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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜闇〜

◆闇の先 繋がる糸◆
 百鬼夜行の起こる街として一躍有名となった空市。行方不明の子供。その解決を任せられた草間興信所。アトラス編集部の手に入れた本。
 枝分かれした糸の先に繋がる様々な情報が、次第に一つになる。そうして最後の糸を結ぼうと、草間興信所とアトラス編集部の間に協力体制が敷かれる事となった。

「――情報、感謝する」
 背中を興信所の協力者達に向け、草間・武彦がやや不機嫌そうに言った。
 それに微笑みを返す碇・麗香は、アトラス編集部の協力者達を振り返る。
「お互いに、です。早期の解決がアトラスと興信所の名を広める事は間違い無いですし……」
 怪奇探偵で有名になりたくなどない。そう呟いた草間の言葉は綺麗に無視。
「それでは、この本は草間さんにお渡しするわ。アトラス側は情報収集に尽力させて頂くけど……何人か空市へ入るのでよろしくお願いしますね?」
「……ああ」
「得た情報は、お互いに隠す事なく交換し合う……それで宜しいかしら?」
「問題ない」
 草間は言葉少なに頷いて、それからはたと何かを思い出したように再び口を開いた。
「あんた方がどんな情報を記事にしようが勝手だが、くれぐれも、コチラの人間を撮影したり名前を出したりする事だけはしてくれるなよ」
剣呑な瞳に睨まれながら、碇は肩を竦めた。
「アトラスは信用頂けないかしら?少なくとも私は、口約束だからといって破ったりしません。これでも事情は察しているつもりですよ?」
 興信所側には闇で動く存在も多い。能力者と言えど、まだ年若い者も。そんな彼らにとって危険だからこそ、報道が規制されていると言っても過言ではないのだ。
 草間はしばらく思案に耽っていたが、やがて重々しく溜息をついた。
「では、改めて交渉成立ですね?私は一度編集部に戻りますが、お互いにもう少し情報の交換が必要でしょう。後は能力者達にお任せするので、よろしくお願いしますね」
 そういって碇は、振り返る事なく去っていった――。

 後に残された草間は、深い溜息を漏らした後にやっと協力者達を振り返った。
「って事だ。後は任せる」
 そうして少し離れたソファーへと腰を落ち着けてしまった。


◆二つの道 二つの心◆
 興信所とアトラスの面々は今、近隣の市に存在するホテルに居る。彼らはこれから各々の行動を取る為、活動拠点が必要になる。その為に、アトラス側の何たらという財閥の総帥がホテルの1フロアを貸し切ったのだ。
 空市の市長は己の屋敷とも言える家を自由に使ってくれとは言ってくれたが、大所帯となった今だと動きが制限されてしまう。
 そういった面から大変効率の良い状態だといえる。
 
 興信所側の一人としてその場に立つ柊・秋杜は、時間が惜しいとばかりに早速情報交換を始めた仲間達をぼーっと眺めてから、ソファーの上にごろりと横になった草間へと視線を送った。
 ソファーは調度、秋杜達に背を向けているので、秋杜からはソファーから投げ出された草間の足と空気に溶けていく紫煙しか見えない。草間がどの様な心情で其処にいるのか、想像も出来ないが。
 齢12歳と言えど神父見習いとして多くの人間の悩みを聞いて来たこの少年には、草間の焦りと悲しみだけは良く分った。
 昨晩も、見回りと称して深夜の空市を歩いていたという草間――攫われた子供達の安否が絶望に近い所為もあるのだろう。思考は動きを止めれば悪い方へ悪い方へと向かってしまうものだから、そう言った状態の人間が多忙を極める事は多い。今の草間はまさにそれ。
 秋杜は昨晩の草間の様子を思い出す。
 忍び込んだ空市で、結界からどうやって出て来たのかわからない下級の妖怪に攫われそうになっていた自分を、助けてくれた時の草間の、顔。
 安堵に微笑んだ草間の顔は、今にも泣きそうに見えた。その理由に触れたら、この人自身すら気付いていない傷を晒してしまう事になると、秋杜は思った。その時の草間は、そんな風に感じてしまう程危うかった。
 助けて貰ったお礼もしたかったが、秋杜はそんな草間を放っておけなかった。だから、こうしてここに居る。妖怪を滅する力は弱いけれど、物理的・霊的攻撃に耐性がある自分なら、もしかして囮としてでも役に立つかもしれない。
 そして――。
 秋杜は唇を軽く噛み締めて、近くの部屋へと入り込んだ。部屋の中には、生活するのに困らない程の用意があった。今居るホテルはただでさえ高級感溢れているというのに、その最上階のこのフロアは何週間と在を置きたくなる程に美しい場所でもあった。事実ここを借りていくお客の滞在期間は長期に及ぶという話だし、多少の用意があってもおかしくはない。
 秋杜はまずガスコンロに火を点けて、水を入れたヤカンでお湯を沸かせる。それから棚から白い陶器のようなすべらかなティーカップとポットを見つけ出し、カップを人数分取り出す。後はドコに隠し持っていたのか、ハーブティーの缶。慣れた動作は、即座に湯気の立ったティーを創り出した。ほんのりと香るハーブに、満足そうに微笑んで、秋杜は部屋を出る。

