の気迫で歯を剥いている。霊体に殺され、細胞が一時的に活動を再開したのだろう。
 身を低くした彼に構える。決着は瞬きの間についた。跳ねる男の顔面を前蹴りで止め、足を引くと同時に素早く回転して勢いある蹴りを落下しきれてない体へ叩きこむ。彼は床へ激突して弾み、柱に当たった。普通の人間であれば命も危うい連撃だ。辛うじて動かそうとする手を背中へ持っていき、近くにあったコードで縛る。いくら死者であろうとも、身動きできないようにしてしまえば常人と変わらない。
 例え関節を外しても抜けられない状態にした誘拐犯を見下ろし、一息ついたところでなにかの割れる音が近くで聞こえた。


■四方神・結side
 結の嫌な予感というものは大抵が的中してしまう。女の感か霊感か、とにかく当たってしまうのだから仕方がない。無意識のうちに脳が思考して結論を出してしまうのだ。
 小さな大群から逃げて入りこんだ先は僅か数畳の和室だった。掛け軸や壷などがあってなかなか風情のある一室に仕上がっている。縁側に座り、池の鯉でも眺めながらお茶でも飲んで静かに笑えば様になりそうだった。
 一つ、好みに合わない物さえなければ最高だ。掛け軸の前で怨霊めいた自己主張をする等身大の鎧武者。いわゆる“感”が、ここは駄目です早くここから出なさい、と告げている。
 行動するまでが少し遅かった。目を離した隙に襲われそうで、部屋から出るに出られなかったのだ。案の定、彼は重い腰を上げ、おまけに刀をスラリと抜いた。
 あまりにも狭い部屋で逃げ回るのは不可能だ。ほぼ真横で風が斬られる。悲鳴すら上げずに割かれる襖。料理する主婦が羨む鋭さだ。
 体裁を気にしている余裕のない結は赤ん坊の三倍速でハイハイをして掛け軸の辺りまで退く。術を使っている暇もない。なにかないかと這わせた手が壷を掴む。やや自棄になって投げつけた。
 ガラスと違って低めの破砕音を立て、粉々に散る。命中した鎧の胸部は傷一つついていない様子だった。彼は首を傾げ、壷だった破片を掃うと刀を振り上げる。万事休す。説得をしても不毛に終わるだろう。
 影に覆われる結の横で、引き戸が小気味良い響きを鳴らして倒れた。立ちはだかったのは甲冑だ。武者とは違う雰囲気だった。どちらかというと子供向け番組に出てきそうだ。初見なのに妙な懐かしさを覚える。
「正義の味方?」
 唖然とする結に構わず、切っ先の照準が彼へ変わった。青白い輝きが線を描く。金属同士のかち合う振動。左腕の厚い装甲が刃を弾く。溜めを作った右拳が放たれ、胸部に型を刻んだ。破裂に近い音がして鎧武者が吹き飛ぶ。土壁に衝突し、全身のパーツが脆くも散った。格好付けるための着ぐるみではなさそうだ。
「大丈夫ですか? こんなところにいると危険ですよ」
 振り返る彼の声は優しそうだった。ありがとうございました、と礼を述べ、事情説明を兼ねて互いに自己紹介する。
「ご協力感謝します。本来なら煩雑な手続きが必要ですが急を要するので、こちらで処理しておきます。それと、くれぐれも無理はしないでください」
 ぜひ手伝わせてください、と頼むと政人は快く許してくれた。
 結には気になっていたことがある。状況が一変してしまう可能性もあり、訊かずにはいられなかった。
「あの、3分で帰ったりしませんよね?」


■葉月・政人side
 2階の部屋は3つある。結に単独行動をさせるのは少し躊躇したが、発狂せずにここにいるということはある程度の力があるのだろう。生存確率は人質の子供よりも遥かに高い。二手に分かれ、一刻も早く少年の身柄を確保することにした。彼女には階段を上がって正面の小さな部屋を任せた。
 突き当たりを曲がると短い廊下が続く。右が中くらいの部屋で、左が例の部屋だ。子供が無事でいてくれるのを願った。
 戸の前でオペレーターから通信が入る。過去に住んでいたのは両親と子供が2人の4人家族だったらしい。若い女の霊が出るという理由で家の人間は去ったとのこと。誘拐犯の傷口は人間のものだった。齧りつく女の姿が目に浮かぶ。油断はできない。
 部屋には大きなダブルベッドがあった。脇に置かれた電気ランプが割れている。両親の寝室として使われていたのだろう。
 鏡台を過ぎ、収納を開ける。白いホコリをまぶされた洋服がハンガーに掛けられていて、特に誰も見当たらない。他の部屋に移動したのかもしれない。誘拐犯が落とされた窓辺も念のため見ておきたい。収納を閉じ、ニ・三歩のあとに違和感を感じた。
 鏡台の前だ。自分の強化服が映っていなくてはおかしい。違和感の正体が鏡から手を伸ばし、首を掴んできた。パーマがかった黒髪の女の手は容赦なく両手をかけて締め上げてくる。装甲が軋んで政人の肉体に力が伝わった。振りほどこうにもほどけない。後ろへ押されていき、ベッドに倒された。齧りつこうとするのだけはなんとか防ぐ。いくら装甲が丈夫でも彼女の力は想像以上と思った方が賢明だ。未練が膨らんで我を失い、身体能力は常人を遥かに凌駕している。
「なぜこんなことをするんですか?」
「私はね、まだ若いのに病気で死んだの。この家は楽しそうで、居心地が良かった。でも、せっかく遊んであげたのに、みんな逃げるように引っ越していった。今度は逃がさないんだから。邪魔する奴は、誰であろうと殺す」
 全力で耐える政人の眼前で彼女は口を裂くように広げて不気味に笑んだ。


