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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ブランコと美女と野獣

 秋空と言えば高く澄み渡った清々しい青空を想像するが、今日は曇り空。
「随分賑やかだな。何かやってるのか?」
 日曜の午前9時と言う時間にも関わらず、訪れた公園は音楽と人の声で妙に賑やかだった。公園から連想する子供達の甲高い声はなく、真名神慶悟は首を傾げて木々に囲まれた公園の入口で立ち止まった。
「事前の調査不足だな。マズイ時に来たみたいだ」
 応じる香坂蓮は、電柱に貼り付けられたポスターを指差し小さく溜息を付く。
 ――第15回秋季町内運動会――
「運動会か。かえって好都合なんじゃないか?そっちに人目が向いている方が」
「完全に向く訳じゃないだろうが。普段より人も多いだろうし」
 1週間前、2人は草間から依頼を受けた。依頼内容は、霊が出ると噂の公園で最近頻発する子供の怪我。霊と関係があるものかどうかは分からないが、念の為、除霊をして欲しいと言うものだ。
「依頼自体は簡単なものだがな」
 出来ればもう少し静かな時にやりたいものだと慶悟は思う。
「ま、仕方ない。人が集まってるだけこっちが目立たなくなるだろう」
 日曜の午前中に公園をうろつく男2人と見られるよりも、観客の一部とでも見られた方がやりやすい。
「兎に角早くって言うんだ。今日中にカタをつけよう」
 そう言って蓮は先に園内に足を踏み入れた。

 普段は子供達がボール遊び等をしている広場には石灰で楕円のラインが引かれ、それを囲むように自治会名の入ったテントが並んでいる。
 応援の人垣の隙間から覗いて見ると、一定のライン上に立った選手が50mほど離れた場所に座った犬を呼び寄せている。
「犬も参加してるのか……、良いな、犬は。猫じゃこんな競技は出来ない」
 大中小、種類も様々な犬を見て蓮は少し笑った。
「おい、暢気に和むな」
 言いながら慶悟は遊具の点在する園内を見回した。
 ブランコ、すべり台、ジャングルジム、シーソーに簡単なアスレチック、砂場。
 何人か子供が遊んでいるが、今のところは変わった様子も怪我をしそうな様子もない。
「公園内での怪我なんて、よくある話しだろう。子供は普通に歩いていたって頭から転ぶぞ」
 すべり台を逆に上ろうとして落ちる事もあるし、高く上がったブランコから放り出されてしまう事もある。砂場だって子供なら他愛もない事で喧嘩になり、砂をかけ合う。子供の怪我くらいで騒ぐ方がどうかしてるんじゃないのかと、正直なところ2人とも思うのだが、霊の仕業となれば話しは別だ。
 慶悟が言うところによると、公園は人が集まる場所だけに霊も集まり易い。無害な霊もいるが、中にはよからぬ事を考える輩もいるらしい。子供は純粋で汚れが少ないぶん、霊の影響を強く受ける。
 慶悟が見回した園内から遊具に目を戻すと、丁度1人の少女がブランコの近くで転び、母親に助け起こされたところだった。
「うん?」
「何かあったか?」
 蓮は慶悟の視線を追ってブランコの方を見る。
 そこに、紺色のTシャツにジーンズの短いズボンを穿いた少年がいた。
「アレが何か?」
 10歳程度と見える少年に変わったところはなく、蓮は首を傾げる。
「まだ成仏出来ていないらしい」
 成仏出来ていないと言っても、蓮の目に映る少年は死が理解出来ず苦しみや悲しみを負っているようには見えない。子供らしく笑みを浮かべて少し離れた場所から競技を見ている。
「あの子供が原因とは考えられないが、もし迷っているなら道を教えてやった方が良いだろうな」
 言って、慶悟は少年に足を向ける。蓮もその後を追った。

