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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


たとえばまた


 ――プロローグ

 俺が探偵になったのは、こんな暇な時間が欲しくてだったかな。
 どうしようもないことを考えるのは、どうしようもない時間があるからだ。俺はそんなことを感じて、心底辟易した気持ちになった。気分を入れかえるにしても、椅子に根が生えてしまっていて動く気がしない。この際どうでもいいような気がしてきたので、そのままでいることにした。
 今日はたしかエマは仕事で都心まで出ていて、お昼は適当にすませるように言われていたので、さっきチキンラーメンを食べた。零は食べ物に興味津々になっている。
「チキンラーメンのチキンっていうのは、ニワトリのことですか?」
 目を丸くして聞くので、一応そうだとうなずくと、零は飼っているひよこに近付いて行って
「早く大きくなあれ」
 やり取りを知らなければ微笑ましい、聞いてしまうと残酷な一言を言った。
 興信所の事務員……兼調査員兼台所係……これ以上兼をつけると、自分の立場が危ういので考えないことにする。ともかくシュライン・エマがいないとこの興信所は巧く回らないようにできているらしい。
 だからと行って、彼女がいれば予約した客が必ずくるだとか、仕事がバンバン入ってくるだとか、そういったことはない。なんとなく、いなければ困る存在ではある。誰かがいればいいのではなくて、エマがいなくては困るのだ。
 こうして彼女がいない空間は別に珍しくもなんともないのだが、俺は必ず困ってしまうのだ。何に困っているのかどうしてなのかはわからないけれど、少し突き放されたような気持ちになってしまう。
 零の持ってきた熱いコーヒーを一口すすっても、まるでおいしいと感じなかったので、これはいよいよ動かなくてはならないなあと頭の端で感じながら、しかしやはりそんな気にはならず、結局俺は頭を机にくっつけて、ぼんやりしているだけだった。


 ――エピソード
 
 興信所に続く階段がカツリカツリと鳴っている。依頼人かな、と思う前にああ、エマが帰って来たと察して俺は少しだけ頭をもたげた。ギイと鳴る興信所のドアを開けて、シュライン・エマが入ってくる。表情が柔らかい。本業の仕事の方は、巧くいったらしい。依頼人の来ない興信所とはまるで正反対に。
「おかえりなさい」
 零がパタパタ足音をさせて言う。
「ただいま」
 エマの声は明るい。やはり、いいことがあったのだなと俺は思う。どんないいことなのかは、全く思い浮かばない。エマの仕事はどうも分かり辛いので、いいことなのかよくなかったのかぐらいしかわからない。
 彼女が近付いてきたので、俺はのっそりと机に落としていた顔をあげた。エマは少し笑って俺の額に手を当て、それから名医がやるように少し思わせぶりな口調で言った。
「熱はないわね」
 それはその筈だ。ただ単に、俺は依頼人が来なくて腐っていただけなのだから。
「夏風邪はひかないんだ」
「やだ、もう秋よ」
 言われて目をしばたかせる。もう秋か、たしかにもう九月だった。
 エマは俺の額に手を当てたまま、俺の頭をじいっと見ている。人の頭に面白いものが見つかったのだろうか。
「なにやってんだ?」
「ハゲチェック」
 彼女は笑いながら答えた。俺はまだ三十路に届いたばかりなので、ハゲとは縁遠い筈だった。
「どうだ?」
 つい真面目に訊いてみると、エマはおかしそうに頬をほころばせた。
「アデランスじゃないんだからわからないわよ」
 言われてみればそうか。がっくりと肩を落としてから、自分がなににがっくりしたのか考えて少しバカバカしくなる。エマはキッチンへ向かいながらヒヨコを外に出してあげましょうと言ったので、俺は頭のことを気にしながら答えた。
「ああ」
 それからヒヨコを見る。ヒヨコは少しもう白い羽が混じり始めていた。零はヒヨコと遊んでいるのが大好きなので、彼女に任せていれば平気だろう。一緒に散歩に行くのも初めてではない。昼時ならば簡単な昼食を持って、おやつ時ならば菓子を持って、ヒヨコの運動不足解消に付き合うのも悪くない。そもそも、今日は驚くほど暇だったわけだから。
 暇すぎて昼飯時を逃すぐらいだったのだ。
 一度外へ出てこないだ斜め向かいにできた九十九円ショップへ行ってチキンラーメンを一つ購入しながら、エビチリが食べたいと漠然と考えていた。ただエビチリなんていうものはこんなところには置いていないし、駅前の惣菜屋まで行って食べるのもアホらしい。そもそも、惣菜屋のエビチリが食べたいわけではない。
 それで結局、チキンラーメンに落ち着いた。
「お昼ご飯は食べたんでしょう?」
 キッチンでゴソゴソなにやらやっていたエマが、顔を出して聞く。俺は自分の机の上の、空の容器を指した。
 彼女はそれをカップラーメンの容器だとわかったらしく
「何味?」
 そう言った。
 俺はチキンラーメンが何味なのか一瞬考えてしまってから、思い浮かばず答えた。
「チキンラーメン」
「それなら袋入りにすればいいのに」
 言われてみればそうだ。半分思いつつ、別にカップも袋入りも五十円単位ぐらいしか値段が違わないわけだから、どうでもいいと感じる。なので、ただ答えた。
「ああ」
 エマはクローゼットまで歩いて行って中から肩掛けのバックを取り出した。そのバックを零へ渡し、零はヒヨコをバックに納める。
 エマは紙袋を片手に言った。
「行くわよ武彦さん」
 言われて、つい怪訝な顔になりながら一応立ち上がる。
「どこへ?」
 エマはいたずらを思いついたように少しだけ口許を笑わせた。
「涎のあとついてるわよ」
 慌てて口許を拭う。
 ともかく出て行く二人を追って外へ出ると、外にはすっかり秋めいた風が吹いていた。さっき買い物に出たときは感じなかったのに、秋がすぐそこにいるのがわかった。


