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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜闇〜

◆闇の先 繋がる糸◆
 百鬼夜行の起こる街として一躍有名となった空市。行方不明の子供。その解決を任せられた草間興信所。アトラス編集部の手に入れた本。
 枝分かれした糸の先に繋がる様々な情報が、次第に一つになる。そうして最後の糸を結ぼうと、草間興信所とアトラス編集部の間に協力体制が敷かれる事となった。

 興信所とアトラスの面々が情報交換に勤しんでいるであろう時分、一人の人影が空港に降り立った。
「ふぅ」
小さく息を吐き出して、人影――蒼王・翼は大きく伸びをした。
 行き交う人々の視線が自分に注がれているが、そんなものは何時もの事。さして気にする風でもなく、翼は荷物を持って歩き出した。
 空の様に青い瞳と、サラリと流れる細い金髪。穢れ無き顔貌は人知を超える美しさ。人好きする笑顔と優雅なる物腰で、夢見がちな少女達の王子様を演じる事多数。少年にしか見えなくともれっきとした女性だが、翼は好んで男性を演じている。
 キャーキャーと黄色い声を発する娘さん達に軽く手を振る翼は、世界トップのF1レーサー。知る人ぞ知る『最速の貴公子』に、少女の声は更に高くなった。
 ――と。
 翼は、突然耳に飛び込んだ言葉に、足を止めた。
 空港のロビーに設置された大画面から、聞きなれた言葉が響いたのだ。確かに、今。『草間興信所』と聞こえた。
 気のせいか?と首を捻った翼の瞳が大画面へと向けられる。
 そして、一瞬呆気にとられた。
 そこに映るのは、自分も良く知る顔。煙草を片手に持つ姿に馴染み深い、草間武彦だ。
【ええ、ソレについては何の反論もありません】
等と殊勝な事を言うものだから、ついに犯罪でもやらかしたか。極貧のあまり、万引きでも……その程度でコレはないだろうが。
 だが、画面の上方には『百鬼夜行の怪』とある。それに何だか――雰囲気が尋常ではない。まるで芸能人の会見でも行っているような、草間に向けられるフラッシュの嵐。横に居る貫禄のある男性は、警視総監ではなかっただろうか?それに、いや。待て。
 翼の記憶が正しければ。否、間違うわけすら無いのだが。額に手を当てて、しばし思案する。
 もしその男が予想通りの人物だとすれば、ではそこに居る草間は何?何故警視総監と、日本国総理大臣の傍らに座しているのだ?ただの一介の怪奇探偵が?
 百鬼夜行と草間の関連はもちろんわかるのだが、警察との繋がりも頷けるのだが、総理大臣の名前がどうにもそれと結びつかない。
 翼は荷物から携帯電話を取り出すと、草間興信所の番号を押した。


