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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


ri・lo・vers

 私の大事なかわいいひと。
 あなたの心に私の想いが。
 絶えず流れていればいい。

********** **

「セレ様っ、セレ様っ!」
「なんですか、ヴィヴィ」
「セレ様ったら横顔もステキですね! 今日のスーツもとーってもお似合いですしぃ。今あたし、うっとりしちゃってましたっ」
「それはありがとうございます。ヴィヴィはまっすぐこちらを向いて微笑んでくれたその顔が、殊更に愛らしいですよ」
「きゃあもうセレ様ったら! そんなこと言われたらあたし、幸せ過ぎて空でも飛べちゃいますぅっ!」
「おやおやヴィヴィ、あなたは元々空くらい飛べるでしょう?」
「あ、そーでした…でもでもっ! こう、舞い上がっちゃう感じなんですってばあ! ね、セレ様っ!」
「ええわかりますよ。それではヴィヴィ、そろそろ行きましょうか?」
「はいっ、あたしは今、セレ様と腕を組んで歩きたい気分でいっぱいですぅ!」
 そう頬を紅潮させながら挙手付きで宣言した恋人に、セレスティ・カーニンガムは柔らかな笑みを零す。そして彼女に肘を差し出すと、愛用のステッキを突きながら席を立った。
 夏の名残の暑さが遠のきオリーブ色の涼やかな風が吹き始めた──つまりはセレスティにとって大変過ごし易くなった、ある秋の宵のことである。
 拍手喝采の内に幕を閉じた今夜のコンサートをセレスティとその最愛の人、ヴィヴィアン・マッカランは招待席で仲睦まじく鑑賞した。チケットの入手が困難と言われている著名交響楽団のVIP席を、主催企業から恭しくペアで進呈されたのは無論リンスター財閥総帥という名があればこそ。「セレ様と一緒ならどこだって楽しいに決まってますぅ」と一つ返事でデートを承諾した彼女は今夜の演奏に至極満足してくれたらしく、ホールを出る今とてもすっかり上機嫌の面持ちでセレスティの腕にぴたりと身体を寄り添わせていた。
 今宵の彼女の装いは、豪奢なフリルと胸元に大きなグログランリボンをふんだんにあしらったオフホワイトのブラウスに、上着は黒のボレロ、そしてスカラップのレースに縁取られた同じく黒のスカートと、彼女が好む所謂ゴシック・ロリータ服装ではあるものの、心なしかレディの淑やかさを備える井出達だ。(尤も、口を開けばいつも通り、マシンガントークの安全装置が解除されるのだが)
「だってクラシックのコンサートですしぃ。セレ様のためにオメカシするのは、とーっても楽しいんですぅ!」
 赤い瞳をうっとりと細め、ヴィヴィはそばかすの浮いた頬をセレスティの肩口に摺り寄せる。その仕草がまるで陽だまりの中で目蕩む仔猫のようで、セレスティはくすりと口元を緩めた。
 今夜の曲目は ドヴォルザークの交響曲にスメタナの交響詩、そしてストラヴィンスキーの組曲だった。チェコ国民楽派として著名なスメタナの「我が祖国」は既に何度か聴いたことがあったが、今夜の指揮者はなかなか悪くなかった。彼女も始終熱心に耳を傾けてくれていたようだし、誘った側としては一安心だ。セレスティは左手を包む温みに首を傾けつつ、「私もかわいいヴィヴィをエスコートできて幸せですよ」と衒いなく言葉を贈る。
「ところで、ヴィヴィ。実はこの後、あなたのためにディナーの席を設けてあるのですが…どうでしょう。お付き合い願えますか?」
「ええっ! はい、もちろんですぅ! もう今夜はずーっと、セレ様と一緒にいますからっ!」
 どんな花よりも満開の笑顔がその薔薇色の頬に咲き誇る。無邪気ながらも熱烈な予定を約束してくれた彼女の銀の髪に、セレステイはそっと唇を寄せた。
「それは嬉しいことを聞きました。では参りましょう、ヴィヴィ」
「はいっ!」