■四方神・結side
 子供部屋として使われていたらしい。小振りのベッドと低い机、隅にはヌイグルミとオモチャの山が築かれている。ベッドの盛り上がりはすぐに分かった。少年が可愛らしい寝息で横になっている。怪我もなさそうで無事だ。頭をそっと撫でる。
 異変は背後で発生した。大から小までのヌイグルミがモゾモゾと蠢いたのだ。安定しない手足を器用に使って立ち、全てがこちらを見据えてくる。ジャンプ力は相当なもので、次々に飛んできた。結は慌てずに一体一体を丁寧に払い退ける。鎧武者に比べれば大したことがない。リズムに乗って打ち落としていった。
 ヌイグルミの雨が止んだ。どうだ参ったか、と得意げな結に対し、彼らは身を寄り添うようにする。また嫌な予感がした。
 合体し、天井に頭をこすらんばかりの熊が完成したのは数秒後だ。圧し掛かられたらただでは済まないサイズだった。
 先程の二の舞はゴメンだ。黙って待っている結ではない。なにがなんでも背後で安眠する子供を守らなければならないのだ。自然と力と勇気が湧いてくる。
 野球のフォームのように両手をかかげる。細く息を吐きながら左腕は前へ伸ばし、右手は矢の羽を掴むようにして引いた。
 離す。
 魂裂きの矢が覆いかぶさろうとする影に突き刺さった。時が止まる。次には光と共にヌイグルミが音もなく消滅した。部屋を満たす邪悪な感じが失せる。
 舌打ちが鳴った。結ではない。少年も相変わらず寝ている。
 人影がベランダに見えた。結と同じぐらいの若い女だ。
「待ってください!」
 制止の声に彼女は従わない。結はベランダへ出て姿を追った。各部屋に繋がっているようだ。隣の部屋に入るのが見えた。
 子供部屋は子供部屋でも、もう少し年が上の部屋だった。TVやCDコンポまである。女の姿は見当たらない。どこかに潜んでいるのだろうか。見渡す結の傍で大音響が発生する。コンポが勝手に音楽を奏でる。もはや音楽なのかすらも分からない。聴き続けたら気がおかしくなりそうだ。しまいには勉強机からシャーペンやカッターナイフが飛び出てきた。
 追われるようにして部屋を出て戸を閉める。後ろで鋭利なものが連続して突き立てられる音。危うくダーツの的にされるところだった。今日は逃げてばかりな気がしてならない。
 溜め息を漏らして顔を上げる。政人がいるはずの戸が開いていた。子供の発見を伝えようと思い、中を覗いて目を見開く。女に首を締められる彼の姿があった。
 大きく呼吸をして形なき矢をつがえた。


