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<東京怪談ノベル(シングル)>


人生の至福を求めて〜温泉大作戦っ!〜

「うぅむ……」
 あやかし荘の薔薇の間で、本郷・源はそろばんをはじき終えたと思うと、“先のこと”の思わぬ失敗を何とかしようと頭を抱えて考えこんでいた。

 源の『世界征服』という夢から結成された“ナスビ部隊”。
 しかしながら源の趣味(と不可解な指令)が思わぬ失敗を呼び寄せた。
 ナスビ頭にされた青年たちは禁断の恋に落ち、それを昇華させるために“あやかし歌劇団”を始め、最初の内は成功していたかと思われたが、あまりにもの忙しさからくる疲労を紛らわすために、いっそうその絆は強める結果となってしまった。
 故にあやかし歌劇団は現在は休業中。
 そして現在。何とかナスビたちの疲れをとろうと源は必死に考えていた。

 本日も昼間のTVショッピング番組を堪能した嬉璃はいそいそと薔薇の間に戻り、源の悩んでいる姿を見た瞬間、巻き込まれたくないがために、思わず身を陰に潜めてしまった。
「嬉璃殿!」
 しかしながら、常人離れした源の五感に気付かれてしまい、
「どうしたのぢゃ?」
 と平常を装って、部屋の中に入っていった。
「わしはどうしたらいいのじゃっ!!?」
 入ったと同時に勢いよく源に抱きつかれ、源の心配事の相談相手になることに相成ってしまった。

 男嫌いの嬉璃でさえ同情したくなるようなしたくないような、ナスビたちの疲労(と禁断の恋)は、どうも源の行動がすべてが原因だとは何となくは思ってはいた(自分も賛同はしたが)
 しかしこれ以上恐ろしいことになるのも嫌だったので、今回は完全に聞き役に徹した。
「というわけで、何とかしてナスビたちの疲れをとって、自分たちの想いが偽りであることに気付かせたいのじゃ」
 心底凹んでいる源は、神妙な面持ちで嬉璃に尋ねた。
 そのとき嬉璃は、不意に頭に浮かんだことがある。
「じっくりと湯に浸かってもらったらどうぢゃろう?」
 嬉璃のその言葉に源は一つのことを思い出した。
「そうじゃ!」
 手をポンと叩くと、
「あやかし荘には温泉があったのじゃ」
 源は頭の中に女湯をイメージし、その素晴らしさにうっとりとする。
 早速それを伝える為に、源は人を呼ぶ。
「誰かおらぬかっ!」
 その言葉にナスビ部隊の2人が源の前に現れる。
 顔色を見れば『このお嬢さん、一体今度は何をやらかす気なのやら』という感じがとれる。
 しかしながら源にはそんなことは関係なく、
「温泉じゃ!」
「はっ?」
 源の主語・述語もない言葉にナスビ部隊の2人は、あっけにとられた表情となる。
「このあやかし荘には温泉があるのじゃよ。此度は、お主らの疲れをとろうと思ってるのじゃ。嫌じゃろうか?」
「本当ですかっ!?」
 ナスビ部隊の2人は、源の思っても見なかった言葉に歓喜の言葉を漏らし、涙を流す。
「主として、当然の義務なのじゃ。じっくりと浸かって疲れを取るといいのじゃ」
 源の言葉を最後まで聞くと、2人はそそくさとその場を去り仲間の元に走る。
 よほど嬉しいのか、この広いあやかし荘によく響き渡る声。
「ふっふっふ。これで疲れが取れれば、世界征服がまた再開できるのじゃ。流石なのじゃ、わし」
 嬉々として頭のそろばんをはじきながら、笑顔で薔薇の間をを出た。
 残された嬉璃と言えば……。
 一瞬“にやり”と口元を緩めたと思うと、いつもの表情に戻った。
 源に“温泉”のこと教えた上で、“あのこと”を伝えなかったのはわざとではない。忘れていただけで、わざとじゃないはず。
 ………………多分、きっと。


 一方、こちらは温泉に入ることを許可されたナスビ部隊たち。
 一行は妖しい何組かと、感涙の涙を流す数名を連れながら、教えられた男湯に向かっていた。
 源に仕えて以来、何ともまともなことが無いに等しいナスビ部隊たちにとっては温泉に入れると言うことは、人生の至福にも等しい。
 そもそも、こぉーんなに頑張っているんだからとっとと入らせてくれれば良かったのでは? とは思っても絶対に口に出してはいけないのが、現在の暗黙のルールとなっている。
 隊長がそれを思わしきドアを引くと、中にはあまり使われてなさそうな脱衣所。
 一抹の不安を覚えながらも服を脱ぎ、温泉に通ずるドアを開けると……。
「狭っ」
 最初に足を踏み入れた者が、あまりにものの狭さに小さく呟いた。
 とは言え、入れないわけではない。
 数名に分かれて入り、多少危険な会話を流しつつも、半数の人間が入り終わろうとしたときだった。
 ポコポコッという、気泡が温泉に浮き上がる。
 わずかな異変だった為、それは誰も気付かなかった。
 やがてその気泡は大きなものになり、やがてそれは大きな水柱(湯柱?)となった。
「ぎゃぁぁぁぁーー!!!」
 唐突の湯柱にナスビ隊は声を張り上げた。
 外で入るのを待っていた隊長も、その声でドアを勢いよく開ける。
「なぁっ!?」
 突然目の前に現れた湯柱に、声にならない声で叫ぶ。
 そう。
 女湯と違い、男湯は狭い上に“間欠泉”だったのだ。
 その事実を知らされていないナスビ部隊たちは(むろん源もそのことは知らない)、数秒にしてパニックに陥り、この騒ぎは1時間以上にも渡り、続いたとか続かなかったとか。


 数日後。
 目の前の卓袱台に置かれた、1枚の便せんと1通の封筒と見つめて今度は源の悲鳴があやかし荘に大きく響き渡った。
「な、何故じゃっ……!」
 その言葉に逃げようと思っていた……もとい、思っていたけど逃げられなかった嬉璃は、
「どうしたのぢゃ?」
 とお約束通り聞き返した。
 源は嬉璃に涙ながらに語り始める。
「わしのナスビ隊の2人が、

『もうここにいちゃ僕たちはダメだよ……。
 愛の逃避行をしよう……。
 今日の3時に待ってる』

などという便せんを残して消えた上に、1人は離職願いを出して夜逃げしたのじゃ!!」
 そう書かれた便せんをを見せられ、嬉璃は『このようなものを一体どこで手に入れてるのぢゃ?』などと、少し的外れなことを考えてしまった。
 とは言え、元の原因は嬉璃にある(かと思われる)
 アドバイスとして、
「そのような腑抜け者は、ほっておけばいいのぢゃ」
 とだけ言っておいた。源はその一言で何を思いついたのか、
「そうなのじゃ! わしの命令に背いたのじゃ。何か罰を考えないといけないのじゃ」
 源は足早にその場を立ち去ると、またしても嬉璃1人が残された。
「……別にわざとではないのぢゃ」
 すべてが偶然に起こったこと。
 嬉璃はそう言い聞かせると、テレビを見る為にこの部屋を出た。


 因みに……。
 数日後にこの3人が怯え泣いて戻ってきたというが、その真相は定かではない。

[END]