◆風の記憶 優しい声◆
 タクシーの中でも、ラヂオを流しながら運転手が『百鬼夜行』の事件に耳を傾けている。今や全国民の目が注がれる大事件となった『空市の百鬼夜行』、その詳細は草間から聞き出す事が出来なかった。草間は今、翼が空港で見た会見の真っ最中。電話に出た零に申し訳無さそうに言われ、とりあえず興信所に協力する旨と、空市に直接向かう事を伝えた。
 後の情報は、自分の能力を使えば容易い。開け放たれた窓の向こうで、答えてくれる声がある。
【空市には何も無い。何も、何も……】
(何も?)
【そう、何も。だから分からない。だから分かれない。古河切斗の術は、そういうもの……】
 タクシーと並走するように、小さなつむじ風が渦巻いている。そこから、儚い声が響いていた。
 時は鎌倉の時代。異界の門を内に持った小さな国に、古河切斗なる術師が居たという。人を餌と呼ぶ異形から人々を守り、今でいう空市から異界との門を封じた、稀代の術師。時を経て弱まった封印から這い出る異形が、空市から子供を攫ったのだ。そして、その事件を解決しようとする草間興信所。怪奇雑誌の一角、アトラス編集部。彼等が、まずは術を解こうとしているらしい。
【古河切斗の術は、例えヒトが何かをしなくても長くは保たない。異形が出でるのはそう遠くないと、我等の長は言うよ】
 異形は闇の属性――故に日の支配する時間には、まだ封印を押し開く力が足りないのだという。元々太陽には弱い種族だという話だが、封印さえ解ければ、彼等の力は満ちる。
【ヒトが街を探っているよ。大きな力が、街に満ちている。封印を解くのだろう?アチラに行くのだろう?】
(……そうなるだろう)
【長は言うよ。解く方法は簡単だと。だけど、今一度施すのは難しいと。だから我等は、あの街を出る】
(……?どういう事だい?)
【古河切斗はもう居ないよ。同じ術はもう結べないよ。例え結び方がわかったとしても、それは、簡単な最も弱き力。古河切斗だからこそ、その術は最高の作用を持つ】
 それは、古河切斗の性質。最も多い五行にも、通じぬ属性。枝分かれした一つ、世界に一つしかない性質。だからこそ空市の封印を結ぶ事も、解く事も、真の意味では古河切斗にしか出来ぬと。
【だから、異形は彼を探すよ。生まれ変わった彼の匂いが、微かだけどわかるから。己らに化せられた呪いも、古河切斗にしか解けぬから】
(キミ達にわかるのかい?その、術師の匂いが?それは今何所に?)
【今は遠い遠い南の方。この間は空市にも感じたよ。彼の魂はとても特徴的だから間違ってはいまいと思うけど】
(呪いというのは?)
【古河切斗が、命を賭けたの。彼は大蛇と契約を――氏神の蛇と契約をしてる。蛇は闇を食む。大蛇は切斗の命の変わりに、数多の蛇を呼ぶよ。異形が万が一にでもヒトを殺せば、ヒトを食せば、蛇が闇を食ってくれる。けれど、それは異形への牽制でしかないよ】
今、氏神の大蛇以外に、それを成してくれるものは居ないだろうと風の長は言ったという。今のヒトの世で、神が姿を現す事はもう稀だ。ヒトの好意を愚行と嘆く土地神は、ヒトの滅びをもう悲しまない。
 大蛇が闇を食み異形を滅したとしても、それは一つの街を壊すという事。氏神を失った空市が、長く輝けはしない。
【だから我等は、あの街を捨てる】
 あの街はただ、荒廃を待つだけだから。そう続けて、つむじ風は螺旋を解き、空気に消えた。
【貴方も街へ入るなら、気をつけて。彼等はとても、とても強大……とても大きな存在だよ】


◆空市の封印 危険の匂い◆
 「ここが、問題の場所か」
 翼は空市の長い坂を上り、ただ一人、鳥居の前に立った。興信所の面々はまだ来ていないらしい。
 朱に塗られた大きな鳥居は、鎌倉の時代から衰えている様子を見せない。両手で抱いても足りない太い石柱に触れる。
 聞いていた通り、何も感じない。たしかにコレを媒介に、切斗なる男の術は結ばれているはずなのに。
 風の言っていた事が思い出される。分からない。分かれない。世界に唯一の力。
 そこに感じる違和感は、何かの息吹く気配は、きっと切斗の術が弱まった証拠なのだろう。
 そこで翼は、坂の下から小さな喧騒を聞き取り、背後を振り返った。放つ空気でよく分かる。その上り来る七人が草間興信所の協力者なのであろう。それに、良く知る顔もある。
「遅かったな」
翼の少し高い声が何時も通りに、言う。それに答える男も、何時も通り。
「翼、何時来た?」
法衣に身を包んだ、仏頂面の男。変わりない桜塚・金蝉の様子に自然と笑みが上る。
「今さっきだよ。空港から直行したのさ」
 そう答えて、ついと視線をずらす。ある者は顔を赤らめ、またある者は怪訝そうに、足を止めて自分を見つめている。
「興信所の協力者?僕は蒼王・翼。武彦から連絡を貰ったんで、応援に来た」
 翼は優雅に一礼し、人好きする笑顔を浮かべてみせた。

