コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『あの日の海をつかまえる』

<オープニング>
「実は、これの落とし主を探して欲しいのです・・・」
 三十代も半ばというところか。草間の前に座る男は、会社を定時で切り上げて来たサラリーマン、という風情だった。
 男がテーブルの上に置いたのは、一台のカメラだった。
「いいですか?」と断り、草間は手に取ってみる。新型では無いが、普通の一眼レフのカメラである。草間の掌にガッシリと重さを伝えた。多少は本格的に撮れるもののようだ。
「派出所に、届けられない理由があるのですね?」
「拾ったのは、15年も前のことですよ。大学構内でした。学校には拾得物として届けましたが、半年後に私がいただいたのです。中にまだフィルムが入っていて、当時、落とし主のヒントになるかもと思い、現像しました」
 男は一枚の写真を差し出す。
「この写真の少女を探して欲しいのです」
 プリントには、17,8歳と思われる髪の長い少女が微笑んでいた。

* * * * *
 応接室を窺いながら、シオン・レ・ハイは、戸棚から引っ張り出したクッキーを漁っていた。これを俗に盗み食いと言う。
「不思議ですねえ。なぜ、15年経って、今さら少女を探す依頼などするのでしょう」
 ポロポロと食べ滓がレースのタイにこぼれた。シオンはダンボールに住む自由人だが、情報網の重宝さからか、そのおおらかな人柄からか、何故か草間興信所の出入りを許されている。そして、浮浪者でありながら『紳士である』という意識が高く、一昔前の欧州貴族のような優雅な衣裳を纏っているのだ。
「シオンさん、床に食べカスを落とすのは止めて下さいっ。太郎ちゃんが出るでしょう!」
 セーラー服の中学生が、箒で掃きながら、自分の父親ほどの年齢のシオンを叱り飛ばした。
 彼女は海原(うなばら)みなも。まっすぐで素直な髪は、彼女の性格に似ていた。
「もう9月だし、ゴキブリは出ないのでは?」
 壁にもたれたまま片手に飾り付きの杖を握る青年が、穏やかな声で尋ねる。
「きゃー!セレスティさんっ!その名前で呼ばないでくださいよっ!」
 ソレの名を聞いただけで、少女は悲鳴を挙げて耳を塞ぎしゃがみこんだ。制服の下の紺の短パンが覗いている。
「ぱんつ、見えてますよ」と、シオン。
「これはぱんつじゃ無くてスパッツです!」
 箒の先をシオンに向けて立ち上がった。薙刀のような構えだ。そして次は、セレスティ・カーニンガムの方に矛先を向けた。
「だいたい、セレスティさんの唇から、アレの実名が出るなんて、イメージが違います!」
 みなもは断固として言った。
「・・・。」
 そう言われて、セレスティは困ってしまった。『太郎ちゃん』の方がよほど言いたくないのだが・・・。
 この男も、優雅で、そして美しかった。視力が弱くて俗なものを見ていないから、こうも透明で美しいブルーアイで居られるのかと思わせた。長い銀の髪が肩先できらりと揺れる。
「おまえらっ!静かにしろっ!来客中だぞ!」
 草間が怒鳴った。
「調査に協力するなら、きちんとこっちに来て、一緒に話を聞けっ!」
 安普請の雑居ビルオフィスは壁も薄く、応接室では三人の会話が筒抜けだった。

