コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 『学校へ行こう!〜音〜』


「……学校に行けないんです」
「……は?」
 唐突な少女の相談に、草間武彦は思わず間の抜けた声を上げた。
 もう彼岸だというのにも関わらず、相変わらずの暑さが続いている。草間興信所は基本的にいつも金欠なので、エアコンなどはない。古ぼけた扇風機が、カタカタと喧しい音を立てながら、首を振っていた。
 武彦は、煙草をくゆらせ、目の前の少女を見据える。
 肩までの長さの髪。前髪は、眉の辺りで綺麗に切り揃えられている。今時の若者にしては珍しく、髪は染めておらず、艶のある黒い髪が、窓から差す陽の光を浴びて煌いていた。
 恐らく学校の制服なのだろう。セーラー服が良く似合っていて、目鼻立ちのはっきりした、中々の美少女といえる。
 その彼女が、草間興信所を訪れてきたかと思うと、いきなり言ったのが、先ほどの言葉だった。
「――あのさ、お嬢ちゃん。俺はセラピストでもないし、ここは心療内科でもないぞ。そういう相談は、スクールカウンセラーにでもしてくれるかな?」
 そう言って、武彦は、溜息と同時に煙草の煙を口から吐き出した。
「――違うんです!!」
 少女は、バンッと勢い良くデスクに手のひらを叩きつける。武彦は、そのあまりの剣幕に、思わず咥えていた煙草を床に落としてしまった。彼は、それを足で慌ててもみ消すと、内心の動揺を悟られまいと、平然とした表情を繕い、新しい煙草に火を灯した。
 それも目に入っていないのか、少女はまるで選挙活動中の政治家のように熱弁を振るう。
「私が学校に行こうとすると、目の前を黒猫の大群が遮ったり、水道管が破裂したり、電信柱が倒れてきたり、交通事故が起こったり……とにかく大変なんです!!」
「それって、ただの偶然……」
「偶然なんかじゃありません!とにかく、何とかして下さい!!」
 武彦の言葉を遮って、少女は喚き立てる。
 彼は、わざと少女に聞こえるように、再び大きな溜息をついた。


■ ■ ■


「おいおい。女性には誠意を持ってお相手を、ってのが男だろ?」
 唐突に掛かった声に、武彦は顔を上げる。
 興信所の戸口には、いつの間にか、スキンヘッドで色黒、サングラスを掛けた大男――フェンドが立っていた。手にはビニール袋を提げている。
「――ああ、フェン。お前いつもいきなり現れるな」
 武彦の言葉に、彼は唇の端を上げた。
「人を幽霊みたいに言うなよ、へなちょこ探偵。俺は零のために茶を持って来てやったんだ」
 そう言うと彼は、部屋の整頓をしていた、武彦の義理の妹である零に近寄ると、持っていた袋を差し出す。
「わぁ、いつもありがとうございます!助かります」
 彼女は丁寧にお辞儀をすると、袋を受け取り、戸棚にしまいに行った。
 お茶をもらい、喜んでいる零とは対照的に、武彦は不機嫌そうな顔をし、灰皿で煙草を揉み消す。
「誰が『へなちょこ探偵』だ!へなちょこなのは、俺じゃなくて依頼だよ依頼。ロクな依頼が来やしねぇ」
 そう言って彼は、少女の方を恨めしそうに見遣り、また溜息をつく。
 その言葉にカッとなったのか、少女はまた大声を張り上げた。
「探偵さん、私にとっては大切なことなんです!本当に、大切なことなんです!」
 フェンドは興奮している彼女に大股で近づくと、そっと肩に手を置いた。
「嬢ちゃん、落ち着きなって。その依頼、俺が引き受けてやるよ。学校まで送っていく」
「本当ですか!?」
 途端に、彼女の表情が明るくなる。だが、それもつかの間、何かを思案するように目を伏せた。
(顔色が悪いな……それに……)
 サングラスの奥の瞳から、少女を観察するフェンド。それを見た武彦は、揶揄するように言葉を発した。
「ったく。美人と見ると、すぐこれだ」
 フェンドは、その言葉を受け、ニヤリと笑みを浮かべた。
「別に美人が好きってわけじゃないぜ。たまたま良い『音』のするヤツが、美人ってだけさ」