 アールレイ・アドルファスという少年が鐘に爪を立てる様を横目に見やり、翼と金蝉は仲間達から距離を置いた。
「で、何かわかったか?」
鳥居を背もたれにした金蝉に問われ、翼は当然と言わんばかりに勝気な笑みを上せる。
「もちろんだろ?ここの『風』には古い者も残っていたからね」
「それで?」
「結界は解ける。だが、もう一度同じ術で封印を結ぶ事は出来ないね」
 微かに瞳を見開いた金蝉だが、視線は仲間達から逸らさない。そちらの言葉も一言一句聞き逃さないようにと、集中力を高める金蝉に、翼は尚も続ける。
「封印をかけた術師……古河切斗と言ったかな?彼の術は少し特殊だったようだ。ある意味では最強、そして同時に最弱でもあるのだけど」
 古河切斗の性質は、無意識化――意識上への介入を果たし、術を術として認識させない事。媒介さえ巧く隠せば、そこに術が掛かっている事にどんな能力者も気付けない。だから最強。けれど一度その効果さえわかってしまえば、簡単に解けてしまうソレは――故に最弱。
「術の解き方は、媒介を壊すだけだよ。ただし切斗の特殊な性質が成した術だからね、同じ封印を結ぶ事は無理だろう。金蝉にも」
 そして変わりに術を施したとしても、もって二日が限度。そう言われて、やっと金蝉は翼を見た。憮然とした表情に苦笑が漏れる。
「相性の問題なんだけど……異界の者達にとっても、金蝉や僕達の術は馴染みが深いだろうね。空市に【穴】が繋がった偶然。その時代に切斗がいた偶然。それは何千、何万分の一にも満たない確立での奇跡だよ、まさに。だけれどね、その偶然には感謝するべきだろう?でなければ今この世は異形の物だったかもしれないんだから」
「――さっさと終わらせるぞ」
 更に色濃い不快感で、金蝉が紡ぐ言葉は次第に低くなっていく。
「無論、そのつもりだ。では善は急げという事で、さっさと封印を解くとしようか」
 あちらも、どうやら同じ結論に達したようだからね。肩を竦めながら翼は、視線を仲間達へと向けた。
 本に目を落とした綾和泉・汐耶が、翼と同じ見解を口にしている所だった。
「――元々この封印は、解く為には出来ていない様ね……」
「どういう事ですか……?」
「つまりね、古河切斗がこの封印を施した時、彼にはそこまで余裕が無かったのよ。門を閉じる事に精魂使い果たして、この後すぐに亡くなっているし……封印が破れた時の対処までは出来なかったんだわ」
「でも、私達が異界の門を開けるには結界を解くしか無いのですよね……」
「異界を閉じるのに、どんだけの力が必要なんだ?俺達が異界入りした後、閉じれば問題無いんじゃね?」
「それって結構無理。この間アッチで見た青鬼――春華は思わなかった?アレ一人にでもこっちの誰かが勝てるとは、アールレイ思えないよ」
「じゃあどうするんだよ!!」
「逃がさなきゃいいだけの事だ」
 悲痛に叫んだ伍宮・春華に、静やかなけれど決意を秘めた声が背後から返った。鳥居を背もたれに、金蝉は仲間を見据える。
「中から女王をぶっ倒す。外からは出てきた奴らをぶっ殺す。簡単な話だろ」
……確かに、言ってのけるのは簡単だが。
「ってね、金蝉。そんなに殺意を露にする必要は無いだろう。僕は穏便に友好的に、事を進めたいと思うよ」
「俺も右に同じ。話し合いで解決するに越した事はねぇからな」
「僕も……お互いに痛い思いは少ない方が、いいかと思いますけど……」
 そう、出来るなら。翼の言葉に賛同を示した真柴・尚道と柊・秋杜の三人に、向けられた瞳は苦笑を浮かべてさえいたけれど。


