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闇夜に輝く幻
-オープニング-
空には月が輝いていた。
それを、軽蔑するかのように睨み付けると、生徒会長繭神は、手の中にある石を見つめた。
「まだ足らない」
そう言うと、繭神は周囲を見回した。
月夜に照らされた校庭で、行き交う生徒の体に、ポワンと光りの粒が浮かび上がっているのだ。
「おい、お前これと同じモノを持っているな」
強引に呼び止めると、胸ぐらを掴み、差し出せと言わんばかりに詰め寄った。
「え? 生徒会長? な、なんですか。ボクは何も持ってませんよ」
余りの剣幕に弱々しく告げる男子生徒。
すると、淡い光りは繭神の勢いに驚くかのように、ぶわっと舞い上がった。
白とも青ともつかぬ光りは、一瞬大きく輝くと、すぐにその光りを鈍らせる。
「これ、何かしら」
女生徒の1人が、手のひらの上に光りを乗せ不思議そうに呟いた。
そんな女性徒を尻目に、千影は淡い光りに爪を立てながらじゃれている。
その近くで栄神万輝は、彼女を優しい瞳で見守っていた。
千影は光りにじゃれることを飽きたのか、万輝に向かって走ってきた。
「これなんだろね万輝ちゃん」
目の前をゆっくりと飛んでいく光りを追いながら、万輝に向かって首を傾げて見せた。
「……さあ」
千影に向かって柔らかく微笑むと、やはり自分の周囲を浮遊する光りに視線を向けた。
「むぅ〜」
ふわふわと彼女を挑発するかのような光りに、千影は身構え、飛びつくという動作を何度も繰り返している。
そんな彼女を見つめながら、万輝は少し警戒気味に辺りを見回した。
月は空高く昇り、闇が支配しているこの世界で、よからぬ何かがうごめいている感じがするのだ。
ふと、視線の先の千影を見つめる。
「・・・チカ、あまりわけのわからないものに直触らないようにね」
苦笑を浮かべながら呟くと、瞳を柔らかく細めた。
万輝の声に、千影は振り返ると、嬉しそうに笑い、万輝の側へとすり寄った。
「蛍じゃないしぃ〜なんか人の魂みたい。へんなの〜」
千影の言葉に、万輝も頷いた。
「人の魂か・・・確かに見えなくもないね」
一瞬、万輝の瞳の奥に妖しい光が浮かんだ。
「万輝ちゃん」
千影は訴えるような視線を万輝に向けた。
ウズウズウズ
まるで、聞こえてきそうな程、千影はじゃれたくてたまらないという表情をしている。
そんな千影に苦笑を浮かべると、万輝は微笑んだ。
「あまり変なモノを捕まえないようにね」
万輝の言葉に、千影の顔はパッと明るくなり、直ぐさま踵を返して、闇夜を舞う光りへと爪をたてた。
そんな千影をやはり、包み込むように見つめる万輝。その瞳の奥には、彼女が愛おしくてしょうがないという光りが揺らめいていた。
-光りの行方-
細い月が闇夜で淡く輝いている。
校舎の所々では、電気がついている教室も見受けられる。
校庭には殆ど人はおらず、時々すれ違う生徒も足早に校庭を後にする。
万輝は、近くの木に背を預けると、飽きることなく光りにじゃれついている千影を見守っていた。
すると、千影が心配げに振り返ってくる。
そんな千影に、万輝は自分でも気付かない程、優しく微笑んでいた。
すると、千影は表情をパッと明るくし、ご機嫌な声を上げた。
彼女は自分を守ってくれている。だからといって、守られているばかりな訳ではない。
「守るというより、チカの突拍子もない行動に、目が離せないとも言うよね」
1人ごちると、また苦笑を浮かべ、千影を視界に捕らえた。
千影は、光りの塊のような所にねらいを定めていた。
そして、ジリジリ近寄ると、勢いよく飛びついた。
「!」
万輝の瞳が鋭くなる。
千影の延長線上に何かを捕らえたのだ。
万輝は、ゆっくりと体を起こすと、千影に近付いた。
千影は万輝の存在に気付いたのか、頭を後ろに向け、その存在を確認した。
すると、そのまま頭を持っていかれそうになる。
「うわっ」
慌てる千影の頭を、万輝は苦笑を浮かべながら受け止めた。
「チカ……」
意味ありげな視線を千影に向けると万輝は顎で、校舎の先を指した。