「楽しいか、坊主」
 呼びかけた慶悟に、少年は顔を上げてにこりと笑った。
「2人とも、僕あ見えるの?」
「ああ。ここで何してるんだ?」
 蓮が尋ねると、「見てるんだよ」と答える。
「僕、去年は借り物競走に出たんだ」
「そうか。今年は出られなくて残念だったな」
 ポン、と慶悟は少年の頭に手をやる。
「おじさん達、僕をやっつけに来たの?」
 まだおじさん呼ばわりされる年齢ではないと訂正はせずに、「何故そう思う?」と蓮が尋ねる。
「この頃、皆この公園で怪我するんだ。それで、大人の人達が遊具の点検に来て、もしかしたら悪い幽霊でもいるんじゃないかって話してたのを聞いたんだ」
「自分が悪い霊だと思うのか?」
「わかんない。でも、死んだらジョーブツしなくちゃいけないんでしょ?僕多分、ジョーブツしてないから悪い幽霊なのかも。おじさん達、僕をジョーブツさせるの?」
「おまえがそうしたいんなら、こっちの派手なオジサンがそうさせてくれる」
 と、蓮は慶悟を指差す。子供の前なので4歳年上の蓮に『派手なオジサン』呼ばわりされても慶悟は反論しなかった。
 少年は暫し考えた後、成仏する事に痛みや苦しみを伴わない事を確認してから言った。
「僕を楽しませてよ。僕を笑わせてくれたら、ジョーブツしてもいいよ」
 にこりと笑う少年を見て、2人は内心思った。――もう笑っているじゃないか、と。
 勿論、こんな愛想笑いではいけない。心の底から、腹の底から自然と込み上げる笑いでなければ。
「俺がコイツを抑えておくから、あんた、体中くすぐってみるか?」
「そんな事より、おまえの式神を出して万才でもさせた方が良いんじゃないのか?」
 ……子供を笑わせる方法などサッパリ思い付かない。
「あんたが楽器を弾いて、俺の式神を周りで踊らせたらどうだ?」
「おまえ、そんな大道芸を見て子供が喜ぶと思うか?」
「そう言うあんたはどうなんだ?」
 ……この調子では少年を思いきり笑わせるなど気の遠くなるような話しだ。
 少年はと言うと、ああでもないこうでもないと意見を出す2人を辛抱強く見ている。
 と、1人の婦人が駆けてきて、グイと2人の腕を掴んだ。
「人数足りないんだから協力して頂戴よ」
 右に慶悟、左に蓮の腕を引いて、婦人はずんずん広場の方へ歩く。
「待ってください。俺達はこの自治会のものでは……」
 慶悟はただの見物人なのだと言おうとするが、婦人は聞く耳を持たず2人を次の競技の準備をしている入場門まで連行されてしまった。
 落ち着いて話しを聞くと、二人三脚に出場する筈だった2人が怪我で参加出来なくなったらしい。
 やんわりと断ろうとする慶悟に、後から付いてきた少年が言った。
「面白いんだよ、仮装二人三脚。出て、1番になって。ズルなしで!」
「ちょっと待て、仮装って!?」
 面白いと言うことは、少年が笑う可能性があると言うことだ。しかし、何やら危険な香りを嗅ぎ取った蓮が少年を振り返った時にはもう、コース上に押し出されてしまっていた。

