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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


地中海より愛を込めて

 四年に一度の祭典。
 世界中を感動と興奮のるつぼに巻き込むスポーツの大祭が、もうじきやってこようとしていた。開催地であるここアテナでも、市街地はすっかりオリンピック一色に染まっている。
 ご多忙に漏れず、多岐川・雅洋(たきがわ・まさひろ)がキャスターを務める番組も、中継をするためにスタッフ一同が先日アテネ入りをしていた。
「やれやれ、折角の夏期休暇前だと言うのにこんなところにまで仕事か‥‥」
 やれやれと溜息をつきながら、ネクタイを緩める。
 その呟きを近くで聞いていたらしく、隣で恨めしい視線を送る人物がいた。
「いいじゃないですか。多岐川さんはちゃんとした部屋が与えられてるんですから」
 相変わらず、物怖じをせずに突っかかってくる相手に、雅洋はついつい苦笑を洩らす。
 葛井・真実(くずい・まこと)。
 アナウンサーとして入社したにも関わらず、生来のお人好しさからADやカメラマンにも理不尽に扱われている。が、それでいて人懐っこいトコロもあるから、スタッフ連中のお気に入りだった。
 空回りする情熱は、見ていてまるで子犬のようで。
 雅洋自身、かなり気に入っていたりする。
 いやむしろ。
「だいたいどうして、多岐川さんだけ部屋が取れて、俺が他のスタッフと屋上に泊まらなければならないんですか」
 キャンキャンと叫ぶ姿は、本当に可愛い。
 殆ど強行軍とも言うべき現地中継は、ホテル事情の悪さと相まってかなりのモノだ。殆どのホテルで部屋が取れないという有様。クレタ島からの通いか、豪華客船の船倉での雑魚寝、という選択肢もあるのだが、はっきり言って最悪な環境だ。
 それなら同じホテルの屋上の方が、一緒に行動できるだけ幾分マシというもの。
「‥‥そんなに文句があるのなら、俺の部屋に来るか?」
 言葉の隙を縫って、抜群のタイミングで口を挟む。
 え、と顔を上げる葛井に、さも心配そうな口調で、
「まがりなりにもおまえはアナウンサーだからな。風邪でもひいたらコトだろう?」
 内心の企みを一片も匂わすことなく、雅洋は誘いを掛けた。
「え、あ、その‥‥でも、多岐川さんの部屋はシングルだし」
「同じベッドでも構わないだろ?」
「でも俺、あなたが苦手‥‥だし」
「こっちは気にしないさ。むしろ、これを機会に仲良くなれたら幸いだね。なにしろ同じ番組のスタッフ同士だ」
 仲良く。
 そう口にした時、雅洋の脳裏に浮かんだのは、とても言葉に出来ない類のモノ。
「えっと、あの‥‥でも‥‥」
 突然の誘いに、葛井は目に見えて困惑している。
 まあしょうがない。普段が普段だから、な。
 ならば。
「――ほら、行くよ」
「あ、の‥‥ちょ、ちょっと‥‥」
 グイッと強引に肩を引き寄せ、そのまま押しの一手で彼を伴って部屋へと向かうコトにした。
(さて‥‥どうしようか‥‥)
 うっすらと雅洋の口元が笑みを浮かべたのを、アタフタと慌てる葛井が気付くことはなかった。



 シングルとはいえそれなりに広い室内で。
 それでもベッドは、やはりシングルサイズのものだった。そのピンと張り詰めた白いシーツを見た途端、真実は思わずギクリと身体を強張らせる。
 が、そんな自分に構わず、多岐川はなんでもない顔で通り過ぎ、ゆったりとソファーに座りリラックスしていた。
「‥‥あ、あの」
「ふう、すっかり汗をかいてしまったな。葛井クン、先にシャワーでも浴びてきたらどうだ?」
「え?!」
 思わず素っ頓狂な声が上がる。
 知らず知らずに顔が赤くなるのを、向こうはバカにしたようにクスリと笑みを零した、ように見えた(本当は可愛らしいとニヤけていたのだが、真実の目にはどうしてもそう見えたらしい)。
「え、っと‥‥でも、ここは多岐川さんの部屋なんだし、ここはそちらが先に」
 上擦る声を懸命に堪え、なんとか誤魔化そうとする真実に対し――多岐川の答えは。
「それなら一緒に入るかい?」
「‥‥‥‥えぇぇぇっ!!」
 そう言われ、今度こそ真実は慌てふためいた。
 真っ赤になった顔で、何かを口にしようとするがパクパクなるだけで、言葉が出ない。そんな自分の態度に、多岐川は優雅な笑みを浮かべつつ、一歩近付いた。
 思わず一歩下がる真実。
 もう一歩、近付く。
 一歩下がる。
 とん、と踵に当たったのは背後にくっついた壁。
 とうとう追い詰められた真実の顔の間近までぐいっと引き寄せ、
「君となら、いつでも一緒に入って構わないよ」
「あ、あの、その‥‥」
「なんならもっと親密な関係になってもいいさ」
「えっ」
「どうだ? 試してみないか?」
 スッと腕が腰に回る。
 強引に引き寄せられ、今にも顔がくっつきそうになり――

