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<東京怪談ノベル(シングル)>


□蒼眼の奥の記憶

「よいしょ…っと」
 一つ大きく呼吸をし、重い荷物を持ち上げる。
 夕食の買出しも終わり、彼女は体格に似合わない大きな買い物袋を両手に抱えていた。
 今夜も自分が作った料理で、家族の喜ぶ顔を見られる。
 そう考えるだけで、自然と笑みが零れてくる。

 商店街のある大きな通りを抜けて、住宅街の入り口へと差し掛かる。
 その入り口のすぐそばには公園があり、子供たちは無邪気に駆け回っている。

 子供たちを横目に、まるで自分の子の様に、その無邪気な姿に笑みを浮かべる。
 きっとこの子達も、遊び疲れお腹をすかせて家路に着くのだろう。
 自分も早く帰って、家族の為に美味しい夕食を用意しよう。

 だが、今日は一つだけ、いつもと違う点がある。
 他の子供達とは明らかに違う雰囲気で、一人砂場に佇む子供が目に入った。
 砂を集めては山を作り、壊し、また集めては山を作り、壊す。
 無作為に繰り返されるその行為に、アレシアは足を止めた。

 いつしか辺りに居た子供の声は消え、誰も居なくなったその場所は静かに夜の訪れを告げる。

 その子を見つめるアレシアの心の中に、一つの記憶が蘇る。
 思い出したくも無い、忌まわしき出来事が。
 まるでその子になった気分で、アレシアはしばらくその場に佇んでいた。



 ―――あれからどれくらいの時が流れたのか。
 それはアレシアがまだ幼かった日の出来事。
 現在は夫の事情により日本に居を構えているが、当時彼女は母の生家のあるアメリカに暮らしていた。
 いつの時代も、どんな場所でも、子供達は変わらない。
 近くの公園で無邪気に遊び、夜が訪れるまで声を上げて笑う。
 唯一つ違うといえば、当時アメリカはベトナム戦争終結後にあり、疲弊した合衆国の経済、治安ともに低迷していた時期でもあった。

 しかし、そんな情勢などどこ吹く風、子供達は明るく元気に振舞っていた。
 そんな楽しそうに駆けずり回る子供達から一歩引き、遠巻きにそれを眺めている少女が一人。
 いつしか日は暮れて、子供達の影が公園から消えてから、その少女は一人帰路に着く。
「また明日…がんばろう」
 そう呟いて、少女…アレシアは暗い夜道を歩いていた。

「ねえママ…私にもお友達できる…?」
 そう尋ねると、母は優しく微笑んで頭を撫でてくれた事を覚えている。
 自分が持つ能力…そのコンプレックスが、他人と関わることへの障害となっていた。

 翌日。
 アレシアはまた昨日と同じ場所で一人佇んでいた。
 ただ、昨日と違う点が一つ。
「ねぇ、一緒に遊ぼっ」
 一人の女の子がアレシアの手をとった。
 一瞬の出来事に戸惑いを覚えたが、アレシアがそれを理解するのに時間は必要なかった。
「…はいっ」
 昨日までとは打って変わった笑顔で、彼女は首を縦に振る。

「また明日ね!」
 そう言って、アレシアの手を取ってくれた少女は大きく手を振り、日の落ちた住宅街へと消えていった。
 アレシアもまた、また明日と小さく手を振り、帰路に着く。
 その足取りは軽く、何時までもその場を離れたくない、そんな気持ちで一杯だった。

「今日…お友達、できました」
 そう嬉しそうに話すアレシアに優しく微笑む母。

 そうして毎日、公園に出かけてはその少女と遊び、日が暮れるまで遊ぶ。
 毎日起こる新鮮な出来事に、母も同じように喜んでくれる。
 何時しかアレシアが抱えていた特別な能力を持っている、というコンプレックスは影を潜めたかに見えた。

 だが…。


 それが日常となっていたある日。
 その出来事が後に、彼女の記憶に影を落とすこととなる。

 治安の悪化が目立つ合衆国。
 その合衆国に今日も一つ事件が発生していた。

 武装した集団が現金輸送車を襲い、そのまま輸送車で逃走を続けている。
 確かアレシアが家を出る前にも、マスコミはその話題で持ちきりだった。
 しかし、アレシアにそんなことが理解できるはずも無く…彼女はいつもどおり家を出た。

 いつもと同じ様に公園に出かけたアレシアの目に飛び込んできたのは、それは凄惨な光景だった。
 彼女は目を丸くしてその場に立ちすくむ。

 公園の敷地いっぱいに広がる血溜り。
 力なく横たわる、自分と歳の変わらない子供達。
 当たり一帯に漂う気持ちの悪い鉄の匂いに、アレシアは口元を押さえた。


 …その中に見つけた一人の少女の影。
 また明日と元気よく自分に手を振ってくれた、あの少女だった。

 アレシアは無我夢中で少女に駆け寄る。
 彼女の腹部には大きな血の染みが広がっていた。
「……っ!」
 アレシアは必死に少女の身体を抱きかかえようとする。
 だが子供とは言え、同じ子供がその身体を支えるには余りに弱く、崩れ落ちそうになるもそれを懸命に支える。

