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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


姿のない脅迫者(消えた大学生2)

◆これまでの経緯
 大学生沢渡涼が失踪し、その調査を開始して3日目新たな動きがあった。草間探偵事務所を再訪した依頼者高久久美恵は、失踪した甥の携帯電話から発信されたメールを草間武彦に見せた。
『沢渡涼を預かっている。無事に解放して欲しければ500万円を用意しろ。次の連絡を待て。警察に知らせれば生きては返さない』
 メールは久美恵の夫が持つ携帯電話に送信されていて、何故か文面はギャル文字がふんだんに使われていた。発信した日時は調査を始めた2日後だった。調査をしている事を知られてこのような行動に出たのかもしれない。

◆継続調査
 草間探偵事務所の応接用のソファは緋井路・(ひいろ・さくら)と桜四方神・結(しもがみ・ゆい)に占領されていた。先ほどから情報の交換をしているのだ。桜が物静かなタイプのせいか、2人とも小声で話し合っている。しかし、草間武彦を籠絡させようとしてる神木・九郎(かみき・くろう)は対照的にお得意のマシンガントークを炸裂させていた。
「無理無理無理、絶対に無理だ」
「そんなはずないだろ。草間さん、貧乏探偵事務所を標榜してるけど結構儲けてるってネタはあがってんだぜ。だからサ、観念して俺に調査費〜くれよぉ。3人でいいからさ〜」
「そこにいる桜も結も金くれ〜とかせびらないだろ。なんでお前だけそうも使いが荒いんだよ。そうだ、お前は金遣いが荒い! だから貧乏なんだ!」
 武彦は自分の椅子から立ち上がって九郎を指さす。九郎は目を見張り、後方に1歩よろめく。
「が〜ん。‥‥とか言うかよ。必要だから使ってんだ。ほら、文句言わずによこせ」
 傷ついた振りはすぐに止め、草間の手から一萬円の日本銀行券をもぎ取っていく。
「その分働け! 報告書も出せ!」
「了解」
 軽く会釈をして、九郎は草間探偵事務所を出ようとした。
「‥‥待って」
 桜が九郎を呼び止める。振り返った九郎は不思議そうな顔をしていた。
「音大生の‥‥お姉さん、携帯電話から‥‥脅迫状を送った人‥‥かも‥‥しれない」
 途切れがちな桜の言葉を聞いているうちに、九郎の表情が険しくなる。
「なるほど。うん、ありがとうな」
 今度こそ九郎は扉を開けて事務所を出ていく。
「つむじ風‥‥みたい」
「うん、ホントそうだね」
 桜と結は顔を見合わせてクスっと笑った。
 しばらくして、結は中間報告書を武彦に提出した。公園で手に入れた楽譜も添付したが、自分用と桜の為に2部コピーしてある。
「依頼人に確認してもらいました。多分甥御さんの直筆だろうということです」
「そうか‥‥でもこれがどういう意味を持つのか‥‥」
 武彦は楽譜を透かしたり、裏返しにしたりする。
「調べてみます」
 キッパリと結は言った。

◆事件解明
 本当に誘拐なのか‥‥それとも何らかの目的を持ち沢渡涼自らが仕組んだ狂言なのか。どちらかに断定するには情報が少ないとセレスティ・カーニンガム(せれすてぃ・かーにんがむ)は思った。
「報告書があがってまいりました」
 執務室のソファで身体を休めていたセレスティに部下が薄い書類を手渡す。涼がバイトをしていたライブハウス店長の身上書だった。パラパラとページをめくっていたセレスティだが、何カ所かで目がとまる。
「最終学歴があの音楽大学なのはいいとして、住所が六本木ですか」
 それは分不相応に思える住処だった。家族親族に金を出してくれそうな者はいない。
「念のためにこれも‥‥」
 部下は数名分の銀行預金の振り込み記録をセレスティに差し出した。どこまで合法的に調査をしているのか、今度調査しなくてはならないと思いつつセレスティはそれにも目を通した。金の流れで見れば一連の事件は明瞭であった。
「出掛けましょう」
 静かな声だが凛とした声が重厚な雰囲気を持つ執務室に響いた。