■葉月・政人side
 体重が抜ける。天井近くを光線が過ぎ、壁に刺さった。薄っすらと焦げ跡を残してすぐに消える。部屋の入り口から飛んできたようだ。見なくとも誰のおかげかは察しがついた。
 上半身を起こし、締められていた首を押さえて空咳をする。駆け寄る結に礼を言って女と対峙した。彼女に逃げ場はない。
「アナタの不利は一目瞭然です。さぁ、大人しく僕と来てください」
 差しのべる手を忌々しそうに睨んでから政人と結を交互に見る。眼球がこぼれんばかりに瞼を開き、口元を歪めた。一呼吸のあとにガラス戸へ突進した。霊体ゆえ開ける必要がない。ベランダへ出た彼女は凄まじい速度で駆けていく。
 ハッと息を吸いこんだのは結だ。
「子供」
 呟かれた一言で十分だった。彼女と廊下へ出る。ベランダが繋がっているのは間取りを見て知っている。中を通っていくより遠回りのはずだ。
「ごめんなさい、私のせいで」
「いいえ、四方神さんの選択は正しい。下手に連れてまわるのは逆に危険です。追いつめ、すぐ様に捕らえなかった僕が迂闊でした」
 子供部屋の戸を開け、足を止める。女がベッドの上で子供を抱きかかえていた。少年は夢の中だ。好ましい展開とは言えなかった。
「馬鹿なことはやめなさい。子供はオモチャではないんですよ」
「近づくなっ! 近づいたらこの子も殺すぞ」
 たったの一歩に敏感に反応し、刃物状に尖った爪を少年の柔肌に押し当てる。最悪の事態が脳裏に描かれた。人質が無残にも首を裂かれて惨殺されるシーン。拳に自然と力が入り、強化服が歯軋りをするようにひしめく。6.5tのパンチ力も14.7tのキック力も役に立たない。
「死んだ者が生きている者に危害を加えるなんて、この世の理としてあってはいけないと思います」
「うるさいうるさいうるさいっ!」
 結が堪らずに前へ出て悲痛の色を声に乗せても無駄に終わる。髪を振り乱す女は改めて少年を引き寄せ、ベッドの端まで退いた。
 大声の騒ぎに、小さなアクビが流れる。目をこすった少年が周囲を目にし、政人のところで視線を定めた。呆気にとられる女の手を器用に抜けてベッドを降りる。ワンテンポ遅れて伸ばす彼女の手は空を切った。
「カッコイイ! 怖いオジちゃん、倒してくれたの?」
 脚に抱きついてこちらを見上げ、少年は瞳を輝かせた。おそらく女に操られていた間の記憶はないのだろう。残酷な死の現場は見ていないらしい。たまたま見せなかったのか、それとも――。誘拐犯を倒した彼女は口を半開きのまま、はしゃぐ少年を茫と眺めている。
「ご両親が心配してます。帰りましょう」
 頭に手を置く政人へ元気に肯き、女へは笑顔を向けて手を振った。
「お姉ちゃん、遊んでくれてありがとう。バイバイ」
 小さな背を押して部屋の外に促し、最後に振り返ると彼女は悲しみを表情に出して弱々しく手を揺らしていた。
 結に視線を送る。彼女は微笑して首肯した。


■四方神・結side
 すっかりうな垂れる女の横に腰掛け、部屋を見渡す。足元に転がった猫のヌイグルミを広い、腹部を押すと気の抜ける音が鳴った。クスッと笑い、彼女の膝に乗せる。
「もし私達が強行手段に出たら、あの子を殺しました?」
「そんなこと、できるわけないでしょ。だって、私は――」
 彼女は猫の脚を指で摘んで左右を交互に動かした。命を吹きこまれたようだった。キャラクターが活き活きとしてダンスを繰り広げる。扱い慣れていなくてはできない。
 最後に腹を鳴らし、離した。妙に愛嬌があって、つい笑ってしまう。子供には尚更にウケがいいはずだ。彼女にはこのマヌケな音がどのように聞こえているのだろうか。
「――私は、子供が好きなんだから」
 両手で顔を覆い、隙間から嗚咽を漏らす。初めから彼女は少年を人質にするつもりはなかったのだ。成り行きでああいう状況になったものの、なにがなんでも離れたくないという想いが強かったのだろう。
「そうだと思いました。人間に危害を加えるのはやりすぎだと思いますけど、それほど好きってことですよね」
「あんな無邪気な表情を見せられたら、私はもうどうしたらいいか分からなくなる」
 湿っぽい響きが空間を満たした。ヌイグルミに染みが1つ2つと増えていく。
 肩を抱き、彼女の頭を撫でた。気持ちが温もりとなって肌に感じられる。
「生まれ変わってからでも遅くありませんよ。アナタはアナタです。溢れるほど子供を可愛がってあげてください」
 女は真っ赤になった双眸を向け、瞼を閉じると首を縦に下ろす。
 優しく笑む結の触れた部分から順にふんわりとした光が包んでいった。


■碇・麗香side
「警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員の葉月政人が誘拐された子供を保護し、事件は解決された、と」
 パソコンのキーボードを叩く碇麗香。一段落し、コーヒーを飲んで息をつく。
 彼女は裏口からコソコソと出てきた少女を目撃していた。あの家に近づけたからには、ただ者でないのは間違いない。しかし敢えて記事には書かないことにした。世の中には書くべきことと書くべきでないことがあるのだ。
「さんしたくん、これお願いね」
 データを三下忠雄に渡し、軽く記事の内容を説明した。デスクに戻りかけた彼は再び麗香のもとへ来て見出しをどうするか訊いてくる。
 いつもなら任せてしまう作業を、そうね、と言って口の端に笑みをかたどった。
 月刊アトラスの発売日。一面の記事にはページの半分を埋めるぐらいの大文字で「裁く霊――その罪は何処に」とあった。


<了>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3941/四方神・結(しもがみ・ゆい)/女性/17/学生兼退魔師】

【1855/葉月・政人(はづき・まさと)/男性/25/警視庁超常現象対策班特殊強化服装着員】


<※発注順>


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■         ライター通信          ■
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ご参加、ありがとうございます!

ライターのtobiryu(とびりゅー)です^^

予想していたよりも少々長くなってしまったかもしれません;

さて、片や裏口から忍び込んだ女子高生、片や玄関から正当な理由で入った強化服装着員。

面白く、それでいて無理のない組み合わせですよね☆

家の中ということでアクションは控えめですが、気に入っていただければ幸いです〜。

では、もしまたの機会がありましたら、よろしくお願い致します♪