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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜闇〜

◆闇の先 繋がる糸◆
 百鬼夜行の起こる街として一躍有名となった空市。行方不明の子供。その解決を任せられた草間興信所。アトラス編集部の手に入れた本。
 枝分かれした糸の先に繋がる様々な情報が、次第に一つになる。そうして最後の糸を結ぼうと、草間興信所とアトラス編集部の間に協力体制が敷かれる事となった。

「――情報、感謝する」
 背中を興信所の協力者達に向け、草間・武彦がやや不機嫌そうに言った。
 それに微笑みを返す碇・麗香は、アトラス編集部の協力者達を振り返る。
「お互いに、です。早期の解決がアトラスと興信所の名を広める事は間違い無いですし……」
 怪奇探偵で有名になりたくなどない。そう呟いた草間の言葉は綺麗に無視。
「それでは、この本は草間さんにお渡しするわ。アトラス側は情報収集に尽力させて頂くけど……何人か空市へ入るのでよろしくお願いしますね?」
「……ああ」
「得た情報は、お互いに隠す事なく交換し合う……それで宜しいかしら?」
「問題ない」
 草間は言葉少なに頷いて、それからはたと何かを思い出したように再び口を開いた。
「あんた方がどんな情報を記事にしようが勝手だが、くれぐれも、コチラの人間を撮影したり名前を出したりする事だけはしてくれるなよ」
剣呑な瞳に睨まれながら、碇は肩を竦めた。
「アトラスは信用頂けないかしら?少なくとも私は、口約束だからといって破ったりしません。これでも事情は察しているつもりですよ?」
 興信所側には闇で動く存在も多い。能力者と言えど、まだ年若い者も。そんな彼らにとって危険だからこそ、報道が規制されていると言っても過言ではないのだ。
 草間はしばらく思案に耽っていたが、やがて重々しく溜息をついた。
「では、改めて交渉成立ですね?私は一度編集部に戻りますが、お互いにもう少し情報の交換が必要でしょう。後は能力者達にお任せするので、よろしくお願いしますね」
 そういって碇は、振り返る事なく去っていった――。

 後に残された草間は、深い溜息を漏らした後にやっと協力者達を振り返った。
「って事だ。後は任せる」
 そうして少し離れたソファーへと腰を落ち着けてしまった。


◆二つの道 二つの心◆
 興信所とアトラスの面々は今、近隣の市に存在するホテルに居る。彼らはこれから各々の行動を取る為、活動拠点が必要になる。その為に、アトラス側の何たらという財閥の総帥がホテルの1フロアを貸し切ったのだ。
 空市の市長は己の屋敷とも言える家を自由に使ってくれとは言ってくれたが、大所帯となった今だと動きが制限されてしまう。
 そういった面から大変効率の良い状態だといえる。