◆教授という生き物
 九郎は前回と同じ店で同じ音大生から情報を絞り出し、大学へと向かった。予想通り、夏休みに入る前ある講座で作曲の課題があった。世の中の大学教授という生き物がどのように日々暮らしているかは知らないが、大学に行けば会えそうな気がする。前回の聞き込みである程度は校内の配置も判っている。案内板もあるので迷うことなく目的の部屋へ入る事が出来た。
「あの、すみません」
 純真でいたいけな高校生らしく振る舞う。そう、俺は従兄弟を心配している心優しい青少年なのだ。扉は手応え無く開いた。内部を伺いながら入ると、そこは幾つかの部屋に別れていた。最初は飾り気のない椅子が幾つか置かれた部屋。その向こうにもっと立派そうな家具のある部屋、そしてもう1つは防音処理された部屋だった。ここが専用の練習室なのだろう。
「従兄弟思いの高校生とは君のことかね?」
 静かな声が背後でした。振り返ると初老の男が立っていた。険しい表情、痩身、半ば白くなった髪を整髪料でなでつけているが、幾筋かが奔放に耳や頬にかかっている。確かに『普通ではない』何かがその男にはあった。教授その人だろうと思う。
「はい、失踪した従兄弟の事を探してるんです」
 出来るだけしおらしく九郎は言う。
「沢渡君だろう。私も心配はしているのだがね‥‥」
 老人は言葉ほどは心配してない様子だった。明らかに九郎を煙たがっている。ここまで押し掛けられて迷惑なのだろう。
「なんか知りませんか? 兄ちゃんは先生と喧嘩ばかりしてたって聞きました。先生とどうして喧嘩したんですか? 先生が兄ちゃんを隠しちゃったんですか?」
「し、失敬な!」
 老人の語気が荒くなる。だが、九郎もこのまま引き下がるわけにはいかなかった。胸ぐらをぐっと掴んで耳元で囁く。片手で喉を掴み相手の声を封じている。
「ガキだと思って甘く見んなよ? 指の二、三本へし折ってやっても良いんだぜ。二度と楽器が持てない様にな」
 老人の目が激しく九郎と絡む。途端に鈍い音がして九郎の視界は真っ黒になった。

◆逆襲の手
 沢渡涼の暮らしていた部屋は主を失って虚ろな雰囲気をたたえていた。まだ数日しか経っていない筈なのに、人の住まない場所は急速に寂れていく。叔母の許可を草間経由でとった結は玄関の土間で一瞬立ち尽くした。それから自分に叱咤し動き出す。この部屋からなんらかの手がかりを探し出すのだ。
「えっと、まず最初は‥‥」
 結は目当ての物を探しだす。そして、さして広くもない部屋でソレはすぐに見つかった。ピアノの廻りに無造作に積み上げられた五線紙、練習曲の楽譜、爪やすり、音叉、メトロノーム。そして、ヴァイオリンケースがあった。そっとケースを開いてみると木目も美しい芸術品のような楽器がある。ケースの中には弦、肩あてや松ヤニも入っていた。
「これを置いていくなんて絶対にあり得ない。これを持ってない時に何かがあったって事だよね、きっと」
 学校への行き帰りなら楽器を持っているだろう。では‥‥?
「結! 危ない!」
 聞き慣れた声だった。玄関のドアが激しく開かれ、いつもおっとりとした桜が走り込んでくる。その小さな身体が背後から引き戻された。大人の無骨な手が桜を抱きしめるように戒める。
「桜ちゃん!」
「結!」
 桜の両手が結へと差し伸べられる。
「お嬢さんもこちらに来てもらおうか」
 地味な作業着を着た管理人が低い声で結に言った。