◆開いた穴 異なる世界◆
 結局の所、八人に迷っている時間は無かった。アトラスからの情報を待っている時間も無い。最悪の事態を引き起こし兼ねないとしても――選択の余地は無いのだ。
 攫われた子供達が生きているかもわからない現状。例え生きていたとしても無事なのかどうなのか。一分一秒でその危険も度合いも変わってしまう。
 汐耶の指示で、四人の能力者が鳥居の前に立つ。黒い鳥居に金蝉と水上・操、赤い鳥居に汐耶とアールレイ。翼・春華・尚道の三人が、歪み――つまり異界との門である鐘の側に控えている。彼ら三人が異界へと入り込むのだ。秋杜は残念ながら結界を解くには至らない為に、結界の外にて待機していた。
 空市民は市民体育館に集めて、そこから出ないようにと義務づけた。
 天空に輝く太陽が西へと傾き出し、東の空に濃い闇が迫り出す。
 そして能力者達は、己の得意とする方法で、何百年と空市を守り続けていた鳥居を破壊した。
 切斗の術を解くには、媒介となっているソレを無効化させる事。術として解く事が出来ないとわかった今、それが確実でいて最後の手段。
 巨大な石柱が粉々に砕かれ、後には残骸となったモノが雨の様に降り注いで落ちた。
 瞬間、鐘さえもが霧散し、其処には何も無かったかのように――否、小さな小さな黒い点が穿たれる。それが黒く黒く、遠めにも判るほどに大きくなる。ぐにゃりと景色が奇妙に歪み、悲鳴を上げるような大気が耳を劈く。
 風がごうっと渦巻き、異界への門を広げて行く。それは全てを覆うように……。
「翼、行け!!」
呆然と穴を見上げていた三人に、金蝉が叫んだ。それでも三人は、動けない。全てを解放させて、止まらない力の爆発に僅かにたじろぐ。
 最初にその穴に飛び込んだのは、小柄な体と細い茶毛。三人の内の誰でもない、アールレイ・アドルファス。異形の女王の恐れる狼族である為に、今回は異界入りから外された筈の――
「アールレイ!!お前、何で……!!」
 しかし春華の問いに答える事なく、アールレイの身体はゆっくりと闇に没してしまう。それを追うように、春華・翼・尚道が宙を飛ぶ。

「……ここが、異形の世界か?」
 底無しかと思われた大地に降り立った後、服についた石埃を払いながら、翼は言った。視界にはただただ闇が広がり、唯一あるものといえば上空の、空市との境であろう穴。外から注ぐ光の筋のみ。
「そうだ。多分、此処を真っ直ぐ行けば異形の街に着く筈。これはまだ、異界同士を繋ぐ回廊だと思うけど」
 答える春華の紅玉の瞳が、真剣味を帯びて細まる。
「油断するなよ。特に――アールレイ!!」
 スタスタと歩き出した少年の首根っこを捕まえて、春華がその後頭部を軽く叩く。
「お前な、残れっていったろ!!何で来ちゃうんだよ、今からでも戻れ!!」
「嫌だよ、キミに関係なくない〜?」
「おまっ!!」
 不機嫌を露にするアールレイ。それに向かって、尚道が苦笑する。
「でも上れ無さそうだぜ、コレ。入っちゃった物はしょうがないし、一緒で良いんじゃねぇの?」
「嫌、駄目だ。だってアールレイ、またあの女王に会ったらどうすんだよ!?また怒らす気?」
 あぁ。確か誰かが、異形の女王は狼が苦手だとか言ってたか。前回の異界入りは、それが原因ではじき出されたとも聞いた。さて、どうしたものか。そんな思考に腕を組んだ翼だったが、微かな物音にピクリと眉間を歪めた。
「お楽しみの最中に悪いんだけどね、そんな状況じゃないみたいだよ?」
 その言葉に、安穏たる空気が消えた。褐色の肌に黒真珠の、少し鋭い瞳を持った尚道が、額のバンダナに触れながら嘲笑を浮かべる。
「ゾロゾロと……」
 闇の中に蠢く影。何かを引き摺るような奇妙な足音が、幾つか近づいてくる。闇に慣れた瞳がその輪郭を映し出す。
「ヒィヘヘ。人間様がわざわざ自分から出向いてくれるとは……光栄の至りだねぇ」
「ホントホント。嬉しすぎて涙が出てしまうわ」
 ワザとらしく涙を拭くジェスチャーをしてみたり、現れた異形は人間味を持っているらしい。
「それにご丁寧に子供だよ?人間様の考えるコトは、本当に良くわからないけれど」
にたりと邪悪な相で子鬼が笑った。何かに呼ばれるように、ゾロリゾロリと姿を現す異形の集団を、翼は瞳を眇めて観察する。思考能力が高い。それは下位と評される怪でも変わらなさそうだ。
「いや、待て。そこの二人……覚えがあるぞ?」
「――確かに、女王の御前で……忘れもせぬわ……」
 ザワリと、異形の中に波紋が生じる。
 憎悪の照準が春華とアールレイに向けられている。特にアールレイに。
 事のあらましは理解しているつもりだが、その理由が分からず、翼は更に首を傾げる。
「どういう事だい…?」
 問い掛けは、春華達に対して。そして、異形にも向けて。だが答えを手にする前に、事態は悪化の一途を辿ろうとしていた――。