 草間興信所調査員、伍宮・春華は、早速情報交換を始めた仲間達を尻目に、楽しそうに微笑みながら自身愛用の日本刀を見つめた。馴れ親しんだ和装と、ソレで今回の春華の気分が窺える。元々の協力理由が子供の救出では無かった為か、いまはもう、ソチラの事情には興味が失せているのだ。
 草間武彦に言われた事等、もう露ほども覚えていない。
 そう、たかだが二時間前の事なのに、何も。
 相変わらず報道の齧り尽いた興信所のビル、カメラの群れにも自分の姿が映らないと知っているからこそ、春華は他の調査員とは違い己の身を隠さない。報道人に小さな恐怖を植え付ける事実を歯牙にもかけず、春華は何事も無い体で興信所のビルへと入った。
 興信所のドアを開けて中に入れば、ソファーに見っとも無く寝転がる草間の姿と、テレビに集中する零の姿。草間に至っては、焦点が虚ろ。
「ああ、お前か……」
疲れ切った声が、面倒くさそうに紡いだ。今や草間武彦は引張りだこ、それも仕方が無い事だ。
 春華も特に気にせず、零からお茶を受け取ると同じようにテレビの前に座った。
 数時間前の会見の様子が流れていて、草間と警視総監、それから総理大臣の姿が映っている。
「そういや、規制ってどうなったワケ?アトラスが調査に加わるワケだろ。許可は?」
「大丈夫です。――というのも、その、兄さんの知らない上の方からお電話がありまして、問題無いという事でした。色々な方の尽力があったようですよ」
「ふ〜ん」
聞いたはモノの、あまり興味が無いらしい。苦笑する零が目の端に映る。
「もう少し経ったら、出るぞ」
「アトラスの方々と、情報交換の場を設けたので、あと三十分程でそちらに向かう予定なんですよ」
草間がむくりと立ち上がり、仏頂面のままネクタイを締めなおしている。それにも
「ふ〜ん」
と気の無い返事を返し、春華の脳がトリップする。
 アトラスの手にした本で、空市の封印が解ける事だろう。出入り禁止を喰らっている春華でも、封印が解けさえすれば、異界に今一度入る事も出来るだろうし……。
「今度こそ、あの女の正体暴いてやる!!」
 ぐっと両拳を気合に握り、春華が吼えた。
 その背後に草間は言ったのだ。
「無茶すんじゃねえぞ。目的はあくまで子供の救出だからな!?前回の二の舞なんかは許さんぞ」
――とまあ、そんな会話があったわけだが。今の春華からはすっぽりと抜け落ちている。ただ春華はワクワクと胸躍らせ、その紅玉の瞳に悪戯っ子の笑みを浮かべていた。

 そうして、興信所の面々は今一度空市へと、編集部の面々は情報収集へと、それぞれ行動を別った。


◆空市の封印 危険の匂い◆
「この本があれば、奴らの世界には案外簡単に入り込めそうだな」
 分厚い二冊の本を片腕のみで軽々と持ち上げ、足元までの長髪を持った男はあっけらかんと笑った。真柴・尚道という名のその青年に、眉間に皺を刻んだ法衣の男、桜塚・金蝉が不機嫌に返す。
「どうだかな。俺はまず、その術を解く事すら容易だとは思えねぇが」
 一昨日、目の前で攫われた少女の事を思い出したのか。第一陣のメンバーは、各々の思案の中表情が暗い。
「油断は出来ないわ。例え自分の能力に自信があったとしても」
「もう二度とあんな事態は引き起こしたくないです……」
 足早に歩く彼らの後を駆けるように着いてくるのは、神父見習いの柊・秋杜という少年と、女王の恐怖の対象であるらしい人狼族のアールレイ・アドルファス。
「その本見てもなぁ、不可解な所は大分あるし……」
 春華が頭の後ろで腕を組みながら、ぼやく。
「第一、術を解くのは何とかなりそうだけどさ、後からまた塞ぐのが無理っぽいし」
「そうですね。ただ解く際に、何か影響が出ては困りますから……やはり、本の解明は必要かと思います」
 時は鎌倉。今も時々繋がる事のある異界との門。今よりもっと沢山の世界が繋がっていたという、混沌とした時代。狩られるだけの人と狩る者である異形。人食、支配を目的に、現われでた妖かしの集団。それを封じたのは稀代の術師・古河切斗――きっと、女王が「忌まわしき術師」と評した者。
 封印の弱まった今、いつかの殺戮を繰り返そうというのだろう。そして「不殺」という呪いをかけられた異形達は、故に古河切斗の生まれ変わりを探す。これが、本の大まかな概要。
「誰か居るな、あそこ。市民か?」
先頭を歩く尚道の声に顔を上げると、春華の目に鳥居の下の人影が映った。
 金色の髪が太陽を浴びて、光り輝いている。鳥居を見上げている人影の背は高く、細い。
 とその人影が反転し、春華達の上に視線が止まった。きっとこちらに気付いたのだろう。
「遅かったな」
朗々と響き落ちてくる声は、少し高い。それに、金蝉が答えた。
「翼、何時来た?」
「今さっきだよ。空港から直行したのさ」
 近づく程に人影の姿が露になる。思わず息を呑む程の美しい顔貌は、まだ幼さを残す少年のもの。どこか異国を思わせる雰囲気を醸し出しつつ、翼と呼ばれた人影は微笑を浮かべて、春華達を見た。
「興信所の協力者?僕は蒼王・翼。武彦から連絡を貰ったんで、応援に来た」
 優雅に一礼した翼に、春華達も自己紹介を返した。