< 1 >
「15年って、殺人事件の時効の年数ですよね?」
「みなもクン!」
 依頼者を殺人犯扱いでもしているような、みなものいきなりの質問に、草間の方がたじろいだ。みなもは、テーブル越しに男を正面に見据え、膝をきっちり揃えて構えていた。
 男は苦笑した。
「うちの息子は小学一年ですが。奴も、テレビアニメの影響なのか、すぐに『これはコロシだ』とか『アリバイは?』なんて言い出します」
 子供扱いされ、みなもの頬はぷうと膨れる。その仕種が可愛かったせいか、男は笑みをかみ殺しつつ謝罪した。
「いえ、すみません。確かに妙ですよね、15年もたっているのに。
 私は地方都市の出身で、大学も地元です。今年の春、高校が廃校になったことを知りました。急に、いい歳をして感傷に取り憑かれてしまったというわけです」
「写真の女性は、大学の生徒では無いのですか?」
 セレスティは、卒業名簿やアルバムなどで、簡単に確認できるはずと思っていた。
「少なくても、校内で会ったことはありませんでした。ご覧のように、女子大生と言うには少女っぽいですし」
「すみません、視力が弱くて、写真は見えていないのですよ」
 セレスティが断ると、男は「そ、それは失礼しました」と慌てて頭を下げた。
「この背景は、キャンパス?」
 早くも来客用茶菓子の胡麻煎餅をくわえながら、シオンは尋ねる。
「2年の学祭の最終日でした。フィルムは20枚ほど写してあって。出店の写真やら、張りぼてのオブジェに混じって、この写真が。彼女を写した写真が他にも数枚ありましたから、カメラの持ち主は恋人なのじゃないかな。
 この少女のことは覚えていましたから、現像されたプリントを見て驚きましたよ。
 この写真を、宝物のようにしていました」
 シオンもセレスティも下を向いて微笑んだ。自分も通って来た想いだった。
 男とは奥手なもの。女性が幼い頃から恋愛に積極的なのに対し、いつも照れ屋ではにかみ屋で。恋だとさえ気づかなくて。
 気づいたとして、何をどうしていいか、わからなくて。
「当時は、興信所で少女を探そうとは思わなかったんですか?」
 みなもの質問に、草間も含めて男どもはにが笑いした。

 うちは地方の学校なので、学祭もそう派手じゃなかった。それでも、最終日には酔った奴らが、広場で騒いだりする。
 もう、陽の落ちた時刻でした。薄い闇が、広場を包んで。私たちは、軽い疲労と、騒ぎ飽きた退屈と、それから少しの寂しさを抱いて、広場に集まっていました。
 広場の噴水の所で、目立つ生徒達がはしゃいで水を掛け合って。最初は手で掛け合っていたのが、酔いもあってエスカレートして。杓や桶や、終いにはバケツを持って来たりする奴もいた。私は、遠巻きに眺める傍観者に徹していましたが。
 みんなびしょびしょになってた。男子ばかりの中に、一人あの子がいました。長い髪を頬や首に張り付かせ、黒目がちな大きな瞳を細めて笑っていました。噴水の中に立って、ワンピースの長いスカートの裾を絞っていた。
 水滴が、校舎の灯で、星みたいに光っていました。髪の毛も、指先も、濡れてキラキラして。
 噴水の水が、波打って、波頭も、細かく輝いて。水面から伸びる、彼女の足がやけに白くて。

「依頼人さんは、結婚なさっていますよね?この女性に今さら会えたとして、どうするのですか?」
 シオンが男の想い出を遮った。この問いに、男は面食らったようだった。
「どうって。え、会えなくてもいいんです、どこの誰か知りたかっただけなので。でも、妻には内緒でここへ来たので、ちょっと後ろめたいですが。
 まあ、このカメラをずっと持っているのも負担ですしね。捨てるに捨てられませんから。返せれば一番いいが、興信所を使って調べても見つけられなかったのなら、処分しても許されると思いませんか?」
 そして、「あ、お三人にはまだ名乗っていませんでしたね」と、男は名刺を差し出した。男は西野といった。

< 2 > 
 あたしの隣で、シオンは寝息を立てている。日本車とは云え高級車のリアシートだ。こんないいクッションの上で眠るのは久しぶりだろう。
 西野氏の故郷は、東京から車で4時間ほどの東北の地方都市。とにかく三人で大学へ行ってみようということで、セレスティが、運転手付き自家用車を出してくれた。
「ロールスロイスじゃないんですかぁ?」と聞いたら、
「ロールスのリムジンで乗り込んだら、注目を浴びてしまいますよ?」と助手席からわざわざ振り向いて笑われてしまった。

