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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


nasty bit of work

「刀を作れ」
「断る」
頭の上から押さえ付ける居丈高とした命令を、少女遊郷は打たれて響くより先に切り捨てた。
 彼の名を通した……というより、郷にねじ込んだ政府高官の立場、そして自身の知名度、秤にかけてそれ以上の比重がある存在などないと信じ込んでいた来客は、厳つい顔をせいぜい威厳あるように顰める事でかろうじて、罵声を発するのを堪えたようだ。
 政府筋を通しての依頼者であるが為座敷に通しこそしたが、依頼を請けるか否かは郷の胸一つである。
 人を見て、刀を、太刀を打つ。魂の深き場所の色を見極めて打つような、自らも知らぬ心を引き出す鏡の如き刀身を打ち出すが故、依頼人と直接顔を合わせる……その倣いの意味を知らぬというのならば、郷に依頼する資格は元よりない。
 それでなくとも、墨染めの衣を纏っても、否、清浄の黒を纏ってこそ鼻に突く生臭さに一見から辟易しているというのに。
「先生がわざわざ足を運んで来られたのだぞ若造!」
背後に控えていた弟子と思しき男が、怒鳴るのを依頼人は動作ばかりは鷹揚に男を制する。
「私の名前を知らんのか」
「知るワケねぇだろアンタみたいなぽっと出」
小指で耳を掻きながら、聞く気のないというジェスチャーに足を崩した郷に、壮年の域を過ぎよう依頼人は感情を押さえた語調で言い聞かせるように言う。
「金の心配なら無用だと紹介した者から聞いているだろう。出来によっては代価も弾もう」
次に金の話と来た……郷は俗としかいいようのない依頼人の、分かり易すぎる思考にげんなりとする。次はきっと自分のモノでもない権力的な話か。
「高名な政治家である知人に頼めば、お前の商売もし易くなる」
裏の意味を取れば、仕事が出来ないよう圧力もかけれるぞと言う事か。
「私を敵に回すと損をするぞ」
その猫なで声を、郷は小指の先についた耳垢と一緒にふ、と吹き払う。
「名のある退魔師だかなんだか知らねぇが、お前等みてえなのにやる刀はねえよ」
しっしっ、と手で払うように追いやる動作をすれば、禿頭が面白いように朱に染まった。
「貴様ぁッ!」
激昂に立ち上がったのは男の方だが、その怒声に動じる事のない郷に、依頼人も席を立つ。
「少女遊の太刀が手にはいるとわざわざ出向いてくれば……こんな若造に舐められるとはな」
禿頭に血を上らせたまま依頼人は、ぎりと歯噛みした。
「……二度と大口を叩けぬよう、その両腕を使い物にならないようにしてくれる!」
即物的な脅しは怒りの効果に迫力を増すが、郷はそれを却って面白げに受け止めた。
「ちょうど身体が鈍ってた所だ」
言って気軽に立ち上がれば、依頼人とその弟子とを見下ろすような長身である……一瞬、相手が怯んだのが解ったが、一対二の単純な算数に勝機を見てか左右から回り込もうと動きを見せた。
 その時、タン、と軽い音で障子が開き、湯気の立つ湯飲みを乗せた盆を片手にした、黒いスーツ姿の人物が場に新入した。
「来客中か」
乱闘寸前の現場にやはり、と言った風情で頷く……久我直親の姿に郷は呆れを含んで呼び掛けた。
「何をしとるんだお前は」
思わぬ知人の登場に、郷は眉を上げる。
「茶がまだのようだったんでな。淹れてきた」
軽く掲げて盆の存在を強調する直親の用向きを確認すると、郷は興味が失せたというように、元・依頼人とその弟子に向き直った。
「引っ込んでな」
短い台詞は言下、邪魔をするなという意味合いで発せられる。
 だが、直親はずかずかと室内に入り込むと、卓の上に盆を置く。
「俺もお前に用がある。そうは待てないんでね」
数での有利が五分となり、明らかに相手は怯みを見せた。
「なぁに、そう待たせやしない……お前が足を引かなきゃな?」
「抜かせ。お前の方こそ鈍ってんじゃないのか?」
前門の虎後門の狼……正面に立つ郷からの圧迫感、退路となるべき戸口に立つ直親の気迫とに晒され、元・依頼者とその弟子は自棄ともいうべき出鱈目な喝……というよりも悲鳴に近い声を上げて挑みかかった。


 門前に人事不省となった暴徒を捨て、室に戻れば直親が歪んだ襖を形ばかり、元の位置に立てかけている所だった。
 足を突っ込まれて大穴の空いたそれに、修理費用に迷惑料込みで紹介者に責任を取らせようという胸算用に、胸の内の不快感の整合を取る郷に、直親は丸みのある来客用の湯のみをひょいと差し出した。
「冷めるぞ」
と、言う程の時間は経過していない……それよりも飲み頃の温度になった玉露の清しい香が鼻腔を擽るが、郷は陰陽師の旧家、その次期長手ずからの一服を郷は恐る恐ると覗き込む。
「心配しなくても、茶しか使ってない……蓋が見当たらなかったけどな」
淡く澄んだ翠の水色を手の中で持て余しつつ、郷は毒味のように湯のみを空けてみせる直親へ視線を移した。
「テレビで見た事があるぞ、さっきの。なんとか言う戦国武将の生まれ変わりらしいぞ?」
「前世の威光がどうでも、関係ねぇ。礼儀も弁えねぇ馬鹿に興味ねぇよ」
言いつつも、相棒が見ていた心霊特集番組で奇声を発したお祓いに興じている姿を見た事があるのを思い出す……番組からのプレゼント『霊界と私』を50名様に!などという小学生の作文のような自叙伝の題に笑い転げた夏の記憶である。
「確かに馬鹿は馬鹿か。刀は作るでなく打つ、だしな」
文法的な過ちを笑う直親に、郷は目を眇めた。
「……何処から聞いてた?」
「『断る』、あたりかな」
最初からじゃねぇかよ……という郷のぼやきを楽しげに受け、直親は空になった湯呑みを盆の上にことりと置いた。
「小さい事は気にするな。あの頭ごなしに言えば何でも通ると思ってる風通しの良いハゲと比べるべくもなく、礼儀を弁えてるぞ俺は」
「そういえば用があると言ってたな」
何だ、と先を促せば、直親はにやと笑って両腕を組み、胸を張った。
「刀を打て」
居丈高とした物言いに、郷はげんなりと肩を落とす。
「態とやってるだろ、お前」
核心を衝かれて笑う直親に、手にした茶を一息に呷れば、澄んだ香味が口の中に広がった。