「ごほっ…いた…いよぅ…ママ、パパ…」
 まるで世迷言の様に、息も絶え絶えに少女は言葉を発した。
 だが…時折咳き込むと、その小さな口からは鮮血が流れ出す。

「大丈夫…大丈夫…っ」
 懸命に少女に呼びかけ、意識をこちらへ向けようとする。
「アレシア…ちゃん?」
「はい…大丈夫、大丈夫だから」
 大丈夫、そう懸命に呼びかけるが、その大丈夫という言葉に根拠は無い。
 だが彼女の声に少女は少し落ち着いたのだろうか、少しだけ笑みを浮かべると少女はアレシアに手を伸ばす。
 しかし、その手はどこか空をつかむような感じに、伸ばしたままでまごまごしていた。
 アレシアは無意識にその手を掴むと、少女の胸元へと添えた。

 それでまた安心したのだろうか、少女は優しい笑みを浮かべた。
 一体何が起こったのか判らなかった、先ほどまで力を込めて支えていた少女の身体が軽くなったと思うと、そのままぐったりしてしまった。

 まるで眠っているかのごとく、安らかな顔をして。

 おそらくそれがアレシアにも判っているだろう。
 今までこらえていた涙が一粒、抱きかかえた少女の額に零れ落ちた。
 人が目の前で死ぬという出来事は、まだ幼いアレシアには余りに重すぎた。

「なんで…なんでこんな事…っ」

 もう二度とあの楽しかった日は訪れないのだろうか。
 そう考えるだけで、堪えていた涙がとめどなくあふれ、泣き崩れた。

「もしかしたら…」

 一つだけ…アレシアには方法があった。
 ずっとコンプレックスに感じていた忌むべき力。

 だが今の彼女に迷いは無かった。
 またあの日々が戻ってくるならば、その思いだけが彼女を駆り立てた。

 少女の亡骸をそっと横たわらせると、彼女は一つ大きく深呼吸すると、静かに目を閉じた。

「お願い…もう一度だけ、目を開けて私をみて…っ」

 祈るように彼女はその言葉に力を込める。
 一つ、二つと少女の周りに光が漂い、やがていくつもの束になり少女の身体を包み始める。

「架の者に…大気に満ち、木々を揺らし、風を凪ぐ鼓動を、大地に踊る慈悲のその大いなる命脈を…」

 …以前母が、箒に命を吹き込み、まるで生きているかのように扱うのを見たことがある。
 きっとその術を使えば、少女はまた蘇る、そう信じてアレシアは言葉を紡いだ。

 それを見よう見まねだけで実践しようとするその力も、アレシアの持つ特殊な力故のことなのだろうか。
 すべてがうまくいったかのように見え、アレシアは胸を撫で下ろす。
 が、しかし…。

 少女を包んでいた光は、自身の光を弱め弱々しく宙を舞い、不思議な円を描きやがて空中で弾けた。
 瞬間、横たわる少女の亡骸はふっと宙に浮き、一瞬のうちに灰となり、辺りに散りばめられた。

「あっ…あっ……」
 その光景に言葉にならない声をあげ、アレシアは舞い落ちる灰を掬おうとする。
 しかし無常にもそれは彼女の手に収まることなく、宙を舞い、風に流されていく。

 灰を集めては風に流され、また集めては山を作り、風に流される。
 先ほど枯れたと思っていた涙が、頬を伝い、流れ落ちてきた。

「いやぁぁぁっ……!!」

 もし、術が成功したら…きっと友達は帰ってきたのに。
 もう一度、笑って一緒に遊べただろうに…。

 陽が落ち、闇に染まるまで…彼女の涙が枯れることはなかった。


 …アレシアの魔術は完璧だった。
 だがしかし、魔術を施行する為に最も大事な物を、彼女は忘れていた。

 それは代償。
 魔術とは何かを犠牲にして、初めてその力を得ることが出来るものである。

 そしてもう一つ。
 彼女が使用した魔術は…生無き者に魂を与える術であり、生を受けて生在る者として生きたものに、魂を復元する術ではなかったのだ。



 ―――時を戻し、アレシアは我に返る。
 気がつけばすっかりと陽は落ち込み、辺りは街灯が照らすだけの僅かな光しかなかった。
 気にかけていた子供の姿も、今はもう無い。

「忘れたと…思ってたんですけど…」
 誰にとも無く、ぽつりと呟いた。

 自分の未熟さゆえに、初めて出来た友達をこの手で『消して』しまったという重み。
 余りに幼き日の出来事ゆえ、未だ彼女の心の奥に居付いては消えぬ罪。

 それ以来、彼女は力を人前で使うことはなかった。
 生を与えるも、破壊するも出来るこの力を理解するために、自分の力のことを学んだ。

 今でも思い出すだけで目頭が熱くなる。
 忘れたいと思う反面、それを思い出すこともまた、自分自身への戒めでもあると、アレシアは思っていた。

「さ、もうこんな時間。
 早く帰って夕飯の支度しないと…もうみなさんお腹空かせてるでしょうから」

 向き直り、改めて彼女は帰路についた。
 だがいつかは訪れるだろう。
 彼女がその眠らせている力を、再び紐解かねばならぬ時が。

 彼女の蒼眼はどこか冷たく、まるで闇に溶け込むかのように。