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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜闇〜

◆闇の先 繋がる糸◆
 百鬼夜行の起こる街として一躍有名となった空市。行方不明の子供。その解決を任せられた草間興信所。アトラス編集部の手に入れた本。
 枝分かれした糸の先に繋がる様々な情報が、次第に一つになる。そうして最後の糸を結ぼうと、草間興信所とアトラス編集部の間に協力体制が敷かれる事となった。

「――情報、感謝する」
 背中を興信所の協力者達に向け、草間・武彦がやや不機嫌そうに言った。
 それに微笑みを返す碇・麗香は、アトラス編集部の協力者達を振り返る。
「お互いに、です。早期の解決がアトラスと興信所の名を広める事は間違い無いですし……」
 怪奇探偵で有名になりたくなどない。そう呟いた草間の言葉は綺麗に無視。
「それでは、この本は草間さんにお渡しするわ。アトラス側は情報収集に尽力させて頂くけど……何人か空市へ入るのでよろしくお願いしますね?」
「……ああ」
「得た情報は、お互いに隠す事なく交換し合う……それで宜しいかしら?」
「問題ない」
 草間は言葉少なに頷いて、それからはたと何かを思い出したように再び口を開いた。
「あんた方がどんな情報を記事にしようが勝手だが、くれぐれも、コチラの人間を撮影したり名前を出したりする事だけはしてくれるなよ」
剣呑な瞳に睨まれながら、碇は肩を竦めた。
「アトラスは信用頂けないかしら?少なくとも私は、口約束だからといって破ったりしません。これでも事情は察しているつもりですよ?」
 興信所側には闇で動く存在も多い。能力者と言えど、まだ年若い者も。そんな彼らにとって危険だからこそ、報道が規制されていると言っても過言ではないのだ。
 草間はしばらく思案に耽っていたが、やがて重々しく溜息をついた。
「では、改めて交渉成立ですね?私は一度編集部に戻りますが、お互いにもう少し情報の交換が必要でしょう。後は能力者達にお任せするので、よろしくお願いしますね」
 そういって碇は、振り返る事なく去っていった――。

 後に残された草間は、深い溜息を漏らした後にやっと協力者達を振り返った。
「って事だ。後は任せる」
 そうして少し離れたソファーへと腰を落ち着けてしまった。


◆二つの道 二つの心◆
 興信所とアトラスの面々は今、近隣の市に存在するホテルに居る。彼らはこれから各々の行動を取る為、活動拠点が必要になる。その為に、アトラス側の何たらという財閥の総帥がホテルの1フロアを貸し切ったのだ。
 空市の市長は己の屋敷とも言える家を自由に使ってくれとは言ってくれたが、大所帯となった今だと動きが制限されてしまう。
 そういった面から大変効率の良い状態だといえる。