 コースは4つあり、それぞれに男が2人ずつ位置についている。30mほど進んだところに巨大な箱が設置されおり、合図で一斉に駆け出し、箱の中に用意された衣装を身につけ、出たところからが二人三脚となる。
「ちょっと待て、何なんだこれはっ!」
「……俺に聞かないでくれ」
 着替えを済ませた2人は箱から出て呆然とお互いの姿を見た。そして、思わず左右のコースの選手を見た。
 沸き起こる喝采、嬌声、大爆笑。
「俺は今すぐにでも帰りたいが、おまえはどう思う?」
「今すぐ、じゃない。着替えてから帰りたい」
 気の遠くなるような思いで、2人はそれでも互いの片足をハチマキで縛った。
 かたや純白のタイツに包まれたおみ足、かたや茶色の所々破れたタイツの足。
 2人の衣装のコンセプトは美女と野獣。
 慶悟はフリルとリボンをふんだんに使った白とピンクのミニドレス。袖は提灯の如く膨らみ、ミニスカートは太股で傘のように広がっている。蓮は茶色の男性用肌着の上に薄後汚れたブラウス。かぼちゃ形の赤と緑の半ズボンに。腰に真っ赤な布を巻き、野獣と言うよりも西洋のバカ殿。唯一の救いと言えば、蓮はゴリラのマスクを被っているので素顔が見えない。
 慶悟は羨ましそうに蓮のマスクを見たが、蓮はそれには気付かず「行くぞ」と足を踏み出した。
 行くぞ、と声を掛けられれば自然に動く右足。
 お互いが右足を踏み出したものだから、当然転ぶ。
「どうしておまえが右足を出すんだっ」
「普通歩き始める時は右足だろう!」
 立ち上がって砂埃を払いつつ、お互いに罪を擦り付ける。
「いいか、縛ってない足から踏み出すんだぞ」
「よし、分かった。でも焦るな、1歩ずつ行こう」
 蓮が右足を、慶悟が左足を1歩踏みだし、次に縛った足を踏み出す。
 イチ、ニ、イチ、ニ……足元を見つつ、心の中で数えながら肩を組み合い、コースを進む。……が、順調に進めたのはほんの5〜6歩で、互いのテンポがずれて足が絡まってしまう。
「ふがっ」
 バランスを崩して転んだ蓮に手を貸しつつ、慶悟は左右のコースを見る。
 改めて見ると自分達の仮装はマシなものだった。
 第一コースはうさぎとカメ。カメは良いとして、うさぎは中年の男がバニーガールの格好をしている。最悪な事に、網タイツのサイズが合わなかったらしく、太股の途中で止まっている。第二コースはかぐや姫と竹取の翁。ミニの浴衣を着た老人と、褌一丁で竹を背負った青年。第四コースはシンデレラと王子様。シンデレラのドレスは慶悟のデザインは慶悟のものと似ているが、ガラスの靴の代わりにハイヒールを履いているので思うように進めず、転ぶ度にスカートをはだけてしまう。
 この競技の目的は、勝敗ではなくいかに笑いを誘うか、らしい。
「何でテンポを乱すんだ!イチニ、イチニ、だろう!」
「イチ、ニ、イチ、ニだ!テンポを乱してるのはあんたの方だろう!」
 弛んだハチマキを締め直し、テンポを併せて再び足を踏み出す……と思ったら、慶悟がうっかり右足から踏みだして再び転んだ。
「すまない、今のは俺が悪かった」
「悪いと思うならもう絶対転ぶな」
 足元に目を戻し、心の中でテンポを取りながら、今度こそ2人は順調に進み、顔を見合わせてから速度を速めた。
 ところが、速度を速めたことでテンポを乱し、二人揃って豪快に顔からつんのめってしまった。
 互いに怒りの矛先を何処に向けて良いか分からず、無言で立ち上がり肩を組み直す。
 慶悟のスカートは大きく捲れ上がり、蓮のかぼちゃ型ズボンは後ろが破れていたが、それに気付かない。嬌声が一層高くなった事にも気付かず、2人は走ることを諦め、着実に歩く事に専念した。
 他の選手から遅れること3分半。漸くゴールした2人に盛大な拍手と大爆笑、そして参加賞の煎餅が贈られたが、どうしても笑って参加賞を受け取る事が出来なかった。