◆深い夜 女王の御前◆
 その時、どうしてその少年の行動にもっと気をつけていなかったのかと、後になって後悔する翼だったが。
「どういう事だい?」
猜疑に眉根を寄せる翼の瞳は真っ直ぐに異形に向けられ、彼の行動に気付くのが一歩遅れる事となる。
「――なっ!」
 少年が腕を振るっただけ、のように通常なら見えただろう。だが五感に優れた翼には確かに見えてしまった。彼の長く鋭い爪が大気さえ揺らさずに、空間を裂くのを。
「何の真似、だ………あ…?」
 訝しげに歪んだ青蛙の体が、ずるり、と滑った。まず、額から顎にかけた部分に一本線が入り、それがずるりと本来ある筈の場所から滑り落ちた。
「……あ…?」
 青蛙が自分の体の異変に気付き己の頬に触れた時、蛙の体は五つに避けて赤黒い血を噴出させた。
「ばっ、アールレイ!!」
「おいおい、これじゃ話になんねぇんじゃ……」
 そう。なるべく穏便に、友好的に――蟠りもなく。だが、今更そんな場合でも無い。
「五月蝿いなぁ。ねぇ、キミ達もさ、消されたくなかったら、何でこんな事してるか教えてよ……?」
 殺る気満々に己の爪を構えて、笑むその口からも鋭い牙を覗かせる少年は、どこか野生の獣を思い起こさせる。
 そうして尚も異形を煽るものだから、翼は盛大に溜息をついた後、腹を括った。
 殺気立った異形が、翼達を取り囲もうと動く。闇の奥から尚も這い出続けるソレ。
「おい、ちょっと話を……」
「それをお前達が言うか!!!」
「大事な同胞を、この様にしておいてからに!!」
 叫ぶやいなや、異形の体が飛ぶ。ビキリと肌が割れ、青白い皮膚に何十という目玉が生まれた。そのまま上空に留まる異形の瞳が、チカチカと明滅する。そしてそこから、光の筋が翼達目掛けて降ってきた。
「…くっ……!!」
様々に交差する光の筋と、死角を狙った異形達が飛び出してくる。器用に自分達だけを狙う光線を交すと、蛇の様な尾に、腕をとられてよろける。尾の先に繋がるは尖った牙を持つ、三白眼の異形。尾が縮小し、顔が翼目掛けて飛んできた。翼は尾を無理矢理自分の腕から剥がし、勢いに任せて投げつけた。
「しゃーっ!!」
背後からの鉤爪をしゃがむ事でかわし、地に片手をついて蹴り上げる。そのまま下敷きにした異形を踏み出いに上空へと飛び上がり、光線を吐き出し続ける異形へと拳を放つが、何十もの目が死角を無いものとする為、あっさりと避けられてしまう。だがしかし、その後はただ落ちるのみと予想していたのか、そのまま浮遊している翼に、一瞬呆気に取られたのが分った。そして、その一瞬が隙となる。突然前触れも無く巻き起こった風が、異形を包み込む。そして、ボキッと異形の首が折れた。
 飛翔を解かず、翼は足元を見下ろし、言う。
「勝敗は見えているけど、まだ、やるかい?」
 声が含む魅了効果のお陰か、異形の攻撃が止み翼を見上げた。
「キミ達が攫って捨てたという子供なんだけど、探し出して帰してくれないかな?出来ぬなら、僕達に探す権利をくれるというのでもいいのだけど」
極力穏やかな声音で、提案をしてみる。
「キミ達にもキミ達の事情があるのだろうけどね、押し付けるのは違うだろう?互いの世界が不干渉でいられないものならば、出来ればもう少し、優しい対応を頂きたいものなのだが」
微笑を深くする。魅了の効果を上げる。もしこれで駄目ならば、強引に支配する事も出来る。闇眷属であるこの異形達なら簡単に操作する事も出来るだろうが、しかしそれは最後の選択肢。異形達がどれだけの考えを持って行動しているのか、それが知りたい。
 更に言葉を投げかけようとした翼だったが、突然強い圧迫感を感じその飛翔が解けた。
「なっ……」
 そうなると重力に則って、翼の身体は落ちる。だが華麗な着地を見せて、駆け寄った仲間達に軽く頷いてみせる。それからおもむろに背後を振り返った。
 そこには、気配を感じさせずに現れた巨大な青鬼と赤鬼の姿がある。汗が噴出すような、強いプレッシャーはそちらから感じるが、それが二鬼の物とは思えなかった。
 その答えは、厳しい口調で青鬼が発する。
「何をしている。女王の御前だぞ」
 それと同時に、その背後の闇の中に巨大な女の顔が映った。圧迫感を発する存在に、翼達は知らぬまにあとずさった。


