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本当に怖いのは?
●後夜祭の炎に浮かぶのは
9月17日夜――神聖都学園の学園祭5日目。5日間に渡って行われたこの学園祭もいよいよ最終日。現在行われている後夜祭が終わってしまえば、全ての学園祭のプログラムが終了するのである。
グラウンド中央には、辺りを赤く彩るファイヤーストーム。時折生徒たちが何か物を投げ込むと、燃えた後の煙や灰が夜空へ向かって昇っていた。
ひょっとしたらただ不要な物を燃やすだけでなく、想い出とともに燃やしてしまっているのかもしれない。そう人々に思わせるのは、ファイヤーストームの赤さが持つ特有の魔力であろうか?
「楽しかったですわね……まるで夢のような5日間」
「ええ、本当に」
遠くまで伸びるファイアーストームの赤い光を浴びながら、そんな会話をかわしているのは美しき顔立ちの双子の姉妹。姉・さくらと、妹・綾霞の天薙姉妹である。
「瞼を閉じてぱっと思い浮かぶのは……」
「思い浮かぶのは?」
瞳を閉じ思案するさくらに、綾霞が答えを促した。
「2日目のお化け屋敷でしょうか」
ふっと笑みを浮かべるさくら。
「ああ……」
綾霞がそれを聞き笑みを浮かべ、ゆっくりと頷く。しかし綾霞の場合、苦笑いのように見えたのは赤い光が見せた幻であったのだろうか?
「あれはなかなか面白かったですわね」
「……面白かったといえばそうかもね」
微妙に感じ方が異なるようだが、さくらと綾霞はその時のことをゆっくりと思い返し始めた――。
●目的地はどこですか?
9月14日、学園祭2日目。この日のメインテーマは『演劇祭』であった。
「あら、こちらのようですよ」
その日さくらは、パンフレットに記された地図を見ながら校内をどこかへと向かっていた。
「ちょっと待って、さくら姉さん。私、茶道部の方で忙しいのに……」
そんなさくらをとことこと追いかけるのは、綾霞である。茶道部の出し物で色々と忙しい最中、さくらに引っ張り出されたのである。こういう時、双子とはいえ妹は立場が弱い。
「そもそも、どこへ行こうとしてるの?」
だいたい行き先すらまだ綾霞は聞いてはいない。せめて行き先を言ってくれれば、反応のしようもあるというのに、だ。
「おや。言いませんでしたか?」
ぴたっと足を止め、綾霞の方へ振り返るさくら。さすが天然な性格、自分では言ったつもりになっていたようである。
「お化け屋敷に行くんです。紹介文を読んでいたら面白そうだったので……」
にこと微笑むさくら。そう言ってから、またてくてくと歩き出す。
「お化け屋敷って……この先にあるのは道場でしょう?」
後を追い、綾霞がさくらの背中に向かって話しかけた。
「道場を大改造したそうですよ。何でも、演劇部、特撮友の会、コスプレ愛好会を中心に、放送部や体操部も参加したらしくて。そう紹介文に書いてありましたよ」
綾霞に説明するさくら。コスプレ愛好会がちょっと謎だが、何となく納得は出来るグループである。それなりに『らしく』はなっているのではないだろうか。
「きっと楽しいんでしょうねえ」
期待に胸を膨らませているらしいさくら。綾霞はそんな姉の様子を感知し、小さく溜息を吐いた。
(この忙しい中を……ほんと、しょうがないなぁ)
と綾霞は思ったが、その表情に困った色は別段浮かんでいない。むしろ、穏やかな視線をさくらの背中へ向かって送っている。
「1人で行かせる訳にもゆかない……し」
綾霞がぼそっとつぶやいた。まるで保護者のような台詞である。
「何か言いましたか?」
「ううん。……何も」
さくらの問いかけに、綾霞はふるふると頭を振って答えた。
●思いがけないお出迎え
やがて2人は道場へと到着した。そこにはおどろおどろしい色と字体で、『おばけ屋敷』と記された看板が立てられていた。
「いらっしゃいませー……って、2人とも見に来てくれたのっ?」
2人を道場の前で出迎えたのは1人の女子生徒、2人と同じクラスの因幡恵美であった。
「えっと……2人だけ?」
恵美はさくらと綾霞の顔を交互に見て、尋ねた。綾霞がこくっと頷く答える。
「そう、2人だけ」
すると恵美は、何故か残念そうな顔をした。