 待たせていた車に乗り込み、リンスター財閥系列のホテルへと向かう。支配人自らの出迎えを受けた後、最上階のレストランの特等席で向かい合わせに座る。そして麗しき電飾の都を眼下に望みながら、グラスでチンと口付けした。
「あなたとの夜に」
「大好きなセレ様との毎日に」
 上品に味わい深いフルコースとカスタードクリームを盛り付けたような会話を、まろやかなワインと共に舌の上で転がす。嫌味でない程度に落とされた照明のもとで、彼女の紅玉色の瞳は殊更光を増すようだ。
 食後には、彼女に腕引かれるままホテルに隣接したショッピングエリアを回った。石畳の敷かれたそこは一階吹き抜けの広場で噴水が水飛沫を上げており、立ち並ぶ店の外装はさながら西欧市街のそれを真似ている。天井は一面スクリーンで覆われ、それは青空と夕暮れと宵とが刻一刻とグラデーションで映し出される趣向だ。そんな擬似都市をヴィヴィは珍しそうに、また懐かしそうに、傍らのセレスティに寄り添って歩いている。歩調がゆっくりなのは恋人の足を気遣ってか、それともこの時間を愛惜しむためか。
「あっ」
 そんな彼女がある店先で声を上げた。立ち止まり、どこか一点を眺め、心なしか丸く瞠った瞳をぱちぱち瞬いて暫しの逡巡にくれるその横顔。いったい何を見つけたのかと彼女の視線の先を辿ろうとした矢先。
「あの、セレ様?」
 ツンツン、とスーツの袖を引いて上目遣いに彼女が切り出す。
「ちょーっとだけ、ここで待っていてもらえますか? ホントにチョット! ですしぃ」
 お願いしますね、ね? と頻りに念を押し、返答を待たず向かいの店へと駆けていく(ああそんなに急いでは転んでしまうのに!)彼女の後姿を、セレスティはぽかんとした表情で見送る。そしてまた、スカートの裾をふわりふわりと揺らす彼女の姿が見えなくなると、よもやリンスター財閥総帥ともあろう者がこんなところで恋人に待ちぼうけなのか? などとこっそり苦笑した。
「……まったく、ヴィヴィと居ると退屈しませんね」
 花咲くように綻んだ口元を隠しもしない。まるで色とりどりのキャンディが詰め込まれたボックスを引っくり返したような、それでいて清らかで穏やかな流れに身を委ねているような心持ち。その様哀れなオフィーリアと言うなかれ。何故なら他ならぬ人がそれを、安らぎと呼ぶのではなかったか?

 ヴィヴィ。私の大事なかわいいひと。
 そういえば、今宵に聴いたは大河のうた。故郷愛しとある男が、心のままに紡いだそのうた。
 流れる流れに想いを重ね、この想い君に注げと河を行く。

 ────ならばヴィヴィ。私の想いはその心に、流れていますか?

「セー、レー、さ、まっ!」
 いつの間にやら思索に耽っていたセレスティの耳に、明るく弾んだ呼び声が届く。それは即ちまたもや駆け足で店から出てきた彼女のホップ・ステップな掛け声であったらしく、
「きゃあっ!」
 最後のジャンプで地を蹴って、勢いそのまま全身で抱きついてきた彼女をセレスティはややよろめきながらも笑顔で受け止めた。
「おかえりなさいヴィヴィ、ご機嫌ですね」
「はいっ! ただいまですぅ、セレ様!」
 答えた彼女の右手には何やら袋が提げられている。ちらとそれに視線を移すと彼女に意味ありげなウインクを寄越され、「これは、後のお楽しみですよ」なんてそれこそオタノシミな釘を刺されてしまった。
「それはつまり、この後先刻のホテルのスイートルームに二人で泊まり、朝まであなたの髪を梳いていられるということでしょうか?」
「じゃああたしは、セレ様と一緒にシャワーを浴びたり、セレ様に腕枕してもらったりするんですね!」
「腕枕ですか……ふふ、いいですよ」
 手を、と伸べた指先に、戸惑うことなく重ねられる彼女の五指。どちらからともなく絡め、握りこみ、その強さがくすぐったくてこっそり笑みを交し合った。