 興信所側の一人としてその場に立つアールレイ・アドルファスは、アトラス側の手に入れた書物に目を落とした。水上・操がページを捲り、それを背後から覗き見る格好になっている。
「術の解き方と言っても――俺、そういうのはカラキシなんで、それは興信所の方々で読み解いて頂いた方が確実かと思うんですけど」
「……やっぱり、陰陽術とも違うな」
 同じ様に本を覗き込みながら、桜塚・金蝉が面倒臭そうに唸った。
「では、本は置いておいて、情報交換と行きましょうか。まずは草間側から……でいいかしら?そちらには今回シュラインさんがいらっしゃるし、こちらで抜けている部分はシュラインさんに補足頂ければ、と思うのだけれど」
 新たに加わった面々に顔を巡らせながら、綾和泉・汐耶が続ける。
「まず、攫われた子供について。子供の特徴に類似点は無く、共通する事は百鬼夜行の夜に外に出たという事だけ。子供を攫う理由は――」
「俺達、一回アッチに行ってみたけど、どうやら【誰か】の生まれ変わりって奴を探してるらしい。それが子供だって話だな」
「【誰か】っていうのは、術師の事じゃ無いかと思うのだけど……どうかしら」
 伍宮・春華の言葉にシュライン・エマがそう続けると、一つ二つ賛同が上がった。確かに、その確立は高いだろう。
 アッチというのは、異形の世界。異界入りを果たしたアールレイと春華の見た異界は、異形の女王が治める巨大な国だった。女王は【狼】を恐れている様だったので、相性が悪い、もしくわ天敵なのかも知れない。それから、異形達が自らの住む世界で『人を殺せない』事。攫われた子供達は、異界のどこかに捨てられたという事――微かな希望がそこにある。
「それから……『妖怪は家の中に手を出せない』という事……」
「あ、それは事実です。これにも書いてありますけど、俺と三下さんで実証済みですよ」
 操が本のページを捲りながら呟けば、火・宮ケンジが後編の一冊を叩いてみせた。
「興信所の皆さんが仰る様に、認識出来ないというのも事実の様ですよ。実際見た所――彼らの瞳に、感覚に、結界内の事は感知出来ないのでは?門に掛かる術と同じく、僕達にも察知出来ませんしね」
穏やかに微笑みながら、綾和泉・匡乃が付け加える。
 ――前回からの考察は、以上だ。後は第二陣のみの問い掛けや、些細な修正を行う。
「……百鬼云々の前に、とにかく、子供の為には早急な行動が必要ですね。何の力も無い子供達が『捨て』られて、一体どんな状況に居るのか……」
「そうね。捕らえていて貰えた方が、まだマシなのだけど……。些か時間が経ち過ぎてしまったわ」
「アトラスの情報を待ってから行動じゃ、遅いかもだな」
 そうなのだ。今回の事件は、百鬼夜行を排除すればいいわけではない。何よりも最重要・優先させねばならない事は攫われた子供達の救出であり、術師と異形達の関係や、術の特性等では無いのだ。無論術を解く為・子供を救う為の重要度としては高いのだが、封印も無理矢理に解こうと思えば解ける。ただそれには、かなりのリスクが伴うというだけで。
 ただそのリスクを恐れて後手に回ってしまった前夜、子供が一人攫われたとあっては、もう、余裕など感じている場合ではない。
 本の書面をなぞっていくアールレイの表情は不機嫌を隠しもしない。先日は確かに、途中から子供の事を忘れて百鬼夜行を優先していた事が、だからと言って子供を助ける気がなかったわけではない。勝手な行動を取りもしたが、それでも子供達は助ける気満々だったのだ。それなのに目の前で子供を捨てられた事がアールレイの気分を害して止まない。
「女王と術師……。封じられた者と封じた者――それ以外には特に書いていない様ですね。そちらに関しては、アトラスの方で詳しく調べて参ります」
 匡乃がそういった所で、情報の交換は終了した。

 こうして、興信所の面々は今一度空市へと、編集部の面々は情報収集へと、それぞれ行動を別った。


◆空市の封印 危険の匂い◆
「この本があれば、奴らの世界には案外簡単に入り込めそうだな」
 分厚い二冊の本を片腕のみで軽々と持ち上げ、足元までの長髪を持った男はあっけらかんと笑った。真柴・尚道という名のその青年に、眉間に皺を刻んだ法衣の金蝉が不機嫌に返す。
「どうだかな。俺はまず、その術を解く事すら容易だとは思えねぇが」
 一昨日、目の前で攫われた少女の事を思い出したのか。第一陣のメンバーは、各々の思案の中表情が暗い。
「油断は出来ないわ。例え自分の能力に自信があったとしても」
「もう二度とあんな事態は引き起こしたくないです……」
 足早に歩く彼らの後を駆けるように着いてくるのは、神父見習いの柊・秋杜という少年と、アールレイ。
「その本見てもなぁ、不可解な所は大分あるし……」
 和装の少年、春華が頭の後ろで腕を組みながら、ぼやく。
「第一、術を解くのは何とかなりそうだけどさ、後からまた塞ぐのが無理っぽいし」
「そうですね。ただ解く際に、何か影響が出ては困りますから……やはり、本の解明は必要かと思います」
等と意見が飛び交う中、アールレイは始終無言を貫く。傍らで秋杜が何か言いたげにチラチラと視線を送ってくるのは分っていたが、それには金茶の瞳を細めて見返すだけ。そうすると秋杜は、目を逸らしてしまう。外見年齢は彼と同年代にあるアールレイだが、内面は見事に対照的だった。
 アールレイは先程見た書物を頭に思い浮かべ、思案する。術師の名前を古河切斗と言ったか。【稀代の術師】と呼ばれた彼の術は、陰陽術にも風水にも錬金術にも当てはまらない。それなのにその片鱗を見せると能力者達は評した。そうなると切斗という術師が命を賭して封印したとされる異形達は、また女王は、どれだけの能力を保持しているのだろう。
 時は鎌倉。今も時々繋がる事のある異界との門。今よりもっと沢山の世界が繋がっていたという、混沌とした時代。狩られるだけの人と狩る者である異形。人食、支配を目的に、現われでた妖かしの集団。その目的を破られたが為に、女王は切斗を「忌々しい術師」と恨むのだろうか。だから今尚、その願いは、その望みは消えずに残っているのだろうか。
 何を疑問に思うのかと問われれば些細な女王の表情。彼女に出会い激情の一片を見たからこそ、思う。封じられる者と封じる者。本当にそれだけなのか。女王の執着の理由を考える。
「誰か居るな、あそこ。市民か?」
先頭を歩く尚道の声に顔を上げると、アールレイの目に鳥居の下の人影が映った。
 金色の髪が太陽を浴びて、光り輝いている。鳥居を見上げている人影の背は高く、細い。
 とその人影が反転し、アールレイ達の上に視線が止まった。きっとこちらに気付いたのだろう。
「遅かったな」
朗々と響き落ちてくる声は、少し高い。それに、金蝉が答えた。
「翼、何時来た?」
「今さっきだよ。空港から直行したのさ」
 近づく程に人影の姿が露になる。思わず息を呑む程の美しい顔貌は、まだ幼さを残す少年のもの。どこか異国を思わせる雰囲気を醸し出しつつ、翼と呼ばれた人影は微笑を浮かべて、アールレイ達を見た。
「興信所の協力者?僕は蒼王・翼。武彦から連絡を貰ったんで、応援に来た」
 優雅に一礼した翼に、アールレイ達も自己紹介を返した。