「2人だけだと都合が悪かった?」
「ううん、そういう訳じゃないんだけど。今ちょうど、誰もお客さんが居なくって」
ああ、なるほど。そりゃあ恵美も残念そうな顔をするはずだ。
「私たちの貸し切りですわね」
にこやかにさくらが言う。確かにそうなのだが、微妙にずれてるような。
「ところで……」
さくらが改まって恵美に尋ねた。
「はい?」
「面白いですか?」
非常に直球な質問を恵美に投げかけるさくら。この質問が出た瞬間、綾霞は思わず明後日の方を向いていた。
(姉さん、そういう質問はどうかと……)
と綾霞が思っていると、恵美の答えが返ってきた。
「ごめんなさい、あたしは入れません」
ふうと息を吐き、ぺこっと頭を下げる恵美。
(……その答えもどうなのかしら)
恵美の答えが質問から微妙にずれているように綾霞は感じた。だがさくらはその答えに納得したようで、1人うんうんと頷いていた。
「ささ、中へ入りましょう」
さくらがにこにこと綾霞を促す。
「大丈夫……?」
そうつぶやき、綾霞が歩き出したさくらの後に続く。無論この場合の『大丈夫?』は『怖くない?』という意味ではなく、そのまま文字通りに『大丈夫なの、ここ?』という意味である。
「それじゃあ、行ってらっしゃい……」
恵美の見送りを受け、2人は道場の中へ足を踏み入れていった……。
●暗闇にて
道場の中は当たり前の話だが、ほぼ暗闇であった。そもそもやたらと明るいお化け屋敷などまず聞かないのだから、中が歩くのに十分な暗さなのは当然のことである。
「音楽つきなんですのね」
先を歩きながら、感心したようにさくらがつぶやく。いわゆるあれだ、お化け屋敷定番の雰囲気を醸し出す音楽が道場には流れていた。
「55点」
小声でつぶやく綾霞。定番過ぎて面白みがないゆえの評価であった。
と、その瞬間――2人の顔に、冷たく柔らかい何かと生温い柔らかい何かがぺちょりと触れた。
「あらまあ。何か触れましたわね」
けれどもさくらは驚きの声を上げることもなく、ごくごく普通に反応している。それは綾霞も同様で、驚きの声を上げないだけでなく、何と自分の顔に触れた物を手でつかんで物の正体を確認していた。
「こんにゃく2枚ね。たぶん1枚は氷水に、もう1枚はぬるま湯にひたしたのかしら……68点」
こんにゃくとはこれまた定番である。だが2枚同時、しかし温度を変えてという工夫を綾霞は評価したようだった。
通路に沿い、先へと進んでゆく2人。やがて2人の鼻に、とある匂いが飛び込んできた。
「……錆びた鉄のような匂いがしませんか?」
さくらが綾霞に同意を求めるように尋ねた。綾霞は小さく頷いた。
(これって……血の匂いじゃ)
口には出さなかったが、綾霞はこの匂いをそう感じていた。血には鉄分が含まれている、ゆえに錆びた鉄のような匂いがしても不思議ではない。
やがて通路を進む2人の前に、西洋風の墓が1つぽつんと現れた。大きな大理石風の何かの上に、十字架が立てられていた。
「あら、汚れていますわね」
さくらが十字架の汚れに気付いた。それは赤黒さあるこびついた感じの汚れ。普通に考えれば――血による汚れではないだろうか。
2人は墓の前を通り過ぎようとした。すると突然、墓が真っ赤なライトによって照らされた。同時に、無気味な笑い声が聞こえてくる。
「……フッフッフ……我が眠りを覚ます者は誰だ……」
墓の中からゆっくりと何かが姿を現す。やがて全身を現した者、それはどこからどう見てもドラキュラであった。
「おお! これはこれは……何と美しき女性が2人ではないか。さあ、我に汝らの血を捧げるがよい……従わぬのなら無理矢理にでも……」
演技過剰に身振りを交え、2人に向かって言い放つドラキュラ。さてさて2人は怯えるかと思いきや……。
「こんにちは。ドラキュラさんですのね?」
さくらがにっこり微笑んで、ドラキュラに挨拶をした。呆気に取られるドラキュラ。
「お……ああ……こんにちは」
何故かつられて、ドラキュラも挨拶を返してしまう。そこへ綾霞の一言が飛び込んできた。
「登場の仕方と、その演技で台無しだわ。せっかく嗅覚に訴えるような仕掛けもしていたのに……残念ですけど48点。登場するならもっと素早くするべきです」
うわ、定番音楽よりも点数が低い!