「本当に、何の力も感じねぇんだな」
 尚道が四つの鳥居の中心に存在する大鐘に触れながら、興味深そうに言った。
 能力者誰一人、ここに何の力も感じない。術がかかっている気配も、違和感も何も。百鬼夜行を告げる為に鳴り響いた、鐘のからくりも。こんな騒動でも無ければ、ちょっと変わった鳥居と古い鐘だけで話が済んでしまう所だ。
 だから今まで、どんな能力者達が空市に訪れようと、調査の結果はいつも『異変無し』だったのだろうが。
「そーみたいねぇ……」
 尚道の隣で厳しい顔のままアールレイが、鐘に爪を立てた。人狼族の鋭い爪は岩をも切るというのに――力一杯突き立てたソレには何の傷もつかない。二度・三度同じ行動を繰り返しても無意味。
 唯一見つけたものといえば、鳥居の下方に彫られた【壱】【弐】【参】【四】の一文字のみで、それには然程意味は無いと見切りをつけた。
「この本でわかった事と言えば、鳥居が封印を施しているという事実と、この街全体にかけられた結界……そして、歴史の一部って所ね」
「アトラスの方で、古河切斗の血縁者を探して下さるとの事ですし……探し人の事が少しでもわかるといいのですけど……」
 鳥居の数字を眺めていた水上・操が言いながら立ち上がり、本の字面を辿り続ける綾和泉・汐耶に視線を向ける。
「結界は解けそうですか……?」
「えぇ。私の見解が正しければ、解くことは出来そうよ」
汐耶がだけど、と続ける。
「その代り、空市の結界全てが解けてしまうわ。元々この封印は、解く為には出来ていない様ね……」
「どういう事ですか……?」
「つまりね、古河切斗がこの封印を施した時、彼にはそこまで余裕が無かったのよ。門を閉じる事に精魂使い果たして、この後すぐに亡くなっているし……封印が破れた時の対処までは出来なかったんだわ」
 けして破れない絶対の自信があったわけではないのだろう。ただ、封印をする事しか間に合わなかった。ただ厄介なのは、その術が一つのものとして成り立っているだけで。
「でも、私達が異界の門を開けるには結界を解くしか無いのですよね……」
 操が苦渋に満ちた声音でそう告げる。天空には雲ひとつ無い蒼が広がっているというのに、その下のアールレイ達の上には暗雲ばかり。
「異界を閉じるのに、どんだけの力が必要なんだ?俺達が異界入りした後、閉じれば問題無いんじゃね?」
あっけらかんとした春華の言葉。それに、アールレイが大きく首を振る。
「それって結構無理。この間アッチで見た青鬼――春華は思わなかった?アレ一人にでもこっちの誰かが勝てるとは、アールレイ思えないよ」
 異形の女王の傍らに控えていた青鬼の姿を、思い出して春華が歯噛みした。異界入りした際、青鬼の創り出した穴から、有無を言わさず放り出されたのだ。多分弱まった切斗の術の歪みから門を開けているのも青鬼なのだろう。
「じゃあどうするんだよ!!」
「逃がさなきゃいいだけの事だ」
 悲痛に叫んだ春華に、静やかなけれど決意を秘めた声が背後から返った。鳥居を背もたれに、金蝉が腕を組んで春華達を見ていた。
「中から女王をぶっ倒す。外からは出てきた奴らをぶっ殺す。簡単な話だろ」
……確かに、言ってのけるのは簡単だが。
「ってね、金蝉。そんなに殺意を露にする必要は無いだろう。僕は穏便に友好的に、事を進めたいと思うよ」
「俺も右に同じ。話し合いで解決するに越した事はねぇからな」
「僕も……お互いに痛い思いは少ない方が、いいかと思いますけど……」
 翼、尚道、秋杜の言葉に、言葉が詰まる。この三人は先日の夜の事を知らない。春華にとって、それは甘い考えでしかなかった。そんなに単純な存在では無い。あの異形達に、そんな余裕を持って接する事は無理に近かった。
「それが出来れば、いいのだけど……」
 曖昧に微笑んで、汐耶が声を潜めた。
「会えば、わかるわ……」