 長いドライブを終え、あたし達は西野氏が卒業した大学へ着いた。
 近くに商店街や繁華街はあったが、この辺りは完全に郊外らしく、ひたすら山と森に囲まれているという感じだ。コンクリート塀とレンガ作りの門は立派だが、こんな田舎では塀なんて不要なんじゃないのと思う。きっと、この街の家だって、鍵をかけている方が少ないのでしょう?
 石畳の敷石を踏みしめながら、校舎までを歩く。やたらに庭は広い。塀ぎわには、丸く作られた手入れのいい花壇が幾つもあり、赤や黄色の花を咲かせていた。数名の女子学生が庭を歩いている。風のさざめきのような笑い声が聞こえる。
 西野氏が言っていた広場の噴水も見えた。彫像などのあるローマ風の立派なものを想像していたが、白いコンクリートで平たく丸く作られただけの、ありきたりの形だった。
「あまりロマンチックな噴水じゃありませんね」
 あたしが声に出して言うと、シオンは「そうですか?」と目を細めて笑っていた。
「男のロマンチックと女性のは、違うのかもしれませんよ?」と、セレスティも、杖を支えに立ち止まって噴水を眺め、微笑んだ。

 事務所で、15年前付近の卒業生のアルバムと名簿を見せて貰うことができた。西野氏は彼女と学内で会ったことは無いと言うが、地味で消極的な学生だったようだし、学部以外のキャンパスに出向くことも少なかっただろう。彼女が本当にここの学生で無かったのか、シオンと二人掛かりで卒業アルバムの写真を確認することにした。
 セレスティは、噴水の水に尋ねに行った。噴水の水は回して使用しているので、当時の記憶を残す水もいるかもしれないとのこと。水とお話ししてみるのだそうだ。セレスティは水霊使いなので、水とはお友達だ。
 あたしも水を操ることぐらいはできるけど、彼のようにお話することは出来ない。少し羨ましい。
 あたし達は、黙々とアルバムのページをめくった。留年の可能性も考え、念の為に西野氏卒業の前後3年、7冊の卒業アルバムが机に積まれていた。
 埃くさいモノクロのページには、素朴な感じの大学生達がかしこまって整列した写真が並んでいる。女の人はみんな前髪を下げていて、瞳の部分が影になり、顔だちがわかりにくかった。
 それに・・・。女子大生って、15年前も今と同じで、全員が似た髪形、似たカッコをしているんだもの。
「一人ずつの写真の大学もあるんですが。これは、探しにくいですね」
 シオンがため息をついた。
 ぶ厚く良質の紙は、あたしの細い指ではめくりにくい。記念写真の後には数枚、日常やイベントを閉じ込めたスナップも並ぶ。それを素早く繰っていて、「あっ」と親指に痛みを感じた。
「どうしました?紙で斬りましたか?」
 あたしの痛みの声は小さかったはずだけれど、シオンが気づいて手首を掴んだ。親指の腹に赤い線が走り、血が滲んでいた。
「紙で斬るの、痛いです。あと1冊ですし、借りたアルバムに血をつけるといけませんから、休んでください」
 シオンは、胸ポケットからウサギのイラスト入りのカットバンを取り出し、あたしの指に巻いてくれた。シオンは、いつもこういうの、持ち歩いているのかな?あたしは指の絆創膏の絵を見ながら、シオンの少女趣味に笑いそうになった。
 と。
「いたっ!」
 シオンの叫びに、あたしは彼も指を切ったのかと、「大丈夫ですか?」彼の手を取った。
「あれ?血が出てない・・・」
「違う、違う、『痛い』でなくて、『居ました』です」
 シオンは、金髪縦巻ロールのカツラとお姫様衣裳を付けた、肩幅の広い人物が足を広げてガハハと笑うスナップを指さしていた。
「え、だ、だって、これ、女装ですよ?」
 確かに、あの写真の人に似ているけど。西野さんが探していたのは男だったってこと?ううん、あの写真は、絶対女の子。顎の線も肩の細さも、肌のきめ細かさも。
「・・・。兄妹?」
 自分でふと出た言葉に膝を打った。
 そうだ!高校生っぽかったと言った。兄が在学中で、学祭に遊びに来たのかも。
 シオンも瞳を輝かした。すぐに整列の写真のページをめくる。
 だが、シオンは次の瞬間眉を寄せた。あたしもそのページを急いで覗き込んだ。
 集合写真の右上。空と雲を四角く隠すようにして、その青年は一人で載っていた。黒い輪郭の写真。『故・宮沢謙一』とあった。