それに頷くように、千影も緊張した面もちで、万輝の視線をなぞる。
人影のようにも見える何かが、ゆらゆらとうごめいていた。
そして、淡い光りが集中しているのだ。
「なんか……ヤな感じがする」
制服の袖が引っ張られる感覚に、視線を落とすと、千影が不安げに見つめている。
「でも……いかなきゃ」
不安そうな顔をしながらも、強く言葉を紡ぐと、キッと前を見据えた。
自然と、千影の手が自分のそれを捕らえる。万輝も躊躇うことなく握り返した。
-発光現象-
生徒がいた。
校舎裏――何もない所で一体何をしているのだろうか――と疑いたくなる。
万輝の手を放し、1人駆け寄る。
そして、生徒の顔を覗き込んだ。
「――あれ?」
覗き込んだまましばらく考え込む千影に、万輝はゆっくり近付いた。
「ねえ、万輝ちゃん」
千影の訴えるような視線に答えるように、万輝は生徒を見下ろした。
「月神……さんだよね?」
探るような声で問うと、冷ややかに見える緑色の瞳を細めた。
名を呼ばれたことで、生徒――月神――は、拒絶するかのような視線を千影と万輝に向け、2人から距離を置こうと後ずさった。
そして、今度は見えない恐怖に表情を歪めると、2人の前から逃げようとした。
「待て」
咄嗟に、万輝が月神の腕を掴んだ。
「!」
まるで、沢山の泡が勢いよくはじけ飛んだかのように、青白い光りの粒が舞い上がった。
そして、万輝の手は空を切った。
それを見ていた千影は、驚きのあまり口をあんぐりあけ、何度も瞳を瞬かせた。
月神は、半透明な腕を胸元で握りしめている。
「……その腕」
万輝は、乾いた声を咽の奥から紡ぎ出した。
そう、半透明――腕が透けているのだ。
どこをどうやれば、人間の体を透けさせることが出来るのだろうか。
透明人間でもあるまいし――いや、透明人間なら完璧な無である。
が、目の前の月神は、肘から下を半透明にさせている。
もっと、他の見えない所も半透明なのだろうか――それは、定かではないが……。兎に角、ありえないと2人は思っていた。
先ほどはじけ飛んだ"光り"は、ふわふわと浮遊し、風に乗って千影達の前を横切っていった。
そこで、ハッとすると、千影と万輝は顔を見合わせた。
校庭を浮遊していた光りの群れは、彼女から発せられたものなのだ――と。
「まさか、君が?」
瞳を細め、探るように見つめる万輝に、千影はそっと寄り添い鋭い視線を向けた。
「違う。ボクは……ボクは……ヤダ……」
意味不明な言葉を紡ぎ出すと、月神は頭を抱え、その場にうずくまった。
「大丈夫?」
様子がおかしいことに心配した千影が、月神に近付くと、そっと頭を撫でようとした。
「触るな」
鋭い声と共に、月神は爪をたてた。
咄嗟に、その爪を交わすと、千影は後ろへ飛び去った。
地面の砂が千影の靴を滑らせ、ザザザという音を闇夜に響かせた。
「チカ、大丈夫か」
万輝も、月神から少し距離を取りながら、千影に声をかけた。
「あたしは大丈夫。それより、万輝ちゃんも気をつけて。月神さん、なんか変」
強い風が吹き抜けた。
校庭に幾つも植わっている、樹木が葉を揺らす。
「ボクは……ボクは……うっ……うわぁぁぁぁ」
突然、喚きだした月神に、2人は何が起こったのかと困惑していると、彼女のもう片方の腕が淡く発光し、はじけ飛んだ。
無数の光りが、花火のように飛び散る。
それは、余りにも幻想的で、一瞬見ほれてしまうくらいであった。
「キミは一体何者なんだ」
万輝の鋭い問いかけを受け、月神は荒い息を吐きながら、不敵な笑みを浮かべた。
「ボクは……」
そこで、頭を振ると、乱れた髪をかき上げた。
「ボクには時間がないんだ。もう……もうすぐボクは……」
埒があかない答えである。月神から提供された言葉だけで、全てを推測するには、情報が少なすぎる。
千影は唇を尖らせ、解らないと呟きながら頭を振っている。
万輝も、やはり全てを理解出来ず、辛抱強く彼女から情報を引き出そうとしている。
「キミはこの先、どうなる?」
「……消える」
消え入りそうな声で答えると、ゆっくり立ち上がった。