 フロアひとつがそっくり一部屋のスイートルームを用意させると、その鍵をセレスティ自らが開けヴィヴィをいざなった。ロフトまである広い部屋には毛の長い絨毯が敷き詰められており、レストランと同等の夜景が見渡せるリビングには簡単なカウンター・バーも作りつけられている。覗いた寝室には天蓋付きのダブルベッドが設えられ、一見して恋人との幸福な眠りを約束してくれるようだった。
 様々心尽くしの調度を賞美し終えた後、ヴィヴィのリクエストに答えるべく二人バスルームに向かう。今夜最大の歓声が彼女の唇から上がったのはその時で、そこには大きな円形のジャグジーバスと──小さなプラネタリウムが二人を出迎えた。
 ブラックライトの暗闇に照らし出された室内と、その中でまろやかに光り泡立つ浴槽(側面と底とにライトが仕込んであるらしい)の対比が殊更幻想的な雰囲気を醸し出し、また天井では、都会では見られぬ美しき蛍光塗料の星空が本物と見紛うばかりにきらめきを放っている。なかなか小洒落た演出が施してある部屋だと、セレスティは恋人の横顔を盗み見て思う。
 彼女の視線は先程から天球に釘付けだ。それが喜ばしくもあり妬ましくもあり。だから呼んでみた。────ヴィヴィこちらへ。
「はい、セレ様」
 しゃわしゃわと絶え間なく水面を揺らす泡。その中で彼女を膝に乗せて横抱きにすると、両掌で頬を包みながら唇を求めた。二人の銀の髪が湯の中で揺蕩い、また絡まり、発光しているようなその白磁の柔肌を腕に閉じ込める。鼻先が互いに触れ、蜜を吸うように交わすくちづけが徐々に甘さと熱とを増していく。
「ヴィヴィ」
 ほんのりと上気した頬でセレスティは天井を指した。
「この空に、あなたへの河を」
 するとジャグジーの湯が一筋、意志を持ったかのように星空へと上り始める。それはミルキーウェイのように横一線天を翔け、流れ流れて再び、二人の下へと優しく注ぎ落ちた。
「河?」
「そうです、あなたへと向かう私の、心の軌跡」
 小首を傾ぐ彼女の肩口に頬を押し当ててセレスティは言う。彼女の両腕が、そっと背に回された。
「……セレ様」
「なんですかヴィヴィ」
「あたし、セレ様のことが大好きです」
「私もですよ」
「好き過ぎて幸せ過ぎて……のぼせちゃいますぅ」
「では、そろそろ出ますか?」
「……やっぱり、もう少しこのままで」
「そうですね。ええ、同感です」
 存分に抱き締め合ってから星の浴室を後にする。用意されたガウンを纏ったセレスティとは違い、ヴィヴィは先程購入したばかりの袋から部屋着を取り出した。何かと思えばそれは全身に薔薇模様をあしらった薄いピンクのネグリジェだった。────なるほど、”お楽しみ”とはこういうことか。
「どうですか?」
 フレアを摘み、ダンスを申し込まれたお姫様のように挨拶する様に微笑を零す。合わせて紳士的に一礼すると、姫君の手を恭しく取りベッドへとその身を横たえた。
「放っておくのが失礼なほどかわいいですね、ヴィヴィ」
 前髪を掻き上げ露になった額に口付ける。彼女はくすぐったそうに肩を竦めてから、セレ様、と甘い呼び声で手を伸べた。


 ヴィヴィ。私の大事なかわいいひと。
 あなたと熱を交わすたびに、私の想いがあなたの心へ流れ込めばいい。
 私たちは水が溶け合うようにひとつになったりはしないけれど。
 別の身体で別の生を行くからこそ出来ることがある。
 随分と長い時を生きた暁にあなたに巡り逢えたことが。
 私にとっては、それこそ永らえた命の証なのだから。