 草間興信所を出てから数分。
 少女は、俯いたまま、黙って歩いている。鞄を持つ指が、何かを探るように動いていた。
「で、ホントのところはどうなんだい?嬢ちゃん」
「――え?」
 フェンドが発した言葉に、少女は怯えたように顔を上げた。
「嬢ちゃんの手。指先と爪の長さが楽器を扱う者の手だ」
「良く分かりますね」
「これでも、ピアノ調律師の資格を持ってるからな」
 そこで彼女は、初めて微かな笑顔を見せた。
「やっぱ似合わねぇか?」
 彼はそう言って苦笑する。
「いいえ」
 交差点に差し掛かった所で、フェンドは異変に気づいた。
 『音』がする。
「こっちだ」
 少女の細い腕をとった彼に、彼女は小さく声を上げた。
「でも、こっちじゃ学校とは反対――」
「学校に行きてぇんだろ?俺に任せておけ」
「は、はい」
 それで納得したのか、小さく頷き、従う少女。フェンドは、彼女に頷き返してから、歩みを進め、話を続けた。
「嬢ちゃん、確か十年位前から、ピアノの全国大会に顔を見せてただろ?」
「――え?あ、はい。どうして、分かるんですか?私、その頃まだ七歳だったのに」
 怪訝そうな表情をする少女に、悪戯っ子のような笑みを浮かべるフェンド。
「『音』が同じなんだよ。姿かたちは変わっても、人間の持つ『音』は、そうそう変わらねぇ」
「は、はぁ……」
 彼女は、訳が分からない、というように曖昧に言葉を発する。
「そういや、名前をまだ聞いてなかったな」
「野中……綾です」
「俺の自己紹介もまだだったな。俺はフェンドってんだ。嬢ちゃんの名前にも聞き覚えがある。大会で、いつもかなりいい線行ってたな。去年も出てただろ?確か三位だった」
「はい……」
 そこで、綾は言葉を途切らせて、下を向く。
「私、将来ピアニストになりたいんです。でも――」
 『音』。
「ちょっと悪ぃ。今度はこっちだ」
 再び手を引くフェンドに、今回は素直に従う綾。
「でも、うちはあんまり裕福じゃないから……いいピアノは買えないし……こっちに転校して来てからは、近所の人が、ピアノの音がうるさいって、迷惑になるから、練習、あまり出来なくて。県大会まで、あと五日しかないんです。練習できるの、学校のグランドピアノしかないから……時間が、ないんです……」
 彼女の声は、最後には嗚咽混じりになっていた。
 フェンドは、そんな彼女の頭を、優しく撫でた。

 それからも、フェンドは『音』が聴こえる度に、進路を変え、綾を促しながら進んでいった。
(誰かは知んねぇが、随分と分かりやすい『音』を残していくな……しかも、現世にない『音』を)
 ガラスを刃物で切り裂くような、不快な『音』。
 それはメロディーのようにも聴こえる。
(モーツァルトの『レクイエム』か……葬送曲とは、嫌な選曲だ)
 気がつけば、学校に辿り着いていた。
 綾の表情が、明るいものになる。
「フェンドさん、ありがとうございます!今日は、何も起こらなかった……フェンドさんのおかげです!」
 そう言って、頭を下げる綾に、フェンドは微笑みながら言った。
「ついでだから、ピアノの調律もしていってやるよ」
 だが、彼の本来の目的は、そこにはなかった。
 葬送曲は、一層強さを増している。

「よし、終わったぞ」
 音楽室。
 そこで、グランドピアノの調律を終えたフェンドは、綾に向かって頷く。
「ありがとうございます!何から何まで……」
「まぁ、気にすんな。弾いてみてくれ。嬢ちゃんのピアノが聴きたい」
 彼女の肩を軽く叩くと、彼は言う。
「はい!」
 彼女は満面の笑みを浮かべて、力強く頷いた。