◆開いた穴 異なる世界◆
 結局の所、八人に迷っている時間は無かった。アトラスからの情報を待っている時間も無い。最悪の事態を引き起こし兼ねないとしても――選択の余地は無いのだ。
 攫われた子供達が生きているかもわからない現状。例え生きていたとしても無事なのかどうなのか。一分一秒でその危険も度合いも変わってしまう。
 汐耶の指示で、四人の能力者が鳥居の前に立つ。黒い鳥居に金蝉と水上・操、赤い鳥居にアールレイと汐耶。春華・翼・尚道の三人が、歪み――つまり異界との門である鐘の側に控えている。彼ら三人が異界へと入り込むのだ。
 空市民は市民体育館に集めて、そこから出ないようにと義務づけた。
 天空に輝く太陽が西へと傾き出し、東の空に濃い闇が迫り出す。
 そして能力者達は、己の得意とする方法で、何百年と空市を守り続けていた鳥居を破壊した。
 切斗の術を解くには、媒介となっているソレを無効化させる事。術として解く事が出来ないとわかった今、それが確実でいて最後の手段。
 巨大な石柱が粉々に砕かれ、後には残骸となったモノが雨の様に降り注いで落ちた。
 瞬間、鐘さえもが霧散し、其処には何も無かったかのように――否、小さな小さな黒い点が穿たれる。それが黒く黒く、遠めにも判るほどに大きくなる。ぐにゃりと景色が奇妙に歪み、悲鳴を上げるような大気が耳を劈く。
 風がごうっと渦巻き、異界への門を広げて行く。それは全てを覆うように……。
 一度入った筈のそれが、今は足が竦む程禍々しく映る。それは何百年の月日に積もった、怒りかもしれない。怨念なのかもしれない。それなのに何所か、足を踏み入れるには深すぎる酷く重苦しい悲しみが……噴出してくる。その闇に入り込む事で自分が変わってしまいそうな、そんな風に思えてしまう程に大きな感情の渦が、穴そのものでもあるかのように思えてならない。
 しかし戸惑いが張り付いた顔は、穴に飛び込んだ小柄な体と細い茶毛を見て、驚愕へと変わった。闇に没するは三人の内の誰でもない、アールレイ。
「アールレイ!!何で……!!」
 思うより早く、足が動いた。そしてそれを切欠に、三人は穴へと飛び込んだ。