「本当に、何の力も感じねぇんだな」
 尚道が四つの鳥居の中心に存在する大鐘に触れながら、興味深そうに言った。
 能力者誰一人、ここに何の力も感じない。術がかかっている気配も、違和感も何も。百鬼夜行を告げる為に鳴り響いた、鐘のからくりも。こんな騒動でも無ければ、ちょっと変わった鳥居と古い鐘だけで話が済んでしまう所だ。
 だから今まで、どんな能力者達が空市に訪れようと、調査の結果はいつも『異変無し』だったのだろうが。
「そーみたいねぇ……」
 尚道の隣で厳しい顔のままアールレイが、鐘に爪を立てた。人狼族の鋭い爪は岩をも切るというのに――力一杯突き立てたソレには何の傷もつかない。二度・三度同じ行動を繰り返しても無意味。
 唯一見つけたものといえば、鳥居の下方に彫られた【壱】【弐】【参】【四】の一文字のみで、それには然程意味は無いと見切りをつけた。
「この本でわかった事と言えば、鳥居が封印を施しているという事実と、この街全体にかけられた結界……そして、歴史の一部って所ね」
「アトラスの方で、古河切斗の血縁者を探して下さるとの事ですし……探し人の事が少しでもわかるといいのですけど……」
 鳥居の数字を眺めていた操が言いながら立ち上がり、本の字面を辿り続ける汐耶に視線を向ける。
「結界は解けそうですか……?」
「えぇ。私の見解が正しければ、解くことは出来そうよ」
汐耶がだけど、と続ける。
「その代り、空市の結界全てが解けてしまうわ。元々この封印は、解く為には出来ていない様ね……」
「どういう事ですか……?」
「つまりね、古河切斗がこの封印を施した時、彼にはそこまで余裕が無かったのよ。門を閉じる事に精魂使い果たして、この後すぐに亡くなっているし……封印が破れた時の対処までは出来なかったんだわ」
 けして破れない絶対の自信があったわけではないのだろう。ただ、封印をする事しか間に合わなかった。ただ厄介なのは、その術が一つのものとして成り立っているだけで。
「でも、私達が異界の門を開けるには結界を解くしか無いのですよね……」
 操が苦渋に満ちた声音でそう告げる。天空には雲ひとつ無い蒼が広がっているというのに、その下のアールレイ達の上には暗雲ばかり。
「異界を閉じるのに、どんだけの力が必要なんだ?俺達が異界入りした後、閉じれば問題無いんじゃね?」
あっけらかんとした春華の言葉。それに、アールレイが大きく首を振る。
「それって結構無理。この間アッチで見た青鬼――春華は思わなかった?アレ一人にでもこっちの誰かが勝てるとは、アールレイ思えないよ」
 異形の女王の傍らに控えていた青鬼の姿を、思い出して春華が歯噛みした。異界入りした際、青鬼の創り出した穴から、有無を言わさず放り出されたのだ。多分弱まった切斗の術の歪みから門を開けているのも青鬼なのだろう。
「じゃあどうするんだよ!!」
「逃がさなきゃいいだけの事だ」
 悲痛に叫んだ春華に、静やかなけれど決意を秘めた声が背後から返った。鳥居を背もたれに、金蝉が腕を組んでアールレイ達を見ていた。
「中から女王をぶっ倒す。外からは出てきた奴らをぶっ殺す。簡単な話だろ」
……確かに、言ってのけるのは簡単だが。
「ってね、金蝉。そんなに殺意を露にする必要は無いだろう。僕は穏便に友好的に、事を進めたいと思うよ」
「俺も右に同じ。話し合いで解決するに越した事はねぇからな」
「僕も……お互いに痛い思いは少ない方が、いいかと思いますけど……」
 翼、尚道、秋杜の言葉に、言葉が詰まる。この三人は先日の夜の事を知らない。アールレイにとって、それは甘い考えでしかなかった。そんなに単純な存在では無い。あの異形達に、そんな余裕を持って接する事は無理に近かった。
「それが出来れば、いいのだけど……」
 曖昧に微笑んで、汐耶が声を潜めた。
「会えば、わかるわ……」


