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<幻影学園奇譚・学園祭パーティノベル>


今宵の出逢いに乾杯を


「これはこれは。美しい貴婦人がおいでだと思いましたら、シュラインさんではないですか」
 何やらメモに書きこみをしつつテーブルを巡っている少女に、少年は声をかけた。
少女はその声に小さく頷きつつ振り向き、ごくりと大きく首を動かす。
「……食事中でしたか?」
 少年はそう言うと口許に片手をそえて穏やかな微笑みを浮かべた。
少女はその問いかけに対して首を縦に動かすと、人差し指を口許にあてて周囲を見渡した。
「こんなにたくさんのご馳走ですもの。美味しくいただいた後は、自分でも作ってみようかしらと思って。……味付けとか食材とかをメモしていたんです」
「レシピのメモですか? 熱心ですね」
 シュラインが手にしているメモ帳を覗き込みながら微笑すれば、彼女はふわりと笑って再びテーブルに顔を向けた。

 円いテーブルがいくつか並べられ、その上には綺麗に盛りつけられた料理や菓子が並べられている。
客はそれらを無料で食す条件として、中世を彷彿とさせる衣装を身につけていなくてはならない。
『中世ファンタジーコスプレ晩餐会』を掲げて出展したのは演劇部であるが、食事をしている客達が着けている衣装も、演劇部が威信をかけて(?)作ったものであるので、見目にも華やかで美しい。
 テーブルに並ぶのはスコーンやプティング。ローストポテトやカリフラワー、グリンピースや人参が添えられたローストビーフ。
アップルソースが添えられたローストポーク。スープもトマトのものと具沢山のチキンスープの二種類が用意されてある。

「イギリス料理、でしょうか」
 片手に取り皿とメモ帳を持ってテーブルを巡っているシュラインを追いながら、少年――セレスティは呟いた。
目を向ければ、丁寧に淹れられた紅茶も芳しい花の香りを放っている。
セレスティは紅茶のカップを一つ受け取って口に運び、ふむと頷いて周囲に目を配った。

 学園祭も二日目。様々な催しが行われている中、生徒達はそれぞれ思い思いの展示を見に行っているのだろうか。
コスプレ晩餐会に訪れている生徒の数は決して多くはなく、それだけに華やかな衣装を身に着けている皆の姿が見渡せる。
かく言うセレスティが着ているものはといえば、襟と袖に細やかな細工の施されたレースがついた、裾の長いガウン。
色は黒だが、ベロアで作られているためか、動くたびに優美なドレープを描いて揺れる。
華奢な体躯のセレスティではあるが、すらりとしたスタイルによく映えている。
それに合わせたハンギング・スリーブは銀糸で刺繍が施され、やはり黒という色ながら派手すぎない自己主張をしている。
手にしているステッキは紳士を真似たものではないのだが――まあ、それもファッションの一つとして役立つ。
衣装は演劇部が腕によりをかけたものではなく、セレスティ本人が持ちこんだものだ。
「……それにバジル、っと……これで料理全部制覇したわ」
 満足そうに頷きながら近寄ってきたシュラインを見やり、絹糸のような銀髪の奥で視力の弱い瞳を細める。
「レシピメモは終了しましたか?」
「ええ、おかげさまで。あとはこれを今度実践してみて、自分なりのアイデアとかを練りこんでみたりするだけです」
 自分に向けられるシュラインの真っ直ぐな視線に笑みを返し、セレスティは手にしていたカップを受け皿の上に戻した。
「セレスティ先輩は? せっかくの晩餐なのに、食事を堪能されたりしないんですか?」
 見る限り紅茶しか口にしていないセレスティを気遣い、シュラインがそう言うと、
「ええ、私はちょっと別件でこちらに足を運んでみたものですから――それにあまりお腹もすいていないんですよ」
 セレスティは細い首を傾げて陽射しのような微笑みを浮かべた。
「別件?」
 シュラインが目を輝かせる。
――もしかしたら、何か事件でもあったのだろうか?
そう訊ねようと身を乗り出した、その時。
「いやァ、これもまた素晴らシイ! 香辛料の配分が絶妙でスね!」
 あまり聞き慣れない声が響き渡った。
セレスティとシュラインは一度お互いの顔を見やってから、同じタイミングでその声の主に視線を向ける。