「……どーぞ……?」
 まず仲間達にカップを手渡した後、秋杜はてとてとと駆け出して、イライラと頭を掻き毟る草間にカップ片手に首を傾げた。
「こういう時には、ハーブティー……飲むと落ち着きますよ?」
 不機嫌そうに睨まれ、少し声が震えてしまう。そんな秋杜に、草間は慌てて起き上がった。
「スマン、怖がらせたか?……あぁ、確かに落ち着くかもな……」
 無理矢理に作った笑顔で、草間がカップを受け取った。
「ん、美味い……」
 紅茶の淹れ方には自信も定評もあったが、やはりその言葉は嬉しいものだ。頬を緩ませた草間に、秋杜も自然に笑みを作る。
 と、その頭を撫でられ、秋杜はゆっくりと視線を上げた。
「紅茶、ありがとな。美味かったぞ」
 背後で、自分と幾つも変わらないだろう少年が屈託無く微笑んでいる。
「香りもとても良かったですし……」
「アトラスの奴らも、ありがとってさ」
 照れる秋杜の横で、草間がゆっくりと立ち上がった。
「話はついたか」
「ええ。私達もこれから、空市へ行って来ますので……」
 上着を着出す仲間達に背後を振り返れば、そこにはもう、アトラスの面々の姿は消えていた――。


◆空市の封印 危険の匂い◆
「この本があれば、奴らの世界には案外簡単に入り込めそうだな」
 分厚い二冊の本を片腕のみで軽々と持ち上げ、足元までの長髪を持った男はあっけらかんと笑った。真柴・尚道という名のその青年に、眉間に皺を刻んだ法衣の男が不機嫌に返す。
「どうだかな。俺はまず、その術を解く事すら容易だとは思えねぇが」
 一昨日、目の前で攫われた少女の事を思い出したのか。桜塚・金蝉は更に仏頂面を深める。
 空市の坂を目的の鳥居を目指して上る彼らの半数は、表情が暗い。
 ニュースで報じられていた通り、第一陣として空市に乗り込んでいた面々は手痛いメにあったばかりだ。
「油断は出来ないわ。例え自分の能力に自信があったとしても」
「もう二度とあんな事態は引き起こしたくないです……」
第一陣のメンバーであった綾和泉・汐耶と水上・操が、拳を握り締める。
 足早に歩く彼らの後を駆けるように着いてくるのは、神父見習いの柊・秋杜とアールレイ・アドルファスという見目麗しい少年の二人。
「その本見てもなぁ、不可解な所は大分あるし……」
 和装の少年、伍宮・春華が頭の後ろで腕を組みながら、ぼやく。
「第一、術を解くのは何とかなりそうだけどさ、後からまた塞ぐのが無理っぽいし」
「そうですね。ただ解く際に、何か影響が出ては困りますから……やはり、本の解明は必要かと思います」
 汐耶が眼鏡の奥の双眸を歪めながら言った時、先頭を歩く尚道の目に、鳥居の下の人影が映った。
「誰か居るな、あそこ。市民か?」
 金色の髪が太陽を浴びて、光り輝いている。鳥居を見上げている人影の背は高く、細い。
 とその人影が反転し、秋杜達の上に視線が止まった。きっとこちらに気付いたのだろう。
「遅かったな」
朗々と響き落ちてくる声は、少し高い。それに、金蝉が答えた。
「翼、何時来た?」
「今さっきだよ。空港から直行したのさ」
 近づく程に人影の姿が露になる。思わず息を呑む程の美しい顔貌は、まだ幼さを残す少年のもの。どこか異国を思わせる雰囲気を醸し出しつつ、翼と呼ばれた人影は微笑を浮かべて、秋杜達を見た。
「興信所の協力者?僕は蒼王・翼。武彦から連絡を貰ったんで、応援に来た」
 優雅に一礼した翼に、秋杜達も自己紹介を返した。