 綾の指が、鍵盤の上で激しく動く。
 ショパンの『革命のエチュード』。かなり難易度の高い曲だ。哀しみを湛えながらも力強い音が、辺りに響く。それはどこか、聴く者を圧倒させる雰囲気があった。
 ところが。
 曲がクライマックスに差し掛かろうかという時、音楽室のドアが突然開く。
 綾の指が止まった。そして視線は、入り口へと向けられる。
(来やがったな)
 フェンドの目も、そちらに向いていた。
「里奈ちゃん……」
 そこには、緩くウェーブの掛かった、栗色の長髪をした少女が立っていた。綾と同じ制服を着ているので、この学校の生徒なのだろう。きつめの化粧をしているため、派手な印象を受けたが、全体的に彫りの深い顔立ちなので似合っていた。
 禍々しい『音』は彼女から――いや、彼女の持っている物から発せられている。
 古ぼけて茶色く変色した楽譜。
 モーツァルトの『レクイエム』。
「綾、その怪しい男は誰?警備員さんを呼ぶわよ」
「違うの、里奈ちゃん、この人は――」
(この嬢ちゃん……)
 フェンドは、里奈と呼ばれた少女に見覚えがあった。確か、一昨年のピアノの全国大会には出ていたはずだ。それ以前にも、何度か見かけた記憶がある。
「せっかく、あんたが来られないようにしてあげたのに」
 里奈の声は、ぞっとする冷たさを含んでいた。
「……え?里奈ちゃん、それってどういう……」
「あんたさえ転校して来なければ、私は去年も県大会で優勝して、全国大会に出るはずだったのよ!大体、ピアノは、私みたいな裕福な家庭に育った者がする、優雅な競技なの。あんたのような平民なんか――」
「おい、嬢ちゃん。それは差別ってもんだ。大体、実力の差だろ?そんな妙な楽譜の力なんて使わないで、まともに勝負したらどうなんだ?」
 口を挟んだフェンドに、里奈はさらに声を荒げた。
「うるさい!黙れ!実力だって私の方が上なんだ!こいつは単に運がいいだけだ!だから運さえなくせば、私のほうが勝つ!絶対に勝つ!!」
 彼女は、既に正常さを失っていた。目の焦点も合っていない。
「嬢ちゃん!その楽譜をこっちへ寄越せ!死ぬぞ!」
 葬送曲は、轟音のように鳴り響く。
 常軌を逸した、不快な『音』。
「うるさい!うるさい!うるさいぃぃぃ!!」
(仕方ねぇ……)
 このままでは、里奈はあの楽譜の持つ『音』に飲み込まれ、命を落とすだろう。もうこの状態では説得は無理だ。フェンドは自らの能力を使い、『音』を『止める』ことに決めた。
「里奈ちゃん!」
「動くな!」
 心配して駆け寄ろうとする綾に、フェンドは鋭く言い放つ。彼女は、その雰囲気に圧され、足を止めた。
 楽譜が放つ『音』へと集中する。
 身を切り刻まれるような不愉快な『音』。
 どこかに、きっかけがあるはずだ。
 葬送曲。
 曲。
 ほとんど曲とは呼べない状態だったが、何とかメロディーを追っていく。
 そして――休符。
(今だ!)
 彼は、一気に力を解放する。
 やがて。
 葬送曲は、終わりを迎えた。


「で?その後どうなったんだ?」
 翌日の草間興信所。
 相変わらず、骨董品のような扇風機がカタカタ鳴っている。
 武彦に問われ、フェンドは肩を竦めた。
「あの嬢ちゃん――御園里奈っていうらしいが、ヤツは意識を失って入院した。命に別状はないようだが、暫くは安静だろうな。依頼主の嬢ちゃんのほうは、相当ショックを受けてたみてぇだが、まぁ何とかなるだろう。あれだけいい響きの『音』を持ってるしな」
 武彦は煙草に火をつけると、煙を溜息と共に吐き出した。
「問題の楽譜の方は?」
「もう力は失ってるし、イカレ骨董屋が欲しがったから、やった」
「『イカレ骨董屋』?――ああ、蓮のことか」
 ちなみに、蓮とは、曰くつきの物しか置いていないという、『アンティークショップ・レン』の店主である。
「まぁ結局、今回の依頼はお前向きだったってことか」
「少なくとも、へなちょこ探偵には無理だったな」
「うるせぇ」
 それから二人は、顔を見合わせて吹きだした。

 辺りには、秋特有の爽やかな『音』が満ちていた。


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

【3608/セイ・フェンド(せい・ふぇんど)/男性/652歳/【風鈴屋】】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは。再びの発注ありがとうございます!鴇家楽士です。
今回がゲームノベル二作目になります。お楽しみ頂けたでしょうか?
まだまだ不安で一杯です……

今回は、本当にみなさんのプレイング次第だったので(すみません(汗))グループごとに、話の内容が全く違ったものになっています(クライアントの少女の名前も違います(爆))。
『音』は、セイ・フェンドさまの丁寧なプレイングがあったので、このような感じになりました。

前述の通り、今回はプレイング次第だったため、非常に丁寧で綿密なプレイングを書いて頂いて、本当に助かりました。おかげ様で、この話を仕上げることが出来ました。

今回もお一人での描写をご希望とのことでしたので、そうさせて頂きましたが、書き始めるまでその記述に気づかずにいました。最初は、あとお一人入れる予定だったので危なかったです……ちゃんと見ないと駄目ですね(汗)。

それでは、読んで下さってありがとうございました!
これからもボチボチやっていきますので、またご縁があれば嬉しいです。