◆開いた穴 異なる世界◆
 結局の所、八人に迷っている時間は無かった。アトラスからの情報を待っている時間も無い。最悪の事態を引き起こし兼ねないとしても――選択の余地は無いのだ。
 攫われた子供達が生きているかもわからない現状。例え生きていたとしても無事なのかどうなのか。一分一秒でその危険も度合いも変わってしまう。
 汐耶の指示で、四人の能力者が鳥居の前に立つ。黒い鳥居に金蝉と水上・操、赤い鳥居にアールレイと汐耶。翼・春華・尚道の三人が、歪み――つまり異界との門である鐘の側に控えている。彼ら三人が異界へと入り込むのだ。
 空市民は市民体育館に集めて、そこから出ないようにと義務づけた。
 天空に輝く太陽が西へと傾き出し、東の空に濃い闇が迫り出す。
 そして能力者達は、己の得意とする方法で、何百年と空市を守り続けていた鳥居を破壊した。
 切斗の術を解くには、媒介となっているソレを無効化させる事。術として解く事が出来ないとわかった今、それが確実でいて最後の手段。
 巨大な石柱が粉々に砕かれ、後には残骸となったモノが雨の様に降り注いで落ちた。
 瞬間、鐘さえもが霧散し、其処には何も無かったかのように――否、小さな小さな黒い点が穿たれる。それが黒く黒く、遠めにも判るほどに大きくなる。ぐにゃりと景色が奇妙に歪み、悲鳴を上げるような大気が耳を劈く。
 風がごうっと渦巻き、異界への門を広げて行く。それは全てを覆うように……。
 この不愉快な感情を、一体どこで解消すればいいのだろう。次第に漆黒を増す穴を見つめながら、アールレイは思った。
 女王の様子を見た限り、アールレイが今一度異界に入る事は危険だろう。出来れば話合いで――などと言う三人の考えは、まあ無駄であろうが、だからといって聞けるかもしれない話を聞けないのは痛い。だからこそアールレイはあちらに入れないと言われた時も、納得した筈だった。
 筈だったのだけど。
 最初にその穴に飛び込んだのは、小柄な体と細い茶毛。三人の内の誰でもない、アールレイ。
「アールレイ!!お前、何で……!!」
 誰かの制止の声が背後から聞こえたが、アールレイは振り返る事させしなかった。