「本当に、何の力も感じねぇんだな」
 尚道が四つの鳥居の中心に存在する大鐘に触れながら、興味深そうに言った。
 能力者誰一人、ここに何の力も感じない。術がかかっている気配も、違和感も何も。百鬼夜行を告げる為に鳴り響いた、鐘のからくりも。こんな騒動でも無ければ、ちょっと変わった鳥居と古い鐘だけで話が済んでしまう所だ。
 だから今まで、どんな能力者達が空市に訪れようと、調査の結果はいつも『異変無し』だったのだろうが。
「そーみたいねぇ……」
 尚道の隣で厳しい顔の少年・アールレイが、鐘に爪を立てた。人狼族の鋭い爪は岩をも切るというのに――力一杯突き立てたソレには何の傷もつかない。二度・三度同じ行動を繰り返しても無意味。
 唯一見つけたものといえば、鳥居の下方に彫られた【壱】【弐】【参】【四】の一文字のみで、それには然程意味は無いと見切りをつけた。
「この本でわかった事と言えば、鳥居が封印を施しているという事実と、この街全体にかけられた結界……そして、歴史の一部って所ね」
 時は鎌倉の時代。空市は小さな小さな国の、一角だった。物の怪の脅威に曝された哀れな小国――狩られ滅びを待つのみ。そして人を喰らい虐殺を繰り返す異形は、その時代多く存在した【穴】から現れたのだという。世界全土に存在した、異世界を繋ぐ【穴】から。
 今は鳥居で封印されているその中心部。そこが【穴】でもあった。そして【穴】の繋がる先が異形の女王が存在する、子供の攫われていった世界だ。
 そして今日までの調査でわかった事。封印を施した術師、古河切斗。狼を恐れる異界の女王。解けつつある封印と活動を始めた異形達。
 【何時の世か、切斗が逝き術の効力が切れた頃、また蘇る】 本に残された一文が、空市の今の状況を物語る。物の怪共は空市の術が弱まった今、今一度惨劇を広げようと、穴を這い出て来るのだ。
 ただ一つの謎――それは子供を攫う理由。先日異界へと入り込んだ春華とアールレイの言では、どうやらある者の生まれ変わりを探しているとの事なのだが。
「アトラスの方で、古河切斗の血縁者を探して下さるとの事ですし……探し人の事が少しでもわかるといいのですけど……」
 鳥居の数字を眺めていた操が言いながら立ち上がり、本の字面を辿り続ける汐耶に視線を向ける。
「結界は解けそうですか……?」
「えぇ。私の見解が正しければ、解くことは出来そうよ」
 その瞬間、ぱあっと表情を明るくした秋杜に、汐耶がだけど、と続けた。
「その代り、空市の結界全てが解けてしまうわ。元々この封印は、解く為には出来ていない様ね……」
「どういう事ですか……?」
「つまりね、古河切斗がこの封印を施した時、彼にはそこまで余裕が無かったのよ。門を閉じる事に精魂使い果たして、この後すぐに亡くなっているし……封印が破れた時の対処までは出来なかったんだわ」
 けして破れない絶対の自信があったわけではないのだろう。ただ、封印をする事しか間に合わなかった。
「でも、私達が異界の門を開けるには結界を解くしか無いのですよね……」
 操が苦渋に満ちた声音でそう告げる。天空には雲ひとつ無い蒼が広がっているというのに、その下の秋杜達の上には暗雲ばかり。
 術を解けば、異形の集団を留める術は無い。百鬼と言わず、異形の全てが這い出て来るだろう。異界にどれだけの妖がいるのかは――想像がつかない。殲滅出来るだろうか。逃しはしないだろうか。それが不安でならない。
「異界を閉じるのに、どんだけの力が必要なんだ?俺達が異界入りした後、閉じれば問題無いんじゃね?」
あっけらかんとした春華の言葉。それに、アールレイが大きく首を振る。
「それって結構無理。この間アッチで見た青鬼――春華は思わなかった?アレ一人にでもこっちの誰かが勝てるとは、アールレイ思えないよ」
 異形の女王の傍らに控えていた青鬼の姿を、思い出して春華が歯噛みした。異界入りした際、青鬼の創り出した穴から、有無を言わさず放り出されたのだ。多分弱まった切斗の術の歪みから門を開けているのも青鬼なのだろう。
「じゃあどうするんだよ!!」
「逃がさなきゃいいだけの事だ」
 悲痛に叫んだ春華に、静やかなけれど決意を秘めた声が背後から返った。鳥居を背もたれに、金蝉が腕を組んで秋杜達を見ていた。
「中から女王をぶっ倒す。外からは出てきた奴らをぶっ殺す。簡単な話だろ」
……確かに、言ってのけるのは簡単だが。
「ってね、金蝉。そんなに殺意を露にする必要は無いだろう。僕は穏便に友好的に、事を進めたいと思うよ」
「俺も右に同じ。話し合いで解決するに越した事はねぇからな」
「僕も……お互いに痛い思いは少ない方が、いいかと思いますけど……」
 翼、尚道、秋杜の言葉に、他の五人が言葉を詰まらせるのがわかった。この三人は先日の夜の事を知らない。第一陣のメンバーにとって、それは甘い考えでしかなかった。そんなに単純な存在では無い。あの異形達に、そんな余裕を持って接する事は無理に近かった。第一に『話』さえ通じない。
「それが出来れば、いいのだけど……」
 曖昧に微笑んで、汐耶が声を潜めた。
「会えば、わかるわ……」


