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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


母から娘に、娘から母に

 今日のおやつは、ママの手作りチョコチップクッキーとホットミルク。
 焼きたての温かいクッキーをかじりながら、ローナはつくづく感心していました。
「ママみたいにトロくても、デリシャスな料理って作れるのネ」
 母親のアレシアが聞いていたら目眩を起こしそうな台詞です。外を駆け回るのが好きな活発なローナの目には母親の穏やかな性格がトロく見えたのでしょう。過去にアレシアが起こした派手な失敗のいくつかが印象深かったので仕方ないのかもしれません。
 でも『トロい母親だって料理上手だ』という彼女の認識は、ある大きな誤解を招きました。
「ママにできるなら、ミーにだってできるに違いないデス」
 まだ残っていたミルクを飲み干すと、ローナはお皿とマグカップの乗せたトレーを持ってキッチンへ向かいます。そして、夕食の準備を始めようとしていたアレシアに尋ねました。
「ママ、今日の晩ご飯は何デスカ?」
「今日の晩ご飯はね、ローナの大好きなミートローフよ」
 アレシアの答えを聞いて、ローナの顔はぱっと明るく輝きます。好物の作り方なら覚えておいて損はありません。
「なら、ミーも一緒にお料理するのね」
 何も知らないアレシアは突然のお手伝い宣言に驚きました。でもそれは嬉しい驚きです。なぜなら彼女には娘に教えてやりたい、アレシア自身が母親から受け継いだ、料理のレシピがたくさんあるからです。
「ローナがお手伝いしてくれるなんて、とっても嬉しいわ」
 にっこり笑う母親の顔を見て、ローナもにっこり笑います。心の中では『ママのデリシャスな料理、全部マスターしてやるのネ!』と決意表明をしています。少女に家庭料理の伝統の心が届くのは、まだまだ先の話になるようです。


「どんな材料でミートローフができているのか、知っているかしら?」
 その質問に、エプロンと三角巾を身につけたローナが自身満々で答えます。
「イエス! 牛のミンチと玉ねぎデ〜ス」
 アレシアは娘の答えにうなずいて、まな板の上に包丁と玉ねぎを置きました。
「ええ、そうよ。だから最初は玉ねぎをみじん切り」
「オッケー。任せて下さいデス」
 包丁を手にしたローナは、母親から下された第一の指令をこなすヒーロー気取りでポーズを決めました。
「ローナ・カーツウェル」
 次の瞬間、ローナはアレシアにフルネームで名前を呼ばれました。それは勉強不足でテストの点数が悪かった時よりも怖い声で、母親を怒らせたことに気づいたローナは包丁をまな板の上に戻しました。
「包丁をそんな風に持っては駄目よ。刃物は私たちの生活に必要な道具だけれど、鋭い刃先には人を傷つける危険があるの。絶対に使い方を間違えてはいけないものなのよ」
「ママ、ゴメンなさい」
 言い聞かせる声の真剣さにローナは素直に反省し、謝りました。気持ちが伝わったことにほっとしたアレシアは娘優しく笑いかけました。そして、再び包丁を握ったローナの手に自分の手を重ねて包丁の使い方を解説します。
「包丁を握ったら、残っている手で切るものが動かないように押さえるの」
 ローナはアレシアの手に従って、しっかり押さえられた玉ねぎの中央に包丁の刃先を下ろします。
「包丁の先がまな板についてから、残りの刃を下ろすのよ」
 かつん、と包丁がまな板に当たるとアレシアが手を離します。次にローナが玉ねぎから手を離すと……
「ワオ、見事に半分こネ」
 二つに分かれた玉ねぎを両手持って満面の笑顔を見せるローナに、アレシアが次の手順を説明します。
「次は皮を外して、縦に切れ目を入れるの。それから横に切るのが玉ねぎのみじん切りのコツなのよ」
 ローナは言われた通りに茶色い皮をはがし、とん、とん、とん、真剣な眼差しで玉ねぎに切れ目を入れました。
 それから、横に刃を落としていったのですが、あまり速くなかった包丁の音は次第により遅くなり、とうとう手が止まりました。そして、目にいっぱい涙をためたローナがアレシアに聞いてきました。
「どうして悲しくもないのに、いっぱい涙が出てくるのデスカ?」
 アレシアは苦笑しながら身に覚えのある涙の理由を答えます。
「玉ねぎに目や鼻を刺激する成分が含まれているからよ。どうしても辛いなら、残りはママが切るけど」
「ノーです。一度決めたことは最後マデやり遂げるのデス」
 そう断言して、ローナは果敢にも玉ねぎとの戦いに戻りました。きっと明日になったら、彼女の友人達は『どうして食用なのに、こんな危険な成分が入ってるのデスカ。絶対、納得できないのデース』というグチを聞くことになるでしょう。


「つ、次は何デスカ?」
 どうにか切り終わった少々荒い玉ねぎのみじん切りは大きなボールに入れられました。
「よく頑張ったわね。後は、材料を混ぜてオーブンで焼くだけよ」
 牛のミンチ。パン粉、卵、牛乳。ソルトにペッパー。
 テーブルの上には色々な食材が並べられ、ボールに入れられるのを待っています。
「ミートローフを作るのには材料がたくさんいるのデスネ。料理って思っていたより大変なのデス」
 はあ、とため息をついてローナは遠くを眺めようと視線を窓の外へ向け、すっかり暗くなっている景色に驚いて時計を見上げました。
「今日はママが一人で料理するより、ずっとずっと時間かかってマス。ミー、お手伝いじゃなくてママが料理するのを邪魔してたのデスネ」
 悲しげに告げて肩を落とすローナの姿を見て、アレシアは遠い日の自分を思い出しました。きっと、あの日の母も今の自分と同じ気持ちだったのでしょう。だから、あの時と同じように母親は娘に目線を合わせて語りかけました。
「ローナのことを邪魔だなんて、ちっとも思ってないわ。ママはあなたと一緒に料理ができて本当に嬉しいの」
 あの日、語られた娘は語る母になりました。いつの日か、彼女の娘も語る母になる日がくるのでしょう。
「ママ、いつもデリシャスなご飯をサンキューなのデス」
 可愛い娘から頬にキスをもらう、そんな日がくるのでしょう。いつかきっと、少し先の未来に。