「……ここが、異形の世界か?」
 底無しかと思われた大地に降り立った後、服についた石埃を払いながら、翼が言った。視界にはただただ闇が広がり、唯一あるものといえば上空の、空市との境であろう穴。外から注ぐ光の筋のみ。
「そうだ。多分、此処を真っ直ぐ行けば異形の街に着く筈。これはまだ、異界同士を繋ぐ回廊だと思うけど」
 答える春華の紅玉の瞳が、真剣味を帯びて細まる。
「油断するなよ。特に――アールレイ!!」
 スタスタと歩き出した少年の首根っこを捕まえて、春華がその後頭部を軽く叩く。
「お前な、残れっていったろ!!何で来ちゃうんだよ、今からでも戻れ!!」
「嫌だよ、キミに関係なくない〜?」
「おまっ!!」
 不機嫌を露にするアールレイ。それに向かって、尚道が苦笑する。
「でも上れ無さそうだぜ、コレ。入っちゃった物はしょうがないし、一緒で良いんじゃねぇの?」
「嫌、駄目だ。だってアールレイ、またあの女王に会ったらどうすんだよ!?また怒らす気?」
 怒ったら怒ったで、その時はその時。襟元に手を引っ掛ける春華の腕を叩き落として、アールレイは冷笑を浮かべた。戻る道があろうが無かろうが、戻れようが戻れまいが、もう行くと決めたのだ。
「お楽しみの最中に悪いんだけどね、そんな状況じゃないみたいだよ?」
 突然声を落とした翼の言葉に、安穏たる空気が消えた。褐色の肌に黒真珠の、少し鋭い瞳を持った尚道が、額のバンダナに触れながら嘲笑を浮かべる。
「ゾロゾロと……」
 闇の中に蠢く影。何かを引き摺るような奇妙な足音が、幾つか近づいてくる。闇に慣れた瞳がその輪郭を映し出す。
「ヒィヘヘ。人間様がわざわざ自分から出向いてくれるとは……光栄の至りだねぇ」
「ホントホント。嬉しすぎて涙が出てしまうわ」
 ワザとらしく涙を拭くジェスチャーをしてみたり、現れた異形は人間味を持っているらしい。
「それにご丁寧に子供だよ?人間様の考えるコトは、本当に良くわからないけれど」
「いや、待て。そこの二人……覚えがあるぞ?」
「――確かに、女王の御前で……忘れもせぬわ……」
 ザワリと、異形の中に波紋が生じる。
 憎悪の照準がアールレイと春華に向けられている。特にアールレイに。
 自分が何をしたのだ、と、更に不快感が増す。突き刺さる視線は余り気持ちのいいものではない。

 ああ、イライラする……。


◆深い夜 女王の御前◆
 アールレイが腕を振るっただけ、のように通常なら見えただろう。実際異形には、小虫でも払うかのような今の状況にはそぐわない行動が見て取れただけだ。だが、五感に鋭い仲間達には見えた事だろう。アールレイの長く鋭い爪が大気さえ揺らさずに、空間を裂くのを。
「何の真似、だ………あ…?」
 訝しげに歪んだ青蛙の体が、ずるり、と滑った。まず、額から顎にかけた部分に一本線が入り、それがずるりと本来ある筈の場所から滑り落ちた。
「……あ…?」
 青蛙が自分の体の異変に気付き己の頬に触れた時、蛙の体は五つに避けて赤黒い血を噴出させた。
「ばっ、アールレイ!!」
「おいおい、これじゃ話になんねぇんじゃ……」
 そう。なるべく穏便に、友好的に――蟠りもなく。だが、今更そんな場合でも無い。
「五月蝿いなぁ。ねぇ、キミ達もさ、消されたくなかったら、何でこんな事してるか教えてよ……?」
 殺る気満々に己の爪を構えて、笑むその口からも鋭い牙を覗かせるアールレイは、どこか野生の獣を思い起こさせる。
 術師の生まれ変わりを探すだけならば、今の様な行動は手緩いし気の長い話。そもそも【生まれ変わり】に気付いていながら、その存在が誰だか分からないなどそんな馬鹿な話があってたまるか。何か他に目的が有るのではないかとアールレイは踏む。
 いや。そもそも、今回の事件は最奥に近づけば近づくほど矛盾点が生まれて行く。
 だがこの様な行為に怯えてくれる程、異形も弱くは無かった。殺気立った異形が、アールレイ達を取り囲もうと動く。闇の奥から尚も這い出続けるソレ。
「おい、ちょっと話を……」
「それをお前達が言うか!!!」
「大事な同胞を、この様にしておいてからに!!」
 叫ぶやいなや、異形の体が飛ぶ。ビキリと肌が割れ、青白い皮膚に何十という目玉が生まれた。そのまま上空に留まる異形の瞳が、チカチカと明滅する。そしてそこから、光の筋がアールレイ達目掛けて降ってきた。
 様々に交差する光の筋と、死角を狙った異形達が飛び出してくる。だが持ち前の敏捷性で光線など容易く避けてしまう。湾曲した牙がアールレイの足を切り刻もうと迫っていたが、アールレイは己の爪を器用に操作する。固い筈のその体も、アールレイの爪の前には柔らかい肉の様。細切れに分解されたそれを薙ぎ、背後の異形に投げつける。瞳に汚泥の様な血を浴びて、悶える異形を引き裂く。
 そんな事をしている間に、何時の間にやら光線が止んでいた。上空を見上げると、翼が今まで光線を吐き出していたモノの変わりに翼の姿があった。翼はその状態のままで傲然と言う。
「勝敗は見えているけど、まだ、やるかい?」
声に微かな魔力が宿っている。魅了効果というやつだろうか。
「キミ達が攫って捨てたという子供なんだけど、探し出して帰してくれないかな?出来ぬなら、僕達に探す権利をくれるというのでもいいのだけど。キミ達にもキミ達の事情があるのだろうけどね、押し付けるのは違うだろう?互いの世界が不干渉でいられないものならば、出来ればもう少し、優しい対応を頂きたいものなのだが」
しかし言葉を紡ぐ前に、翼の体が傾いだ。そしてそのまま落下を始める。訝しむアールレイも、その奇妙な行動の意味に気付いた。
 酷く息苦しい何かが近くにいる。
 そう思った瞬間、巨大な青鬼と赤鬼の姿が闇から出でた。
「何をしている。女王の御前だぞ」
 青鬼の厳しい口調と同時に、その背後の闇の中に巨大な女の顔が映った。圧迫感を発する存在に、アールレイ達は知らぬ間に後ずさった。