◆開いた穴 出でる異形◆
 結局の所、八人に迷っている時間は無かった。アトラスからの情報を待っている時間も無い。最悪の事態を引き起こし兼ねないとしても――選択の余地は無いのだ。
 攫われた子供達が生きているかもわからない現状。例え生きていたとしても無事なのかどうなのか。一分一秒でその危険も度合いも変わってしまう。
 汐耶の指示で、四人の能力者が鳥居の前に立つ。黒い鳥居に金蝉と操、赤い鳥居に汐耶とアールレイ。翼・春華・尚道の三人が、歪み――つまり異界との門である鐘の側に控えている。彼ら三人が異界へと入り込むのだ。秋杜は残念ながら結界を解くには至らない為に、結界の外にて待機していた。
 空市民は市民体育館に集めて、そこから出ないようにと義務づけた。
 天空に輝く太陽が西へと傾き出し、東の空に濃い闇が迫り出す。
 そして能力者達は、己の得意とする方法で、何百年と空市を守り続けていた鳥居を破壊した。
 切斗の術を解くには、媒介となっているソレを無効化させる事。術として解く事が出来ないとわかった今、それが確実でいて最後の手段。
 巨大な石柱が粉々に砕かれ、後には残骸となったモノが雨の様に降り注いで落ちた。
 瞬間、鐘さえもが霧散し、其処には何も無かったかのように――否、小さな小さな黒い点が穿たれる。それが黒く黒く、遠めにも判るほどに大きくなる。ぐにゃりと景色が奇妙に歪み、悲鳴を上げるような大気が耳を劈く。
「――行け!!」
 風がごうっと渦巻き、異界への門を広げて行く。それは全てを覆うように……。
「翼、行け!!」
呆然と穴を見上げていた三人に、金蝉が二度叫んだ。それでも三人は、動けない。一度その穴に入り込んだ春華にさえ――穴が大きく口を開けるその姿は、怖気立つ程の何かを持っていた。全てを解放させて、止まらない力の爆発。
 最初にその穴に飛び込んだのは、小柄な体と細い茶毛。三人の内の誰でもない、アールレイ・アドルファス。異形の女王の恐れる狼族である為に、今回は異界入りから外された筈の――
「アールレイ!!お前、何で……!!」
 しかし春華の問いに答える事なく、アールレイの身体はゆっくりと闇に没してしまう。それを追うように、春華・翼・尚道が宙を飛ぶ。
 三人の姿が穴に消えたのを確かめて、金蝉が忌々しそうに吐き捨てる。
「――あっのガキ……!!」
 ガキとは誰でもない、アールレイを指す。前回も前回とて見事に自分勝手に行動を起こしてくれた。今回は嫌に真面目に事に当たっていると思えば、これだ。
 そんな事をやっている間にも、穴は巨大さを増していく。風は絶えず渦巻き、視界を鳥居の破片が舞う。