「……ここが、異形の世界か?」
 底無しかと思われた大地に降り立った後、服についた石埃を払いながら、翼が言った。視界にはただただ闇が広がり、唯一あるものといえば上空の、空市との境であろう穴。外から注ぐ光の筋のみ。
「そうだ。多分、此処を真っ直ぐ行けば異形の街に着く筈。これはまだ、異界同士を繋ぐ回廊だと思うけど」
 答える春華の瞳が、真剣味を帯びて細まる。
「油断するなよ。特に――アールレイ!!」
 スタスタと歩き出した少年の首根っこを捕まえて、春華がその後頭部を軽く叩く。
「残れっていったろ!!何で来ちゃうんだよ、今からでも戻れ!!」
「嫌だよ、キミに関係なくない〜?」
「なっ!!」
 不機嫌を露にするアールレイ。それに向かって、尚道が苦笑する。
「でも上れ無さそうだぜ、コレ。入っちゃった物はしょうがないし、一緒で良いんじゃねぇの?」
「嫌、駄目だ。だってアールレイ、またあの女王に会ったらどうすんだよ!?また怒らす気?」
 今度こそは女の正体を突き止めたいのだ。それなのにアールレイが居る事で、また女王の気が昂ぶり、四の五の言わずの内に弾き出されたらどうするのか。今の所、あの青鬼の創り出した穴から逃げられる算段は無い。捕まったら最後だ。
 が、それももう間に合わない。何かの気配を感じるのと、翼が声を落としたのは同時だった。
「お楽しみの最中に悪いんだけどね、そんな状況じゃないみたいだよ?」
 四人の間に安穏たる空気が消えた。褐色の肌に黒真珠の、少し鋭い瞳を持った尚道が、額のバンダナに触れながら嘲笑を浮かべる。
「ゾロゾロと……」
 闇の中に蠢く影。何かを引き摺るような奇妙な足音が、幾つか近づいてくる。闇に慣れた瞳がその輪郭を映し出す。
「ヒィヘヘ。人間様がわざわざ自分から出向いてくれるとは……光栄の至りだねぇ」
「ホントホント。嬉しすぎて涙が出てしまうわ」
 ワザとらしく涙を拭くジェスチャーをしてみせる異形。
「それにご丁寧に子供だよ?人間様の考えるコトは、本当に良くわからないけれど」
「いや、待て。そこの二人……覚えがあるぞ?」
「――確かに、女王の御前で……忘れもせぬわ……」
 ザワリと、異形の中に波紋が生じる。
 憎悪の照準が春華とアールレイに向けられている。特にアールレイに。
 その様子に違和感を感じながら、春華は眉根を上げた。


◆深い夜 女王の御前◆
 アールレイが腕を振るっただけ、のように通常なら見えただろう。実際異形には、小虫でも払うかのような今の状況にはそぐわない行動が見て取れただけだ。だが春華には見えた。アールレイの長く鋭い爪が大気さえ揺らさずに、空間を裂くのを。
「何の真似、だ………あ…?」
 訝しげに歪んだ青蛙の体が、ずるり、と滑った。まず、額から顎にかけた部分に一本線が入り、それがずるりと本来ある筈の場所から滑り落ちた。
「……あ…?」
 青蛙が自分の体の異変に気付き己の頬に触れた時、蛙の体は五つに避けて赤黒い血を噴出させた。
「ばっ、アールレイ!!」
「おいおい、これじゃ話になんねぇんじゃ……」
「五月蝿いなぁ。ねぇ、キミ達もさ、消されたくなかったら、何でこんな事してるか教えてよ……?」
 殺る気満々に己の爪を構えて、笑むその口からも鋭い牙を覗かせるアールレイは、どこか野生の獣を思い起こさせる。
 もう、穏やかに事が進むような状況でも無い。殺気立った異形が、春華達を取り囲もうと動く。闇の奥から尚も這い出続けるソレ。春華も腹を括って、腰に帯びた刀を引き抜いた。
「おい、ちょっと話を……」
「それをお前達が言うか!!!」
「大事な同胞を、この様にしておいてからに!!」
 叫ぶやいなや、異形の体が飛ぶ。ビキリと肌が割れ、青白い皮膚に何十という目玉が生まれた。そのまま上空に留まる異形の瞳が、チカチカと明滅する。そしてそこから、光の筋が春華達目掛けて降ってきた。
「おわっ」
 ソレを持ち前の俊敏性で横っ飛びしてかわす。刃を地に突き刺して、向かってきた異形に蹴りを放つ。光線を器用に避けながら、刃を振るう。仲間の動きを把握しながら、時々小さな竜巻や鎌鼬を起こす。
 とてつもなく弱い。手応えを感じない。違和感は募る。何て単純な攻撃を繰り出すものか。簡単に予測の出来てしまう動きは、故に失笑物。
 そんな事を思っている間に、何時の間にやら光線が止んでいた。上空を見上げると、今まで光線を吐き出していたモノの変わりに翼の姿があった。翼はその状態のままで傲然と言う。
「勝敗は見えているけど、まだ、やるかい?」
声に微かな魔力が宿っている。魅了効果というやつだろう。異形の攻撃が止み、全ての視線が翼に注がれている。無論、春華も。
「キミ達が攫って捨てたという子供なんだけど、探し出して帰してくれないかな?出来ぬなら、僕達に探す権利をくれるというのでもいいのだけど。キミ達にもキミ達の事情があるのだろうけどね、押し付けるのは違うだろう?互いの世界が不干渉でいられないものならば、出来ればもう少し、優しい対応を頂きたいものなのだが」
しかし言葉を紡ぐ前に、翼の体が傾いだ。そしてそのまま落下を始める。訝しむ春華も、その奇妙な行動の意味に気付いた。
 酷く息苦しい何かが近くにいる。
 そう思った瞬間、巨大な青鬼と赤鬼の姿が闇から出でた。
「何をしている。女王の御前だぞ」
 青鬼の厳しい口調と同時に、その背後の闇の中に巨大な女の顔が映った。圧迫感を発する存在に、春華達は知らぬ間に後ずさった。