「ボクは、ただ、ここにいたいだけなんだ。何も悪さをしたい訳じゃない。ただ、ただ、仲良くしたいだけなんだ……」
そう言うと、泣きそうな笑みを万輝に向けた。
「サヨウナラ」
次の瞬間、月神の体から無数の光りがはじけ飛び、それと同時に、彼女の姿が消えた。
「あぁ〜。月神さんが、消えちゃったよぉ」
千影は、光りが無数に集まっている場所に飛びついた。
が、その衝動で、光りは八方へ散らばりはじめた。
「あう。月神さんがぁ〜」
千影は一生懸命光りの粒をかき集めようとする。
「……チカ、もういい。やめなさい」
「だってぇ。万輝ちゃん」
しょげた顔をすると、まだその場に浮遊している光りを見つめた。
「月神さん、消えちゃったのかなぁ」
「解らない。だけど……」
緑色の瞳を半眼に伏せると、表情を曇らせた。
「この学園で、何かが起こっていることは確かだね」
そう告げると、視線を巨大な校舎へ向けた。
皆、学園祭の準備で大忙しで、ここで起きたことなど誰も気付いていなかった。
-そして、変わらぬ夜-
いつの間にか、乱舞していた光りは消えていた。
どこからか、「蛍みたいで綺麗だったのにね」と、惜しむ声が聞こえてくる。
万輝は、千影の手を握りしめた。
何故か解らないが、漠然とした不安が胸を押しつける。
「あのね、万輝ちゃん。チカの光は万輝ちゃんだけだから」
訴えるように、翡翠色の瞳を真っ直ぐ向けてくる。純粋な光りが一瞬眩しくて、万輝は瞳を細めた。
「チカ?」
「チカの側には万輝ちゃんが必要で、万輝ちゃんがいないと、真っ暗闇になるの」
全てが終わってしまいそうな不安が、闇夜に充満している。
千影はそれを感じているのだ。必死で何かを訴えようとしている。
「うん。チカが離れていかない限り、僕はチカの側にいるよ」
そう言うと、そっと頭の上に手をおき、優しく撫でた。
艶々の髪はとても気持ちが良く、ずっと撫でていたい衝動に駆られる。
そして、自分が彼女の頭を撫でると、千影は目を細め、気持ちよさそうに笑っているのだ。
頭を撫でることで、千影が安心するなら――いくらでも撫でてあげるのに――ふと、そんなことを思っていた。
空に輝く月は、いつもと変わらない光りを投げかけていた。
淡く輝く星達を従えて――。
この学園で、何かが起ころうとしていた。
月神詠子――彼女が一体何者で、何を知っているのか定かではない。
しかし、彼女は確かに何かを知っている。この学園の"何か"を。
万輝は、闇の中にひっそりと存在する学園を見つめた。
「万輝ちゃん」
翡翠色の瞳に純粋な光りを宿した千影が万輝を見上げた。
「いこうか」
万輝の言葉に、千影も頷いた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3689 / 千影・ー(ちかげ・ー) / 女 / 1-B】
【3480 / 栄神・万輝 (さかがみ・かずき) / 男 / 1-B】
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■ ライター通信 ■
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千影サマ&万輝サマ
こんにちは&はじめまして。
この度は、学園ノベルにご参加頂き、真にありがとうございました。
ライターの風深千歌(かざみせんか)です。
えー、今回個別受注とさせて頂いておりましたが、千影サマと万輝サマがご一緒に参加ということでしたので、2人で行動させて頂きました。
学園の真相を意識しつつ、微妙に謎を含ませた……展開となっておりますが、いかがでしたでしょうか?
ご満足頂ければ宜しいのですが……。
えっと、千影サマ、万輝サマ共に、内容は同じでありますが、各々視点の所を設けてありますので、読み比べられるのも面白いかと思います。
設定と違うなどの修正がございましたら、遠慮なくおっしゃって下さい!
それでは、またどこかでお会いできることを願いつつ――。
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