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<東京怪談ノベル(シングル)>


Forsan et haec olim meminisse iuvabit.

 ――こう言うのは、柄じゃないんだけどね。

 唇に苦笑を浮かべながら、嘉神しえるは秋の色に染まる街を眺める。
 部屋から見える陽の色は、夏とは違い何処か物悲しく――そして、穏やかだ。

 日々変わる、空の色。
 葉の色でさえ、毎日一定ではなく色を変える。
 時だとて一秒一秒違う――いつも同じ、等ありえない。

(そう言えば、そう言う法則を打ち立てたおっさんが居たかしら……)

 何らかの変化を加えない限り、全ては冷めてしまう。
 様々なものが、そうなのだ。
 何時かは世界もまったいらになる。
 そんな、あやふやな世界に自分はいる。

 ああ、では――

(気持ちも、何時かは変わるのかしら?)

 形の良い唇を苦笑から微笑に変えて、しえるは想い馳せる。
 穏やかな人。
 良く、自分が仕えてる神様のフォローに回ってるような人だけれど、しえるはそう言う馬鹿正直な点が好きだ。
 とは言え、こう言うことを言うと「酷いですねえ」と言う言葉が返ってきそうだが。

 ただ――普通の恋人たちと自分たちが違う点がひとつだけある。
 しえるは人だ。
 天使の血を、うっすら継いでるとはいえ、今は人と何ら変わりは無い。

 だが、愛しい人は――人ではない。
 人に非ざる、自分たちとは生きる時間が全く違う悠久の流れをくむ眷属。

 今はまだ良い……外見的にもそう変わらないし、一緒に並んでいて釣り合いが取れるし、彼だとて気にはしないと言う事は、しえる自身良く解っている。

 良くは解っているけれど……理解している、と言う事と納得できる、と言う事は違う。
 理解していても納得できない事は、この世に多く溢れているし、納得できるけれど、どうしても自分自身近づきたくないもの――と言う物も確かにあるものだ。

 それは理性では抑えられない感情。

 時が流れるごとに。

 ――身体に顕れる、変化。

 心は大丈夫だとしても――身体は少しずつ、少しずつ、時を深く、深く、しえるの中に刻み込んでゆく。
 共に居られる時でさえ、どんどんと短くなっていくだろう。

 彼は若い姿のままなのに、自分はどんどん老いていくのだ。
 緩やかに流れる時を持つ彼と、わずか100年の自分の生と。
 何と言う違いなのか。

 無論。
 しえる自身、老いが醜い、朽ちる事と思ってる訳ではない。
 自分自身が、遥か昔に人を選択した時から、その選択に後悔はないし、寧ろ。
 天使であった時より、今現在の方が生きている感覚が強いのも事実。

 人として与えられた生、享受せずして何になる?
 ――何にもなりはしない、生きるのが無駄になるだけ。

 死でさえ、理の内に組み込まれているのだから、だから死ぬ事さえ、当たり前だと受け入れているけれど。

 ただ。
 ただ、ね。

 部屋に差し込む光が、オレンジから薄い紫を帯びる。
 夕方の黄昏時。
 誰の顔さえも解らぬ時刻が、近い。
 その時に語りかけるように、しえるは一人呟いた。

「待っててくれるかしら……」

 遺す時を、ただ一人で。
 遺していく自分自身、遺されていく、彼。

 時が寄り添う事は無いのに……傍に居たいと望む、何て残酷な我が儘だろう。

 そうして。
 悩む事は、唯一つ、それだけなのだ。


 ――ねえ。

       ――貴方は私の選択に………頷いてくれる?






 何時から。

 ――何時からだったかしら…………?

 幾度も。
 幾度となく考える。
 その度、窓から見える空の色はどんどんと深く、深い闇色へと変じていく。
 心とは、裏腹なまでに空の色の移り変わりは速い。
 秋の空ならば尚更だ。

 見る度、見る度変わる。
 同じ色などあり得ぬほどに。
 濃く、深い色へ。
 彼の人の瞳の色の様に。

(……瞳の色?)

 はた、としえるは眉間を顰めた。
 ふっと浮かんだ映像に、また苦笑を浮かべ、そして。

「……ダメだわ」

 呟く言葉に自制を込める。

 何時から、こうなってしまったのか。

 空の色が深まる時でさえ、彼の事を思い出してしまう自分。
 これほどまで想う事など知る筈も無かった。
 去ってしまうものは追わない。
 第一面倒臭いし、体力使うし……理由があって去るのだろうに追って縋る、なんてみっともない事。

 ―――否。

 今まであった関係が、みっともない事、までに発展する事さえ無かったけれど。

 だからこそ、逆に不思議なのかもしれない。
 これほどまでに彼が心を占める事。
 自分の身体なのに、自分ひとりの身体で無いような気さえする。

"私って、こんな風だった?"
"私は甘えすぎては居ない?"

 時折、自分の中で響く声。

 彼はあまりにも自然なまでに心の中へするりと入って来て、存在を大きいものへと変えてしまった――何て言う不思議だろう。

 ……誰かを、何かを知るという事は。
 大事な人を想うという事は。

 だからこそ、しえるは今一度だけ自分に課せられた避けられぬ未来に想い馳せる。
 欲しいのは唯一つの約束。
 言葉でなく、魂に刻むための約束に他ならない。

 言う自分は良いけれど、彼にすれば残酷な誓い。
 どれほどの時を待たせるか考えるだけで眩暈がする。
 残酷だと、重々承知しているし、しえるの死は避けられるものではない。人である限り何時かは消えねばならぬ。
 今ある身体で『不変』は望めない。

 けれど。

(――――貴方が待っていて、くれるのなら)

 喩え姿は変わっても、魂だけは不変。
 待っていてくれるなら、輪廻を廻り、糸を手繰り寄せ――必ず還ると約束する。

 消えない、光景。
 忘れ得ぬ感情。
 永遠不変にするなら、それが良い。

(全てを、生きる糧に出来るように)

 夕暮れも夕闇も消える、空。
 浮かぶのは夜の黒と、ビルに灯る青白い灯ばかり。
 東京ではネオンばかりが明るくて星一つも望めない。

 完全に夜になった光景にしえるは、そっと瞼を閉じ、

「……なーんて、ね。まだまだ先の事だけど」

 と、何度目になろうか数えるのも馬鹿馬鹿しく苦笑を深めた。




―End―



+ライター通信+

こんにちは、いつもお世話になっております(^^)
今回は素敵なプレイング本当に有難うございました!!
実を言うと発注を頂いた瞬間、プレイングを読んで泣いてしまい……
けれど、こう言う想いは本当に素敵だなあと思いながら書かせていただきました。

ちょっと読むと解ると思うのですが…ぐるぐると考えている、しえるさんです。
以前拝見したことのあるゲーコミでも、恋についてカラッとしてらしたのに
様々な想いの変化があったのだろうなと思い、こう言う形にさせて頂いたのですが……
少しでもイメージに添えてるよう、祈るばかりです。

それとタイトルは、ラテン語の格言より「いつかこれらの事を思い出す事も、喜びとなるだろう」
という意味の言葉です。
今ある考えが、のちに良い実を結ぶように(^^)

それでは、今回はこの辺で。
また何処かでお会いできるよう祈りつつ。