 奥のテーブルにいたのは円卓の騎士然としたいでたちの少年。
甲冑はもちろん作り物だが、それでもそれなりの重量はあるらしく、少年は時々大きく伸びをしている。
彼はパイを手にしてそれを口に運び、その度に美味い美味いと絶賛していた。

 セレスティとシュラインは少年に向けていた視線を持ち上げてお互いを見やり、それから小さく笑って少年へと歩み寄った。
「こんにちは。はじめまして、かしら?」
 自分より背の高い少年の顔を覗きこんで微笑むシュラインに、少年はテーブルに置いてあったグラスの中身を一息にあおって頷いた。
「はじめまシテ。……お姉さん、綺麗ですネェ」
 そう応えて微笑みを返すと、少年は甲冑をまとった体をシュラインとセレスティに向け直し、悠然とした動きで頭を下げる。
メガネの奥で光る海のような青が、ゆらりと輝きを放った。
「私、デリク・オーロフと申しマス。お初のおめもじ、光栄至極でございマス」
 そう告げてシュラインの手を取り、頭を上げる。
にこやかに微笑む表情には、しかしなぜか感情といったものの気配を感じない。
「まあ、ありがとう」
 フフと笑い、シュラインは首を傾げた。
シュラインはジプシーの踊り子を思わせる衣装をまとっている。
大きなリングの耳飾りをつけた耳の上には一輪の花を飾っていて、胸元の大きく開いたシャツにふんわりとした布が何重にも巻かれたスカート。
シャラシャラと心地よい音を立てる飾りのついたショールを肩からかけていて、細い腕や足首にもリング型のアクセサリーをつけている。
細身の体躯に豊満な胸というスタイルにはうってつけの衣装だろう。
「円卓の騎士、という感じね。デリクくんもなかなか素敵よ」
 青い目を細めてそう告げるシュラインに、デリクも微笑みをもって返す。
「そちらの紳士……紳士というヨリは、すごく真っ当な政治を執行されていらっしゃいそうナ方ハ?」
 笑みながらシュラインの肩越しに視線を送り、ステッキを片手に紅茶を嗜んでいるセレスティへを頭を下げる。
「3年のセレスティ先輩よ」
 ショールの飾りをシャラリと鳴らしてセレスティの傍へと近寄ると、シュラインはそう応えてセレスティの顔を見上げた。
セレスティはシュラインの顔を見据えて目を細め、カップをテーブルに戻してデリクに視線を送った。
「はじめまして、デリクくん。学園祭は楽しんでいらっしゃいますか?」
 ステッキをカツリと鳴らしてデリクに近付くセレスティに、デリクは肩をすくめて小さく笑う。
「楽しんではいマスが――……ドウモここしばらく、学園内に妙な感覚を覚えテ落ちつかなイといいますかネ」
「ふむ。それはいつ頃から?」
 穏やかな笑みを浮かべたままのセレスティだが、デリクの言葉にわずかな反応を示してみせる。
シュラインは二人の会話を黙したままで聞いているが、彼女もやはりデリクの言葉に興味があるのか、知的な光の宿る瞳を揺らしていた。
「ハァ、そうですネ……夏休み……あたりからでショウか」
 
「お話途中で失礼します。セレスティ・カーニンガム様でいらっしゃいますよね」
 突如会話に割って入ってきた少年が、静々と頭を上げてセレスティの顔を見やった。
小間使いのいでたちをしている少年は、セレスティが頷くのを確かめてから、シュラインとデリクをチラリと見やって口をつぐんだ。
「二人は私の友人です。場合によってはお手伝いなどもしていただきますから、どうぞお気兼ねなく」
 少年の警戒を解くように片手を挙げてそう応え、セレスティはふわりと陽光のような笑みを浮かべる。
その言葉に安堵したのか、少年は周囲にいる客――数はそれほど多くないが――に視線を配りつつ、小声で話をはじめた。
「セレスティさんは怪異な現象に関心をお持ちで、その上それらを幾つか解決なさっておいでだと聞きます。それを見こんだ上でのお願いなのですが……」
 少年の言葉に静かに頷くセレスティと、その横ではシュラインが腕組みをして黙している。
デリクは少年の言葉を聞きながらグラスに残ったアイスティーを飲み干し、ふむと嘆息してみせた。
「ここしばらく、役者として脚光を浴びている女生徒一人が、怪異にとり憑かれているのです」
 三人の顔を順に眺め、少年はいよいよ声をひそめて眉根を寄せた。
少年が語ったその怪異の内容は、こうだ。