「よ、よんじう……はってん……?」
ショックを受けたドラキュラ役の男子生徒。どこの部の所属かは知らないが、しばらくは落ち込んでしまうことだろう……ああ、哀れなり。
●最後に待つのは
とまあ、こんな調子で先へ先へと通路を歩いてゆく2人。
さくらは何が出てこようともにこにこと、時には出てきた物や者に対して優しく撫でて済ませてしまう。綾霞は綾霞で、お化けの造形やら視覚効果などに1つずつ厳しく評価をする始末。まれに出来のよい仕掛けに出会った日には、改良点まで指摘するというお節介さであった。
まあ、2人が終始こんな感じなのも無理のないこと。さくらは天然な性格ゆえに、綾霞は『妖』絡みに特に慣れているだけに、生半可なお化け相手ではびくともしないのである。何ともお化け屋敷泣かせの双子姉妹であった。
そうこうしているうちに、遠くに出口の明かりが見えてくる。
「もう終わりなんですね。思ったより早いですわね」
明かりを見付け、さくらがつぶやいた。
「そ……」
「ばあっ!」
「ひっひっひーっ!!」
綾霞が同意の声を出そうとした瞬間だった。2人に向かって、背後から突然誰かが抱きついてきたのは――。
「まだ終わりじゃね〜よ〜!」
「油断しちゃいけないね〜!」
2人に抱きついてきた者たちは、そんなことを言いながら2人の身体をまさぐってゆく。というか、怖がらせるのが目的ではなく、そういうことがしたいがゆえのあれではないだろうか……これ。
と、突然さくらが自分の身体をまさぐっていた者の手首をむんずとつかんだ。もちろん笑顔のままで。
「ほ?」
手首をつかまれた者がきょとんとした次の瞬間――その身体は床へ思いきり叩き付けられていた。
「悪戯が過ぎてはいけませんよ」
さくらが床に叩き付けた者に向かって、にっこりと言い放つ。が、白目を剥いてしまっているので、間違いなく聞こえてはいないだろう。
「……どうしますか?」
綾霞も自分の身体をまさぐっていた者に対し、非常に冷静な口調で言い放った。微笑みとともに。
「す、すみません!」
こちらは物わかりがよかった。綾霞の身体からぱっと離れると、一目散に逃げていってしまったのだ。
「全く……」
綾霞はそう言うと、もごもごと口の中で何やらつぶやいた。少しして――。
「うぎゃーーーーーーっ!!! 出ーーーーーたーーーーーっ!!!!!」
逃げていった者の悲鳴が、道場中に響き渡った。それを聞き、くすっと微笑む綾霞。
「お仕置きとはいえ……お化けの勉強になったでしょうね」
綾霞さん……何やりましたか、あなた?
「行きましょう、さくら姉さ……」
さくらの方へ向き直り、綾霞は出口へ向かおうとした。ところが、何故かさくらはきょろきょろと辺りを見回している。まるで誰かを探すように。
「どうしたの?」
「おかしいですわね。もう1人居られたと思うのですけれど。触れはしませんでしたが、確かに気配を感じたような」
「え?」
さくらの言葉に首を傾げる綾霞。自分には2人分の気配しか感じられなかったのだが、もう1人居たというのだろうか?
「……本物の方が来られたのでしょうかねえ」
にこっと微笑むさくら。まあ何をする訳でもなく、ただそこに居ただけである。本物であっても、気のせいであっても、特にどうこうする必要もないだろう。
「では、行きましょうか」
さくらはまた綾霞の先に立って、出口に向かって歩き出した。いやはや、本当に怖いのはお化け屋敷よりもこの天薙姉妹の方かもしれない。
●後夜祭の炎が照らすのは
「さくら姉さん、そういえば聞いた?」
時間は再び後夜祭。綾霞はふと思い出したようにさくらへ言った。
「何がですか?」
「あのお化け屋敷、私たちが入った後で緊急ミーティングを開いたんですって」
くすっと笑いながら言う綾霞。この話は、後になって恵美から聞いたのである。
「おや、そうでしたの。なら、なおのこと楽しい空間になったのでしょうねえ」
にこにこと綾霞に言うさくら。
「……そうね。姉さんの言う通りだわ」
綾霞は余計なことを言わず、ただこくこくと頷いた。
燃え続けるファイヤーストーム。その赤い光が、いつまでもこの時間が続くかのごとく綾霞とさくらを照らしていた……。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / クラス 】
【 2335 / 宮小路・綾霞(みやこうじ・あやか)
/ 女 / 2−C 】
【 2336 / 天薙・さくら(あまなぎ・さくら)
/ 女 / 2−C 】
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