◆みんなで軟禁
 突き飛ばされるようにして中に入れられる。両手は自由だったので、すぐに目隠しを取ると、そこは案外広い部屋だった。椅子も寝具も観葉植物1つない。
「なんだ、また増えたのか」
 その顔に見覚えがあった。草間探偵事務所で見た数枚のスナップ写真はこの若い男のではなかっただろうか。
「‥‥沢渡涼?」
 桜は小さな声で言った。若い男は頷いた。結はじっと涼を見つめた。
「なんだ、桜ちゃんと結さんもご案内されちゃったのか」
 九郎が力無く言った。この分ではミイラ取りは全員ミイラにされてしまいそうだ。
「どういう事なの? どうして九郎さんもここにいるの?」
 結と九郎は互いの情報を交換する。それを側で聞いていた涼が口をはさんだ。
「教授と管理人、それからライブハウスの店長はつるんでんだ」
「なんでだ?」
「教授は俺みたいに都合のいい学生を飼ってる。それを監視し、面倒になったら処分するために必要だからだ」
「‥‥処分? それってどういうこと?」
 それは結の想像を超えた話だった。涼はフローリングの床に寝そべった。
「売れるんだよ。頭使わせてもいいし、才能あるならそれで稼がせてもいいし、身体使わせたり売らせてもいいし、最後は臓器取っちゃってもいいし‥‥」
「‥‥やるなぁ」
 九郎はなんとなく感心した。そう考えれば人間は結構使いでのあるモノかもしれない。ただ、ここにお呼ばれされたということは、自分や結、桜まで売られてしまうかもしれないと言う事だ。それはちょっと‥‥いや、かなり避けたい。
「逃げなきゃ。ここにいたら売り飛ばされちゃうんでしょう? だったら逃げよう」
 結が言う。桜は先ほどからずっと結の手に取りすがっていた。ここには心を寄せる草木はない。ただ結だけが頼りに思える。
「出入り口はその扉だけだ。見張りもいる。どうやって逃げるって言うんだ?」
「窓は? ベランダは? 非常口はないの?」
 諦めるのはまだ早い、そう結は思った。最後の最後だと思っても、まだ諦めずに頑張ればなんとかなるかもしれない。
「そうだな。俺が見てくる」
 身軽に九郎が立ち上がる。そしてそっとベランダに通じるサッシを開ける。
「なにしてやがる!」
 扉が乱暴に開かれた。桜の5倍ぐらいありそうな大男が九郎めがけて突進する。
「行け!」
 寝ていた涼が起きあがり、その大男の足を引っかけて進路を阻んだ。男は前のめりに転んだが、涼が下敷きになってしまう。涼と比べても相手は2倍はありそうだった。明らかに不利で無理だった。
「涼先輩!」
 結は桜を九郎に託し、そう呼んで涼に手を伸ばす。
「駄目だ! こっちに来い結さん」
「結‥‥」
 大男の手が涼を押さえ込み結へと迫る。危険だと判っていても動けなかった。
「そこまでです」
 涼やかな声が響く。決して大きなこえではなかったが、人に命令する事に慣れた声だった。銀色の光が差したかと思ったが、それはセレスティだった。部下達が大挙して押し入りこの部屋に居た者達を制圧していく。
「皆さん無事ですか?」
 その笑顔は降魔天使の様に神々しく優美で美しかった。

◇事件の終焉
 手を差し出す。大男に押さえつけられていた涼は素直にその手を取った。
「手、痛くないですか?」
 その手は楽器を扱う大事な手の筈だ。言われて初めて気が付いた様に涼は両手を確認するように触る。
「大丈夫みたいだ。どこも痛めてない。ありがとう」
「あの‥‥」
 部屋を出ていこうとする涼の背中に結は‥‥けれど何を言えばいいんだろう。初めて会った人だった。どこか懐かしいとか、どこかで会った事ありませんか、とか‥‥違う、そんな薄っぺらい言葉じゃ伝わらない。あぁ、もう自分でも何を言いたいのか判らなくなってくる。
「ん?」
 振り返った涼は小さく首をかしげる。首を横に振るしかなかった。言葉も出ない。顔が赤くなる。なんでこんなに恥ずかしいのだろう。馬鹿な事をしているって思うから?
「じゃあね、結ちゃん」
 涼は部屋を出ていった。その言葉に結はしばらく動けなかった。

◆報告書
 音大教授は親族に乏しく才能ある学生を物色し、住居と仕事を世話する。在学中は自分の都合がいいように才能を活用するのだが、扱いづらくなると『業者』に売り払っていた。身代金の脅迫メールは警告と、あわよくば2重に金を取ろうとする下卑た狙いがあったようだ。
「まぁなんだ、これで一件落着‥‥だな」
 草間武彦はファイルを決裁済みの戸棚へと立てかけた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 職業】
【1233 /緋井路・桜/女性/情報は教えてあげてもいいかもだぞ探偵】
【3941 /四方神・結/女性/無敵のパワーがあるんだぞ探偵】
【1883 /セレスティ・カーニンガム/男性/超エグゼクティブだぞ探偵】
【2895 /神木・九郎/男性/貧乏なんかに負けないぞ探偵】
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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。失踪大学生事件、一応完結です。
 結ちゃんにも怖い想いをさせてしまいました。ごめんなさい。そしてその後は‥‥どうなってしまうのでしょう? 機会がありましたらまた、ご一緒させて頂きたく思います、ありがとうございました。