 ハチマキを解いた後、逃げるように準備された更衣室に飛び込んで服を着替えた2人を、少年が待ち構えていた。
「おじさん達、二人三脚下手だね!今までやった事ないの?」
 満面に笑みを湛えた少年に仏頂面で向き合った2人は「ない」と、冷ややかに答えた。
「でも、すっごく面白かったよ。おじさん、スカートが捲れ上がってたのとか、ズボンのお尻の所が破れてたのとか、気付いてた?」
 嬉しそうに話す少年に対し、慶悟と蓮は無言で首を振った。
 全く、とんでもない目にあったものだ。競技を終えて、着替えを済ませた今になっても近くを行き交う人が指を指して笑って行く。
「約束だよね。僕、ジョーブツしても良いよ」
 少年の言葉に、漸く2人は表情を変えて見せた。
「こんなに笑ったの久し振りだよ。ね、だから僕、成仏しても良いよ」
 言いながら少年は2人をブランコの近くまで連れて行った。
「僕、ブランコから落ちたんだ。高く漕ぐのが楽しくて、でも漕いだ時に手が滑って、放り出されちゃったんだ。頭を強く打ってね、気が付いたら、1人でここにいたんだ」
 家に帰ろうとしてもこの場所を離れる事が出来ず、自分が死んでしまった事を理解したらしい。
 子供達を怪我させたのは僕なんだ。少年は静かに言った。
「皆、ブランコ大好きなんだよ。取り合いしちゃうくらい。でも、僕みたいに死んじゃったら、お父さんやお母さんが凄く悲しむだろうなって思ったんだ」
「怪我をさせることで他の子供を守ろうとしたのか?」
 蓮に問われると、少年は小さく頷く。
「足をかけたり、突き飛ばしたり、石を投げたりしたんだ」
「他の子供達を守ろうとした事は良い。でも少し方法が間違ってたみたいだな」
 しょんぼりとする少年の頭をポンポンと叩いて、慶悟は言った。
「ごめんなさい。でも、僕がいなくなったら、誰が皆を守ってくれるの?」
 心配そうな少年に、蓮と慶悟は依頼に来た人物に注意書きをさせる事を約束した。
「良かった。皆が気を付けて遊んでくれたら、僕みたいになっちゃう子はいないよね」
「ああ、心配しなくて良い。ブランコも浄化しておくから」
 安心したように頷く少年。
 慶悟は少年の頭に手を載せて、口の中で何か呟いた。
 少年が光の粒になって消える。
 最後に、少年の楽しそうな笑い声が聞こえた。
 蓮がブランコに腰掛けて左右のチェーンに触れる。
 冷たいその手触りは、子供達が毎日握り、宙へ飛び出そうとする体を守るものだ。もう二度と子供の事故が起こらないよう、高く漕ぎ上げた瞬間に、誤って手を離してしまわないよう祈りを込めて、蓮は静かにブランコを浄化した。

「やれやれ……、終わったな」
 浄化の終わったブランコに腰を下ろして、慶悟は式神に買って来させたジュースに口を付ける。
「全く、とんでもない目に遭ったな……」
 頷いて、深い溜息を付きつつ蓮もジュースを開ける。
 運動と除霊・浄化後に飲む冷たいジュースは格別の旨さ。
 酷い目には遭ったが無事に依頼を遂行出来た安堵感でホッと気の抜けた2人の周りを慶悟の式神達が小さな手ぬぐいを持って甲斐甲斐しく飛び回り、先の二人三脚で転んだ際に髪や顔に付いた砂埃を払ってくれる。
「ジュースは買って来るし、汚れは取ってくれるし、本当に便利だな。2〜3匹分けて貰いたいくらいだ」
「匹と数えるな、匹と」
 苦笑する慶悟の横で、蓮は参加賞の煎餅の袋を開ける。
 ピーナツを焼き込んだ甘い薫りのする煎餅を蓮は1枚1枚式神に与えて行く。
 受け取った式神は嬉しそうに蓮の周囲を飛び回り、髪の間の小さな砂埃に至るまで丁寧に取り払い、慶悟をほったらかしにしてしまう。
「だから式神を餌付けするなと言うのに」
「面白いじゃないか。その内、芸が仕込めるかも知れない」
 自分の式神に芸など仕込まれてたまるかと思う慶悟だが、やたら蓮に懐く様子を見るとアッサリ鞍替えされてしまいそうで少々心配になってしまう。
「こらこらお前達、もっとしっかりしてくれ。式神たるもの……、」
 説教を垂れようとする慶悟には耳を貸さず、式神達花に集まる蝶の如く蓮に付きまとう。
「困ったもんだ」
 溜息を付く慶悟。調子に乗って煎餅を次々と与える蓮。
 その様子を、自治会の婦人達が町内新聞に掲載すべく写真に収めていたことにはサッパリ気付かない2人だった。



end