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あやかし歌劇(過激?)団!
あふれんばかりの拍手。
その中で、見麗しい青年達が、うやうやしく礼をする。
「ふっふっふ、大成功じゃ」
それを舞台脇の屋台から見つつ、本郷・源はなきに等しい胸を張った。
源の「世界征服」をしたいという思いつきから生まれた美青年集団、ナスビ部隊。
源の不可解な指令により、ナスビ頭となった彼らのストレスは限界に達し、ついに禁断の恋に手を出すものたちが現れはじめた。
それを正すために源が始めたのが、薔薇のかほり漂う劇団「あやかし歌劇団」
ナスビたちの恋を芸術に昇華させよう、という計画で始めた歌劇団だったが、元は美青年のナスビたち、瞬く間に噂が広がり、仮設劇場ではそろそろ収容しきれなくなる人数まで客が増えていた。
当のナスビたちも、稽古にはげむことでストレスを発散し、それなりに幸せに暮している。
「次回は花組の公演なのじゃ、あそこは頑張っておるからのぅ」
最初は参加人数の少なかった歌劇団も、今や雪組、月組、花組など多くの組を持つようになった。
……ちなみに、組の名前が某有名歌劇団と同じなのは偶然である。決して源があれのファンだったというわけはないはずだった。
「のぉ、明日はやはり出ねばならぬのぢゃろうか」
ひょこり、と屋台の影から顔を出したのは、あやかし荘のマスコットと呼ばれている……もとい、呼ばれているかもしれない座敷わらし、嬉璃。
「何を言っておる、わしらの舞台はあやかし歌劇団の一番人気なのじゃよ」
「そうは言ってものぅ、嬉璃も暇ではないのぢゃよ」
しぶる嬉璃を見て、源はふむ、と腕を組む。脳内そろばんがパチパチと弾けた。
「『薔薇の間』も、そろそろ痛んでおるじゃろ」
「そ、そうぢゃが」
「わしの資金で、『薔薇の間』を全面改装してやるのじゃ。これでどうじゃ?」
源の提案に嬉璃はうぅむ、と唸る。
「……しょうがない、それで手をうつのぢゃ」
「交渉成立じゃな。明日はお互いがんばるのじゃ〜」
ひらひらと手を振って、源は去って行く。それを目で追って、嬉璃は密かに溜息をついた。
「雄狩!」
「杏怒麗!」
舞台に上がった、体はお子ちゃま、頭は大人かもしれないコンビの台詞に、劇場中が沸き立つ。
あやかし歌劇団の一番人気演目「鈴祭柚の百合」は、某漫画をそっくりそのまま日本版にしたあざとい演出と、源と嬉璃の好演技によって好評を得ていた。
ちなみに、雄狩は「おかり」と読み、杏怒麗は「きょうおこれい」と読む。ついでにいうと、鈴祭柚も「すずまつりゆず」と読むのであしからず。
二人の熱演は続き、脇を添えるナスビたちも華を添える。なんだかんだいいつつ、源と嬉璃とナスビたちのチームワークはいいのかもしれない。
緞帳が下りても鳴り止まぬ拍手の音を聞きつつ、演じる事の喜びにひたる役者たちだった。
「これでどうじゃ〜」
ど〜ん!
効果音を響かせつつ、源が新しくできた劇場を指し示した。
ちなみに、効果音係は裏方ナスビがやっている。こんな事にも狩り出されるところがナスビの悲哀を表しているようないないような。
「凄いのはよくわかったのぢゃが、しかしのぉ」
「む、何か不満があるのか?」
不思議そうな顔の源に、嬉璃は渋顔を作ってみせる。
「客が入らんようになったので大きな劇場を作るところまではいい」
「ふむ」
「しかし、なぜそれをあやかし荘の中に作らねばならんのぢゃ〜!」
叫ぶ嬉璃を見て、源はきょとん、とした顔で小首を傾げた。
「あやかし歌劇団があやかし荘に劇場を作らんでどうする」
「そういう問題じゃないのぢゃ〜!」
確かにあやかし荘は広い、どれくらいか広いか確かめるのもめんどうなくらい広い。だからといって、劇場を作ってしまうのはどうだろうか。嬉璃はそういいたいらしいが、悲しい事に源には全く伝わっていなかった。
「なに、防音はばっちりじゃて、住人に迷惑はかからん」
「いや、そうでなくてぢゃな」
「む、屋台のことかの? さすがにここで営業するわけにはいかんからな、閉めてきたのじゃ。まあ、あやかし歌劇団の収益のほうが、ずっと多いのでのぉ」
「だから、違うというとるに〜!」
びしっ、とつっこみを入れる嬉璃の手を掴んで、源は舞台に嬉璃を引っ張っていこうとする。
「なんぢゃ?」
「さっそく夕方から公演を入れておるのじゃ。ナスビたちは集めておるので、さっそく稽古じゃ」
強引グッマイウェイな源の勢いに押されて、なされるがままの嬉璃。下手に逆らうと何か変な目にあいそうで怖かった。例えばアフロとか。
「アレだけは嫌なのぢゃ〜!」
嬉璃の叫びが、ピカピカの劇場に響いた。
「最近、暮しやすくなったよな」
「あぁ、そうだね」
楽屋で、二人のナスビが話している。公演が終ったばかりなのか、メイクも舞台衣装もそのままだった。
「ナスビ頭よりも、アフロのほうがまだましだしな」
「まあ、ミミズの歩みくらいの違いしかないけど」
舞台中は着用を義務付けられているアフロ頭で笑い合うナスビ。最初、源から選ばれた頃は恥との戦いだった。世界征服というむちゃくちゃな夢に巻き込まれ、心身ともに疲労していく日々。それをお互いに慰めあう内に、二人は禁断の恋に目覚めていた。
「でも、それも何時の間にか忘れちまった」
「僕らの恋は、やはり幻だったんだよ」
二人は悲しく微笑みあう。しかし、次の瞬間にはお互いに視線を外し、メイクを落としにかかっていた。
その様子を、影からうかがう小さな人影。
「作戦成功なのじゃよ、ふっふっふ」
小さな声に振り向いた二人だったが、人影はすでに消えていた。
新劇場を得たあやかし歌劇団は、連日老若女女の集まる大人気スポットとなった。
客の期待に応えるため、ナスビたちは毎日の厳しいスケジュールを必死にこなしていく。
毎日、毎日、毎日、毎日……。
「も、もう駄目、だ」
楽屋に戻ったナスビが、ばったりと床に倒れふした。
「大丈夫?!」
助け起こそうとするもう一人のナスビの目の下にも、メイクでも隠せない隈が出来ている。
「すまん、俺は先に……」
「そんな事を言わないでっ! まだ頑張れるよっ!」
二人の視線が交差し、頬が朱に染まる。
「幻じゃ、なかったな」
「うん、やっぱり、僕らの愛は本物だよっ!」
涙でメイクを歪めながら、青年たちは固く抱き合った。
「……いかんのじゃ」
ゆっくりと楽屋の扉を閉めて、外から楽屋内をうかがっていた源が溜息をつく。その源の目の下にも、立派な隈さんが居た。
「ナスビたちの疲労も限界。その疲労を紛らわすために、また禁断の恋が始まってしまったのじゃ」
予想外の出来事に悔しさがつのり、源は自分の頭をぽかぽかと殴る。
「う〜、しょうがないのじゃ、あやかし歌劇団はしばらく休業なのじゃ」
痛む頭で涙目になりつつ、ナスビたちの疲れを取る方法を考える源だった。
END
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