 その中に。
 
 小さな小さな異形が。


 明るい日差しの中にその姿を曝した。
『嬉し、嬉や……』
 キキキと割れ鐘のような歪な声が歓喜に笑う。
『感謝するぞ、愚かな生き物よ……!!我らは再び、女王の予言どおりに蘇る!!』
『楽し、楽し……!!』
 穴から跳び出た異形に、ゾロリと続く子鬼の一団。
『我ら肉を喰らうよ』
『甘い……甘い血の酒が夜毎我らを潤すだろうの』
『断末魔は我が子等の甘美な子守唄……震えが走るじゃぁないか……』
『礼を言おうぞ、人間。まず最初にお前らを食してやろうの……!!』
 ケケケと笑いながら瞳を細めた異形の額を、乾いた音と共に何かが貫通した。
『あ、ひ……?』
 異形の額からドロリと黒い血が溢れ、その先から銀を帯びて冷え固まる。瞳が信じられない面持ちで見つめるのは、銃を片手に佇む、下等である筈の人間。
「血ならてめぇのでも飲んでやがれ」
 鋭い瞳が異形を射抜く。けれど凍り付くソレには、もう、何の声も届かなかった。
「これから広がる地獄はな、俺達じゃねえ。お前らのモンだ」
 同時に穴の肥大が止まり、大気が落ち着きを取り戻す。
 残骸の上から金蝉は狙いを定め、立て続けに銃を唸らせた。


◆幕間〜アトラス編集部〜◆
「……っ」
 最早鳴き声にさえならず、目を見開いたまま三下の体がくず折れた。今日も今日とてカメラマン、アトラス側として今度は許可を取って空市に取材に来たはいいが、其処が悪夢であるのだからもう堪ったものではない。シャッターを切る事さえままならず、ガタガタと震える三下の目の前で、異形の額に穴が穿たれた。
「三下さん、三下さん。大丈夫だから撮ってってば」
 苦笑を浮かべる赤髪の娘は、二挺拳銃を構えながら余裕顔。
「しかも三下、結界の中だろ」
 護衛を二人も付けられて大層な身分でありながらも、彼の頭を占めるのは現実逃避の映像ばかり。
 何時も何時も散々な目にばかり合っているが、今日はその中でも最低最悪。
「ホラ、三下さん」
「撮れよ、三下」
「ひぎゃ〜!!!!」
三下の為にベストモーションを起こしてくれる二人の行動も、三下にとってはスプラッタな惨劇に他ならない。
 そうして絶叫を上げながら、今日何度目かの失神に三下の思考は閉ざされた。


◆長い夜 地獄絵図◆
「秋杜君!?」
「だ、大丈夫です!!」
 秋杜は裂けた頬を抑えながら、駆け寄った汐耶に答えた。妖の鉤爪の攻撃が掠っただけだ。大した事ではない。
「スミマセン、ちょっと疲れただけです……」
 もう何時間になるだろう。空市全体を覆う広範囲の結界を作り出す秋杜の、集中力の糸は切れ始めていた。
 秋杜には汐耶の様な体術も無い。金蝉の様な陰陽術も、操の様に式神を駆使した戦術も無い。それでも特化した治癒力と霊的・物理的耐性がここまで支えてきた。疲労は誰にでもある。そう言い聞かせて、結界を張り続ける。
 故あって空市から、一人の異形も逃がしては居ない。
『ギゲェー!!ガッ……ッ』
ただ。
 疲労は体力だけに留まらず、精神にさえある。今や空市は地獄絵図。何百――いや、何千という程の異形が道という道を埋め尽くしていた。黒々とした血液が壁に飛び散り、生臭い匂いが蔓延る。体の疲れよりも、その惨劇の方が痛い。
 甘かった。自分が全面的に甘かったのは認める。この異形達にとって人は餌であり殺戮は本能だ。話し合う必要など全く無い。根本的な考え方が違うのだ。彼らにとって人間はドコまでも【愚劣】で【下等】な生物。
 ああ、また。操の攻撃を受けて、異形の頭部が弾け跳ぶ。汐耶の投げ飛ばした異形の首がポキリと小気味良い音を響かせ、金蝉の紡いだ真言が異形を滅した。しかしその姿は凄惨な中にあってもどこか清廉で――。
『のれ……おのれぇ……!!』
 穴から這い出続ける異形は数を増しているというのに、優勢は何時までも終わらなかった。