◆闇の先 始まりの音◆
「二度と来やるなと、妾は申したはずだが……?のう、童」
 妙齢の美しい顔が、嘲笑を浮かべて春華を見た。
「ご丁寧にその狼族まで連れて戻るなど、お主はそんなに死にたいのか?」
顎を掌に乗せ、女王が剣呑な目つきを光らせる。
「だが、礼は言おうな?お主らのお陰で、忌々しき封印は解けた。これで呪いさえ解ければ、最早恐れるものはないの。最も――その憂いも、幾許かで消えるだろう」
「……ならば、子供は返してもらえないか……?探し人とは違ったのだろう?」
 女王を見上げる翼の表情には何も無かった。見定めようとしているのか、ただ恐れているのか。怒りなのか。悲しみなのか。何の色も窺えぬ問い。女王が軽く眉尻を上げた。
「これは、珍しき客人よ。そんなに、たかが人の子が大切か……?」
「たかがって何だよ」
「お主もだ、三眼の者。何故その力を、もっと有効に使わぬのかの…。人を殺すのは気持ち良かろ?泣き叫び許しを請う姿は、楽しかろ?」
 青鬼が、その言葉に同意を示すが如く頷いた。だが翼達がそれに是と頷く事は無い。胸中に微かな憤りが生まれてゆく。
「まあ良い。しかしな、我等が人の子に時間を煩わせて何になる?何度も言わすでない。彼奴らは、適当に街に捨てたでな。生きてはおらぬだろ」
 傍らの春華が、異形の街の広大さを小さく呟いた。どこまでも続く巨大な町並み。そこから子供達を探し出せるのかどうか。
「居るという事が確かならば、僕らに探させては貰えないものかな?」
「その様な義理は無い。それにの……既に呪いの解けおった同胞が、その様に美味しい餌を放っておくと思うてか」
闇の中に哄笑が響く。楽し、楽しと女王が笑う。
「お主らがやって来た目的がそれだというのなら、交渉は決裂よの。妾は子供を返すつもりも、お主らに妾の国を闊歩させるつもりも無い。呪いが解けた暁には、あの忌まわしい男の国から食ろうての、全てを我等の色で塗り替えてやろ。その時はお主らも、覚悟しておけ」
「……何があっても、意見は変わんないのか!?」
「変わらぬ。同胞全ての願いだ。そして、妾の永劫の夢だ」
 今この空間を割いたら、どうなるだろう。あの女王を絶つ事が出来るだろうか。翼は静かに女王を見据えながら考える。力ずくで壊す事は何の解決にもならないとわかってはいるが、女王の言葉が覆らない事は良く分った。全てにおいて、感覚が違う。
「夜が明けるの。青よ、外の同胞を呼び戻せ。それから赤や。同胞を何千と滅されて、さぞ腹が立っておろ?外の術師共を可愛がっておやり。日が昇る前には終らせるのだ」
 女王が命じるや否や、赤鬼の姿が消えた。そして、女王の瞳が再び翼達に向けられる。
「遊びは終わりじゃ。お主達の処遇だが……捨て置いても何の問題にもならん。仏心だ、帰してやろ。――次に会う時は、その顔を恐怖と後悔で染めておくれの……?」
 そう言い残して唐突に闇に女王は闇に溶けた。
「チッ――!!」
 もうこうなったら、力づくで街に入り込むしかない。そう思い至ったが、行動を起こそうとした四人の前、青鬼の横に、黒い穴がポカリと開いた事に、春華が慌てて叫んだ。
「ヤベェ!!また……」
言うが早いか、凄まじい吸引力がその穴から発せられ、まずアールレイが飲み込まれた。
 春華は己の刀を大地にと突き刺し、必死にそれに耐えながら呆気に取られたままの翼と尚道へと、続ける。
「飲まれたら弾き出されるぞ!!」
 そうは言われても、自身を守る為に渦巻く風さえ、それに耐え切れず徐々に穴への距離が縮まっている。
「――くっ……!!」
 尚道の体が闇に消える。最早それに耐え得る力は、あまりに少ない。それに、一度態勢を整える必要はあるかも知れない。それから翼がこの世界に入ってから、絶えず感じる違和感の理由も。
 翼は小さく頷くと、
「一度戻るとしよう」
そう告げて、風の力を解いた。