◆闇の先 始まりの音◆
「二度と来やるなと、妾は申したはずだが……?のう、童」
 妙齢の美しい顔が、嘲笑を浮かべて春華を見た。
「ご丁寧にその狼族まで連れて戻るなど、お主はそんなに死にたいのか?」
顎を掌に乗せ、女王が剣呑な目つきを光らせる。嫌悪露に言われるのはこれで二度目。
「だが、礼は言おうな?お主らのお陰で、忌々しき封印は解けた。これで呪いさえ解ければ、最早恐れるものはないの。最も――その憂いも、幾許かで消えるだろう」
「……ならば、子供は返してもらえないか……?探し人とは違ったのだろう?」
 女王を見上げる翼の表情には何も無かった。見定めようとしているのか、ただ恐れているのか。怒りなのか。悲しみなのか。何の色も窺えぬ問い。女王が軽く眉尻を上げた。
「これは、珍しき客人よ。そんなに、たかが人の子が大切か……?」
「たかがって何だよ」
「お主もだ、三眼の者。何故その力を、もっと有効に使わぬのかの…。人を殺すのは気持ち良かろ?泣き叫び許しを請う姿は、楽しかろ?」
 青鬼が、その言葉に同意を示すが如く頷いた。
 しかし、この扱いは酷い。アールレイが一体全体何をしたというのだ。
 腹立たしさは拭えそうに無い。前回の事を教訓に出来る事と言えば、仲間の迷惑にならぬよう黙っている事くらいか。アールレイは仏頂面を曝しながら唇を噛んだ。
「まあ良い。しかしな、我等が人の子に時間を煩わせて何になる?何度も言わすでない。彼奴らは、適当に街に捨てたでな。生きてはおらぬだろ」
「居るという事が確かならば、僕らに探させては貰えないものかな?」
「その様な義理は無い。それにの……既に呪いの解けおった同胞が、その様に美味しい餌を放っておくと思うてか」
闇の中に哄笑が響く。楽し、楽しと女王が笑う。
「お主らがやって来た目的がそれだというのなら、交渉は決裂よの。妾は子供を返すつもりも、お主らに妾の国を闊歩させるつもりも無い。呪いが解けた暁には、あの忌まわしい男の国から食ろうての、全てを我等の色で塗り替えてやろ。その時はお主らも、覚悟しておけ」
「……何があっても、意見は変わんないのか!?」
「変わらぬ。同胞全ての願いだ。そして、妾の永劫の夢だ」
 どこから何所までがこの女の本音なのか。虚像を見据えながら、アールレイは女王の一切合財を逃さない。
「夜が明けるの。青よ、外の同胞を呼び戻せ。それから赤や。同胞を何千と滅されて、さぞ腹が立っておろ?外の術師共を可愛がっておやり。日が昇る前には終らせるのだ」
 女王が命じるや否や、赤鬼の姿が消えた。そして、女王の瞳が再びアールレイ達に向けられる。
「遊びは終わりじゃ。お主達の処遇だが……捨て置いても何の問題にもならん。仏心だ、帰してやろ。――次に会う時は、その顔を恐怖と後悔で染めておくれの……?」
 そう言い残して唐突に闇に女王は闇に溶けた。
 もうこうなったら、力づくで街に入り込むしかない。そう思い至ったが、行動を起こそうとした四人の前、青鬼の横に、黒い穴がポカリと開いた事に、春華が慌てて叫んだ。
「ヤベェ!!また……」
言うが早いか、凄まじい吸引力がその穴から発せられ、何時かの様に抵抗する術も無くアールレイの体が飛ぶ。闇の中尚濃い漆黒を持ったソレに、アールレイの体が飲み込まれた――。