「わかりました。少女の名前は、『みやざわときこ』です。覚えている水がいました」
 セレスティが事務室に戻った時。
 すでにあたし達は名簿などで、宮沢謙一の死を確認していた。彼は腎臓で入退院を繰り返していたが、15年前の学祭の直後に入院した後は、もう退院することができず、そのひと月後に亡くなったのだそうだ。だから、西野氏が大学に届け出たカメラも、落とし主が現れなかった。

< 3 >
 みなも達は、宮沢家に電話をかけ、妹の時子がすでに嫁ぎ、『川又時子』として横浜に住んでいることを聞き出した。
 カメラの話をすると、謙一の母は紛失の件を覚えていて、時子の連絡先を快く教えてくれた。
 
 次の土曜日。
 西野はカメラと数枚の写真を手に、川又家を訪れることになっていた。
 みなも達は、相変わらず、草間興信所にいた。
「今頃、あこがれの女性と感激の対面でしょうね」
 指を胸の前で組んで、頬を薔薇色に紅潮させ、夢見るように呟くのは・・・少女のみなもでなく、42歳のシオンだった。
「でも、持ち主のお兄様が亡くなっていたとは。哀しい結末です」
 ソファの背にもたれ、セレスティが誰に訴えるでもなくぽつりと言った。銀の睫毛が瞳に憂いを落とす。
 みなもは、気持ちを奮い立たせるように首を横に振った。
「カメラが出て来て、妹さん、きっと喜びますよ」
 三人は、それぞれに思う。
 笑みを誘う、田舎の素朴な大学生の初恋。そして、朴訥さを無くさず、でもまだ淡く想い続けていた三十男の情けなくも切ない想い。
 恋も知らぬ若さだったかもしれない。妹と最後の学祭のキャンパスを歩いてフレームに収めた、若くして逝った謙一のこと。彼は長く生きられないことを感じていただろうか。フレーム越しに、同じ歳の若者達、未来のある彼らのことを、どう感じていたのだろう。
 兄は自慢の異性だったに違いない。レンズの向こうへ微笑みかける時子の表情は、兄への信頼と愛情に溢れていた。決して軽くない病の兄は、もう次の入院の日程も決まっていたはずだ。男子学生に混じって、はしゃいで噴水で水浸しになった時子は、あの水で涙を隠したのかもしれない。

 男は、地図の通りに右に曲がる。9月というのに暑い午後で、男は額の汗をぬぐう。暑さは、紙袋が重いせいもあるだろう。カメラと菓子折りを、揺すらないように注意して運んだ。
 庭を白いフェンスで囲った小さな建売が5つ並んでいた。2つ目の庭では、お腹の大きな女がホースでビニールプールに水を注いでいた。芝の上では2歳位の赤いビキニの子供が、待ちきれずにオモチャのバケツを振り回している。
 女は、髪を後ろに無造作に結んでいた。大きな黒水晶の瞳。化粧をしていない彼女は、15年前とあまり変わっていない。
 男は、門に向けて一歩ずつ歩き出す。
 女の手元、ホースの先からは、勢いよく水が吹き出し、ビニールプールにさざ波を立てた。細かい水泡が宝石のように輝く。
 ホースの水に、小さな虹ができていた。

< END >

□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1252/海原(うなばら)・みなも/女性/13/中学生
1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い
3356/シオン・レ・ハイ/男性/42/びんぼーにん(食住)+α

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

発注ありがとうございます。
ライターの福娘紅子です。
殺人事件はありませんでしたが、初恋はいただきました。
それから、作品には書いていませんが、どう考えても学校サボってます。
中学生に学校をサボらせてはいけませんね。すみません。