 一瞬、余りの眩さに目が瞑れるかとさえ思った。
 ゆっくりと目を開けた先にあったのは、限りなく広がる闇ではない。朝焼けの空。雲ひとつ無い空に輝きを零す暖かな太陽があった。
 己達が『空市』に帰って来た事を悟り、翼は自分の現在地を確かめようと顔を巡らせた。近くに、異界入りした三人の姿が無い事には特に頓着しない。無事であろう事は今の自分と比較してわかる。
 翼が今居る場所は、空市の坂の中腹辺りだろう。見上げた先に鳥居の姿は無いが、見覚えがある道だ。
 しかし、まだ朝は早いといえ静か過ぎるな……そんな事を思いながら、翼は上へ向かって歩き出した。
 だが、何か様子がおかしい事に気付き、翼は駆け出した。昨日見た鳥居が無いのは、それは破壊したのだから当たり前だが、しかしその背後に広がっていたはずの森林の一部が、抉られた様に無い。
「金蝉!!」
 瓦礫の上に見慣れた筈の、だが今までに例の無い程に傷を負った金蝉がかけていた。
「キミ、その怪我どうしたんだ!?」
「五月蝿ぇ。大した事は無いんだ、そうがなるな」
 確かに、それだけ減らず口が叩けるのだから命に関わる傷では無いのだろうが。
 封印を解いたお陰で這い出た異形を、金蝉達が動きを制限するのは最初から計画の内。だがソレは質より量の異形達。金蝉がソイツらに遅れを取る筈がない。
「!!もしかして、赤鬼!?」
 翼は異界での女王の言葉を思い出す。何故気付かなかったのだろう。外の術師とは、金蝉達の事に相違ないのに。自分も動揺していたのかと渋面を作った翼の横で、答える変わりに金蝉の眉根が寄った。
「とにかく、一度帰るぞ。アトラスの方で、古河切斗を見つけたらしいからな」
「古河切斗を?――わかったが、他の皆は?」
「もうとっくに戻った。俺等が最後だ」
 そういって立ち上がる金蝉の身体を、慌てて支える。
 何かが終ったようで、何かが始まったようで。
 胸の中で燻りつづける違和感に、静かに瞳を細める。
 
 暁に染まる世界を見据えながら、翼は思う。


 次で、最後――。





【to be continue…】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2863 / 蒼王・翼(そうおう・つばさ) / 女性 / 16歳 / F1レーサー兼闇の狩人】
【3999 / 柊・秋杜(ひいらぎ・あきと) / 男性 / 12歳 / 見習い神父兼中学生】
【3461 / 水上・操(みなかみ・みさお) / 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづか・こんぜん) / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【1892 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男性 / 75歳 / 中学生】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや) / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【2158 / 真柴・尚道(ましば・なおみち) / 男性 / 21歳 / フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターのなちと申します。今回は、「百鬼夜行〜闇〜」にご発注、有難う御座います!!にも関わらず、大変遅くなりまして申し訳ありませんでした。
今回は第三部の二作目になりまして、どちらかというと第一回の二の舞に近いのではありますが。
長い上に個人個人で内容の違う部分も多々ありますゆえ、内容が判り難い場合など、参加者様各位の物も見て頂ければ大丈夫かな……などと思っております。それでも尚判らなかった場合は、私の力量不足です。スミマセン。
この作品を少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。

それでは、また翼さんにお会い出来る日を祈って!有難うございました。
ご意見・苦情・感想等ありましたらぜひご一報下さいませ…。