初めは気のせいかと思い、次にどこかで水漏れでもしているんだろうと思った。
現に彼女は寮住まいであったから、例えば隣室で蛇口を締め忘れたままで就寝してしまったとも考えられる。
彼女は二人部屋に一人で住んでおり、自身がそういったチェックを怠っているという可能性は、全くのゼロに等しかったから。
しかしそれは日に日に強さを増していき、やがて彼女のベッドを取り囲むようになった。
――――水の音が、する。
まるで自分を中心に、豊かな水量をたたえた水場が広がっているかのような。
しかしそれは音がするばかりで、現実にはそこに溢れる水は一滴も見当たらなかった。
不気味に思った彼女は学園側に部屋の変更を申し出て、それが受理されるまでの日数を、友人の部屋で過ごすことにした。
しかし部屋を代えた後にも水の音が止むことなく、むしろそれはやがて現実の生活にも影響を及ぼし始めたのだった。
部屋がやけに湿っぽくなったり、閉じていたはずの蛇口が突然全開になったり。


「つまりは、水に関する怪異がその彼女の周囲で起きていると。こういうことですね」
 少年の話に聞き入っていたセレスティがそう訊ねると、少年は「そうです」と応えて首を縦に動かした。
「わかりました。ちょっと調べてみましょう。――それでその彼女は、今どちらに?」
 言葉を続けると、少年はついと歩みを進め、晩餐会の会場を後にした。

 少年は会場を後にしてから何度か後ろを振り返り、セレスティ達がついてきている事を確認しつつ、寮のある方角へと進んでいく。
背中を丸めて小走りで進んでいく少年を目で追いながら、デリクがニマリと口の端を持ち上げた。
「――わくわくしますネェ。何だか胡散臭い匂いがしますヨ」
 くつくつとこみあげる笑いを押し殺してそう告げるデリクに、シュラインがため息をもって頷く。
「怪異で怯えているというその彼女を思えば不謹慎だけれども、でも確かにね」
 スカートの裾をつまみあげて歩くその足取りは、とても軽やかなステップを踏んでいるように見える。
セレスティは無言のままで少年の背中を見つめ、慣れた動作でステッキを持ち替えた。

「ここです」
 やがて少年は一つの扉の前で足を止め、神妙な顔つきで振り向いてからドアノブに手をかけた。
扉は軋み声をあげて開かれ、奥からは妙に湿った空気が流れ出てきた。
「会ってあげてくださいますか。……セレスティ様、シュライン様、デリク様」
 扉が完全に開くと少年はふかぶかと頭を下げ、小刻みに背中を震わせる。
「心配しなくてもいいのよ。きっとどうにかなるから」
 少年の心を宥めるようにシュラインが微笑むと、少年はゆっくりと体を起こし――――すでに人ではなくなっている顔にニタリと笑みを張りつかせていた。
「ありがとうございます、シュライン様。――さあどうぞわたしの胃袋の中へ」

 けたたましい哄笑。少年は三人の背中をどんと押しやって部屋の中へ閉じこめると、後ろ手に扉を閉めてゲタゲタと笑った。

 寮の一室であるはずのその場所は、全体がぐにゃぐにゃと歪んで捻じれた空間へと変貌していた。
足場さえも定まらず、まるで宙に浮いているかのような錯覚に捕らわれる。
そしてそこかしこに淀んだ池のようなものが漂っている。