 一瞬、余りの眩さに目が瞑れるかとさえ思った。
 ゆっくりと目を開けた先にあったのは、限りなく広がる闇ではない。朝焼けの空。雲ひとつ無い空に輝きを零す暖かな太陽があった。
 己達が『空市』に帰って来た事を悟り、アールレイは自分の現在地を確かめようと顔を巡らせた。近くに、異界入りした三人の姿が無い事には特に頓着しない。きっと彼等もスグに戻ってくる事だろう。
 それよりも。
 まずは得た情報の吟味を必要とする。
 自分の現在地が崩れた鳥居の上だと気付いたアールレイは、すぐさま仲間達の姿を見つけて駆け出した。
 駆け出した先にはボロボロの少年。寝息を立てる彼の血をふき取っている汐耶も、擦り傷切り傷、打ち身その他。
「アールレイ君……という事は、子供達は……?」
 それには首を振って答える。捨てられたという事意外にわからないと正直に告げると、汐耶は目を伏せて頷いた。
「怪我、大丈夫?アールレイ、肩貸す?」
「いえ、大丈夫よ。見た目程酷くないの。彼も、思ったより治癒力が高くて安心したわ」
 ふーんと返して、アールレイは坂の下から駆けて来る二人を見つめた。春華と操だ。
「一度、ホテルに帰りましょ。兄――アトラス側で分った事もあるそうだし」
「うんうん。アールレイも、分った事あるしね〜♪」
 何時の間にか、アールレイの機嫌は治っていた。それは得た情報故か。
 異形の女王が切斗に持つ感情。瞳が語る感情。そして、矛盾。
 何も変わっていない様で、確実に変化はある。
 
 暁に染まる世界を見据えながら、アールレイは思った。


 次で、最後――。




【to be continue…】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【3999 / 柊・秋杜(ひいらぎ・あきと) / 男性 / 12歳 / 見習い神父兼中学生】
【3461 / 水上・操(みなかみ・みさお) / 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづか・こんぜん) / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【2863 / 蒼王・翼(そうおう・つばさ) / 女性 / 16歳 / F1レーサー兼闇の狩人】
【1892 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男性 / 75歳 / 中学生】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや) / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【2158 / 真柴・尚道(ましば・なおみち) / 男性 / 21歳 / フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】

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■         ライター通信          ■
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ライターのなちです。「百鬼夜行」第二回〜闇〜にご発注頂きまして、有難うございます!!そして大変お待たせいたしまして申し訳ありません……。
一応次で終わりという状態なのに、話の進展が無く前回と同じような結果に……重ねてお詫び申し上げます。前回のマトメに近いかもです。
また今回も長い上に個人個人で内容の違う部分も多々ありますゆえ、内容が判り難い場合など、参加者様各位の物も見て頂ければ大丈夫かな……などと思っております。それでも尚判らなかった場合は、私の力量不足です。スミマセン。
この作品を少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。

それでは、またアールレイ君にお会い出来る日を祈って!有難うございました。
ご意見・苦情・感想等ありましたらぜひご一報下さいませ…。