 芝生の広がる公園で、零は早速ヒヨコの運動にいそしんでいる。
 エマが芝生を見てなにやら考え込んでいたので、敷物を持ってくるべきだったと考えているのだろうと思い、俺は無造作に腰をおろした。
「別にいいだろ」
 言うと、エマは少しだけ不思議そうに俺を見てからすぐに隣へ腰かけた。
 へっぴり腰で動き回るヒヨコを監視している零を見ながら、エマは苦笑混じりに言った。
「零ちゃん、まだ食べるつもりなのかしら」
 ヒヨコ。
 俺はヒヨコと零に視線を当てたまま、チキンラーメンの件を思い出していた。だが、実際ヒヨコがきてから零は随分楽しそうだ。
「さあなあ、食糧難ならあり得るかもな」
 零の白いリボンが楽しそうに揺れているのを見ながらだと、少し滑稽だった。
「雄なのかしら、雌なのかしら」
「雄だと嫌だなあ」
 伸びをするのと共に口にする。
「どうして?」
 エマが訊いたので、俺はそうさなあと考えながら言った。
「かわいくないだろ、男なんて」
 言いながらニワトリにかわいいもかわいくないもないか、と自分でおかしくなって笑ってしまった。エマもクスクスと笑い出し、自分の単細胞な答えもおかしくて途中から苦笑になる。
 彼女は持ってきた水筒からコーヒーを紙コップに注いでくれた。最近零が食べ物に興味を示すようになったので、彼女の作るコーヒーは無糖のミルク入りだ。特にこだわってブラックが飲みたいわけでもない。
 ただ少しそのコーヒーを飲むとほっとしてしまう。
「眠いなあ」
「さっきまで寝てたじゃない」
 言われてエマを横目にする。お手上げをするように眉をあげると、彼女は笑いだした。俺もつい笑ってしまい
「笑うなよ」
 言って自分の笑いは引っ込めた。
 エマは目を少し拭って、ひょいと話題を変えた。
「そういえば、こないだの。自転車の」
「うん? 自転車」
「そうよ、ダウトの事件よ」
 言われて突然嫌な記憶が降ってくる。あの時俺は、結局海に落ちて泳いで岸まで戻るハメになったのだ。
「どうしてあんなに荷物があったわけ?」
 エマは無邪気にそう訊いた。たしかに浅草に着くまでに、俺は色々あった。まず大雨に降られたり、見たこともないぐらい大きなドンキホーテにあったり、もの凄い大きさのダイソーにあったり、お昼を食べたりお茶をしたり……とともかく色々だ。
 あの時の俺の自転車には買い物の荷物がわんさか乗っていたのだ。
「浅草まで行く途中にな、でっかいドンキホーテがあったんだ」
「ええ」
「俺車乗らないだろ、基本的に。だから、国道沿いのドンキホーテなんか見ないんだ」
 言いながら少し気恥ずかしくなる。
「それで楽しくなっちゃったのね」
 しかしまた思い返しても楽しくなる。
「ドンキホーテって面白いなあ」
 俺はそれから百円ショップダイソーのことを思い起こした。
「ダイソーじゃお風呂用具が全部百円だったんだ」
 呆れた顔でエマが答える。
「お風呂用具あるじゃないの。湯船の蓋も、垢スリも、洗面器だって」
「だから、それが百円だったんだよ」
 他に俺が買ったものはフォトスタンドにはじまってサングラスに終わっている。考えてみればいらないものの目白押しだ。
「それでお昼ご飯を食べて?」
「食べて、喫茶店でお茶をしてから、再スタートだ」
 事実を確認してうなずくと、エマが呆れかえった声で言った。
「えばれないわよ、全然」
 俺はその喜びをきっと彼女とは分かち合えないと思っていたので、「別に、いいんだ、別に」と呟いてその場に寝そべった。寝そべった俺をエマが覗き込む。彼女はしばらく俺を見てから、えいっと鼻を摘んだ。
「なにすんだ」
 突然の攻撃に驚いて言う・
「にくたらしくなっただけ」
「なんだそれ」
 まったくわからない彼女の言動に、開放された鼻を押さえて俺はうなった。
 しかし彼女はそんなことはもう知らん顔で次の話題へ移っていく。
「お夕飯何にしましょうか」
「エビチリが食べたい」
「あら、珍しいわねすぐ決まるなんて」
 エマがクスリと笑う。確かに俺はどちらかというと優柔不断に入るので、どうもメニューを決めるのが苦手だ。
「昼飯に食いたかったんだが、お前がいなかったろ?」
 カップラーメンを買っている自分の図を想像しながら、俺は言った。エマは困った顔で答える。
「仕事よ、私だって」
「わかってるよ、別に。俺はエビチリが食べたいだけだ」
 俺は言って立ち上がり、相変わらずパタパタと飛び上がっているヒヨコと零の元へ寄った。ヒヨコは一生懸命飛ぼうとしていて、零は一生懸命追いかけている。変な図だと思い、エマを振り返ると彼女は穏やかに笑っていた。
 そして彼女は気が付いたように紙袋の中をあさってから言った。
「ねえ、武彦さん、お財布持ってる?」
「持ってるけど中身が三百三円しかない」
 昼間買い物したときに寂しい思いをしたのを思い出した。
 