「い、いや待て! お、俺は男だし!」
 払い除けようとした真実の腕をしっかりと固定し、多岐川は静かに耳元で囁いた。
「――無問題(モウマンタイ)」

 態とらしい中国の韻の響きに、真実の背筋には何かが駆け抜けた。



 ――さて、どうしようか?
 内心で舌なめずりをしそうな程気が急いているのか、と雅洋は苦笑を零しそうになる。
 無理もない。なにせ長い間待ち望んだ獲物(?)が目の前にいて、そして部屋の中は二人きりなのだ。
 虎視眈々と狙う視線に、目の前の相手はまるで小動物のように狼狽えている。その様子が、自分の中の本能を呼び覚まそうとする。
 そう、これは自分が悪いのではない。
 怯える様子を見せる相手が悪いのだ。
 ‥‥などと。
(まあ、馬鹿なコトを考える)
 表面は真顔のまま、更にグイッと近付ける。
「‥‥明日以降のハードスケジュールを考えれば、君の身体に負担をあまりかけたくはないのだが」
「ふ、負担ってなんですか?!」
 焦る葛井に構わず、雅洋は言葉を続けた。
「――大丈夫だよな。なにしろ若いんだし」
「あ、ちょ、ちょっと! なにを――」
「イケナイコト、してみようか」
「!!」
 強引に身体を反転させる。
 その勢いのまま、雅洋は葛井の身体をベッドの方へと放り投げた。バスッと音がして、その身が深くシーツの海に沈む。
「ちょっ――」
「さて、楽しもうか?」
 上半身を起こされる前に、肩を掴んでベッドに固定してやり、そして――何かを言おうとした唇を、きつく塞いだ。



(――な、なんで?!)

 目の前の出来事に頭がパニックを起こす。
 殆ど思考回路は停止し、身を捩ろうにも力強い腕に阻まれ動けない。
 しかも、今自分の唇を覆っているのは、生暖かい体温。加えて差し込まれたぬめりのある軟体物が、歯列を割って自身のそれを柔らかく吸い上げる。
「‥‥ッ!」
 生まれてこの方、そんな経験など殆ど皆無な真実にとって、その衝撃は脳天をハンマーで叩かれるような衝撃だった。
 青天の霹靂。
 そんな言葉が頭を掠めるが、それ以上にパニックになる自分が居た。掻き回される口内は、考えようとする力すら失わせるのだ。
 自分は男で。
 相手も‥‥男で。
 ましてや天敵にも思しき相手からの、濃厚な接吻け。イヤだと片隅では思っているのに、ゾクリと背中を走った感覚は、未知なる快感を真実に与えた。
 グルグルと。
 目を回すほどの混乱は、身を剥がすコトも押しのけるコトも出来ず。

 ――伸ばした腕は、思わず相手のシャツを掴んでいた。



 ‥‥シャワーの音が浴室に響く。
 ノズルから吹き出したお湯は程良い熱さで、汗で粘付いた肌を心地よく洗い流していく。スーツの上からでは分からない意外と引き締まった身体は、日頃の摂生の賜物だ。
 シャンプーの泡を髪から洗い落とし、サッパリしたところで蛇口を捻れば、キュッと音がしてシャワーが止まった。
「‥‥ふう」
 一息ついてから、タオルを頭から被った。
 何度か水滴を拭ってから、バスローブに身を包んで浴室を出る。直後の視線は、ベッドの上で茫然となっていた葛井を捉えた。向こうもこちらを見て、途端にビクリと肩を揺らす。

 ――乱れてはいたが着衣のまま。

 彼は少し怯えた目を向ける。
 その思考回路が手に取るように解り、雅洋はクスリと笑みを浮かべた。
 そして。
「明日も早い。さっさとシャワーを浴びて、寝るんだな」
「え‥‥」
「大事な報道マンの体力を奪う訳にはいかないからな」
 瞬間。
 彼が浮かべたのは、どこか残念がる表情。
 すぐに元に戻し、赤くなりながらもホッと安堵の息を吐いた。
(‥‥さすがに無理矢理は、な)
 一気に落とすのではなく、じわじわと周りを固めるコトが雅洋の信条だ。ゆっくりと慣れさせ、逆らうコトが出来なくなるまで追い詰める。
 それこそが、獲物を狙うハンターの心得だ。
「ほら、さっさとシャワーに行け」
 もう一度促せば、葛井は慌ててシャワー室へと姿を消した。その時の後ろ姿を見送りながら、雅洋はニヤニヤと笑いが出るのを止められなかった。
 まだまだ時間はたっぷりとある。
 ゆっくりと時間をかけて落としていけばいいだけだ。
 もう一度。
 今度は、口に漏れるようにクスリと笑う自分がいたことを、雅洋は誰よりも楽しみにしていた――――


【終】