◆闇の先 始まりの音◆
「二度と来やるなと、妾は申したはずだが……?のう、童」
 妙齢の美しい顔が、嘲笑を浮かべて春華を見た。
「ご丁寧にその狼族まで連れて戻るなど、お主はそんなに死にたいのか?」
顎を掌に乗せ、女王が剣呑な目つきを光らせる。殺気が突き刺さり、汗が噴出す。前回には感じなかった圧迫感、その中に揺らめいている感情は何?
「だが、礼は言おうな?お主らのお陰で、忌々しき封印は解けた。これで呪いさえ解ければ、最早恐れるものはないの。最も――その憂いも、幾許かで消えるだろう」
「……ならば、子供は返してもらえないか……?探し人とは違ったのだろう?」
 女王を見上げる翼の表情には何も無かった。見定めようとしているのか、ただ恐れているのか。怒りなのか。悲しみなのか。何の色も窺えぬ問い。女王が軽く眉尻を上げた。
「これは、珍しき客人よ。そんなに、たかが人の子が大切か……?」
「たかがって何だよ」
「お主もだ、三眼の者。何故その力を、もっと有効に使わぬのかの…。人を殺すのは気持ち良かろ?泣き叫び許しを請う姿は、楽しかろ?」
 青鬼が、その言葉に同意を示すが如く頷いた。
「まあ良い。しかしな、我等が人の子に時間を煩わせて何になる?何度も言わすでない。彼奴らは、適当に街に捨てたでな。生きてはおらぬだろ」
楽し楽しと哄笑を浮かべる女王の顔が、瞬間揺らいだ。その額を巨大に渦巻いた風が貫く。赤鬼と青鬼の着物が大きくはためくが、女王の像はただ揺らめいただけ。ポカリと開いた穴が女王の顔を二つに裂き、その後また元に戻ろうと繋がった。
 女王の影――本体で無いそれに攻撃を仕掛けても無意味。
 だが彼女の顔が付き合わさる一瞬、春華は女王の半面に似て非なる顔を見た。骨格も瞳の色も肌の色も同じ。ただ瞳に宿した感情だけが、酷く人間めいて。それが一筋涙を流して見えた。
「無駄な事をしやるな。お主如きじゃ妾に勝てぬ。――死にたいのなら、呪解し次第一番にお主を殺してやろ?」
機嫌よく笑う女王は、春華の視線の意味に気付かない。
「お主らがやって来た目的がそれだというのなら、交渉は決裂よの。妾は子供を返すつもりも、お主らに妾の国を闊歩させるつもりも無い。呪いが解けた暁には、あの忌まわしい男の国から食ろうての、全てを我等の色で塗り替えてやろ。その時はお主らも、覚悟しておけ」
「……何があっても、意見は変わんないのか!?」
「変わらぬ。同胞全ての願いだ。そして、妾の永劫の夢だ」
 目を凝らす。違和感の意味。この女は何?
「夜が明けるの。青よ、外の同胞を呼び戻せ。それから赤や。同胞を何千と滅されて、さぞ腹が立っておろ?外の術師共を可愛がっておやり。日が昇る前には終らせるのだ」
 女王が命じるや否や、赤鬼の姿が消えた。そして、女王の瞳が再び春華達に向けられる。
「遊びは終わりじゃ。お主達の処遇だが……捨て置いても何の問題にもならん。仏心だ、帰してやろ。――次に会う時は、その顔を恐怖と後悔で染めておくれの……?」
 そう言い残して唐突に闇に女王は闇に溶けた。
 もうこうなったら、力づくで街に入り込むしかない。そう思い至ったが、行動を起こそうとした四人の前、青鬼の横に、黒い穴がポカリと開いた事に、春華が慌てて叫んだ。
「ヤベェ!!また……」
言うが早いか、凄まじい吸引力がその穴から発せられ、何時かの様に抵抗する術も無くアールレイの体が飛ぶ。青鬼が創り出す穴から逃れる術は無い。風を生み出し抑えようとしても、足りない。春華は刀身を大地に着き立てたが、大地を掘りながら穴に飲まれるのは時間の問題だと思った。
 尚道の体が消え、そして翼も没す。刀が悲鳴を上げるように甲高い音を上げ、そして、大地から離れた。