「これは」
 シュラインが呟いた。
「ハメられたってヤツでしょうかネェ」
 デリクがニヤニヤと笑う。
セレスティは言葉なく穏やかな微笑みを浮かべ、陽光にも似たその笑みを少年へと向ける。
少年はすでに少年ではなく、そこにいるのは馬の姿をした化物だ。
「――やはり、ケルピーでしたか」
 その姿を確かめてそう告げると、セレスティは笑んだままの瞳をゆるゆると細め、
やがてその表情を冷酷なものへと変えた。
「人間を騙して水場へと誘い、そしてそれを食らうという妖精。私達をも食らおうと考えたのですね」
 ケルピーはゲタゲタと笑い、一声いななくと、突風よりも迅くシュラインを目掛けて飛びかかった。
「ぅおまぇぇらぁを食らえばオゥオレの力も神に近付くゥかぁらあああ」
 哄笑。
しかし鋭い爪はシュラインの白い肌を切り裂く前に、細胞の一つ一つが分解されていくように微塵に砕け、落ちた。
「残念。もう少し巧みに演じていれば、私も欺かれたかもしれませんのに」
 片手を持ち上げてケルピーの腕を掴んでいるセレスティが、やわらかな笑みを浮かべ、小首を傾げる。
ケルピーの腕は見る間に霧散していき、哄笑を叫喚に変えたケルピーは、その細胞の一片をも残すことなく消え失せた。
「あなた歩く時、馬の蹄のような音をかすかに立ててらっしゃったのですよ。……いけませんねえ」
 くつり。セレスティの口許に揺るんだ笑みがこぼれた。

 ケルピーが作り上げたはずの場は、造り主が失せても消えはしなかった。
むしろ場は安定を崩したのか、どこからか地鳴りのような低い唸り声が聞こえる。
「魔界に通じたようですネ」
 デリクがニヤニヤとそう告げる。
「魔界も楽しそうですシ、行ってみませんカ?」
 良案を思いついたとでも言いたげにそう続けるデリクの言葉は、シュラインによってあっけなく一蹴された。
「そんなわけないでしょう? ああでもどうしたらいいのかしら」
 知力を感じさせる青い瞳に焦燥の色を浮かべてそう呟くシュラインに、デリクが応える。
「私が助けてさしあげますヨ、ジプシークイーン」
 低く、通る声。
シュラインがデリクを見やる。
セレスティがシュラインの腕を掴んだ。

 グニャリ

 三人のすぐ傍の空間が、ケルピーのものとは異なる力で歪められた。



「いやァ、一時はどうなる事カと思いマシたよ」
 呑気な口調でそう述べつつ、デリクは取り皿の上に並ぶチキンを口に運んだ。
「デリクくん、よく食欲あるわねえ」
 感心したようにシュラインが述べれば、デリクは咀嚼しつつもやんわりとした笑みを作る。
「まあ、何事もなく戻ってこられたのですから。――そういえば三人の紹介もそこそこだったと思うのですが……」
 いつものような笑みを浮かべ、セレスティがワイングラスを片手に首を傾げた。
「ああ、そういえばそうですね。ところでその中身、まさか本物じゃないですよね」
 シュラインはそう言いつつセレスティが手にしているグラスを眺める。
グラスの中には薄い黄金に揺れる液体がある。
「乾杯ですカ? いいですネェ!」
 デリクはうきうきとグラスを手に取ってセレスティに勧められた瓶の中身を受け取り、
「無礼講ですヨ、シュラインさん!」
 甲冑を鳴らしてそう告げる。
シュラインは思わず笑みをこぼした。
「そうね、お祭りですものね」
 そう応えて小さく微笑み、グラスを手にしたシュラインに、セレスティが高級そうな瓶を差し伸べた。

「それでは改めて。どうやら不思議な縁で繋がれていたようなこの出会いに」
「乾杯」
「乾杯」
 三つのグラスが小さな音を立てた。

「……ブハ!」
 吹き出したデリクに、セレスティが首を傾げて笑いかけた。
「私達はまだ学生なのですから。こうした場で堂々と飲酒するわけにはいかないでしょう?」
「……確かに」
 シュラインは苦笑いを浮かべ、グラスの中で揺れているマスカットジュースを確かめた。   




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 3−A】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 2−A】
【3432 / デリク・オーロフ / 男性 / 1−B】




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■         ライター通信          ■
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まずは発注くださいましたことに感謝を。
そして謝罪を(泣き崩れ)。
学園イベントが終了するまでには納品を済ませようと思っておりましたが、
個人的な事情で一日ズレこんでしまいました。
申し訳ありません。

皆様それぞれに個性的な衣装でいらして、時代背景などを調べる作業がとても楽しかったです。
その割にはその背景を反映させていませんが。
本当はもう一つ浮かんでいた事件があったのですが、そちらは組みたてていくと
血なまぐさいことになりかねないので、今回は見送らせていただきました。
(イギリスで起きた有名な殺人事件といえば、まず真っ先に浮かぶであろう、あの有名な事件です)

このノベルが、皆様の学園生活の思い出の片隅にでも添えていただけますように。