 ねえだから、ヴィヴィ。私の大事なかわいいひと。
 あなたの心に私の想いが、どうぞ、絶えず流れていますように。



********** **

 柔らかな微光が瞼を撫でる心地良さに長い睫をふるると震わせる。ゆっくり、羽毛を拾い上げるかの慎重さで瞼を押し開くと、すぐ鼻先に誰かの輪郭が滲んで見えた。ん、と僅か身動ぎしながら瞬きを繰り返す。徐々にクリアになっていく視界。ああそうです、この通った鼻筋に優しげな面立ち。この朝に連なる昨夜という甘い時間に、どこまでも自分を慈しみ愛してくれた大切な人の目鼻立ち。
「……おはようございます、セレさまぁ」
 起き抜けの声はまるで吐息のよう。そのむず痒さにかセレスティが一瞬顔を顰めたので(その表情も素敵なのだから!)、ヴィヴィの唇がくすりと笑みを象る。そのまま首を伸ばし、ちゅっ。本日ひとつめの口付けを彼の頬に贈る。
 カーテン越しに差し込む光は既に白く、どうやら朝と言うには遅すぎる時刻のようだ。ヴィヴィはやや気だるさの残る半身を起こし、その斜め上方からの眼差しで未だ夢の世界に捕らわれたままの恋人を見つめる。
 セレ様。とっても穏やかな寝顔ですね。いったいどんな夢をみているんですか? あたしは……えっと覚えてないですぅ……あ、でもでも! 何だか幸せな気分で目が覚めましたしぃ、何より大好きなセレ様の隣で眠ったんだから、きっと、とーってもいい夢を見てたに……そうそう! それこそセレ様と夢の中でも仲良くデートしてたに決まってますぅ!
「ね、セレ様?」
「…………」
「セーレーさーま?」
「………ん、」
 耳元で何度も囁くのに彼は一向に目を覚ます気配がないようだ。先に起きてしまった恋人としては放っておかれているようでちょっと寂しい……が。よおく覗き込んでみればなにやら無防備で可愛らしい寝顔。これはもしかしてオトクかも、なんて不謹慎なわくわくに突き動かされ、さらに顔を近づけたらば。
「あ」
 ────さらり。寝返りを打ったせいで彼の髪が頬に流れ、あろうことかその表情を隠してしまう。ああせっかくの閉じた瞼とか睫とか下唇とかふくふくなほっぺたとか! 慌ててヴィヴィは髪を払いのけにかかったのだが、すると今度は自分の髪が彼に零れてしまい、何とかセレスティの寝顔をベストアングルで確保した時にはもう、ヴィヴィの両手は二人分の銀髪でいっぱいになってしまっていた。────もうこれじゃあ、セレ様に抱きつくこともできないしぃ!
「……ヴィ、ヴィ?」
 と、そんな百面相をするヴィヴィの耳がピクリと動く。うっすら瞳を覗かせたセレスティを見るや、喜色が満面に満ち溢れたのは言うまでもない。
「セレ様、おはようございますぅ! 朝ですよっ!」
「あさ………」
 どうやら夢現で答えているらしいセレスティは傾ぐように首を捻る。ぼんやりとした半眼で光洩れる窓側をちらと見るものの、僅か陽光を認めた途端眩しそうに視線は逸らされてしまって。
「……もう少し、寝かせて、くださ……」
 ふあ、と欠伸の息を漏らしながらもぞもぞと伸ばした腕でヴィヴィの手首を掴む。お気に入りのぬいぐるみでも抱くような仕草で恋人を腕の中に招き入れると、セレスティはその柔らかな胸に顔を埋め、そしてまたすうすうと安らかな寝息を立て始めてしまった。
 抱き枕と化したヴィヴィは恋人の幼な過ぎる振る舞いに暫し言葉を失っていたが、はたと我に返るや。
「……ふふ。セレ様、かわいいしぃ」
 胸で眠る人を羽のように広げた両手で包み込む。女性の身だからこそ与えられる安寧。一番大切な人を優しく抱けるなんて、この身体のこれ以上幸せな使い方はないだろうに。
「夢の中でもあたしと一緒にいてくださいね、セレ様」
 蜜を含んだように微笑みの浮かぶ唇。子守唄でも歌うような心持ちで、ヴィヴィは夢に揺蕩う恋人の頭をそっと何度も撫で続けていた。

 了