 春華は戻ったホテルのソファーにどかりと腰を下ろし、刃毀れした刀を労しそうに見た。無理をさせたなぁと、少し後悔する。
 その背後からバタバタと五月蝿い足音が聞こえてきた。
「連れてきました、古河切斗です!!」
 項で黒い髪を結った青年が、息を切らせて叫ぶ。ぎょっと目を剥いた先には、その彼と少女。日本人形の様な外見の、自分より幾つか年下の……。
「どれ!?」
「この子です!!」
 青年、火宮・ケンジは少女の背を押し出す。するとその少女が古河切斗?
「女の子じゃん!!」
驚きのあまり春華は突っ込みを入れてしまう。どこからどう見ても女の子……いや、待てよ。
「生まれ変わり?」
「違いますよ、本人ですって」
『――は!?』
意味が分らない。そこに居た全ての人間が小首を傾げる。
「彼女は古河切斗の器です。今中に入っているのは、もう一つの古河切斗の魂です」
 俯く少女の顔は窺えないが、息遣いさえ聞こえない気がするのは……気の所為?
 呆然と立ちすくむ面々に、ケンジは続ける――。

 何が間違っていて、何が正しいのか。まだ理解力が追いつかぬ頭で、でも一つだけはわかる。

 暁に染まる世界を見据えながら、春華は思った。


 次で、最後――。




【to be continue…】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1892 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男性 / 75歳 / 中学生】
【3999 / 柊・秋杜(ひいらぎ・あきと) / 男性 / 12歳 / 見習い神父兼中学生】
【3461 / 水上・操(みなかみ・みさお) / 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづか・こんぜん) / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【2863 / 蒼王・翼(そうおう・つばさ) / 女性 / 16歳 / F1レーサー兼闇の狩人】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや) / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【2158 / 真柴・尚道(ましば・なおみち) / 男性 / 21歳 / フリーター(壊し屋…もとい…元破壊神)】

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■         ライター通信          ■
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ライターのなちです。百鬼夜行第二弾「〜闇〜」にご発注頂きまして、有難うございます!!そして大変お待たせいたしまして申し訳ありません。前回に続き今回までも……お詫びしても仕切れない気分です。
今回は三部の第二作目、一番重要な場面だったのでは無いかと思っております。 長い上に個人個人で内容の違う部分も多々ありますゆえ、内容が判り難い場合など、参加者様各位の物も見て頂ければ大丈夫かな……などと思っております。それでも尚判らなかった場合は、私の力量不足です。スミマセン。
この作品を少しでもお楽しみ頂ければ嬉しく思います。

それでは、また春華君にお会い出来る日を祈って!有難うございました。
ご意見・苦情ございましたらぜひご一報下さいませ。