 
 ――エピローグ
 
 依頼人はすごい剣幕でやってきて、俺達の食事の邪魔をまんまとしている。
 してやられた……のは昼飯さえ依頼人のせいでカップラーメンになった(言い掛かりか)俺だ。どうして俺ばかり、食事の妨害に遭わなくちゃならないんだ?
 依頼人の夫への愚痴はすさまじく長いようで、つい「みのさんにでも相談してろ!」と怒鳴りかけたところを、エマに思い切り足を踏まれて我慢した。
 こういったおばさんの依頼人の悪いところは、最終的に調査費をケチって愚痴だけ浴びせかけて帰っていくところだ。こうなったら相談料もふんだくってやろうと思うのだが、相談無料にでもしなければ、流行らないうちの事務所はもっと閑古鳥が鳴き叫ぶことになる。
 結局おばさんの中で夫が一番だという結論に至るまで、足を踏まれること五回。おばさんが立ち上がった後ろから何を言ってやろうかと考えていると、エマが一言言った。
「今度はご依頼をいただけるご用事でいらしてくださいね」
 まったく、その通りである。
 ようやく夕食になった興信所に、平和なひと時がやってきた。
 エビチリと海草サラダ、それから昨日の残りの煮付けの載ったテーブルを囲んで、ほっとようやく一息ついた。
 妙に長い一日だったような気がする。
 
  
 ――end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマさま。
たとえばまだの逆バージョンということで、「たとえばまた」内容的にはあまり代わり映えがしておらず、これはどうなのだろうかと煩悶しながらのお届けです。もう少し後日談の件を突っ込んで考えたかったのですが、思い浮かばず。申し訳ありません!

お気に召せば幸いです。
またお会いできることを願っております。

文ふやか