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<東京怪談・PCゲームノベル>


最期のお願い

 靖国通りには幽霊がいる。数え切れない程いる。その雑多な霊の中でも結城真一郎は新参に類する霊だった。まだ死んでから2年ほどしか経っていない。都会にあって汚染を免れている希有な霊だった。だからその姿はなんとなくぼんやり白く光っているように見える。それを橘・百華(たちばな・ももか)は不思議そうに見上げていた。幼い子供である百華が1人で立っているのに、道行く大人達はちらりと視線を向けるだけで足を止める事も、声を掛ける事もない。それが今の東京、今の新宿であった。

 このおじちゃんはなんでここにいるのだろう。百華は最初にその霊を見た時からずっとそう思っていた。新宿には人も多いが霊も多い。細い路地、交差点の真ん中、雑居ビルのエレベータ前、どこを向いても霊がいる。皆黒い影をまとって、見るからに怖そうな不吉そうな姿をしている。形が崩れている者だっている。気配だけで見えない霊もいる。彼らが何故そうなっているのかわからないが、近寄ってはいけないということはわかる。そういう霊達を刺激しないよう、悪さをされないようにここまで歩いてきた。そしてこのおじちゃんの霊に会った。見ればわかる。この霊に会うためにここまで来なくてはならなかったのだ。この霊が百華を求めるから、その心を感じるからここに来た。汚れることなく白いその霊は明らかに何か心残りを抱えていた。だから上に行く事が出来ずにここにいる。でも、なんて話しかけたらいいのだろう。助けてあげたい。力になってあげたいとは思う。けれど、それをどうやって伝えればいいのか判らない。途方にくれて百華はその霊をただじっと強く見つめた。

 日差しは少しずつ柔らかくなっていく。やがて秋の夕暮れは鮮やかな茜色を空に描き出した。通りを歩く人の数は少しずつ増えてくる。それでもまだ百華はじっと動かずにそこにいた。白い霊は誰かを捜すように時々辺りを見回しているが、どこかに移動する様子はない。ここから動けないのだろうか、それとも動くつもりがないのだろうか。それもわからない。あたりのネオンが徐々に輝きを増していく。もうすぐ夜になるのだろう。こんなに遅くまで家に戻らなかったら、誰かが怒るだろうか。感情が高ぶっている人の側にいるのは嫌いだった。けれど、まだ今はまだ戻れない。誰かに助けて欲しいと切に訴えている、この霊を助けたかった。この世界に可哀相は沢山ある。幼いながらも百華はそれを知っていた。どうしようもならない、なんとも出来ない可哀相は世界中に溢れている。百華の小さな手ではそれを止める事は出来ない。けれど、1つ1つの可哀相を消していくことは出来るかもしれない。もう嫌だって諦めたり投げ出したりしなければ、少しずつ可哀相がない世界になっていく。百華はギュッとぬいぐるみを抱きしめた。声を‥‥あの霊に届く声を出す力を貸して欲しい。
「助けてあげるから、叶えてあげるから」
 想いは声になった。あどけない小さな声は雑踏に消される。けれど、確かにその霊にも声は届いた。だから‥‥振り返った。

 振り返った白い霊は真っ直ぐに百華を見た。首をちょっと傾げて、それから流れるようにすーっと近寄ってくる。スーツ姿の霊は百華からすれば『おじさん』だろうが、勤め先ではまだまだ若造と言われる程の年齢だっただろう。そしてもう、その霊の時は止まってしまっている。
「俺に言ってくれたの?」
 百華はコクリとうなづく。
「ありがとう。でもね、俺思い出せないんだ。ここからどこかに行った筈なのにまたここにいる。なんでここにいるのか、どうしてここからどこかへ行けないのか‥‥確かに何か理由があるのに思い出せない。どうしたら思い出せるか、わかるかな」
 もう一度百華がうなづく。
「それがおじちゃんの叶えたい事?」
 百華の大きくて綺麗な瞳がまばたくもせず霊となった真一郎を見つめる。
「おんなじ位大事なものをモモにくれたら‥‥モモがそれを叶えてあげる」
「大事なもの?」
「そう。‥‥とりかえっこなの」
 叶える願いと同じ程価値あるものを変わり貰う。それが百華の力が発動する『ルール』だった。それを聞くと真一郎は悲しげな顔をして首を横に振る。
「そんなものはないよ。何もない。命も記憶もない。これ以上なにが俺にある?」
 白い霊の真ん中に真っ赤な光が灯った。百華が見つめていると、それはどんどん大きくなって広がっていく。
「そうだ! そうなんだ! 俺は殺されて何もかも奪われた。ここで、この場所で‥‥」
 霊の表情が次第に険しくなっていく。赤い光はどんどん広がり、霊はほとんどが赤く染まってしまっている。更に赤の中心に黒い霧が湧いてきた。赤い怒りが走り黒い憎しみが湧き上がっているのだ。百華はその赤と黒が何なのかはわからなかったが、良くないモノである事ははっきりと感じていた。あれほど動かなかった足が少しずつ後ろにさがっている。
「答えてくれ! こんな俺からこれ以上何を取っていこうって言うんだ! 来世か? 未来か? 魂なのか! え?!」
 白い霊はもうどこにもいなかった。黒く染まって恐ろしい顔をした霊が目の前に迫ってきていた。霊の中心からわき出す激しい感情が渦巻いている。何をどう言って良いのかわからない。ただ激しさに翻弄されて首を横に振る。どうすればいいんだろう。何か欲しいのではなくて、それが約束だから何かと交換しなくては願いを叶えられないのだと、どうすればわかって貰えるだろう。百華はぬいぐるみを抱きしめたまましゃがみ込んだ。
『助けて!』
 声にならない悲鳴を心の中で叫ぶ。けれど、いつだって誰も助けてくれない事を百華は知っていた。誰かの願いは叶えても自分の望みは叶わない。いつもそうだった。あれほど強く助けてと願っても、父も母も助からなかった。黒い霊が百華を貫く。目の前が真っ暗になった。

 目が醒めると白い場所だった。ベッドも柵も、掛け布団のカバーもシーツも壁もみんな白い。
「目が醒めた?」
 女の人の声がした。うなづいたつもりだった。ぼんやりとしていた視界が少しずつはっきりしてくる。病院なんだとわかった。また急に視界がゆがむ。熱いものが頬を伝った。悲しいとも悔しいとも感じない。それなのに涙だけが頬を伝う。あの場所に縛られたままの霊を助けられなかった。手を伸ばしてさえくれたら助けられた。けれど、手を伸ばして欲しいと伝えられなかったのだ。
「モモの‥‥せい‥‥かな」
 心の奥のもっと奥が少しだけチクリとした。今夜も明日もあの霊は哀しい心や苦しい心を抱えたままなのだろう。本当に本当に、百華は霊を助けてあげたかった。空にのぼっていくのを見送ってあげたかった。それなのに‥‥。凍り付いた心のまま、涙だけがもう1粒、零れて落ちた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3489/橘・百華/女性/7歳/可憐な小学生】
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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。PCゲームノベルをお届けいたします。
色々迷いましたが『おまかせ』の発注でしたので、この様に判定させていただきました。今回相手の霊は『対価として等しいものは何も持っていない』と思ったのです。
 百華さんがこの霊に対して具体的にどのように行動するのかあれば、別の結果があったのかもしれませんが、コミュニケーションにやや問題のある設定を生かすとこうなってしまいました。
 ご満足のいく結果ではなかったかもしれませんが、プレイングに沿った結果であるとご了承くださいますようお願い致します。