◆闇の先 始まりの光◆
「……っは……はっ……」
 荒い息に顔が歪む。もうすぐ朝が来ようというのに、それまでの時間がひどく長い。
「ぐ……ぅ……っ」
「っ……」
 異形達は朝に弱い。日の光は夜目に慣れた異形の目には眩し過ぎ、その熱に傷を負うのだと件の本にはあった。
 その訪れまで、もう半時だというのに。
 よりにもよって何故今。
 先程までの優勢は、一匹の巨大な鬼によって覆された。秋杜の治癒力を持ってしても、攻撃にソレが追いつかない。結界を結ぶ力も潰えた今、唯一の希望といえばこの鬼の他に異形の姿が無いという事。市民の安全はとりあえず守られている。
 赤い赤い鬼――その右腕は焼け焦げ、どす黒く変色している。だが鬼には痛覚が無いのか、どんな攻撃も効いていないとでも言いたげだ。
 その身体に襲い掛かる氷の礫さえ、何の障害でも無いと。局地的な吹雪を創り出している操の顔を目掛けて、拳が飛ぶ。それを俊敏に交した筈なのに、操の体が吹っ飛ぶ。
「操さ……!!」
 思わず叫べば、肋骨の軋みに苦痛が走った。
「だ、まっとけ……秋杜……。邪魔、だ……!!」
 けして優しい言葉では無い。だが金蝉が向けられた鬼の視線から秋杜を守るように立ちはだかる姿は、言葉以上の優しさを降り積もらせる。あぁ、何故この人は。
 鬼の掌に揺らめく炎が生まれる。膨張する。呼応する。
「…っ……つっ……」
もう駄目だ!!そんな風にさえ、絶望が生まれて止みはしないのに。
 ああ、それでもこの人達は。
 金蝉の銃弾が。
 汐耶の蹴りが。
 操の長刀が。
 異形の動きを留めようと一所に放たれた。
 それと秋杜が意識を手放すのは同時だった。

「……お、気がついたか?」
暖かい温もりにゆるゆると瞳を開けた時、秋杜は尚道の背に担がれていた。
「ま、真柴さ……!!」
「はは、弾き出されました〜……」
 苦笑を漏らしながらそう言った尚道に視線を巡らせれば、仲間達の姿もすぐそこにあった。どうやら怪我を負っているものの皆無事の様で、その事に安堵する。事のあらましを春華が話してくれる。
「俺らな、残念ながら説得出来なかった。そんで……弾き出されてきたワケ。そしたらさ、秋杜達が赤鬼と戦闘中で……もう、燃やされる寸前みたいな?だけど赤鬼の攻撃が途中で止まってさ、後はあっさり穴へ帰ってったんだけど。ご丁寧に穴も閉じてった」
「……えと、あの……し、死体は……?」
「太陽が昇った瞬間に消えたぜ」
 今はもう綺麗さっぱり、まるで最初から何も無かった様に無い。異形の死体も、血の跡も。まるで全ては夢の様。
「それに、肝心の子供が……やっぱり何所に居んのかわからねぇ……」
 面目無いとばかりに顔を顰めた尚道に、返る言葉は無い。それを言うならこちらも。多分、振り出しに戻る。

 いや。そんな事も無いかもしれない。何も変わっていない様に見えても、きっと。
 多分。
 絶対。

 暁に染まる世界を見据えながら、秋杜は思った。


 次で、最後――。



【to be continue…】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3999 / 柊・秋杜(ひいらぎ・あきと) / 男性 / 12歳 / 見習い神父兼中学生】
【3461 / 水上・操(みなかみ・みさお) / 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづか・こんぜん) / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【2863 / 蒼王・翼(そうおう・つばさ) / 女性 / 16歳 / F1レーサー兼闇の狩人】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【1892 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男性 / 75歳 / 中学生】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや) / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【2158 / 真柴・尚道(ましば・なおみち) / 男性 / 21歳 / フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターのなちと申します。この度は「百鬼夜行〜闇〜」にご発注頂きまして、有難うございます!!そして大変お待たせいたしました……。
今回は三部の第二作目、一番重要な場面だったのでは無いかと思っております。
長い上に個人個人で内容の違う部分も多々ありますゆえ、内容が判り難い場合など、参加者様各位の物も見て頂ければ大丈夫かな……などと思っております。それでも尚判らなかった場合は、私の力量不足です。スミマセン。
この作品を少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。

それでは、また秋杜さんにお会い出来る日を祈って!有難うございました。。。
ご意見・苦情・感想等ありましたらぜひご一報下さいませ…。